第51話 匂いフェチ
ハールの裁縫店で全員の使用人服を用意してもらい支払いを終えて店を出た。
俺の服もスンスン達が無難な物を選んでくれたので問題ない。……メイプルは貴族のお坊ちゃんが着るような畏まった衣装を持って来たので却下させてもらった。
ただツバキのメイド服に関してはツバキの身長に合う物はオーダーメイドになるので用意出来なかった。その為ツバキは男物の執事服を購入。勿論新品です。どこぞの男の脂汗が付着しているかも知れない服をツバキに着せるわけにはいかないからね。
身長が高いツバキが着ると執事服でも似合っていた。…………。胸のボタンが留めれないので谷間が強調されているのはご愛敬で。
ツバキも満更でもない感じだから結果オーライだろう。一応メイド服も作成依頼したけどね。
「それでは皆さん。一旦ここでお別れです。キチンと身綺麗にしてから屋敷に来てください。特にそこの男性陣」
ザルクとダリオには正装として執事服を用意した。普段は軽装の装備を見に付けて屋敷の水汲みと門番と警邏を任せることにしている。水汲みに関しては二つ返事でOKが貰えた。ただ女性陣とは違い風呂には入りたくない様だった。
俺としても水汲みをしてもらう以上建前として一番最後になるけど風呂に入って帰るかと聞いただけだったけど、必死に辞退された。まぁ良いけどね。
ただ汚れが気になるので代金は俺持ちで良いから二日に一回は最低でも風呂屋に行ってね、と当たり前のように言ったら凄い嫌な顔をされた。
…………。一体何日風呂に入っていないんだ? この国は気候が穏やかだから汗はあまり掻かないけどそれでも風呂に入りたい衝動はあるぞ? これって俺が日本人だからか? っと思っていたら女性陣全体から不潔だの、不衛生だの、ゴミだの、害虫だの言われ、最後にシオンが「旦那様に見合わない使用人が混ざり込んで居たようです」っと言った事から風呂屋に行くことを約束してくれた。
「大丈夫です! 約束は必ず守ります! 不潔とは呼ばれないよう努める所存です!」
「俺もです! 宿まで用意して頂けたのです。これで不衛生な生活など仁義に反します!」
二人はスラムから通うって言っていたからそれはどうだろうっとスンスンに相談したらスンスンが先日まで働いていた宿屋が亜人を相手にしている安宿で三人一部屋を一か月で借りると銀貨八枚だそうだ。俺達が昨日止まった高級宿は三人で一泊銀貨六枚だったなー。
その代わり風呂もトイレもベッドも無いただの空き部屋に毛布が人数分支給されるだけらしい。ただスラムの空き部屋より治安も清潔さも良いそうだ。
その部屋にザルクと娘さん、そしてダリオが共同で生活する事になった。勿論宿代は俺持ちだ。賃金の天引きじゃないよ? 女性陣は屋敷に部屋を用意するんだし男性陣にもそれくらいはするよ?
「なら毎日風呂屋に行って下さいね。あぁ、ザルクさんの娘さんの分も出してあげますよ」
「…………。…………あり、がとう、ございます」
「…………感謝、します」
…………お前らそんなに風呂が嫌か? 湯舟ないんだろ? 蒸気風呂って言ってたよね? そもそも犬人って言ってもそこまで毛深いわけじゃないし毛が濡れてイヤってわけでもないだろうに。
「ご主人さまぁ。今日はキチンとお風呂屋さんまで連行しますからー。安心してくださいねー」
「私達が責任を持って綺麗になっているか確認してからお屋敷に向かいます、コン」
女性陣はメイプル以外は身だしなみに気を使っているみたいだけど、それでも毎日はお風呂に行けるわけではないので今日は俺持ちで使用人全員を風呂屋に行かせる事にした。
犬人二人が烏の行水なんて真似をしたら何回でも入り直させて良いと銀貨一枚をスンスンに預けている。
同じ獣人のメイプルはお風呂が嫌いではなく、むしろお風呂に行けることを喜んでいるから問題ないみたいだ。女性陣に身だしなみの大切さを骨身に叩きこまれている様だったので今後は問題ないだろう。
「うん。よろしくね。二人ともスンスンは君らの上司である事を理解した上で対応してね。あまり我が儘言うと…………。期待しているよ?」
「「了解であります!!」」
うん。良い返事だ。スンスンが子供みたいな見た目だからって変な真似はしないだろう。俺の中での使用人の序列は女性上位、男性下位だから。
獣人は強さに従う傾向があるそうだけど、俺の元で働く以上そんな傾向知った事じゃないからね。
…………。ちなみに俺はツバキ達が従う主であるから見た目や強さに関係なく従うそうだ。
◇
「…………。使用人を全員お風呂屋さんに行かせ、俺達は街で買い物をするつもりである」
「……分かった。行こう」
「いや、フィーネもだよ」
スンスン達と一旦別れて市場を目指そうと思いツバキが完全防御態勢に移行し、シオンが右腕に掴まり、フィーネが左腕に腕を絡める。
完全防御態勢「改」が完全防御態勢「極」になってしまった。――いや、じゃなくて。
「主様の左腕は私の未来の定位置ですわよ?」
「……なら今は空いている。……今のままでは守備に問題があると判断した」
「お姉さまの護衛に問題があると言うおつもりですか? 走竜が走って来ても片手で止める事ができますよ」
走竜って馬の代わりに馬車を引いたりしてるヤツだよね。街中でもたまに見るけど馬が二頭引きしている馬車を走竜は一頭で引いているのを見たぞ。馬車の方が一般的だけど竜車の方が大量の荷物を運べるし持久力もけた違いに高いらしい。暴走した走竜が家の壁に激突したら壁に穴が空くほどの突進力らしいんだけど?
「……護衛が万全であると言うならシオンも必要ない。離れるべき。……私は離れないけど」
「…………」
ちょっとお二人さん、俺を挟んで言い合いするのは止めようか。
…………助けてツバえもん!
頭を激しく揺さぶるとそれに比例した弾力が頭に返って来る。…………これ楽しいかも。
「お二人ともお止めなさいな。主様が興味を失って私の胸で遊んでいるでしょう?」
…………ハッ!! つい楽しんでしまった! う、両手からの視線が痛い。
「ふぅ、旦那様が嫌でないのでしたら私から言うことはありません」
「……賢明な判断。私は興味を持った対象からは離れない。……それに私は今朝お風呂に入っているから問題ない」
スンスン達もフィーネが風呂に入っているのを知っていたから置いて行ったのか。……俺は興味を持たれる事をしたのか? ストーカー?
「まぁフィーネの髪もメイプルと比べたら綺麗だからね」
「……駄猫と比べられるのは心外。私の髪は滑らか。触ると分かる」
「両手をホールドされているのにどうやって触れと?」
「……シオン、ヤマヤマが困っている。離れて」
「――その口をどうにかしないと本当に怒りますよ?」
おいフィーネ! シオンからツバキ並みの殺気が漏れ出しているぞ!? 心の準備が出来ていないとホントにキツイんだぞ!
「……仕方がない。ヤマヤマ触るといい」
「お、おう? …………。……うーん、普通?」
「ガーーン。今のは結構ショック。割と自信があった。ヤマヤマは辛辣。それともシオンの髪はそれほど良いの?」
フィーネに手を頭に持って行かれたので指で掬うように撫でて見たけどリンスをした後の様なサラサラと零れて行くような感じじゃなく、少しゴワっとしていて指に少し当たる感覚があった。
俺の滑らかな髪の感覚はリンスのCMに出て来る女優さんが髪の毛をかき上げてサラサラ流れる様な髪だったのだが。
シオンの髪にも視線を向けるとシオンが俺の腕から離れて行ってしまった。……少しショック。いきなり触ったりしないよ?
「旦那様に触られるのが嫌と言う訳ではありません。ただ今は余り髪に時間を掛けていませんので旦那様にお触り頂くほどの髪質ではないと思います。明日か明後日までお待ち下さい、旦那様に相応しい髪に仕上げてみせます!」
女性の髪について男がとやかく言うのはダメな気がしてきた。これは泥沼になる予感。こんな時はコレ。困ったら褒めろ! 話はそれからだ!
「シオンの髪は綺麗だよ」
「あ、ありがとうございます」
「主様? 私の髪はどうですか?」
……新たな刺客が参戦か。ツバキさん、わざとでしょ?
「ツバキの髪も綺麗だよ」
「そうですか? 結構髪にダメージがあると思っているのですけど。見て下さい枝毛があるでしょう?」
……勘弁してください。そういうの何て答えていいかわかんないから…………。
「……ヤマヤマ、私も後日再戦。ダメ出しされて終われない」
「いや、ダメとは言ってないよ? フィーネの髪も少しごわついているけど触り心地は良かったよ? 良い匂いするし」
「…………。……ヤマヤマの匂いフェチ」
「ちょっと待て、いや、否定できない気もするけど。少し待とう」
俺は匂いフェチなのか? でも良い匂いがするんだから仕方がないだろう! 至近距離に美少女が三人もいたら匂いも嗅いじゃうよ?
…………。俺は匂いフェチかも知れない。じゃなくて、そもそもなんでフェチって言葉があるんだ? 転生者か? 転生者のせいなのか!?
「シルフィ、旦那様に悪気はないのです」
「ええ。良い意味で捉えなさいな」
…………。何だろう。女性同士の結束が生まれた気がする。
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