第55話 露天の商人4


コニウムさんには屋敷で働く使用人と来客用まで合わせて急須を三個と湯呑を十五個用意してもらった。

その内俺とツバキ、シオンの分と来客用の一つはコニウムさん一押しの高級な湯呑を貰うことになった。


コニウムさんが馬車の中から木箱に梱包された物を持って来てくれたのだ。

お値段はなんと30万G。高級湯呑一つで、ね。


「こちらは将軍家お抱えの陶器職人の名作でして。普通ならこの辺りで売るならまだ高いです。ですが、ポーションの件と今後のお付き合いを祝い私からヤマト様にお送りします」


この世界でも茶器はお高いみたいだな。良い茶器は武家のステータスになるんだっけ? …………。そう考えるとむしろ安いのか?

…………。こんな歪んだ形の湯呑が、ねぇ。…………これも東洋国由来の物じゃないの?


「……ヤマヤマ、貰うべき。これは売れる」

「――贈り物を売ろうとするな。そこまで金に困っていないから」


フィーネはどんな生活していたんだ? いや、スラムにいたのは知ってるけど。…………。でもフィーネの知識ならスラムに行かなくても十分稼げるのでは?


「……ヤマヤマが欲望の詰まった熱い眼差しで見つめてくる。ぽっ」


…………。美人は得だな。メリリ相手ならイラッとしたであろう表現でもそこまで不快には思わないからな。


【~~】

 

……いや、お前マジでヒマだな。

…………。もしかして自分の信者を通してしか世界を見れないのか?


【ギクっ!】


…………。分かった。俺に何の関係もない人物を信者にするように頑張るよ。


【…………】


反論がない。信者になってくれるなら誰でもいいのか…………?


「――ではコニウムさんありがたく頂戴します。明日は、えっと二の鐘が鳴る頃にギルド前に集合でいいですか?」


茶葉と使用人用の湯呑などの支払いを済ませ、明日の予定を決める事にする。

二の鐘が鳴るのは十時、あまり早くても良くないだろうと言う事でそう言ったけどコニウムさんは商売もあるんだから早朝か夕方の方が良かったかな? 


「はい。明日はよろしくお願いします」


問題ないみたいだね。あっても言えないだけかも知れないけど。ま、良いって言ってるんだから気にしない。


さて、流石に両手が荷物で一杯になったから屋敷に戻らないと。ビニール袋なんて貰えないからね。エコバッグ必須です。

シオンがポーションを入れていたバッグを持っているけど巫女服を入れただけで他に入る隙間ないし。うん、湯呑が邪魔です。他の使用人連れて来た時に買えばよかった。


シオンとフィーネは両手が味噌や湯呑などでいっぱい。俺も高級湯呑の木箱で両手がいっぱい。ツバキは俺でいっぱい。うん。買い物用のバッグがいるね。


コニウムさんが手伝うって言ってくれたけど、何か負けた気分になるので遠慮した。

屋敷は近いから大丈夫だろう。



◇◆


「行っちゃいましたね」

「そうだな。ようやく肩の力が抜ける」


ヤマト達が両手に荷物を抱えて楽しそうに歩く姿を笑顔で眺め姿が見えなくなるとコニウムがポツリとそう言い、ガークロウもそれに同意した。


ツバキからの嫌がらせにも似た強い視線を時折受けていたガークロウは常に体が緊張状態であった為、姿が見えなくなると腕を回しながらため息をついていた。


「…………。ガーさんでも彼女達には勝てないのですか?」


コニウムは疲れ果てた父親の様な姿のガークロウを物珍しそうに見ながら質問をする。

これまで一緒に旅をしてきてここまでガークロウが疲れを表に出す姿は初めてだったのだ。


「冗談でもそんな事は言わないでくれ。――勝機すら浮かばない。もし戦闘になっていたのならコニを守る為に地に頭を付け許しを乞うただろう。それ以外に助かる方法は思いつかない」

「――――」


ガークロウの言にコニウムは絶句した。ガークロウがその様な冗談を言う訳がないとコニウムは知っている。堅苦しく無愛想な人だと思っているがこれまでの旅の中、魔物や盗賊に襲われた時でも常に冷静に余裕を持って撃退していた。


そんな強く頼りがいのあるガークロウが戦いを放棄して命乞いをすると言う。

コニウムは思わず見えなくなったヤマト達の方角に視線を向けてしまった。


「幸いにも彼女は聡明であり慈愛の者だ。敵対者には容赦がないが自分達に敵意を持っていない者には自分から手を出すことはない」

「それは慈愛と言うのですか? 歯向かう者には容赦がないって」


「彼女の戦う理由は守る者の為。戦争の時は家族を守る為に戦うのだと聞いた。今は彼女の主の為に戦うだろう。彼女の慈愛は自身が守る者の為に向けられる。敵対しなければ彼女の関心はこちらに向かない。有象無象の一つぐらいにしか思われないだろう。かの主人は戦姫が認める人物。争い事を望むとは思えん。そして時折神々しい気配も感じた。只者ではない。彼とは絶対に敵対してはならないぞ」


「勿論です。私も思わず膝を折りかける気配を感じていました。それにそれが無くても亜人に対して寛容であり、商業ギルドに高ランクポーションを用意させる事が出来るだけの力がある方です。絶対に離しません。巫女装束が無くなるのは少し問題ですけど、カナコ様なら事情を説明したら許して下さると思います。……思います!!」


強く言い直したコニウムの姿にガークロウは頬を緩ませていた。

そしてシオンの事を思い出し頭を捻っていた。ツバキと共にヤマトを警護するシオンの立ち振る舞いで戦士ではない事は即座に理解していた。


ガイヤの下の娘が邪神の呪いに掛かっていると言う噂は竜人族では有名だった。ガークロウも尊き血を引き継いだ誉れ高き者としてシオンの事を聞き及んでいた。しかし、邪神の呪いのせいで満足に体を動かす事も出来ないとも聞いていた。


「(あの者は本当にガイヤの娘なのか? もしそうだとするならば邪神の呪いを克服した……?)」


不治の病を克服した者、そして現在東洋国で同じ不治の病に掛かっている将軍の息子。

ガークロウは少し考えてからこの事を口にすることを止める。


コニウムが知ればその秘密を暴こうとヤマトに向かう恐れがあったからだ。コニウムと将軍の息子、ガークロウが守るべき者は考えるまでもなかった。


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