第75話 S13 陰謀の時間1

 夕日が沈みかけ空が赤くなった頃、カイザークとメルビンを乗せた馬車がヤマトの屋敷の前に停止した。


「領主、カイザーク・ベルモンド様の馬車だ。門を開けよ」


 御者をしている身なりの良い初老の男が門の前に立つザルクとダリオに言い放った。馬車の両脇には二人の騎士が護衛に付いており、ザルクとダリオを威圧するように睨んでいた。


「ようこそお越し下さいました。失礼ですが、何か証明できる物を御見せ頂けますか」

「ッ、貴様、領主様の馬車を前に証明をせよと申すか! 亜人風情が!」


「私ではその馬車が間違いなく領主様の持ち物であると判断する事は出来ません。そして馬車に乗っているのが領主様ご本人様である事も分かりません。招待状も無く、お館様からお越しになるであろうと伺っているだけであります。この屋敷の門を預かっている以上、確認も無しに通すわけには参りません」

「貴様ッ」


 御者と騎士の視線を受けてもどこ吹く風と淡々と告げるザルクに御者と騎士は怒りを覚える。


「よさんか。私の部下が失礼した、私がカイザーク・フォン・ベルモンドだ。この家紋を持って証明としたいが如何に?」


 外から感じる剣呑な雰囲気に馬車の中からカイザークが顔を出す。そして懐に入れてあったベルモンド家の家紋が刻印されたメダルを取り出しザルクに見せる。


「は! 問題ありません。大変な無礼を働きましたことお詫び申し上げます」

「構わん。其方は職務を全うしただけだ。今後も励むが良い」

「は! ありがとうございます!」


 ザルクとダリオが開く門を馬車が潜り屋敷に向けて進む。

 通り過ぎる際に騎士がひと睨みするが二人はまるで意に介していなかった。


「……ただの亜人かと思えば戦闘経験のある凄腕か」

「そうですね。元冒険者でしょう。片足を庇って立っていましたし負傷して一線を退いたのでしょう。中々に鍛えられている。死線を数度潜った事がありそうな雰囲気がありましたね」

「そうだな。……ヤマト殿の元には優秀な者が集まるのであろうか」


 ザルクとダリオを見たカイザークとメルビンはその佇まいから腕が立つであろうと見抜いていた。

 確かに元Cランクのザルクは凄腕の部類に入る。しかしカイザークとメルビンが感じた二人の雰囲気は彼らがここ数時間の間に数回の死線を潜ったからこそ身に付いたものだった。


 ツバキという最強生物から放たれる殺気を巻き添えも加えて数回体験したことで以前であれば領主と聞いて緊張したであろう出来事にも動じない心の強さを手に入れていた。

 しかしその事に当事者の二人が気付くのはまだ先の事であった。


「ようこそお越し下さいましたぁ。ご主人さまがお待ちですー」


 玄関前に止められた馬車からカイザークとメルビンが降りると玄関前で待機していた小柄な少女、スンスンが出迎えた。


「(少女? いや、小人族か)うむ。案内宜しく頼む。……お前たちはここで待機だ」

 カイザークは連れていた御者と護衛の二人を外で待機させる事にした。先ほどの態度からヤマトの前で何かしらの失態を起こす可能性を考慮しての事であった。


「ではこちらへどうぞー」


 カイザーク達の準備が出来るのを待ち、慣れた動きで扉を開け屋敷の中へ誘導する。


「(……出迎えは無しか。いや、当然か。招待されたわけではない)」


 カイザークは扉の先にヤマトが居なかった事に僅かに顔を歪めた。

 この国では目上の者が尋ねて来る際は家主はホールにて待つのが歓迎の証であった。招待されて居なかったとしても訪れる事を事前に知らせている以上、最低限のマナーとしてホールで出迎える事が求められていた。


「(父上、ヤマト殿は辺境の生まれです。流儀を知らなくても仕方がありません)」

「(分かっておる。気にしておらんッ)」


 小声でありながら僅かに怒気を含んだカイザークの言葉にメルビンは僅かに焦りを覚える。

 そんな二人の様子を背中で感じながらスンスンは一階にある部屋に案内する。ヤマトが住む前から来客用として用意されたいた応接室である。


 カイザークは屋敷の構造を知っているのでここに案内される事は理解していた。

 しかし部屋を前にしてカイザークとメルビンに悪寒が走る。まるでこの先に進む事を体が拒否しているかの様に。


「(っ、なんだ? このヒリつく感じは。この部屋に何かあるのか……?)」

「宜しいでしょうか?」


 戸惑うカイザークを他所にスンスンは扉に手を掛けてカイザーク達を見ていた。カイザークも原因不明の事を理由に待たせるわけにもいかずメルビンを一瞥し、深く二回の深呼吸をすると一歩を踏み出す。

 その歩みに合わせてスンスンが扉を開く。


「領主、カイザーク・フォン・ベルモンド様のお越しです」


 カイザークとメルビンは開かれた扉に歩みを止めず進む。そして見る。


 部屋の最奥にある一脚の豪勢な椅子に腰掛ける年端もいかぬ少年とその両脇に控える二人の女性。高級感漂う執事服に身を包む竜人族の女性と東洋国の将軍お側人が着用する巫女装束を着た竜人族の少女。

 そして少年の後ろにはメイド服を着たハイエルフの女性が控えていた。


「(――あの少年がヤマト殿? 本当にまだ子供ではないか。それにこれはどういう事だ。あれは竜人族の姉妹のはず。なぜ東洋国の巫女服を着ている。まさか東洋国と繋がりが? ありえない。そんな情報はレベッカ殿からも聞いていないぞ)」


「ようこそお越し下さいました。僕が薬師のヤマトです。……あぁ、ポーション職人と名乗った方が良いですかね?」


 椅子から立ち上がり軽く会釈をしながら自己紹介をする少年、ヤマトの言葉を聞きながらも歩を進めるカイザークとメルビン。そして部屋の中央にまで進んだ時、背中に電気が走り足が止まる。


「ッ、――お会い出来て光栄です。私がこの街の領主を任されていますカイザーク・フォン・ベルモンドです。こちらは私の息子、メルビン・フォン・ベルモンドです」


 カイザークは背中に大量の汗をかきながら笑顔で口を開く。考えていた口上など既に消え去っていた。

 大型魔獣に睨まれたような強烈な視線を全身に感じながら必死に頭を回転させていた。


「宜しくお願いします。……メルビンさんとは昨日ぶりですね。昨日は色々とありがとうございました」

「いえ、ヤマト殿も息災で何よりです。――お二人も昨日までとはおもむきが違いますね。これはヤマト殿のご指示ですか?」

「ええ。たまたま知り合った方と交渉して頂きました」


「(交渉して貰った? つまりこの街に東洋国の手の者が紛れ込んでいたのか!? そしてヤマト殿の秘密を知り自国に招いている!? 巫女服は将軍お側付きの証、既に亡命の手筈を整えているのか!? これはマズイ!)」


 カイザークは目の前に居るのは年端もいかない少年ではなく、領主である自分以上の存在であるポーション職人であり頭を下げ街の発展に協力を乞う存在であると認識を改める。自国の他領ならまだしも他国に取られては申し開きも出来ない。

 亡命を示唆する警告をされたその日の内に他国との繋がりを見せ付けられカイザークは焦りを募らせていた。


「…………うえ、――父上! 聞いていますか」

「っ、な、んだ? どうした?」


 余りの出来事に頭がフリーズしていたカイザークをメルビンが揺すって声を掛ける。体がヒリつく感覚に加えてありえない事実を前にして頭が混乱していた。


「ですから、ヤマト殿がこの屋敷をお貸し頂き感謝していると」

「あ、あぁ、いえいえ、この程度の屋敷しか用意出来ず、申し訳なく思っている限りです。あ、どうせならもっと良い屋敷をご用意しましょう! それに使用人も腕の良い者を用意しましょう」


「…………」


 カイザークの言葉を聞いてヤマトの眉間に皺が寄る。カイザークはその様子から何か気に障る事を言ったと思い至り、使用人の事だと考え再度口を開こうとする。が、


「あ――」

「っ、あ、あぁ! そ、そうでした! ヤマト殿、本日は私の妹、ヒロネがご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。ヤマト殿の事を秘密にするため、当家でも限られた者しかヤマト殿の事を知りません。ヒロネにもヤマト殿の事を詳しくは伝えておらず、優れたポーション職人であるとだけ伝えておりました。その為ヒロネは何か思い違いをしていたようです。ヤマト殿、並びに使用人の方々に不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。ヒロネには私の方から十分に言い聞かせ、後日謝罪に参らせます。どうかお許し頂きたくお願い申し上げます」


 カイザークが話を聞いていなかった事を知り、余計な事を言いそうな雰囲気を感じ取ったメルビンが慌ててヤマトに声を掛ける。話のタイミングを奪われたカイザークがメルビンを睨むがメルビンはそれどころではなかった。


「(な、なんだ。この部屋は。空気が異様に重い。ツバキは目を伏せているし、後ろのエルフも何かをしている様子はない。なんなんだ。父上も様子がおかしい。でもヤマト君は普段通りに見える。……ヤマト君と対面しているから、なのか? いや、昨日は何もなかった。いや、そんなことよりも父上が混乱している以上私がどうにか場を繋がなくては)」


「メルビンさんが謝る事ではないですよ。…………。少し腹も立て僕もやり過ぎたと思うのでお互い水に流すと言う事で如何でしょう?」


「も、もちろんです。父上も構いませんね」

「う、うむ。ヤマト殿の慈悲に感謝します」


 一番の懸念事項であったヒロネの件がすんなりと片が付いた事でカイザークとメルビンは胸をなでおろしていた。

 今回の件が表沙汰になり他国からの介入があるとなれば間違いなくベルモンド家は責任を取らされる事態に陥るとカイザークは冷や汗を流していた。

 しかしヤマトからその事を示唆される事はなく、むしろ歩み寄ろうとする気配を感じカイザークは多少なりと気持ちが楽になっていた。

 楽観はできないがヤマトがすぐさまことに及ぶ事はないとカイザークは判断し、如何にヤマトをこの街に留めるかを思案する事にした。


「ありがとうございます。それではこの件はこれで終了として、――お二人ともどうぞ椅子にお掛けください」


 ヤマトに言われてカイザークとメルビンは自分達が片膝を付いている事に気が付いた。いつの間に膝を付いたのか分からない二人は慌てて立ち上がる。


 そんな二人の元にスンスンとメイプルが一人掛けの椅子を二人分持って近づいてくる。二人が椅子に座ると次は二人の前に机が置かれヤマトの椅子も中央に運ばれる。そして三人は部屋の中央で机を挟んで対峙する形になった。


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