第80話 お疲れ様1


 メルビンさんとの握手を終え、今回の会談は御開きとなった。堅苦しい話し方は止めて昨日と同じで良いですよ。と伝えたところ直ぐに口調がいつものように変わった。こっちの喋り方が素なのかな? 領主さんの満足そうな笑みが気になる所だけど。

 …………。結局領主さんと握手する事はなかったけど良いのかな? 商業ギルドとの兼ね合いの関係かな。ミリスさんが俺の専属になったみたいにメルビンさんが領主側の専属みたいな? ま、おっさんと手を握り合いたくないから良いけどさ。


「ヤマト君、最後に一つ警戒して欲しい事があるんだ」

「どうしました? セルガ、あ、いや――、暴行の犯人が何かしましたか?」


 普通に名前言ってしまった。…………。でも商業ギルドと情報交換しているなら知っているよね? 今さら隠しても意味ないよね?


「商業ギルドは実名を公表していないけど私達は事情を知っているから大丈夫だよ。でもセルガ殿の事じゃなく、もう一人の受付嬢――リンダの事だ」


 ……あの受付嬢リンダって名前なんだ。そう言えば警備員の人から聞いたような聞かなかったような。


「セルガ、どぉのぉ、と結託して俺を襲いに来ますか?」


 ウエルカムだ。是非とも来て欲しい。門を開放して玄関の鍵も開けておこう。そして屋敷に無断で入った瞬間、問答無用で強盗として断罪しよう。


「……セルガど――セルガに敬称を付ける必要はないよ。犯罪者だしね。今分かっている情報ではセルガは謹慎中に家を一時的に出たらしいけど既に戻っているみたいで今のところ動きはないようだ。ただリンダの方が少し厄介でね。スラムの犯罪者集団と繋がりがあるみたいなんだ。商業ギルドと警備隊で協力して捜索しているけど今だ発見には至らない。もしかしたらこの街を出ている可能性もあるけどリンダの目的がヤマト君であるらしいから警戒を強めて欲しい」

「分かりました。皆に伝えておきます」


 …………。来たら返討ちで良いんだよね? 原型だけ留めていたら問題ないかな? 問題があるなら後でポーション掛ければ問題なくなるか。


「ツバキ殿が居るから問題はないと思うけどヤマト君も十分に気を付けてくれよ? 不用意にツバキ殿から離れる事の無いように注意するんだよ?」


 俺は子供か!? いや子供だろうけどさ。まぁ言われなくてもツバキ達と離れるのは屋敷の中だけだし、離れると言ってもすぐ傍にいつも居るけどね。屋敷の敷地内の動きはツバキに筒抜けみたいだから危険があるとは思えないけどね。


「一応現在、商業ギルドの精鋭がこの屋敷の周囲を警戒しているけど余り当てにはしない方が良い」

「え? 監視されてるの?」

「はい。把握していますわ。少し不躾な視線が多いので排除の許可を頂きたい所ではありますわね」


 ツバキに視線を向けるとすんなり頷いた。そして何やら不穏な発言が。

 でもツバキに認識されているって事は屋敷の直ぐ近くに居るのか? それともツバキの感覚がおかしいだけか……後者だな。


「ま、待って欲しい。視線に関しては私達が帰る際に注意して来るよ。人数も更に減らすように掛け合ってくる。ただ商業ギルドとしても自分達の関係者が関わっている以上傍観するわけにもいかない事情があるんだよ」

「なるほど。ではそろそろ門番の二人が帰りますから代わりに門番でもするように伝えて貰えませんか? ただ敷地内に入り込んだら賊と見なします」


 隠れて監視されるぐらいなら堂々と門番でもしていて欲しい。とはいえただのお飾りなので敷地内に入って報告に来たら賊と見なす。違いが分からないし危険を冒して対応するより賊として対処した方が安全だからね。


「――分かった。伝えるよ。では私達はこれで。何か困った事があったら何時でも言って欲しい。全力で力になるよ」

「商業ギルドの対応に思う事がある時にも遠慮せずに言って欲しい。この街の領主としてキチンと対応させて頂く」


 …………。領主の対応に思う事がある時はレベッカさんに言うの? まぁ直接言って欲しいと言うだろうけど。大事になるしね。


「分かりました。何かあったらご相談します」


 スンスンに見送りを任せて俺はようやく一息付けた。そこまで長い時間ではなかったけど流石に貴族との会合は疲れる。


「フィーネ、見極めはどうだった?」

「……領主は自分達の繁栄の為ヤマヤマを無下にはしないと判断。でもまだ安心はできない。今後の対応で判断する」

「Cランクポーションの件もあるしヘタな対応はしないんじゃないのか? 商業ギルドも関わっているからこの街を出ようと思えば簡単だろ?」

「……商業ギルドが関わっているのではなく、この街の商業ギルド副ギルド長が関わっている」

「同じことだろ? レベッカさんがギルド長代理みたいだし。そのレベッカさんも下手に出まくっていたぞ?」

「……同じじゃない。副ギルド長はこの街の商業ギルドを管轄をしている。ヤマヤマをこの街から出したくない。領主寄りの立場」


 …………。なるほど、レベッカさんとしては俺が商業ギルドに傾倒したとしても別の街の商業ギルドを頼ってしまったら面白くないのか。商業ギルド全体を良く見せたいのではなくこの街の商業ギルドを良く見せ、在籍させたいと思わせたいわけね。

 だからこそ貴族である領主と協力して動いていると。


「シルフィ、ポーションを渡して良かったの?」

「……構わない。領主がヤマヤマを正当に評価するのであればヤマヤマの力を隠し過ぎるのは悪手。……あのポーションとミーシアに使ったポーションを鑑みてヤマヤマがCランクポーションを複数持っている、作れると匂わせる。これで益々持ってヤマヤマを手放せなくする」

「ミーシアに使ったのはDランクポーションだぞ?」

「……ミーシアの状態については孤児院に問い合わせると直ぐに分かる。でも普通のDランクポーションではあの病は治せない。……必ずCランクポーションであったと勘違いする」


 …………。余り重要度を上げると要らぬ輩を招きそうで嫌なんだけど。……今さらか? 商業ギルドに最高品質を大量納品してるし。レベッカさんが上手く誤魔化してくれるって言っていたけど大丈夫だよね。


「勘違いするって、メルメルも見ていたしDランクポーションって気付いていなかったか?」

「……ヤマヤマがシオンにDランクポーションって言ったから間違いなく理解している。でも魔素病を治しているから問題ない。……計画通り?」

「何のだよ。Dランクポーションまでは最悪出しても良いと考えていたから問題ないだろ。セルガでさえ作れるなら俺が作れてもおかしくないだろ?」

「……あの――」


 コンコン。


 フィーネの声が扉を叩く音に掻き消されて良く聞こえなかった。フィーネは眉間に皺を寄せて何やら考えているようだ。


「ご主人さまー、ご領主様方を送って来ましたー。ザルクさん達も帰らせますかー?」


 領主を見送りに行っていたスンスンが戻って来た。ザルクさん達は領主を見送ったあとギルドの職員と門番を代わり屋敷の方に来ているみたいだ。門番を交代するのに少し揉めたようだけどスンスンが取りなして来たそうだ。


「うん。お願い。ヨウコにザルクさん一家の分の晩御飯用意して貰ってるから持って帰らせて。あとシオン、今日の賃金は2倍で渡してあげて。もちろん一日分でね」

「分かりました」


 ヨウコには残った材料でザルクさん、娘さん、ダリオさんの三人分の食事を用意するように伝えておいた。食材をそのまま渡してもザルクさん達が作れないなら意味がないからね。

 皆の出勤は昼になっているけどそんなケチくさい事を言うつもりはない。領主と揉めるかも知れないと言っているのに逃げ出さなかった忠義に報いるためにも、後日皆と相談して希望者には正式に雇用する有無を伝えるとしよう。

 俺がわざわざ出向く必要はないと言われスンスンとシオンが部屋を出て行き、代わりにミーシアが入って来た。


「はいなの! ヨウコから頼まれたの!」


 ミーシアはお盆にコップを四個乗せて運んで来ていた。コップの中身はお茶ではなく黄色い液体だった。


「これは果実水ですわね」

「……美味しい」


 ミーシアにお礼を伝えて中身を観察していると飲んだ二人が表情を綻ばせていた。

 一口飲み今まで味わった事のない甘い蜜の様な風味が口に広がった。この世界に来て初めてここまで甘味のある物を味わったと思っていたら商業ギルドから貰った果物を使った飲み物らしい。フィーネ曰くこの辺りではかなり珍しく中々手に入らない物らしい。


「美味しいの!」


 届けに来たミーシアも果実水を飲み笑顔を浮かべていた。…………。それってシオンの分じゃないよね?

 シオンとスンスンには廊下で渡したらしい。良かった。

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