第27話 S4 とある密談1


「なにやら騒がしいな」


ヤマトがベッドの中で羊の数を数えている頃、領主邸の執務室で書類の確認作業をしていたカイザークが屋敷の外の騒ぎに気が付いた。

何やら女性の言い合うような声に眉をひそめていると執務室の扉がノックされ執事のバイスが入室を求めてきた。


「旦那様。商業ギルド副ギルド長のレベッカ様が面談を希望されておられます」

「先ほど決めた通りだ。私がヤマト殿と会うまではギルド関係者との会合は無しだ。丁重に追い返せ」


メルビンがヤマトの事を報告してからカイザーク達は今後商業ギルドが関わって来るであろうことを予測し、幾つか取り決めを行った。

ヤマトとの面会を明日住居が決まり次第執り行うことを決め、それまでの間商業ギルドとの接触を避けるように決めたのもその一つだ。


「はい。その言いつけ通り丁重にお断りをしたのですが、あちらも引き下がらず、これを領主様に渡すように言われました」


バイスがカイザークに手渡した物は一枚の羊皮紙と魔石だった。


「……なるほど。あの女狐め。よもやここまで掴んでいるとはな」


羊皮紙はツバキ達がランデリック帝国からサラハンド王国に移送された際の契約書の控えであり、違法取引の証拠でもあった。

カイザークがツバキ達姉妹を手に入れるに当たって交わした契約は国際法に則ると違法行為でありこれが表沙汰になると他国からの批判が目に見えていた。その為証拠は確実に消し去ったはずだったのだが、レベッカはその証拠を突き付けて来たのだ。


そしてもう一つの魔石は両手で抱えるほどの大きさの魔結晶だった。

魔結晶は魔力が結晶化した非常に貴重な魔石である。通常こぶし大の物でも大型の魔道具を数日動かせる程の魔力量が込められていて領主といえ手軽に手が出せない程の金額であった。それが数倍はありそうな巨大な魔結晶だった。これほどの大きさの魔結晶をカイザークは王都でも見た事が無かった。


実用性もさることながら、カイザークは噂で国王が魔結晶を探しているという事を耳にしていた。これほどの物であれば王家に献上しても高い評価が下されることは間違いなかった。


「レベッカ様はこの二つを領主様に差し出す用意があり、先ずは話をしませんか。との事でした」

「…………どこまで掴んでいるか分からん女狐を放置するわけにはいかないか。分かった。応接室へ通せ。使用人たちは下がらせておいてくれ」

「かしこまりました」


レベッカが発するのは間違いなくヤマトの事であると理解していたが、ギルドでの一件がある為幾らか余裕もあった。


「さて、どれほど高く見積もっているのだろうな。高ければ高いほど、かの少年の価値は上がるというものだ」



「遅くに申し訳ありません。カイザーク子爵閣下。急な訪問にも対応して頂けたこと感謝致します」

「本来であれば対応することはないですが、他ならぬ商業ギルド、ギルド長代理殿の訪問ですからな。無下にも出来ますまい」

「……私は副ギルド長です」

「普段は居られないギルド長に変わってギルドを運営しているのです、代理で問題ないでしょう? むしろ私としてはレベッカ殿こそギルド長の地位に着くべきだと思っておりますよ」

「御戯れを。……しかし今日来たのはその件に繋がるかも知れませんね」


「…………ほほう。ついにギルド長の座に着きますか。それは御祝をしなくてはなりませんな」

「ありがとうございます。その時は是非とも。………今日来た理由ですが、子爵閣下に急ぎご報告しなくてはならない件があった為です。お喜びください、この街の当商業ギルドに非常に優秀なポーション職人が在籍することが決まりました。これにより当ギルド長と合わせて二人のポーション職人が街に在籍することになります。今後更なる発展が見込めること間違いなしです」


街にポーション職人が在籍している事は治療の面でとても大きな意味を持っていた。もしもの時の安全性やポーション職人の安全を守る為に治安の向上も見込め、街に移住を求める者が増えることは間違いことだった。ポーション職人の弟子になりたくて才能がある薬師が集まる事も期待できた。

そして商業ギルドを通して各街に販売されるポーションの売り上げも領主に還元される為、街の発展に繋がることはレベッカの言う通り間違いではない。


「…………。はて、この街に二人のポーション職人? あぁぁ! 街に住む事なく森の中で生活していて、この街に一切の恩恵を与えないポーション職人が確かに街に在籍しておりましたな。これはうっかり、確かに彼女もこの街のポーション職人でしたな。……それで? もう一人ポーション職人がこの街に来られたのですか? それはめでたい! あぁそうそう。私からもギルドにご報告がありましてな。実は非常に優れた薬師の少年を保護しまして、当家で面倒を見ることを決めたのですよ。ベアトリーチェ卿が定めた約定によってポーション職人を専属にするわけにはいきませんからな。当家で面倒を見ていずれは立派なポーション職人に育てたいと思っているのですよ」


商業ギルドのギルド長である、ベアトリーチェの直弟子ラビリンはこの街の商業ギルドに在籍するに当たってカイザークとも面会していた。

当初はポーション職人が街に来てくれたと大喜びだったカイザークだったが、ラビリンがこの街に来た理由は森の中に籠り新鮮な薬草を採取することだった。その為、街には一年の内数日しかおらず、街中でのポーション作成はしていない。

森での作成分はギルド員が回収に行き帝国側へ持ち込むため街に売上が下りることはなく、ポーション職人が街に在籍しているという事実も詐欺まがいなイカサマであった。


「…………商業ギルドが定めた規定ではCランクポーション相当のポーションを作成できる薬師はポーション職人となります。お間違いの無いようにお願い申し上げます」


最高品質ポーションを作れる者は例外なくポーション職人として扱われるように規定があった。またDランクの最高品質ポーションはCランクポーション並みの効果があり、どちらにしてもヤマトは規定を満たしていた。


「勿論ですとも。ポーション職人は最低でもギルドランクCランク、間違うはずがありませんな。あぁ当家で面倒を見る薬師ですが少し変わり者でしてな、自分で家を持ち生活をしたいとの事でしたので護衛として当家が用意できる最上級の護衛を用意しました。その際にギルドカードを確認しましたが、商業ギルドランクは最低のFランクでした。全く問題はありません」


ヤマトがツバキ達の奴隷登録をギルドカードに施す時にオルガノとメルビンはヤマトのギルドランクを確認していた。

レベッカはカイザークの話を聞いて僅かに顔を歪める。

作成者は例外なくポーション職人と認められる。しかしヤマトが持ち込んだポーションが拾い物や師匠の物だった可能性もあり、まだ会ってもいない少年を噂でポーション職人に認定するわけにはいかず、ヤマトのランクはFランクのままであった。


「ギルドカードは更新に時間が掛かる場合があります。ポーション職人か薬師か判断する場合は商業ギルドにお問い合わせ頂くことが確実です」

「ふむ、なるほどなるほど。これまで言われたことのない提案ではあるが、今後はそのようにしよう。今まではギルドカードを参考にしていたし、ギルドからそれを否定された事もなかった。しかし、その様に言われたからには今後はきちんと窓口でお伺いすることを約束しよう。あぁそれとギルドに抗議しなくてはならない件がありましたな。当家の薬師がギルド内でランク差による酷い暴力とそれを止めれる立場の職員達が何もせずそれを黙って見届けていたと聞きました。これはどういったことでしょうか?」


ギリッ


レベッカはギルドに在籍しているDランク薬師と受付嬢を思い浮かべて歯軋りした。切られるであろう手札ではあったが貴族の不祥事を貴族側から言われるのは正直いい気分ではなかった。

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