第57話 ヒロネ 襲来2


「……これは何の騒ぎでしょうか? 当家の使用人が何か問題でも起こしましたか?」


 ザルクさんに視線を向けると慌てて顔を横に振っている。……大丈夫、分かってるから。だからそんな捨てられそうな犬みたいな目をしないで。


 ヒロネ嬢の方を見るとよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに胸を張った。…………。ツバキの圧勝だな。


「実はこのわたくしがヤマト様に会いに来たと言うのにこの獣人がそれを妨害しましたの。やはり亜人を使用人など――」

「――ヤマト様、お嬢様は先ほどの件を深く反省し、改めてご挨拶に参った次第です。出来ればお屋敷でお話をさせて頂けますでしょうか」


 ヒロネ嬢の言葉を遮って執事さんがそう言っているが、……どの辺りが反省しているんだろうか? 

 俺には相変わらず俺達を下に見た上から目線の物言いに、俺が雇った使用人を貶し、亜人批判をしようとした様にしか見えなかったけど。


「あいにく現在は工事中です。お客様をお迎えする準備も出来ていません。それに使用人の件は既にお断りしたと思いますが?」


「…………。ヒロネ様はご領主様のご息女でありますよ? 門番に亜人を使うのは良いとして屋敷内の使用人をどうされるおつもりですか? ――そちらの亜人にお任せするつもりではありませんよね?」


 …………。その亜人ってツバキとシオンの事を言ってるのか? フィーネの事か? ……何で赤の他人にそんな事を言われる筋合いがあるんだよ。


「そうだと言ったらどうなのでしょうか?」


「それは余りにも配慮がありません。無礼を承知で言わせて頂きますが、ご領主様をお迎えするという意味をヤマト様はご理解されておられないご様子。ご領主様の機嫌を損ねてはこの屋敷に住むこともままなりませんよ?」


 …………は? 俺は家を用意してくれるって言うから住むことにしただけだぞ? 別に商業ギルドが用意した家を改装しても良いんだ。そうじゃなくても宿暮らしでも問題ない。風呂に入れなくなるけど金を溜めるまでの我慢だと思えば良いだけだ。


 そもそも領主が来るのは勝手に来るって言ってるんだろうが。それも引っ越し当日に。何で俺がそんな身勝手なヤツの為にそちらの流儀で接待する必要があるんだ。

 俺は元々この国の人間じゃないって言ってるよね? 俺の母国では亜人を使うのが作法って言ったらどうするつもりなんだ? 母国を批判するつもりか?

 郷に入っては郷に従えって、スパイを招き入れろって意味じゃないだろう。


 …………。領主側は俺の事を自分から領主側に歩み寄る便利なポーション職人と思っていないのか? Cランクポーションの作り手がこの街に居らずCランクポーションは取り寄せる必要があるって事は俺が月に2本のCランクポーションを提供するのはかなりのメリットだよね? 最高品質の事を理解しているのかは知らないけどそれが無くとも俺の価値はかなり高いはずだ。


 少なくとも貴族と対等に渡り合える商業ギルドは俺の事を高く評価していると感じ取れた。


「ですがヒロネお嬢様を使用人として御雇い頂ければご領主様もご満足いただける事は間違いありません。ヤマト様がこの街で快適に過ごすにはどちらが良いか私が言わずともお分かり頂けますよね?」


 …………。そうだね。考えるまでもない。

 そのクソ女と一緒に生活なんてしたら快適に過ごせるわけがないってな。


「そうです! ヤマト様はそちらの竜人を気に入っているみたいですけど、お父様の機嫌を損ねたら没収されるのですからね!」


 ブチッ。


 …………。…………。没収される? 奴隷を譲渡するには主人の承諾が必要だ。それ以外の方法は主人を犯罪者に仕立て上げて奪うしかないはずだ。つまり領主は俺を犯罪者に仕立てると? 

 …………。そんな浅慮な考えが領主にあるとは考えたくもない。こいつ等の妄言と考えるべきか。ではなぜ没収という言葉が出た? まさかツバキ達は領主から貸し出されていると言うつもりじゃないだろうな? 


 俺は契約書を正しく理解して契約している。間違いなくツバキ達は俺の奴隷であり、現段階では領主に一切の権限はない。俺からツバキ達を奪うには俺を犯罪者にして奴隷の権限をこの国の国王から賜る以外に方法はないだろう。


 現実的ではない。つまり領主はこの二人に俺の事を正しく伝えていない。領主の威光に逆らう事の出来ない平民だと思っているのか?


 …………。逆らうよ? 俺はこの国の人間じゃないんだ。この国に愛着もなければ未練もない。そして俺には全ての国が何を差し置いても手に入れたいと思うチート魔法がある。亡命先は選り取り見取りだ。表沙汰にするつもりはないけどね。


 俺がこの街に留まる事を決めたのはツバキとシオンの為だ。その為にセルガへの仕返し計画を一旦白紙にしてまで、事を荒げる事も無く穏便に借金を返済して二人を正規のやり方で解放しようとしているんだぞ。


 俺のチート魔法をフル活用すれば簡単だろうけど、それじゃ多方面から狙われる事になってしまう。

 だからバレない範囲で既存のポーション職人でも可能な範囲でポーションを売っているんだ。最高品質だけどさ!?


 俺は貴族や国家のごたごたに巻き込まれない様に静かに楽しく生きたいだけだからね。社畜の様に毎日働き詰めになりたくない。女の子ツバキ達とキャッキャウフフな生活が送りたいんだ!


 領主上司の顔色を伺う生活なんて二度と御免だ。


 メリリめ、俺は目立たず簡単に稼げて楽して尊敬されるスキルって言ったのに、目立ちまくるし全然楽じゃないぞ!

 そもそも品質調整まで出来るようにしておけよ! 全部最高品質って目立ちまくるだろうが!!


「……。――ヤマヤマ、止めなくていいの?」


「…………。…………うん?」


 余りの怒りに思考に耽ってしまっていたな。


 …………。うーん、何故かヒロネ嬢と執事さんが倒れている。ついでにザルクさんも腰を抜かしているみたいだ。


 俺達は動いてないよ? ツバキは俺の背後に居るし、シオンとフィーネも俺の左右にいる。うん、完全犯罪だね!


「……ツバキとシオンを怒らせてはならない。……竜の逆鱗に触れた者の末路」


 いや、死んではいないよ? たぶん。執事さんは意識がありそうだし。ヒロネ嬢は……口から泡拭いてる、あと地面が濡れて、いや何でもない。彼女の名誉の為、黙っていよう。


「…………。執事さん? 聞こえますか?」

「――っ、は、はい」


 焦点が定まって居なかったけど俺の声で意識がハッキリしたみたいだ。上体を起こして俺やツバキに畏怖の表情を向けている。


 …………。ツバキの事知らなかったのか? それとも殺気を向けられるとは思ってもみなかったのか?

 まぁ、普通貴族に歯向かう平民が居るとは思わないよね。押せば頷くって思っていたのかな?


「領主様に事の顛末を余す事なくお伝えください。その上で「従順な飼い犬でも鎖を引っ張り過ぎると手を噛まれるか逃げ出す事がありますよ」とお伝えください」


 領主さんはキッチリ理解していることを願おう。レベッカさんの口ぶりからしたら領主も俺を引き込もうと躍起になっていると思っていたけど違うのかな? メルビンさんがどこまで伝えたか分からないから判断が難しいな。


 …………。まさかメルビンさん、ポーションを秘密にしていないでしょうね?


「――――はッ! 必ずお伝えします。申し訳ございませんでした!」


 俺の言葉に深く頷いた執事さんがヒロネ嬢を抱き抱えて馬車に逃げ込んだ。因みに馬がツバキの殺気に驚いたのか結構遠くに馬車が移動していた。


 ◇


「主様、不服ですわ」

「旦那様、納得できません」


 執事さんとヒロネ嬢をそのまま見送ったらツバキとシオンが不満を口にした。ツバキの顔は良く見えないけど、シオンは口を尖らせて頬を膨らませてる。プンプン、ってしてる。

 ……いいね! じゃなくて。


 まぁ俺よりキレてたからね。でも二人がこんなにハッキリ不満を口にするのは珍しい。相当怒っています? ほっぺた突っついていい?


「とはいえ手を出すわけにはいかないからね。今のも結構ギリギリのラインだよね。俺としてはそれなりスッキリしたけど」

「……私達の忠誠を軽んじられましたわ。戦場であれば有らん限りの苦痛を与え生かした所です」


 …………。そこは殺さないんだね。簡単に楽にさせるわけがないと。苦痛を少しでも長引かせると。……ツバキさんキレてますね。

 龍王の誓いまでしてるからね。絶対不可侵の誓いを冒涜されたと感じているわけだね。……むしろ良く我慢したと褒めるべきなのか。


「旦那様より後に死ぬつもりはありません。故に私達は最後の時まで旦那様にお仕えします」


 いや、嬉しいけどちょっと重いよ? 俺が病気で死ぬ事もあるんだよ? 俺だって二人が先に逝ったら辛いんだよ?


「……私はヤマヤマと沢山の子供たちに見送られて安らかに眠りにつく」


「…………。フィーネの方が寿命長いよね?」

「……子供達の事は否定しなかった。ぽっ」


「旦那様?」


 いや、シオンさん、それはおかしい。俺は何もしていないから! 冤罪です!?


「ふふふ、シオンと主様の子供を抱き上げるまでは死ねませんわね」

「お、お姉さま!?」


 …………よし。ザルクさんを助けに行こう。ここは危険だ。危険地帯だ!


 …………。でもザルクさん、門番がそんな簡単に腰を抜かしたらダメでしょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る