第30話 龍王の誓い


主様あるじさま。――――竜人族が戦士ツバキ、この身命を賭してしゅにお仕えすることを誓います。この身は主の矛に、この命は主の盾と成ります。それこそが我が望みであり、最上の喜びです。龍王の誓いを今ここに」


メリリに気を取られている間にシオンと喜び合っていたはずのツバキが俺の前で膝を付き、胸に右手を当てて誓いを口にした。

そして首筋にある鱗を一枚剥がして俺に差し出して来た。


「旦那様、それを受け取って上げて下さいませ。竜人族の戦士が真の主に仕える儀式です。生涯を掛けて仕える主にのみ行う誓いの儀式、龍王の名の下に行われる絶対不可侵の誓いです」


たぶん凄く大事な儀式何だよね。俺で良いの? って聞くだけ野暮か。ツバキが冗談でこんな真似をするわけないし、シオンを助ける手立てを持つ俺に忠誠を誓う代わりにシオンを助けて欲しいという訳かな。

メリリから貰った魔法の力なだけなんだけどな。………この誓いに報いるだけの成果を俺も二人に誓おう。


ツバキから鱗を受け取ると鱗は俺の身体に溶け込む様にスッと消えてしまった。身体に何か熱を感じる。強くなったりしたわけじゃないんだろうけどツバキとの繋がりを感じるようだ。

流石は異世界の誓いだ。


「旦那様、私も旦那様に永久の誓いを捧げます。私は戦士ではないので龍王の誓いをするわけには参りません。ですが、この心は常に旦那様と共に。私の誓いをお受取り下さいますか?」


祈りを捧げる様に両手を合わせたシオンがツバキに並び俺を見上げてくる。ヤバい、凄く可愛い。


「主様、左手をシオンへ」


ツバキに言われるままに左手を差し出すとシオンが髪の毛を一本抜いて俺の薬指に巻き付けた。…………。指輪?


「竜人の女の髪はしなやかで強靭です。例え刃物で斬られてもその髪が断ち切られることはありません。本来は戦に赴く戦士へ妻が送るお守りです。常に貴方と共に。そう願いを込めて」

「俺に戦は無理だよ? どっちかって言うとシオンに守って貰う方?」

「二人は私が守りますから大丈夫ですわ。そのお守りは夫婦の誓いですわ」


…………。…………。夫婦? え、俺、シオンと婚約したの!?


「ち、違いますよ! 私は旦那様と常に共にあると誓っているだけです! つ、妻などとおこがましいです!?」

…………。そんなに全力で否定しなくとも。


「常に共にあると誓うのですから夫婦でしょうに。少なくとも竜人であれば婚約が成立しますわね」

「お、お姉さま! 言わないで下さい!? は、はずかしいぃ…………」


おぉお? し、シオンが赤くなってあわあわしている、か、可愛い。


「主様もまんざらでもないご様子ですし、認めなさいな。そういうわけで主様は私達姉妹を二人娶ったわけですわね。末永く愛して下さいませ」


ツバキも娶ったことになっているんだね。戦士の誓いって聞こえたけど、勘違いだったみたいだ。


「不束者ですがよろしくお願いします」


「旦那様!?」

「ふふふ、主様? それは私達のセリフでは?」


「いいだろ、どっちでも。ふぅ、ただのAランクポーションを作っただけで嫁が二人も出来たな」


「常識が欠如しておられる主様に申し上げると、この世界でAランクポーションを作成できるのは主様だけですわ。かつて存在した伝説の賢者様であればAランクポーションを作れたのかも知れませんが、Aランクポーションの存在が確認されたことはありませんわ。伝説となっているポーションです。そして成人の儀式の前に女神様から祝福を頂いていることもあり得ない事ですわね。それもただでさえ数が少ない魔法の祝福がポーションを作れる魔法だなんて常軌を逸脱していますわ」


ツバキに聞いたこの世界の魔法事情はなんというか、しょぼかった。

まず攻撃魔法はほとんどない。風や炎を操る魔法が使える者がそれを応用して攻撃に転じていることはあるらしいが、ファイヤーボール! とか叫んで火球を飛ばすことが出来る魔法使いは居ないそうだ。


遠くが見える千里眼の魔法とか、一時的に力が上がる肉体強化の魔法とか、動物と会話が出来る魔法とかがあるそうだ。確かに人間の域を越えた魔法何だろうけど、うーん。

そして魔法使いの数は百万人に一人ぐらいでまともに使いこなせる者は更に少数らしい。


ツバキも魔法使いで金剛という魔法が使えるそうだ。肉体の強度を発動している間倍化させる魔法らしいのだが、人間族であれば倍化した所で紙の装甲が二枚分になるだけの無駄魔法と言われているそうだ。

しかし、ツバキは元から人種最強の竜人族。魔法を発動しているツバキにはいかなる攻撃もその身体を貫くことは出来ない。それは闘技場八百戦無敗、無傷が証明していた。


「魔法の事は内緒にしてくださいませ。魔法使いはその希少性から役に立たない魔法であっても王侯貴族に狙われ易いのですわ。私や主様のように有能な魔法使いであればどんな手を使っても手に入れようとする不埒ものが必ず現れますわ」


なるほど。元からポーション魔法の事を他の誰かに話すつもりはなかったけど、今後は更に気を付けよう。


「旦那様が昨日薬草や道具を集めていたのは魔法の事がバレない様にする為だったのですね?」

「うん。出来れば大量生産して魔法で生み出す分と混ぜて売り出そうと思っていたんだけどね」

「…………あれほどの品質の物と混ぜてもすぐに違いが分かりますわよ? 主様は流通している普通のポーションを全然知らないのですわね?」

「うん、見た事ないな。でもギルドもメルビンさんもビックリはしても普通に受け取っていたけど?」


「…………そういう事ですか。ギルドの職員がわざわざ主様を探しに来ていた意味が分かりましたわ」

「え? あぁ、昨日の? あれは貴族の不正を揉み消そうとしていたんだろ?」

「いえ、恐らくは主様のポーションを調べて在り得ない事実が判明したのですわ。女神様が授けた魔法ですものね。高品質なんてありふれたもののはずがありませんわ。恐らく主様のポーションは最高品質ですわ」


最高品質? 一番上の品質ってことか? 品質が良いならそれに越したことはないだろう?


「旦那様。現在確認されているポーション職人の中に最高品質を作りだせる者はおりません。伝説上の品質と言われている物になります」

「…………もしかしてヤバい事態になりそう?」

「いいえ。主様はご自身のやりたいようになさってくださいな。邪魔するモノは私が排除しますわ」


う、うーん、頼もしいけど怖い。むしろヤバい事態になりそうで。…………。…………。でも今さらか。ギルドに三十本とメルビンさんにもCランクポーションを渡したからな。メルビンさんはツバキの事も理解しているだろうし、俺を拘束したり無理やり言う事を聞かせようとかはしないだろう。

むしろ自分から鎖に繋がれに来た俺を厚遇こそすれ陥れることはしないだろう。ポーションを渡す契約が少しネックだが、そこはメルビンさんの人柄を信じるしかないか。


「主様、ご安心を。如何なる勢力が相手だろうと私達がお守りしますわ」

「…………そうだな。うん、そうだ」


俺には二人が居る。なら俺がやるべき事は不安がることじゃないな。


「先ずはポーションの製法を探る。最高品質ポーションの作成が出来ればそれに越したことはないけど、ムリならそれはそれでいい。俺はCランクポーションまでの最高品質を作ることが出来ることで話を進めよう。ただし自分から最高品質を作れるとは言わない。二人も発言には気を付けてくれ。一先ずの目標は資金集めだ。借金の返済額の三十億を早急に用意する」


「「はい!」」


メルビンさんを含む領主一家は一先ず信用するけど、借金を何時でも返せる状態に持って行こう。

俺が犯罪者にならない限りツバキ達二人を奴隷から解放するのは何時でも出来る。あの契約には借金を返さないと解放出来ないとは書かれていない。


この国の人間は亜人差別が根底にあるせいで亜人の借金を肩代わりしたら借金分働かせるまで解放しないっと思い込んでいるみたいだ。ま、解放したら難癖付けて俺を犯罪者に仕立てるぐらいしそうだけどね。俺が奴隷落ちしても二人は俺に付き従う可能性があるからね。


だから不安要素である借金を先ずは片付ける。流石に一年では無理があるだろうから数年以内だな。それまでは領主一家に従おう。

どうせ商業ギルドはまともな対応してくれないからな。ポーションの買取価格を下げてきたら領主に直談判するとしよう。

働きたくなかったけど二人を守る為だ。少しぐらい頑張ろう。そして徐々に仕事を任せられる人材を集めてゆくゆくは何もせずとも金が入って来る環境を作り上げてやる。


「よし、じゃしばらくの拠点となる家を見に行こうか。オルガノさんが朝までには候補を探してくれるって言ってたからね」


ポーション職人用の作業場が隣接している家を見繕ってくれるそうだから家に着いてからポーションの作成をしてみよう。

商業ギルドに行くにしてもちゃんとポーションを作っているって建前が必要だからね。


「はい。旦那様に見合う綺麗な家が良いですね」

「ふふ、お風呂がある家でしたら毎晩一緒に入れますわね?」

「お、お姉さま!?」

「よし!! 行くぞ!?」


「ちょ、旦那様!? 何でそんなに急いで!?」

「ほら行きますわよ?」

「え!? ま、待ってください!?」

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