第31話 S5 ベアトリーチェ


「つ、遂にできたわ!! Cランクポーションの高品質よ!」

「おめでとうございます、ベアトリーチェ様。これでまた更に賢者様に近づけましたね」


王都にある商業ギルド本部の一室にベアトリーチェ専用研究室として用意された部屋でベアトリーチェと弟子のフリックスが出来たばかりのポーションを愛おしそうに見つめていた。


「賢者様にはまだまだ遠いけど、ありがとう。この成果は失われた知識に迫る歴史的な一歩となるわ。――神秘を解き明かした者にのみ女神は大いなる祝福を与えん。賢者様が残したお言葉、妾にはその意味を真に理解することはできないけれど何時か必ず賢者様の見た神の領域へ踏み込んでみせるわ!」


意気揚々に宣言するのはこの部屋の主であるベアトリーチェ。人間の目線で見ると成人間もない十代半ばほどの少女。長寿のエルフ族であり、実際の年齢は三百歳を越えているがその見た目と言動から本当の年齢を知る者は少ない。


「その意気です。最近は戦争も減って薬師見習いが安全に修業に励める環境も整ってきております。いずれその者達の中に我々に匹敵する才能が芽吹くことを祈るばかりです。薬師とは一人で至るべからず、研鑽し受け継ぎ未来へと至る。賢者様から受け継ぐことが出来た事は少ないですが、いつの日か我々の弟子達がその頂きに到達することを夢見るばかりです」


「ふん! 妾は自分の代で至ってみせるわ! 賢者様だって一代でその頂きに辿り着いたのですから出来ない道理はないわよ!」

「ええ、師であればいずれその頂きに至ることも出来ましょう。……その場に居合わせられない自身の不甲斐なさが悔しくあります」


ベアトリーチェの五番目の弟子であり現在いる弟子の中では最高齢のフリックスは人間族であり90歳の老人であった。幼い頃よりベアトリーチェの元で修行を積み様々な秘薬を飲んできた事で見た目は60歳ほどと実際よりも若く見られるが、肉体の衰えは流石のポーションでも回復できず今後も数百年に渡って活躍するであろう崇拝する師であるベアトリーチェの勇姿を見れない事が心残りであった。


「…………薬師は身体が基本。健康に気を使えない者に真のポーションは作れない。賢者様は人間族だったけど記録では150年以上生きていたはずよ。ならそれを知る貴方ならそれ以上生きることが出来ない道理はないわね」

「ほっほっほ。我が師は無茶を言いなさる。しかし、最後のその時まで貴女の傍でその神秘を見守りたいものです」

「ええ。貴方にはその資格があるわ。私が頂きに辿り着く所を見るまで死ぬんじゃないわよ?」

「この老躯に鞭を打ってでも見届けますとも。未来を夢見れない者に栄光は訪れない。我が身が見る夢はベアトリーチェ様が神の領域に触れ、この世界に真の癒しをもたらすこと。その為であれば幾らでもこの身を捧げましょう」


「はぁー、爺やの想いは重い! 妾はそこまで壮大な野望は持ち合わせていない! まったく、これだから年寄りは。もう少し孫に夢見る未来を抑えなさい。期待が重い!」

「…………儂の方が年下、いえ、なんでもありません。我が師よ」


――タッタッタッタ!


ベアトリーチェ達がコントのようなことをしていると廊下を走る足音が聞こえて来た。ベアトリーチェはその音を聞いて眉をひそめた。

ポーション作成の際は凄まじい集中力が必要であり、僅かな振動でも手元が狂うと失敗してしまうことがある。その為部屋の周辺での移動には厳粛な規則が定められていた。


コンコンコン! コンコンコン!


『ベアトリーチェ様! おられますか!』


ベアトリーチェとフリックスは顔を見合わせ首を捻る。

今夜は新たなポーション作成方法を確かめるとギルドに知らせていた。これは暗に「一切の邪魔をするな」というものであった。この御触れが出ている時は貴族が出向いて来たとしても粛々と追い返されていた。


それにも関わらず走って部屋の前まで来て、扉を強く叩くとは一体何事だとベアトリーチェは出来たばかりのポーションを大事にしまい、椅子に腰掛ける。

それを見届けてからフリックスが扉を開く。


「騒々しいぞ。いったい何事だ?」

「早朝に申し訳ございません――」


入って来たのは王都商業ギルド長のリザーブであった。早朝と言う言葉でベアトリーチェ達は徹夜していたことに気付き少し驚くがそれをより耳を疑う言葉がリザーブから発せられる。


「――しかしサイガスの街から緊急魔報が入りました。暗記号は「賢」です!」


「ッ!」

「な、何じゃと!?」


商業ギルドが国に秘匿している技術の一つに魔報と呼ばれる魔道具を使った文の伝達方法があった。

これはギルドカードを作成、管理する魔道具の副産物であり、本来はギルドカードの登録や更新をした際に各支部で即座に登録情報の共有管理ができるようにしたものだった。


この技術を応用して行われるのが魔報であり、決まった暗号を送る事で文字として解読できるようにしたものだった。これは限られた者だけが知る極秘の技術であった。この情報が国の上層部に伝われば戦争利用は必然であり、ベアトリーチェを始めとする商業ギルド幹部がひた隠している最重要機密である。


もちろん多様されることはなく、命の危険や火急を要する案件のみ使用されてきた。そしてこれまで一度も使われた事がない暗号、それが「賢」であった。


「賢」の暗記号が示すのはポーションの作成に関する賢者の知識に相当する情報が発見された時に使われる。もちろんこれまで使われたことはなく、ベアトリーチェ達はその情報の真偽を見極める必要があった。

各支部にある魔導具に送信される為、暗号でのやり取りになるが極秘情報ほど詳しく書くわけにはいかない。どこで盗み見されるか分からないからだ。


「内容は?」

「はい。最質、作成、実在、詳細、送ル。です」


暗号文を文字に変換した単語の並びであった。そしてそれを聞いただけでベアトリーチェ達には内容が理解できた。


最高品質ポーションを作成した人物が存在する。その証拠として最高品質ポーションを王都に送る。詳細は持たせた者に聞いて欲しい。という事だ。


そしてこういった情報は誤情報の可能性は極めて高い。これまでにも火急の報がただの早とちりであった事が実際にあり、簡単に鵜呑みにするわけにはいかなかった。

先ずは使者の到着を待ち詳しい情報を聞き精査する必要がある。それから真偽を見極めたのちサイガスへ向かうのが普通であった。


「…………誤情報なのかも知れないわね。時間の浪費かも知れない。それでも――」


賢者へ至る僅かな切っ掛けであったとしてもベアトリーチェは手を伸ばさずにはいられない。ベアトリーチェには賢者の頂きに到達しなくてはならない成すべき使命があった。その為に薬師やポーション職人が戦争で犠牲になる事態を止め、各国に領地を得た事で商業ギルドを作り、広く弟子を集った。


薬師とは一人で至るべからず、研鑽し受け継ぎ未来へと至る。研鑽し弟子に知識を与え、未来へ邁進してきた。世界一のポーション職人と呼ばれ、人類の秘宝と言われる存在になった。それでも届かない頂き。

ベアトリーチェが求めるのは自身が教え導く存在ではなく、自分と手を取り合い切磋琢磨し合える真の薬師の存在であった。


「――妾は行きたい」


「サイガスの街まで走竜で四日です。竜車であれば六日ほどです」

「マクグラウンまでは竜車で一日です。そちらでしたらサイガスから王都に着くより一日程早くなりましょう。ベアトリーチェ様の領地でもありますれば向かう事に不都合はありません。使者と入れ違いになっても困りますし、先ずはマクグラウンで待つべきかと」


ポーションの作成に並々ならぬ努力を続け名実ともに誰もが認めるポーション職人であるベアトリーチェの願い。それを無下にするギルド職員はいない。ベアトリーチェが望むのであれば是非は無い、最善策を模索し最高の結果を捧げるのみであった。


「至急使者へ目的地をマクグラウンにするように伝令を送ります。ベアトリーチェ様はご準備が出来次第マクグラウンに向かって下さい」

「儂は師と共に行く。王族への説明はリザーブに任せる。場合によってはサイガスの街へそのまま向かう可能性もある」

「任せて下さい。替えの走竜の手配もしておきますからベアトリーチェ様は御心の赴くまま行動してください。雑務は我等が片付けます」


「すまんな。迷惑を掛ける。――フッ、吉報を待つが良い!」


辛気臭い顔をしていては弟子に示しが付かないとベアトリーチェは笑みを浮かべる。


その自信に満ち溢れるベアトリーチェの笑みに弟子の二人は胸に手を当て頭を下げるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る