第72話 秘匿情報


「おぉ、随分様変わりしたね」


 二階に上がりダダンガさん達がリフォームした工房に入ると真新しい空間が広がっていた。

 元々あったベッドや棚を取り除いて新しい棚や机が規則的に並んでいた。排水口や水タンクを設置した簡易水道まであるようだ。それに火の魔石を使うかまどまで設置してある。


 壁には薬草や機材の収納の為なのか引き出し付きの棚が多くあり、作業台も広い。

 これはポーションを作らないにしても作業には持ってこいだな。秘密の研究室みたいでワクワクしてくる。


 そして何故か部屋の奥の一角が広く何もない空間がある。あえて何も作らなかったような切り抜かれた部分に違和感がある。


「……そこは保管庫を設置する予定だと思う。……直ぐには用意できないから何も置かない様にしているのだと思う」


 フィーネの見立てではこの部屋の設備は相当良い薬師の工房に近い作りらしい。そして普通あるはずなのに無いものが、ポーションを保管する保管庫らしい。


 …………。そう言えばフィーネは二階に上がっても良いんだ。それに工房の中にまで入ってるし。いや別に良いんだけど。ツバキさんが良く許可したなって。

 チラリとツバキを見るとニコッと微笑まれた。…………。うむ、ツバキも美人である。


「……ただこのスペースは広すぎる。もしかしたら別の何かを用意する?」

「俺は何も言ってないよ? 一般的な薬師の工房にして欲しいって伝えただけだよ」

「……一般的の? ……ヤマヤマはベアトリーチェ式?」


 うぅん? ベアトリーチェ式? なにそれおいしいの?


「シルフィ、旦那様は普通のポーション職人とは違いますよ。どこの流派にも属しておりません」

「……なぜシオンが答える? シオン達は知っている?」

「あまり深く詮索しないことを勧めますわよ? これ以上は相応の覚悟が必要ですわ」


「……覚悟? ……私は既にヤマヤマにこの身を捧げている。……ハイエルフは自身の伴侶にしか肌を許さない」

「ぶふっ、ちょ、ちょっと待て、肌って、フィーネは自分から抱き着いて来ていただろう!?」

「……フィーネの名を許した時点でヤマヤマは私の伴侶。それにあんなにも激しく肌をさすられた事は初めてだった。……責任とって」


 さするって耳の事を言ってるのか? 自分から触って良いって言ったよね? 押し売りも良い所だな、おい。いや、別にイヤじゃないけどさ。ただもっとこう、段階があるんじゃないの? 

 それに確か初めの紹介の時は伴侶じゃなかったよな。


「親しい人が呼ぶ名前がフィーネじゃなかったっけ?」

「……ヤマヤマはこれからフィーと呼んで良い」

「…………保留」

「……ケチ」


 …………。どうやらまだ段階があったみたいだ。


「――シルフィはハイエルフでしたの? ではダダンガさんが言っていた森人と言うのは」

「……正しい。あの爺とは腐れ縁。ヤマヤマも縁を切った方が良い」


 何でも通常のエルフを森人と呼ぶのは最大の侮辱になるそうだ。ただフィーネはハイエルフなので正式な呼び名になるので問題ないらしい。

 ツバキはシルフィが怒っていたのはそれが原因だと考えていたみたいだ。実際には種族間の対立が根幹にあるみたいだな。……ダダンガさんは気にしてないけど。


「ダダンガさんにはまだ協力して貰うこともあるからダメ」

「……ドワーフに出来て私に出来ない事はないはず。私が作る。……初めてだけど」


 絶対にまともな物は作れないだろう。もうフラグが立ったからね。絶対に触らせないぞ?


「シルフィ、ハイエルフならポーションの製造方法も知っているのではありませんか?」

「……ハイエルフが誰でもベアトリーチェと思うのは他種族の悪い認識。……私が作れるのは精々Eランクが良い所」


 十分だ。こんな所にポーションの製作者が居たとは。とりあえず作り方が分れば後は試行錯誤していけばいいし。そもそもポーションがどういう原理で作られているのか分からなかったからね。草を煮詰めてもお茶が出来るだけだろ? って認識だし。


「作り方教えて」


「……世の薬師が聞いたら怒りそう。……製作方法は秘伝。でも私はヤマヤマの伴侶。惚れた弱みには足掻得ない。……でも交換条件。ヤマヤマのポーションを見せて」


 ま、そうなるよね。孤児院でも驚いていたし。……フィーネなら良いか。これからも協力して欲しいし。ツバキとシオンの反応も同意しているみたいだし、後は俺の判断だけだ。


「――Bランクポーション出ろ」

「……」


 握った手を開くとそこにはBランクポーションが生まれて僅かに発光していた。目の前で見せられたその行為にフィーネは固まってしまった。

 顔の前で手を振っても動かない。……ポーション掛けてみるか。


「……待って、なにしようとしている?」

「え? 動かないからポーション掛けてみようかと」

「……その手に持っているのはBランクポーションと聞こえた。そしてその透明度からも高品質以上であることは間違いないはず。それを健康そのものである私に掛ける愚行を黙って見過ごすことは出来ない。世界への冒涜に等しい」


 何時いつになく良くしゃべるな。興奮している? ……これは売れるって言わないのな。言われても困るけど。

 …………。いつも少し眠たそうな眼差しなのに今はパッチリした瞳だ。ついにフィーネが真剣マジになった。


「…………。まぁ、そんなわけで俺はポーションを無から作り出せる。だから通常の作り方が分からないんだ。作り出すのも数に限りがあるから普通の作り方も習得したいんだよ」

「……にわかには信じられない。けど目の前で見せられた以上信じるしかない。……予想以上だった。私の目に狂いはなかった」


 なにやらフィーネが一人納得しているようだ。まぁ満足してくれたならそれでいいや。

 それよりポーションの作り方を教えて欲しい。


「フィーネ、俺は秘密を教えたぞ? そっちも教えてくれ」

「……私は処女。肌に触れたのもヤマヤマが初めて。ポッ」

「――シルフィーネさん? 言い残すことはそれで構いませんね?」

「……冗談。ちゃんと教える。…………冗談だけど嘘ではない」


 いやそれはもう良いから。シオンから殺気が洩れているぞ。


「……。……道具がないと作れない。先ずは道具を用意したい」

「あぁ、そうだった。俺の部屋に昨日買った道具があるから持って来るよ」


 ダダンガさん達が作ったのは部屋の備え付けの設備だけだから、鍋とかは置いてないんだよね。


 それから部屋に戻り薬草と鍋やらザルやらを持って工房に戻る。火の魔石が無かったけどヨウコが料理用に多めに買っていたから少し分けて貰った。

 そして工房に機材が集まったわけだが、


「……。……。……ヤマヤマ、薬師を馬鹿にしている?」


 フィーネの辛辣な瞳と言葉が待っていた。


「いや、馬鹿にはしていない。ツバキから聞いて俺なりに用意してみた」

「……料理用の鍋やザルで何を作るの? ……これは流石に薬師を冒涜していると思われても仕方がない」


 どうやら普通の鍋ではダメらしい。薬草茹でてザルで濾したら良いんじゃないの?


「……原理的にはやる事は変わらないからとりあえず実演する。でもまともな物は出来ないと思って」


 フィーネは鍋に少量の水を入れ薬草の一つを千切って少しずつ入れる。それを沸騰しない様に火の魔石を調整しながらかき混ぜる。…………。料理?


「……本当なら温度の調整が出来る魔導具と水の魔石の水を使う。薬草も無駄にしないように使わない部分を切り取ったりする。でも今は作り方を簡単に実演しているだけ」


 言いながらも鍋を混ぜ薬草スープを作っている。…………。見た目が全然ポーションぽくない。でもこれでポーションが出来るなら誰でも作れるよね?


 それからしばらく煮詰め、シーツを掛けたザルで濾してからスープだけ再度煮詰め、濾して、煮詰めて濾してを繰り返す。…………。面倒だ。

 そして煮詰まった緑色の液体が完成する。


「……良くて低品質のGランクポーションの完成」


 …………。これがGランク。Gランクは効能がほとんど無くかなり安いけど、スラムぐらいでしか使われていないって言ってたよな。水を追加しなかったから出来た量はポーション一瓶か二瓶ぐらいの量だ。ただ煮て濾しただけの単純作業の繰り返しだけど、これ薬草分の元は取れるのか?


「……本来ならもっと時間と手間を掛けて作る。それに濾し方も熱量も不十分。……ベアトリーチェ式なら秒刻みの過熱と冷却に加えて複数の薬液を緻密に掛け合わせ、分離、結晶化を経て完成される。……無駄で手間の掛かる作業だけど低ランクポーションを安定的に作り出す事は出来ている」


 僅かな失敗も許されないベアトリーチェ式は難しく手間が掛かる代わりに一度に多くのポーションを作り出す事に成功しているそうだ。現在活動している薬師やポーション職人は殆どがベアトリーチェ式を採用しているらしい。

 未知の薬品だし機械がないこの世界では当たり前の事なのかも知れないけど、凄い面倒な事やるんだな。


「透明度、濁りが多いほど品質は下がる。……あまり知られていないけど濁りと回復力は関係ない。濁りの正体は不純物。でもそれが回復成分だと言う見解を持つ者が多い。……透明度が上がるほど品質は上がり、回復力、ランクが下がると言われているけどそれはやり方が間違っているだけ。ベアトリーチェ式の欠点」


 フィーネが言うにはポーションとは回復成分を持った魔力の塊らしい。薬草に宿る回復成分が含まれた魔力を不純物が一切混ざらないように抽出する事で最高品質が出来るはずであると考えているそうだ。不純物が混ざると回復成分が損なわれ回復力ランクが落ち、品質も落ちるそうだ。


 俺が生み出すポーションが全部最高品質なのは魔法で生み出すから不純物が入り込む余地がないからか。最高品質以外に使用期限があるのは不純物が腐るからなのかも知れないな。純粋な魔力の塊が腐る事はないだろうし。


 ちなみにEランク以上は薬草を複数組み合わせて作り出すらしい。Eランクで二種類、Dランクで四種類、Cランクで八種類、ってまた二の累乗数かよ!?


「……薬師が最も秘匿するのは薬草の種類と分量。何をどれだけ組み合わせて作るのか、薬草の分量は摘まんだ感覚で量ると言う者も多い」


 …………。摘まんだ感覚って、曖昧過ぎだろ。秤は無いのか? ……秘匿する為に使わないのか?

 Fランクポーションまでは比較的誰でも作れるらしい。Eランクを作れて初めて薬師を名乗って良いとフィーネは言っている。


 …………。ふむ。つまるところポーション作りは薬草から魔力を抽出する作業ってことね。……一度目に混ぜながら茹でていたのは魔力が水に溶け出すからだとして、何で薬草を取り出した後に何度も煮詰めていたんだ? 水分を蒸発させる? 魔力を水に溶け込ませる? 魔力は気体? 液体? 不純物には含まれないってフィーネが言っているから個体ではないはず。

 …………。どっちにしても一度濾過した濁った液体の中にあるわけだから、蒸留してやれば魔力を含んだ水が溜まらないかな? 不純物は殆どなくなると思うけど。


 そもそも生の薬草を使う必要があるのかな? 乾燥させて粉末にした方が薬草の成分は溶けやすいんじゃないかな。魔力まで蒸発するのか? 魔力が何に宿っているかだな。密封容器で乾燥させたらどうだろう? 後はシーツより目の細かい布がいるな。それと水の魔石と水を濾過する装置も用意してみるか。純水を用意しないと不純物が混ざるからね。

 とりあえずダダンガさんにフラスコみたいなヤツとか用意して貰おう。後は試行錯誤理科の実験していたら何か出来るだろう。少なくとも蒸発以外のアプローチで何かしらの成果があるだろう……。


 そして複数の薬草を組み合わせて一切不純物が入らない事で最高品質、最高ランクのポーションが生み出されるわけか。


 ……メリリに初めて心の底から感謝しよう。こんな手間の掛かる作業をせずに楽に高ランクポーションが生み出せるようにしてくれて、ありがとう! 感謝するので品質設定も出来るようにして下さい! 


 ……ダメか。返事がない。今まで僅かに感じられていた気配もないし、金タライ落としたからアルテミリナ様にバレたかな? ……南無。


「……ちなみに今説明した知識、技術はハイエルフ式。他種族に漏らすと処罰を受ける。ベアトリーチェは独自の方法を模索してベアトリーチェ式を生み出しているから広めてもセーフ」


 ……まぁ不純物に魔力が含まれないとか、回復成分を持った魔力の塊がポーションだって言うのは一般に知られていない知識なのかも知れないけどさ。秘匿する内容なのか? 少し検証したら分かりそうじゃねぇ? 

 科学が変な発達しかしていないって思っていたけど重要なポーション作成までこのレベルなのか? 秘匿し過ぎて発展しないんじゃないの? 

 ……とは言え、秘匿情報を開示して貰ったわけか。


「…………。聞いた俺が言うのも何だけど、言って良かったの?」

「……構わない。ヤマヤマは未来の私の婿、家族になら喋ってもセーフ?」


 いや疑問形で言われても。それに計画的に喋っただろう。俺が断れない様に外堀を埋めに掛かっている気がする。

 ニヤリと笑うフィーネの頭にとりあえず手刀を堕とし頭を撫でてお礼を言う。

 この世界では優れた薬師の技術漏洩は極刑みたいだし、危ない橋を渡らせてしまったな。


「…………私達もいますわよ?」

「……ツバキとシオンは妾だからセーフ? ……。ただ口外はしないで欲しい」


 笑顔で頭を押さえながら言うフィーネにツバキとシオンも苦笑いするしかないみたいだ。


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