第20話 絶対防御

「一部屋三名様で銀貨六枚になりますが、宜しいでしょうか?」

「あぁ、構わないよ。食事はどうなってる?」


俺達はメルビンさんと別れてからひと騒動を経て宿屋に辿り着いた。宿屋は三階建てで一階にはレストランを完備している高級宿だ。

泊まっている客も、着ている服装が街中で働いている人達とは違って高級感がある。貴族やそれに連なる人達や商人が利用しているのかな。


本当は近くに別の安そうな宿もあったけどツバキ達と一緒に泊まるのに安宿は俺のプライドが許さなかった。銀貨はそれなりにあるからね。

シオンには俺が高級そうな宿に近づこうとしたところで腕を引かれ、比較的普通の宿を指差されたが笑顔で断った。するとシオン達だけ安宿か馬小屋でも構わないと言い出したので「護衛が離れて寝泊まりしてどうするんだ?」と言ったら諦めてくれた。


ちなみにツバキは良いお酒が飲めそうだから高級宿の方が良いと言ってた。

勿論護衛の為なので部屋は一つです。ベッドの数は言わないがそこはベテランのフロントマン、アイコンタクトで頷いていた。


「食事は夕食のみ料金に含まれておりますが基本のメニューになります。別のお食事が宜しければ別途費用が掛かりますがレストランにてご注文が可能です」

「了解です。メニューを見て考えます。支払いはカードで良いですか?」 

「可能です。お食事を注文される場合にはレストランの方でご会計をして下さい。宿泊料は先払いになりますのでこちらにギルドカードをかざして下さい」


フロントマンが差し出して来た魔道具にギルドカードを近づけるとキンッっと甲高い音が鳴りそれで支払いは終わったそうだ。

幾ら引かれたのか確認出来ないのが少し恐ろしいと感じていたら、詐欺や強奪をすると犯罪者になってしまうので奴隷に成りたくない者は一切不正行為をしないそうだ。なるほど、と思っているとツバキが「不正行為と認識されない言い回しや本人の確認不足での被害は普通にありますわよ?」と注意してくれた。


ここの宿代が本当は銀貨五枚だったとして俺の確認不足で一枚多く払っても納得の上での商談が成立しているのでフロントマンが犯罪者になることはないようだ。そもそも犯罪者になるのは人を殺したり、度重なる不正を働いた者などを管轄の貴族が判断して犯罪者認定しているそうだ。

門の詰め所で触れた魔導具は貴族の判断が必要ないほどの重罪を犯したり、犯罪者認定されている者に反応するそうだ。軽犯罪者は線引きが難しいので除外されるそうだ。


部屋の鍵を受け取って部屋の確認に行くまでの間にツバキとシオンに人間の商人や貴族は言葉巧みに騙そうとしてくるので注意が必要だと念押しされてしまった。二人が奴隷になったきっかけはその辺りにありそうだな。


部屋は二階の階段近くだったので思ったより直ぐに着いた。部屋の中は天蓋付きのキングサイズのベッドが一つと四人掛けのソファーとテーブル、カーテン付きの窓が二つあるワンルームだった。

流石はベテランのフロントマンだ。部屋のチョイスが良いね。…………それ用の部屋なのか?


「荷物を置いたら少し街を歩こうか。夕食まで少し時間あるしね。シオンは身体大丈夫?」

「はい。問題ありません。あのポーションの効果は凄いですね」

「本当にね。奴隷館に居た頃もたまに粗悪品のポーションを頂いてましたけど、すぐに効果が切れてましたものね。以前使っていたポーションもここまで長い効果はありませんでしたわね」

「それだけじゃないんですよ、お姉さま! 以前飲んでいたポーションは飲んでも身体に痛みが残っていましたけど、旦那様のポーションは痛みがほとんど無くなっているんですよ! もう完治したのかなって思うぐらいの効果なんです!」

「…………安物しか用意してあげられなくてごめんなさいね」

「ち、違います! お姉さまを責めているわけではありません! 旦那様のポーションが凄いってだけで、お姉さまには凄くご迷惑をお掛けしていると常々思っておりますし、私のせいでこんな立場になってしまって申し訳なく思っています」

「そこは気にしなくて良いですわ。お陰で優しいご主人様に出会えましたもの。これで私は楽して簡単に甘やかされて生活が出来そうですわね」


…………なんだ? いまデジャブを感じたような。俺の人生計画も似たような感じじゃなかったっけ? いつの間にか借金が三十億Gもあるんだけど?


「もう、お姉さまったら。でも本当にこのポーションを頂いて宜しいのでしょうか?」

「うん、全然問題ないよ。あ、どうせだったらどのポーションがどれぐらい効果が持ったか調べてくれる? 明日渡す分を調整するから」

「…………主様はポーションの作製道具をどこに置いているのかしら?」

「え? あー、今から買いに行こうかな? ツバキ達はそういうの知ってる?」


そう言えばポーションは普通作らないといけないんだったな。二人には魔法の事教えても良いけど、今後の為にも器具は用意しないとな。どうせだから魔法とは別に自分で作ってみるか。混ぜて出せば金額が倍増するし。


「……一応シオンの為に私が作れないかと思い薬師の元に行きに見学させて頂いた事はありますけど、よくわかりませんでしたわ。調合比率などは秘伝の為、に交渉しても教えて頂けませんでしたの」


…………なんだろう。さっきから「平和的」に違和感を覚えたんだけど。これって気にしたらダメなやつかな? 薬師さんには申し訳ないけどそのおかげで糸口が見つかったわけだから良しとしよう。


ツバキの話では何かの薬草を煎じたりそれを濾したり混ぜたり足したりして作っていたみたいだ。うん、わからん。とりあえずお湯で薬草を煎じていたなら薬草の成分を水に溶け出させたら良いのかな? 薬草の種類が分からないと話にならないかなぁ。鍋と手に入るだけ薬草を集めてみるか。


二人は小さな鞄を一つ持っていただけなのでそれを机の上に置くだけで準備は終わりだ。二人がこちらに来るのを見て俺も部屋を出ようと扉に体を向ける、と。


むにゅ。ぎゅ。


…………。…………。俺の頭の上に柔らかくずっしりとした何かが乗っかった。更に背後から細くしなやかな腕が俺の身体を抱き絞めていた。


「…………ツバキさん? どうしました?」

「あら? 振り返らずに分かったのですね? もう一心同体ですわね」


むにゅん、むにゅん。

 

頭の上で乳が弾んでいる、だと!?


「あの、大変嬉しい状態ですが、なぜ僕に抱き着いているのですか?」

「これは竜人族の戦士が対象を護衛する時の構えですの。こうしておくと背後は勿論、頭上、前面全て防ぎきれますわ」

そ、そうなのか? 竜人族の戦士の護衛方法ヤバいな。でもこれ女性じゃないと頭は守れなくないか?


「お姉さま! いい加減にして下さいませ。そんなデタラメを言って旦那様を困らせないで下さい!」

嘘なの!?


「あら? デタラメとは心外ですわ。少し前まで貴女にもして差し上げていたでしょ?」

「そ、それは、私がまだ小さい時で、それにそんな方法で護衛しているのはお姉さま以外に見た事ありません!」

「それはそうでしょう。これは私独自の護衛方法なのですから。ですが主様にはご好評のようですし、私も胸を支えなくて良いので楽ですわね」

「やっぱり! 胸が重たかったから私の頭に置いていたのですね!?」 

「違いますわ。胸を置くと同時に貴女の身体を支えていたのですわよ」

「そのせいで首が痛くなることもあったんですよ!?」


ふむ。察するに最近されなくなったのはシオンの身長が伸びて頭の位置が胸の高さを越えたからだな。そして俺の頭は胸を置くに丁度いい高さというわけか。


「竜人の娘がその程度で何を言っているのですか。主様はお嫌ですか?」

「…………嫌ではない、と言っておこう」

「旦那様? 一時の感情で後々後悔する事になりますよ?」


胸の感触を味わう為なら多少の首痛ぐらい耐えてみせよう。痛くなったらポーションもあるし。それよりツバキにホールドされていることで身体、主に背中が柔らかく包み込まれていて幸せだ。確かに頭に乗っかるお胸の重量が結構あるけどこれしきでこの聖域を手放すことは出来ない。


「身体が痛くなったら帰ってからシオンに看病してもらうから大丈夫さ」

「…………し、しますけど、納得いきません」


おぉぉ、赤くなってもじもじするシオンは可愛いなぁ。ツバキがイジメる気持ちが分かる。


「主様? 私の可愛いシオンで勝手に遊ばないで下さい。愛でるのは私の仕事ですわよ」

「そんな仕事はありません! もう行きますよ! 二人ともそんな恰好で遅れないで下さいよ!」


シオンが主人である俺を置いて部屋から出て行ってしまった。もう少し俺も愛でていたかったけど仕方がない。

軽く頭を揺すって歩き出すと俺の歩幅に合わせて邪魔にならないようにツバキが歩き出す。シオンで慣れているのかツバキの動きに違和感は感じない。これだけ密着して動いているのに足が当たったり身体が押されたりしないのが不思議だ。

ただし、頭の上ではむにゅむにゅとお胸が形を変えているが。どちらにしても俺の動きを阻害することはないようだ。これなら街へ出歩いても問題なさそうだな。

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