第122話 メルビン×ミリス(仮) 1

「ご主人さまー、ミリス様とメルビン様が来られましたー」

 フィーネが薬草の種類や採取方法をウイナ達に説明しているのを聞いているとスンスンが来客の知らせにやってきた。いつの間にか結構な時間が過ぎていたようだ。

 それにしてもミリスさんとメルビンさんが一緒に来るなんて仲がいいのかな? スラムでも一緒に行動していたし、そういう間柄なのか? っと、邪推はさておき、二人を待たせるわけにもいかないね。


「フィーネ、ウイナさん達のこと任せてもいい?」

 薬草の種類も依頼の打ち合わせもフィーネに任せっきりだし、俺が同席する必要はないよね。フィーネの勉強会に参加できないのが悔やまれるけど、また別の機会があるだろう。

「……それはいいけど――ヤマヤマの方は私がいなくて大丈夫? 変なこと言わない?」

 子供か! ……いや、まぁ、ミリスさんに関してはフィーネがいた方が安心できるけど。ポーションの道具とかよく分からないし。それに俺が重大機密をボロっと大暴露する可能性は大いにある。

 でも俺が呼び出して来てくれたのに他の来客を理由に追い返すのも気が引けるんだよね。


「あの! 私達の話はだいたい終わったであります! 続きは冒険者資格を得た後でも大丈夫でありますよ! 明日にでも装備を整えて申請に行くでありますから申請が降りたらまた来るでありますよ!」

 どうしようか悩んでいると、ウイナが身を乗り出してうさ耳をパタパタさせている。……手を伸ばせば届きそうだ。ちょっと触ってもいいだろうか。

「――旦那様? 獣人の耳をむやみに触るのは感心できませんよ?」

 隣に座っているシオンがニッコリと微笑みながら俺の上がりかけた腕の裾をギュッと握る。……笑顔の下に見える圧がなければほっこりとできるしぐさだけど、現実は背筋がキリッと思わず伸びてしまう感覚か。

 …………。ここで「ならシオンの耳を触らせて」って言えば恥ずかしがるシオンを見られそうだ。……やらないけど。


「……ヤマヤマは獣人なら誰でもいい」

「いや、男の耳は触らないよ?」

「旦那様?」

 待って! 右腕を抱きしめて密着してくれるのは嬉しいけど笑顔が怖いよっ! やましい気持ちはないから! そしてフィーネ、どさくさに紛れて左腕に抱きつくんじゃない! シオンの目が笑っていないぞ!? 

「シオン、そのくらいになさいな。ウイナ達が困っていますわよ?」

 むにゅん、と頭の上に弾力が加わる。……ツバキさんまで参戦しますか。ソファーに座りながら密着しているからちょっと苦しい。……完全防御態勢「密」になった。

 ウイナ達より俺が困っているような…………ウイナ達に視線を向けるとウイナとレプスは視線を反らして何やら気まずそうに空笑いしていた。どことなく顔が赤いような? リクはため息をついて俺を見ている。

 ……。あぁ、そうか。くっついていることが普通になっているから気にしてなかったけど、はたから見ると人前でイチャイチャしているバカップルみたいだよね。……らぶらぶハーレム? ……なんだろう、俺が思っていたハーレムと何か違う。


 リクは出会った時から何回か見ているから慣れているみたいだけど、ウイナとレプスには刺激が強かったみたいだ。視線をどこに向けていいのかわからず、視線がさまよっている。

 そして俺と同じく、リク達に視線を向けたシオンがそっと離れて俯いてしまった。まだ羞恥心は健在か。できればずっとそのままでいてほしい。左側のようになっては愛でることができなくなってしまうからね。

 そしてシオンが離れると頭の温もりも離れてしまう。……いや、残念とか思ってないよ?

「……勝った」

「いや勝負じゃないから。いいからフィーネも離れろって。……あー、と。ゴホン、そうだね、それじゃ装備代は渡しておくからウイナさん達は準備をお願いします。シオン、ウイナさん達に銀貨20枚をお願い。お金が余ったら装備以外で使ってもいいですからね。ただし、装備代をケチらないように」

 何やら照れくさい空気が部屋に漂っているので、それを一掃するように努めて明るくウイナ達に言うとウイナもそれを察したのか、シュタッと手を挙げて笑顔を見せてくれた。

「了解であります! それではヤマトさん、ありがとうございました! また冒険者資格を取ったら伺うであります! 今後ともよろしくお願いします!」



 顔をほんのり赤らめたウイナが元気よく返事をして帰っていく。ウイナ達の見送りはスンスンに任せた。ウイナ達と入れ替えでミリスさん達を連れてきてくれるだろう。

 ミリスさん達が来るまでの束の間の休息を取りつつ、メイプルとミーシアが応接室を片付けるのを眺める。

 メイプルは意外にもテキパキと作業していた。ミーシアへ適度に指示までしていたため、シオンとフィーネも驚いていた。


「なんにゃ! これくらい私だってできるにゃよ!」

「……まぁやっているのはコップを下げてソファーを整えているだけだからね。できない方がおかしいか」

「そこはもっと褒めて欲しいにゃ!」

 などといったやり取りしていると、ツバキからメルビンさん達が屋敷に入ってくると言われメイプルとミーシアは慌てて応接室を出ていった。



「ヤマト様、遅くなり申し訳ございません」

「ヤマト君、夜分に申し訳ない。……ミリスさんとはそこで鉢合わせてね。一緒でも大丈夫かな?」

 メイプル達と入れ違いでスンスンに案内されてミリスさんとメルビンさんが応接室にやってきた。のだが……ミリスさんの様子がおかしい? 笑顔が明らかな営業スマイル。そしてミリスさんに続いて入ってきたメルビンさんがミリスさんのことを横目で見て困ったような表情を浮かべている。

 いや、俺にアイコンタクトされても困るんだけど。何があった? ミリスさん、怒ってるよね? 笑顔の下に隠しきれない憤りを感じるんだけど。

 ミリスさんは営業スマイルを崩さずに両手に持った風呂敷包みをフィーネに渡している。頼んだポーションの道具や材料かな。 

「(ご主人さまー、ザルクさんの話ではミリス様が屋敷に来たところに、隠れて待っていたメルビン様が現れて一緒に行こうと持ち掛けたみたいですよー)」

 ミリスさんとフィーネのやり取りを眺めているといつの間にか背後に回り込んできていたスンスンにそう耳打ちされた。屋敷に入る前にひと悶着あってたみたいだ。ちらりとメルビンさんを見ると乾いた笑みを浮かべている。


「(ミリスさん、かなり怒ってない? 貴族の特権でも使われたの?)」

 俺が分かるくらいに怒りを貯めこんでいるみたいなんだけど。平民が貴族に逆らうな、的な発言から無理やりミリスさんに追従してきたのか?

「(ミリス様はポーションの話があるのでメルビン様に先を譲ったそうですー。それでもメルビン様がご主人さまの時間を無駄にしてはいけないと半ば強引に連れてきたみたいですよー)」

 ……ふむ。現場を見ていないから断言できないけど、とりあえずメルビンさん、有罪! こういう時に悪いのは貴族でしょ。うん。

 俺が広場でポーションの道具の話をしたから探りにきたのか? ……探れる内容なんてないんだけど。そもそもミリスさんもメルビンさんがいるなら話さないでしょ。――というか、何? 屋敷のそばで隠れてミリスさんが来るのを待っていたの? 

「(この二人が屋敷に来たのは同じ頃ですわ。待っていたというより時間を合わせてきた感じでしょうか)」

 ツバキはメルビンさんとミリスさんの気配を認識していたのか。流石に屋敷周辺までだと思うけど、ツバキレーダーは反則だよね。

 うーん。ま、どっちにしてもメルビンさんが悪いよね。ザルクさんが強引と思える感じでミリスさんを連れてきたんだろうし。


「ミリスさん、わざわざありがとうございます。申し訳ありませんけど、先にメルビンさんのお話を済ませていいですか?」

「はい! もちろんです!」

 営業スマイルを浮かべて三人掛けのソファーにメルビンさんと一緒に座っていたミリスさんがパァっと笑顔を輝かせて頷いてくれた。いつもクールで柔らかい笑顔を浮かべているミリスさんが可愛らしい笑顔で微笑んでいる。……。とりあえずシオンを見て心を落ち着けよう。

 ――それにしても、本当にメルビンさんを先に帰したいみたいだね。

「あ、ヤマト君、先にミリスさんの要件の方からお願いできるかな。もう時間も遅くなっているからね。夜道は危ない」

「私は問題ありません。外に商業ギルドの警備員もいます。メルビン様にご心配頂く必要はありません」

 ……。ミリスさんの笑顔が営業スマイルに変わってメルビンさんに視線も向けずにタンタンと話している。ミリスさんの切り替え方が怖いんだけど……。というか、部屋に入ってから一度もメルビンさんの方を見てないよね? メルビンさん、一体なにを言ったんだ? 


「メルビンさん、心配ならウチの門番が帰る際に送ってもらいますから大丈夫ですよ。それともミリスさんの用事を先に済ませる他の理由がありますか?」

 俺の言葉にメルビンさんが観念したように息を吐いた。メルビンさんも強引にやっている自覚はありそうだ。ミリスさんに頭を下げて、改めて俺に向き直る。

「申し訳ない。ヤマト君が必要としている物を把握できれば私の方からも何かと支援ができると思うんだ。出来る事なら私も同席させてほしい。ヤマト君のポーションは何事よりも優先される。協力は惜しまないよ」

 キリッとした感じで言われてもメルビンさんにできること何もないよ? 少なくとも現状、最高品質に関しては魔法でしか作れないし。フィーネに教わって作る分は増産もできるかもしれないけど、メルビンさんが欲しがっている物じゃないでしょ。

「申し訳ないですけど、ポーションの制作に関することは秘密です。それにミリスさんとの話は商業ギルドとの話し合いですから、メルビンさんに同席されるわけにはいきませんよ。同席したいのであれば、レベッカさんに許可を貰った上で、商業ギルドの一室でレベッカさんも同席の時にお願いします。あと秘匿の観点からも基本的に必要な物は商業ギルドに頼みます」


 まぁミリスさんにもポーションの話をするわけじゃないからメルビンさんに聞かれて困る内容なんてないけど。どうせこの道具はフィーネの物ってことになってるし。

 そして更に言葉を繰り返そうとするメルビンさんに、俺の背後から静かな殺気が発せられる。部屋の空気が重くなったようだ。

「僕のポーションについて下手に調べるのはおすすめしませんよ? ツバキの耳はとても良く、フィーネの洞察力はすごいですからね」

「っ、了解だ。わかった、降参だよ。別にヤマト君のことを調べたりはしていないよ。ただ私も貴族位を正式に発表するから今後は力になれる。そのことを覚えておいてほしい」

 ツバキの殺気を受けたメルビンさんは両手を上げて降参した。引き時はしっかりとわきまえているみたいで被害は最小限で抑えられたようだ。

 ……。でもメルビンさんって騎士爵だよね? 貴族の揉め事に対する抑止力に本当になるんだろうか。まぁ、領主の息子でもあるから大丈夫なのかな。

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