第29話 桃色の唇


「おはようですわ。よく眠れまして?」


目が覚めると既に日は登っていて、俺の目の前には妙齢の美女がいた。

薄手の服から胸の谷間が覗いており、俺の視線に気づくと腕で持ち上げ更に谷間を強調してくれる。妖艶な笑みを浮かべペロリと舌が赤みがかったピンク色の唇を横切る。


……この人は朝っぱらから色々とヤバい。今の俺は思春期真っ最中の好青年なんだぞ!? 自分で顔が真っ赤になっているのが分るんだぞ!?


一時撤退と思い反対側に転がると目と鼻の先に可憐な少女が眠っていた。あどけない寝顔、目を閉じているからハッキリと分かるまつ毛が長くこんな至近距離で見つめたことは昨日に続いて二度目だ。

綺麗な白い肌にぷっくりとした色素の薄い桃色の唇。思わず目が吸い込まれるように見つめていると身動ぎをする時に僅かに開き閉じる。その動きがどこか妖艶で幼い顔に大人の色気を感じる。


「ふふふ、妹にくぎ付けですわね。良いですわよ? そのまま唇に目覚めの挨拶を行っても」

…………。…………。…………。いや、ダメだろう。


「…………。おはよう、ツバキ。起きるから俺の背中に胸を押し付けながらシオンの方に押し付けるのは止めてくれ」

「あら? 宜しいので? いまならシオンの柔らかい唇を自由に出来るのですよ? 私が寝ぼけて押しやってしまっただけの不可抗力ですわよ?」

唇を自由に…………。――自由に、自由…………。


「…………。…………。いや、ダメだろ!? なに自分の妹を襲わせようとしているんだ!?」

「ふふふ、随分と悩んでおりましたわね。それに襲う何て人聞きの悪い。ただシオンを起こしてあげようとしているだけですわよ?」


「…………では、今後お姉さまが寝坊した時は旦那様に起こして頂きましょう」

「あら? シオン起きてましたの?」

「ええ。おはようございます、旦那様、お姉さま」

「あ、ああ、おはようシオン。身体の調子は大丈夫か?」

「はい。と、言いましても自由には動けませんが。朝食前にポーションを頂きたく思います」


「主様? 私を起こす時は主様の自由になさって構いませんわよ?」

自由に。あの身体を自由に……。揺らして起こすだけで巨峰が縦横無尽に揺れそうだ。いやいや。


「……その時はシオンに任せよう」

「あら? つれませんわね? 主様が起こしてくれるのであれば毎日寝坊することにしますのに」


それは寝坊ではなく、寝たふりじゃないのか? 話が逸れるな。先ずはシオンのポーションだ。Aランクポーション出ろ!


「シオン、これ飲んでみて」

「――こ、これは?」


Aランクポーションを見てシオンとツバキが固まった。まぁ、一体どこから出したって話だよな。異様に細工が細かい瓶に輝くポーションが入っているわけだし、驚くよな普通。


昨日の寝る前にポーションを生み出せるだけ出した結果、Fランク32本、Eランク16本、Dランク8本、Cランク4本、Bランク2本、Aランク1本が一日の上限だと分かった。二の累乗数かよ!? 二の冪≪べき≫だっけ? まぁ分かり易いから良いけど。


「主様、これは、――まさかBランクポーション、ですか? ベアトリーチェ卿が生み出したとされる最高ランクのポーション?」

「うん? いや、俺が作ったAランクポーションだよ。一本しかないけどこれ以上は今は作れないからこれで治ると良いんだけど」

 

これでもダメならシオンには少し我慢してもらってメリリの使徒になった時にSランクポーションを飲ませよう。できれば遠慮したいんだけど、シオンの命に関わりそうなら四の五の言ってる場合じゃないから覚悟を決めよう。


「…………旦那様は、使徒、さま、ですか?」

「ん? いや、まだなってないぞ?」


たぶん。メリリの奴が勝手にしていない限りは! あぁそういえばポーション作りもしていないのにAランクポーションを出しちゃったな。

まぁ二人にはポーション魔法の事も話しておくか。二人に隠れて作るのは難しいだろうし、二人に事情を話しておかないと俺が普通にポーション作りしたら変なものしか出来上がらないだろうから不審がられるからな。

二人は俺を裏切るような人間、竜人じゃないし、裏切られたらそれはそれとして俺の見る目が無かったって事で納得できるからな。


「――主≪あるじ≫、ヤマト様、これまでの不躾な態度を謝罪致します。この罪は私一人の物。シオンには何の咎もありません」

「お姉さま! だ、ヤマト様! どうかお許しを! 姉の態度はヤマト様を軽んじていたわけではありません、ゴホゴホ、な、なにとぞ、ゴホゴホ」


「いやいやいやいや、何で急にそんな畏まるの!? シオンは良いからそれ飲めって! ツバキも跪かなくていいから!? いつも通りの態度で良いから! 俺は別にそんな偉い人間じゃないぞ? ただ女神にポーションを作る魔法を貰っただけの一般人だよ。あ、この事は内緒ね。二人には一緒に生活するから教えるけど、あまり大袈裟にしたくないから普通のポーション職人で通したいからさ」


膝を付いて頭を下げるツバキを立ち上がらせて、ポーション瓶を頭上に掲げて祈りを捧げるシオンの口にポーションを入れる。

Aランクポーションってそんな祈りを捧げたりするようなレベルの物なのか? Bランクポーションを作れる人もいるんだよな? ならAランクポーションって言っても一つしかランク変わらないだろうに。


…………。まぁツバキ達以外に見せるのは止めとこう。俺が作れるのはCランクポーションまでってことで通すとしよう。

うん、二人の反応で妥協ラインが見えて良かった。商業ギルドや貴族相手にやらかしていたらヤバい事になっていそうだ。


「し、シオン? どうです? 身体は? 病は癒えましたか?」


ツバキが不安そうにシオンを見つめていた。シオンは俺にポーションを押し込まれてそのままポーションを飲み込んだ。森での俺と同じ様に身体が少し発光してすぐに消えた。その様子を見ていたツバキがオロオロしながら様子を伺う姿が普段と違って新鮮だった。


長年不治の病であるシオンの世話をしてきたツバキだからな。恐らくかなり凄いであろうポーションを飲ませたことで期待は最高潮だろう。これで治らなかったら希望が潰えてしまうほどに…………。重いよ!? 


「痛みはほとんど感じません。…………。でも治ってはいないと思います。身体の芯の部分に病を感じます」

「そ、そう、ですか。ですけど痛みがなくなる何て喜ばしい事ですわ。貴女もこれで自由に活動できますわね」

「はい! 病になってから初めて痛みを感じない時を得ました。これが数時間の奇跡でも旦那様には感謝しかありません。本当にありがとうございます」


シオンとツバキが涙を浮かべながら頭を下げてくれる。シオンはこれまで本当に苦しんでいたんだろう。痛みから解放されて輝く笑顔を見せてくれる。うん、天使がここにいます。メリリより神々しいよ。うん。

ツバキもそんなシオンの笑顔を見て喜んでいるみたいだ。いつもの妖艶な笑みじゃなく心からの笑顔が見れた気がする。


「完治出来なかったのは残念だけど、まだ希望はあるよ。少し時間が欲しいけど、少なくともシオンの命が危険になる前には今のポーションより上の最高ランクを用意するよ。だから少しだけ待ってくれるかな?」


まだ完治していないんだがらそんなに喜ぶのは早いよな。絶対に治してみせるよ。その笑顔が見れるならメリリの使徒になることにも耐えられるはずだ。


【ワタシの使徒はそんなに辛いの!?!?】


…………。なんか幻聴が聞こえてきたな。…………。覗き魔女神め、そんなんだから信者が増えないんだよ。信者の心を盗み見したり生活を覗き見したりしている癖に恩恵を与えないんだからな。

…………そう言えば邪神とメリリは違う存在だよな? ならシオンに呪いを掛けている邪神が存在するのか。

…………メリリサート様? まさか貴女が呪いを掛けているわけじゃないですよね?


【違う違う!! 本当だよ! 邪神は封印されているけど存在してたの!? あぁワタシのバカバカ。また応えちゃった! アルテにバレるぅ!?】


…………。なんだか大変そうだな。そっとしておこう。

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