第52話 露店の商人1

完全防御態勢「極」で中央区の市場にやって来た俺達四人。まだ二日目だというのに周囲の目は既に生暖かいものになっているようだ。


「おッ! また来たな坊主! って新しい亜人が増えてるじゃねぇか!」

「あんたも物好きだねぇ、コレどうだい? 安くしとくよ!」

「あれが亜人じゃなかったら呪っている所だな」

「うんだうんだ。でもあの光景は羨ましいだ」

「あのガキもあと三年もしたら現実を理解す、ゴブッ!?」

「どうした! 野菜屋! いきなり後ろに吹き飛ぶなんて一体どうなっているんだ!?」


…………。うん、ここは賑やかだね。野菜屋さんらしき人のパフォーマンスも見事だ。喋りながらいきなり陳列棚に後ろから突っ込む何て体張り過ぎだろう。


…………。ツバキさんの手の動きが俺からは良く見えるんだよねぇ。


「ほどほどにね?」

「心得ていますわ。これでしたら危険性も少なく安全に無力化できますから問題ありませんわ」


…………。たぶん被弾者は安全ではないと思う。危険性って殺す危険って意味?


「……流石は竜人の戦士。強さの桁が違う」

「当然です。お姉さまは最強なのです」


お? シオンが珍しく自慢げだ。いつも控えめなのに。…………。フィーネの事を同い年ぐらいの友達と思って接しているのかな。

実際は160歳だけど、エルフの寿命は1000歳と言われているらしいから人間に換算すると16歳ぐらいなのかな?


「降り掛かる火の粉は払う必要があるけど、陰口や妬みは甘んじて受けるよ。俺はそれを受けるだけの理由を持っているからね」

「例えそうだとしても私の目が黒い内は捨て置くことは出来ませんわ」


うーん。命令したら聞いてくれるんだろうけどそんなことはしたくないからね。ま、悪口いうヤツが悪いから良いことにしとこう。


「うん? この匂いは」

「……ヤマヤマ、新しい女性?」

「ちょっと待て。何で俺が匂いを嗅いだら女性になるんだ? いや、答えなくていい。聞きたくない」


くそ、ちょっと覚えのあるいい香りがしたから匂いの元を探しただけなの。


「――あら? 珍しい者がいますわね」

「…………あれは」


ツバキとシオンの視線の先は俺が探していた匂いの発生源と同じ方向みたいだ。

そしてその視線の先には丸いケモ耳の少女と厳つい男がいる露天商だった。


厳つい男は俺達に気付き顔つきが更に深まった。少女の方はそれに気付かず呑気に客の呼び込みをしていた。少女が手に持って呼び込みしているモノは俺が気になった匂いの元、お茶のようだ。


この街に来てから初めてお茶に出会ったな。宿屋では水かエール、ワインなどの酒しかなかったからね。


「みなさーん、健康に欠かせない美味しいお茶ですよー、どうぞ見てッてくださーい」


お茶の販売をしているのか? …………。お茶を見てどうするんだ? 試飲して、じゃないのか?


「お茶って珍しいのか?」

「……この街では珍しい。でも飲まれてはいる。主に貴族。……でもアレは別格かも知れない」

「別格?」


露天商で売られているお茶が特別性なのか?


「主様、あれは恐らく件の東洋国の者ですわよ」

「え、そうなの?」

「ええ。あの隣に立っている竜人に見覚えがありますわ。確か戦場で共に戦った者ですわ。終戦後に竜人族の大半が東洋国に亡命しているはずですから」


…………。ツバキさん? 貴女、東洋国について色々知っているのかな?


「詳しい話は知りませんわよ? 私達は行った事がありませんから」


…………。東洋国はかなり遠い国って話だったな。シオンを連れての長旅は無理だよな。…………。他の竜人族はツバキとシオンを残して東洋国に亡命した?


「旦那様、怒らないで下さい。全て私とお姉さまで決めた事ですから」


…………。怒る? …………俺は怒っているのか。――怒るだろ。シオンを守る為に闘技場で戦っていたツバキ。そして奴隷になっているんだぞ? 他の竜人は足手まといのシオンを残して遠くの国へ亡命だと? ふざけるなよ。


――だけど、それを俺が口出すのは間違っている、か。 


「…………。そのお陰で二人と出会えたわけだから俺は感謝したらいいのかな?」

「ええ。私達の判断は間違えて居なかったと確信できましたわ」

「はい。旦那様に出会えた幸運を女神様に感謝しております」


二人が胸の内でどう思っているのかは分からないけど、二人が明確に言葉や態度で示さない限り俺が動くのは違うよな。


「分かった。でも俺はいつでも二人の味方だから。頼りたい時は言ってね」

「感謝致しますわ」

「ありがとうございます」

「……。……私も会話に入れて欲しい」


わざとらしく頬を膨らませるフィーネのお陰でツバキとシオンに笑みが戻った。意外と空気を読むんだね。


「見に行っても良いね?」

「ええ。私達が仕える主を自慢したいですわ」


…………。それは止めて欲しいかも。でもお茶の誘惑が俺を引き寄せるんだ。



「――少し、見せて貰って良いですか?」

「はい! どうぞどうぞ! …………え?」


俺達が露天商に近づいて声を掛けると少女がバッと振り返り笑顔で答えてくれた。そして俺達を見て目を丸くする。

…………まぁ、それが普通の反応かな。左右と背後に美女を侍らせたヤツが目の前にいるんだし。


「…………失礼。我はベルリオ族のガークロウと申す。そちらはガイヤ殿の娘御とお見受けするが」

「ええ。ガイヤの娘、ツバキですわ」

「私はシオンです。そしてこちらが私達の主で在らされるヤマト様です」

「え? っと、ヤマトです」


普通に会話になるんだ。というかツバキ達のこと詳しく知らない? 部族が違うのか? 


「――まさか、戦姫殿に主が? …………この国の者ではないですな?」


ツバキって戦姫って呼ばれていたのか? 敬意のある話し方だな、負い目を感じている気配はないし、この人はツバキ達の経緯を知らないみたいだな。


「僕は帝国の片田舎から来た世間知らずです。この国の常識は僕には無縁ですね」

「なるほど。戦姫殿が認めるほどの男です。我如きでは推し量る事は出来ますまい」

「買い被りですよ。ツバキ達に助けて貰わないと買い物一つ満足に出来ない小心者ですから」

「……益々持って驚嘆の至り。戦姫殿を護衛にするほどの御方とは知らず申し訳ない」


…………。あれ? なんか勘違いしている? 腰を曲げて頭下げていらっしゃるんですけど。


「…………あのぉー、私達、なにかしましたかぁ……?」


丸耳少女が涙目で恐る恐る声を掛けて来た。…………いや、別に何もしないよ? そっちのクロウさんが勝手に頭下げているだけで。


この子はツバキの事を知らないみたいだな。うーん、クロウさんは三十代後半ぐらいで、少女は十代半ばって所かな。

…………クロウさん、ロリコン?


「…………。我の名誉の為に言うが我はこの者の両親に助けられ、その恩義に報いる為、供に旅をしているのだ。断じてそのような者ではない」


もしかして俺と同じ視線を何度も受けたのかな? 


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