第28話 S4 とある密談2
「返す言葉もありません。ランクの威光を笠に着た薬師であったのですが、その者が貴族の子弟であることも関係して職員達は口を噤んだようです。貴族の揉め事にギルドは関与出来ませんので子爵閣下の方から件の貴族へ抗議を入れて頂けませんか?」
「貴族の子弟と言う事は貴族ではありませんな。であれば商業ギルドの一会員であるその薬師に私の方から直接抗議をするわけにはいかないでしょう? 商業ギルドには貴族は関与出来ないのですから。つまり副ギルド長であるレベッカ殿が裁定を下して頂けなければ当家の薬師の活動にも影響がありましょう。それとも私共が口を出して宜しいのでしょうか?」
「いえ、当ギルドの一会員として認めて頂けるのであれば貴族ではなく一薬師として対応させて頂きます」
レベッカも本気で言ったわけではないが、もしセルガの事を守ろうと動くのであれば交渉が楽になると考えていた。しかし結果はセルガを早々に見限ってヤマトの擁護に入っていた。
領主に商業ギルド内の事に口出しをさせる前例を作るわけにもいかないのでレベッカは一歩下がるしかない。
「それならば安心だ。厳粛なギルド長であるレベッカ殿の差配なら間違いはないでしょう」
「……副ギルド長です。当ギルドは
「おやおや、先ほどのポーション職人とはヤマト殿の事であったか。しかし、情報の遅れはそちらの不手際。ヤマト殿もFランクの薬師だと認めておったし、そもそも商業ギルドに不信感を持っておりましたよ。暴行を受けたにもかかわらず押さえ付けられ更に罵声を浴びせられ、ポーションの材料を買おうとすれば断られたと聞きましたが? 優秀な薬師を当家が保護するのは当然であるし、その旨をそちらも理解して頂こう」
レベッカは明らかに不利である立場を理解していたが、事態は想像以上に深刻であった。カイザークの言葉からヤマトが不満を漏らしたことは間違いなく、ミリスが渡そうとした金貨を受けとらなかった事からも商業ギルドに不満不信を持っていることは間違いないと再認識した。
「…………では、ヤマト殿が借金を三十億Gも背負っているのはどういうことでしょうか? 当商業ギルド会員が不正な取引に騙され巨額の借金を背負わされた可能性があります」
「不正とは心外ですな。取引は極めて厳粛に執り行われました。竜人族の姉妹を不憫に思ったヤマト殿が自分であればポーションを飲ませることが出来るからと自ら購入を決意したのです。その想いに胸を打たれ購入代金は全額立て替えたのですよ。ただ彼女達の購入条件に借金の肩代わりが記載されていたのでヤマト殿は理解した上で借金を引き受けたのです。何と慈愛に溢れる少年であろうか。私も当家で受け入れるに当たって返済はある時払いの無利子期限なしで良いと指示を出しました。ヤマト殿には末永くあの姉妹を見守って頂こうと思いましてな」
「(長く鎖に繋ぎたいだけだろうが)………なるほど、それは良いお話です。であれば、当ギルドも出来る限りの手助けを当会員の為にするべきだと愚考しました。ヤマト殿の借金、すべて当ギルドが立て替えましょう。竜人へポーションを飲ませる必要がある以上、返済は負担になります。当方での不幸な出来事に対する僅かながらのお詫びです。あぁ、お金は気にしないで下さい。暴行事件を起こした犯人に可能な限り請求し、足りない分を当ギルドが払いますから」
「それは出来ませんな。支払い方法が決まっておりましてね。月に三百万Gの支払いのみです。一括返済は認めておりません」
「それは契約書に記載されているのですか? 契約書を拝見しても?」
「契約書を他人に見せるわけないでしょう? いくら会員とはいえ、ギルドがそこまで一個人に関与するのは問題では?」
「今回護衛を雇うに至った経緯は商業ギルドでの揉め事のせいだと判断しました。その為に負った負債です。ならば商業ギルドが面倒を見るのは当然のこと。子爵閣下が見せないと仰るのであればヤマト殿本人に確認をしましょうか」
カイザークとレベッカは激しく視線を交わす。お互い譲れない事は理解しておりどこかで落としどころを見つける必要があった。
レベッカはカイザークとのやり取りでヤマトが自分が考えている以上の存在だと認識した。領主であるカイザークはポーション職人のことを詳しく知っている。そのカイザークがレベッカに法外な条件をつけ引き下がることをせず、絶対に引かないという意思表示をしているからだ。
そしてカイザークはレベッカが商業ギルドの名を出して貴族子弟への制裁や借金の肩代わりを口にした事でヤマトが自分達が思っていた想像以上の存在だと認識した。
「…………当家の専属に変わりない。しかし、ポーションの販売は商業ギルドを通す。これでよかろう?」
「商業ギルドに在籍している以上、当方に所属はあります。子爵閣下のご要望のポーションは優先的に販売することで御納得下さい」
専属ポーション職人になると雇用主の判断でポーションを販売することが可能になる。カイザークはそれを商業ギルドを通すことで商業ギルドの利益に貢献すると言ったのだった。
高ランクポーションは常に品薄で子爵家であっても手に入れることが出来ない事は多い。レベッカはその高ランクポーションの優先販売権をカイザークへ渡すことを約束したのだった。これは普通の貴族家であれば喉から手が出るほど欲することであった。
両者は再度睨み合い、口を開く。
「当家の専属に変わりない。当家で使用するポーションも含め、すべてのポーションを一度商業ギルドに卸す、その上で必要なポーションは当家が優先的に買い戻す」
本来販売用以外は商業ギルドを通す必要はないのだが、カイザークはヤマトが作ったポーションを全てギルドに提出してその上で必要なポーションを買取ると提案した。これはヤマトの技術を隠せなくなる故にカイザークが避けたかったことであった。しかし商業ギルドの狙いはそこであると読み持ち掛けることにした。
ギルドが必要なポーションはカイザークから再度買い取る必要がありヤマトが優秀であればあるほど旨味のある取引だと考えたのだ。
そもそも高ランクポーションの優先権とはヤマトがCランクポーションを作れる以上、ヤマト以上の価値はない。
カイザークはそれを理解しており、レベッカがそれ以上の価値を付けない限り引くつもりはなかった。そしてそれをレベッカも理解した。
「――所属は商業ギルドにあります。子爵閣下へのポーションの優先販売権。ネイロクラ伯爵の不祥事の記録、ハイロリラ子爵の帝国との密売記録、そしてベルモンド子爵家の密売記録、不正奴隷移送記録、脱税記録、その他五点の不正の証拠を差し出し、私がその証拠を揉み消すお手伝いを致します。更に、先ほどお渡しした魔結晶も差し上げます。これ以上の交渉は不可能です」
ポーションの優先購入を認め、カイザークとライバル関係にあるネイロクラ伯爵とハイロリラ子爵の弱みを差し出し、ベルモンド家の不正の証拠を計八点差し出すと共に揉み消す手伝いをすると巧妙に隠したはずの記録を見つけ出したレベッカ自身が提案。更に王家に献上すれば不正の記録に目を瞑って貰えるような魔結晶をタダで差し出すと提案した。
これを断れば不正を表沙汰にしてベルモンド家を潰してヤマトを手に入れると宣戦布告しているようなものだった。
八点の不正の証拠があり、ライバル関係の貴族家二家の協力を得て、王家に不正満載な貴族家を潰して貰えそうな手土産を用意しての宣戦布告である。
「ぐ、ぐぐぐ。――そちらの提案に一つだけ付け加えてくれ。ヤマト殿の意思を尊重するというものだ。ヤマト殿を商業ギルドに突き放す真似は当家はしないし、ヤマト殿が自分から当家を頼って来た場合は迎える。これは才能ある薬師が潰されない為の措置だと考えて欲しい。当家からヤマト殿を直接勧誘することはしない。商業ギルド在籍のBランクポーション職人がこの街に来たことを想定して対応することを約束する」
ギルドでの不祥事があった以上レベッカにこれを断ることは出来ない。そもそもポーション職人は自由である。貴族に囲まれていないのであればギルドに属するのが普通である。
ヤマトへは今後の対応で信頼を勝ち取れば良いとレベッカは頷いた。
カイザークはレベッカが頷いた事で心の中で拳を握った。不正の証拠を押さえられていたのは衝撃的であったが、その全てが揉み消され、優先購入権を貰い、ライバル貴族の弱みを握り、更には魔結晶まで貰う。本来であればギルドが不祥事を起こさなければ手に入らなかった物ばかりだ。
そしてギルドに強い不満を持っているヤマトがギルドにすんなりと所属するとは思えなかったのだ。Bランクポーション職人の接待であれば家を与えるのは許されるし、メイドを派遣するのも可能であった。
領主としてポーション職人を出来る限り接待することで商業ギルドより領主家に所属することを選ばせる心積りであった。
そしてそれはレベッカも同じこと。失った信頼を取り戻すことは難しいが不可能ではないと良く理解していた。
「では、契約成立ですね。後日正式な書面をご用意します」
「良い取引となった。今後ともレベッカ殿とは仲良くしたいものだ」
お互いに腹の中で黒い笑みを浮かべながら硬く握手を交わす。
ヤマトの狙いを読み違えたまま二人は互いに自分にヤマトは擦り寄って来ると笑みを深めた。
未来が誰に微笑むかは邪神のみが知ることである。
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