第107話 ハーティア3
それから少ししてようやく侵入者が扉の前に集まったようだ。ツバキによると建物内をくまなく捜索しつつ向かってきたようだ。そして全員が揃うのを扉の前で待っているみたい。
物音が全然しないからツバキに言われないと気付けなかっただろうね。……俺達は気付いていて扉越しに注目しているわけだけど、相手さんは気付かれないようにと息を殺しているって言われると笑いそうだ。ここで扉ごと攻撃したら一網打尽じゃないか?
「来ますわよ」
ツバキの声から数テンポ遅れてドンッ! と扉が乱暴に開けられ、どう見ても兵士には見えない男達が入って来た。
「な、何!? っ、動くな!」
部屋の中央で黙って待ち構えているとは思っていなかったようで、扉に注目していた俺達に一瞬唖然となりつつも男達が部屋になだれ込んでくる。
入って来たのはツバキが言った通り十名の男達。数名は獣人族だけど、俺には人間に見えても他種族の可能性が高いから何とも言えないな。
全員清潔とは言い難い服装で手には武器を持っている。兵士の詰め所に押し込み強盗ですか。類は友を呼ぶって言うしセルガのお仲間かな。
「言われなくても動いていないだろう?」
「っ、へ、へへ、あぁそれでいい。黙ってオレ達に従って貰おうか」
俺達が待ち構えていたため表情を強張らせていた男達だったけど、俺達が黙って動かないところを見て、身を寄せ合って怯えていると勘違いしたのか笑みを浮かべる余裕が生まれたようだ。
……この態勢はいつも通りなんだけどね。
「ここにセルガの野郎がいたはずだが、どうした?」
「机の後ろで寝てる」
「は? うを! コイツ白目向いているぞ! お前らがやったのか!?」
端にいた男が奥に進んでセルガを発見したようだ。周囲の男達も武器を握る手に力が入っている。
……うーん。カタギに見えない、いかつい顔の男達に武器を片手に囲まれているのに全然怖くないな。ツバキフィールドは優秀だね。安心感が違う。不安が微塵もなく、男達の動きを落ち着いて見ることができるからね。
乗り込んで来た男達はセルガと違ってツバキをかなり警戒しているようだ。今は殺気を出していないはずだけど注意深く動きを伺っている気がする。
セルガがいることを知っているわけだし、こいつ等はセルガの仲間ってことで間違いないかな。ただセルガが倒れていることに酷く狼狽えているけど驚き過ぎじゃないか? セルガがツバキに勝てるわけないことくらい分かるよね? そしてお前らが勝てないことも。
……さて、どうしようかな。
「俺達が部屋に来た時からその状態だったよ。第一発見者として兵士が来るのを待っていたんだけど?」
「嘘をつけ! この建物は監視していたんだ! お前ら以外に入った者はいない!」
ふむ。嘘をつけ? デタラメなことを言えばいいのかな? ……冗談はさておき。監視していたことにツバキが気付いていなかった? 建物内に集中していたから気付かなかったのかな? …………入口を壊したところ見ていたならツバキを警戒する理由も分かるな。普通あんな開け方できないよね。
「……いきなり後ろに飛んで、壁に頭をぶつけて倒れてた」
「そんなわけあるか!?」
「ふざけているのか!?」
フィーネの言葉に男達が口々に文句を言っているけど実際ツバキの攻撃は見えなかったから、傍から見ていたならセルガが突然後ろに飛び壁に衝突したように見えたと思うけどね。
――よし、実験をしてみようか。頭を軽く上下に振る。すると正面にいた男が突然後ろの壁に激突した。
「――――は?」
「え、な、なんだ」
「っ、な、なにをしやがった!?」
ツバキに上手く伝わったようだけど――本当に何が起こったんだろう? ツバキが動いた感じが全然しなかったんだけど。俺から見ても男が突然後ろに吹き飛んだように見えたぞ。間違いなくツバキによるもののはずだけど、俺でも分からなかったんだから注視していなかった男達の動揺っぷりは大きい。
「見ての通り何もしていないだろう? …………この部屋は悪人が吹き飛ぶ女神様の加護があるんだよ」
「ふ、ふざけッ――」
怒鳴ろうした左側の男が吹き飛んだ。顔がガクッと上に弾かれたから何かぶつけられたのかな?
男達が唖然として倒れた男を見ている。そしてカタカタと震えだす。…………うん、ツバキの殺気が周囲に広がっているみたいだ。
「――それで、貴方達の目的は何かしら?」
ツバキの問いに獣人の三人は握っていた武器を落とした。そしてその表情がみるみるうちに恐怖へと変わっていく。
他の者も一様に青ざめ顔色が悪いけど獣人の三人は他とは比べ物にならないほど怯えているようだ。ツバキのことを知っているのかな?
「あ、あんたは――」
「…………何をもたついていル」
獣人の一人が何かを言おうとする声を遮るように野太い声が聞こえ、次の瞬間、ドゴンッ!! っと激しい音と衝撃が背後――セルガがいる執務机の方から響いた。
背後を見ると砂ぼこりが舞い奥から光が差し込んでいた。……ツバキ以外にも常識外れがいるみたいだ。そこ玄関じゃないよ?
執務机のおかげでがれきが俺達に当たることはなかったけど、壁が大きく崩れ、がれきがセルガに降り注いだようだ。執務机が邪魔で良く見えないけど、がれきで身体の半分近くが埋まっているみたいだ。…………死んだか?
そして壁の向こう――建物の外から崩れた壁を
うーん、天井との距離がおかしい。なんだか部屋が小さくなったように見える。壁を潜るのに体を少し屈めていた状態で大男。部屋に入って上体を起こすとあら不思議、天井が下がったように見える。…………この世界に来てツバキより大きい人を初めて見たな。
突如現れた大男はツバキが見上げるほどの巨体だ。丸太のような太い腕に、それを支える分厚い大胸筋。筋肉の塊みたいな体躯は同じ人類とは思えない。
眼光は鋭く何人か殺していそうな人相だ。恐ろしい顔つきをしているわけだが、少し視線を上にやると頭上に二つのもっこりとした丸い獣耳がある。……何とも不釣り合いだ。その可愛らしい耳のせいで恐ろしさが半減しているようだ。
全体的にもっさりした体毛のせいで人というよりも大型の獣に見える。本当に人種か? 森で出会ったなら絶対熊と勘違いするぞ。
「ぼ、ボス……す、すいやせん」
「……竜人が付いているとは聞いたガ、まさか竜鬼がいるとはナ」
部屋を見渡した大男がツバキに視線を止めて呟いた。声が大きくて呟いたというより普通に言ったように聞こえたけどね。
ただツバキを見ても表情が変わらなかった。竜鬼がツバキを指している言葉ならツバキのことを知っているのだろうけど、その表情に恐れはないようだ。
「その呼び名は久しぶりに聞きましたわね。……レイツーリア平原で見た覚えがありますわ」
「覚えられているとは光栄ダ。あの時は名乗ることも出来なかっタ。改めて名乗ろウ、俺はベイクマトン。ダンタロイの戦士ダ」
ベイクマトンと名乗る大男がそう言って更に前に出た。そして下の方から「ぐぎゃ!」と苦悶の声が聞こえる。チラっとベイクマトン――熊さんの足元を見るとセルガががれきと一緒に踏み付けられているようだ。…………南無。
「ツバキはこの熊さんを知っているの?」
「――俺は熊ではなイ。誇り高き狸人族の戦士ダ」
「…………ん? んん? ――熊人族の戦士?」
いま、狸って聞こえたけど――気のせいだよね。こんなデカい狸がいるわけない。狸人はコニウムさんみたいに小柄で可愛らしい獣人のことだ。決してこんなデカくて毛むくじゃらな大男ではない。
「キサマ、俺を愚弄するつもりカ!」
「っ! おい小僧! 謝れ! ボスは熊人と言われることを嫌っているんだ!」
「誰が熊ダ!!」
熊さんは崩れた壁をその大きな手で掴み、バゴっと大きな音を立て壁の一部を壊し、そのまま俺の後ろで叫んだ男に投げ付けた。
投げた拍子に砕けた小石が俺達にも飛散し、ツバキが両手でシュパパパと払い除けた。そして背後では岩がぶつかる音と共に何かが床を転がる音が響いている。
うーむ、どう見ても熊なのだが…………ふむ。どうやら狸と熊を勘違いしているみたいだな。まぁ認めたくないこともあるだろう。ここはそっとしておこ――――もうムリみたいね。
「――死にたいようですわね」
「「ッ!!」」
ゾワワっとする気配が足元から頭の先まで駆け上がる。俺達の周囲にいた男達はそれ以上だったのか熊さん以外は腰を抜かして青ざめているみたいだ。
――はい。ツバキさんが怒ってます。激怒しています。俺をシオンに預けて前に出た。表情は見えなかったけど普段の殺気をばら撒いている時とは全然違う。なぜか完全にキレているみたいだ。
普段は俺の背後から離れないからツバキの後ろ姿を見るのは新鮮だ。スラっと伸びた足に背中に掛かる長い髪が美しい。――ただ今は、その背中に激しい怒りが立ち込めているように見える。
「旦那様、少し下がりましょう」
「……ヤマヤマ、下がる」
シオンが俺を背後から抱き締めて後ろに引っ張り、フィーネは俺の前に立って警戒しながら下がってくる。
……二人共かなり焦っている? ツバキが前に出るのも初めてだけど。……え? もしかして熊さんってツバキと対等に戦えるくらい強いの?
「その小さいのが竜鬼の主だト?」
「黙りなさい」
ツバキと熊さんが執務机を挟んで対峙した。熊さんはツバキを前にしても一歩も引いていない。周辺にいた男達は完全に戦意喪失している。ツバキと熊さんの殺意に当てられて萎縮しているみたいだ。俺にとってはこれがいつもの風景だが、熊さんはツバキを相手にしっかりと睨み返している。
「ふン、俺はあの時の俺ではないゾ。戦いを忘れた竜鬼に、――その程度の小童に仕える貴様に負けはせン!」
熊さんは執務机をガシっと掴むと、まるで段ボールで出来ているかのように軽々と持ち上げツバキに振り下ろした。
危ない! と俺が口にするより早く振り下ろされた執務机が不可思議な軌道を描いて横に逸れた。
「ぐぅ。く、ぬぁぁぁあ!!」
熊さんの顔が苦悶の表情を浮かべ執務机を掴んでいた左腕に視線を向けた。――なんか腕の曲がり方がおかしい気がする。そしてすぐさま怒気を含んだ叫びと共にツバキに殴りかかる。
しかしその拳がツバキに迫るよりも早く、熊さんの身体が弾けるように崩れた壁へぶつかり、そのまま外へ吹き飛んでいった。
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