第79話 陰謀の裏側2

「――まだ引っ越したばかりで何も用意していなくてすみません」


 …………。フィーネの指示通り言ったけど、さっきスンスンとメイプルが持ち出していなかったっけ? そう言えばスンスンはちゃんとご飯食べたのかな? ザルクさん達も帰さないといけないからサッサと帰ってくれないかなー。


「いえ、こちらが突然押し掛けたのです。会談を許可して頂き感謝しております」


 いやほんとだよ。それに許可してないからね? いつ来るかも分からないから早目に準備もする羽目になったし残業代払えよ。


「家まで用意して頂いたので当然です。オルガノさんから聞いて準備はしていたのですが、工房の改築などと重なってしまったもので申し訳ないです。――来られる時間が事前に分かっていたら良かったのですけどね」


 あ、やべ、最後本音出た。何か後ろから「……ナイス」って聞こえて来たけど。


「っ、そ。……いや申し訳ない。――工房の件は私の方でも聞いています。何でも二階に作ったとか」


 おぉ、マジで下手に出てるね。フィーネはこれを見て判断したかったのか? ならもう十分じゃないのか? 何故かは知らんけど萎縮いしゅくしまくってるよ? 自分の息子より幼い俺にペコペコだよ?


「ええ。オルガノさんからは一階奥の広間が良いと言われたのですけど、余り広いと落ち着かないもので」

「分かります。私も広い部屋での仕事は落ち着かず普段は書斎で仕事をしていますからな。立場上、人を迎える時は広い応接室や執務室を使いますが仕事をするなら私は書斎が落ち着きます」


「領主様なら人を迎える機会も多そうですから移動が大変なのでは?」

「そうでもありませんよ。交通の要所とはいえ地方ですからな。とは言えこの街には王都以上に様々な人や物が集まります。王都では見かけない珍しい食べ物や、多種多様な種族が集まります。地方には地方の良さもありますからな」


 露骨にこの街の良さを言い始めたな。じゃあ亜人の生活はどう思っているのかねぇ。


「確かにこの街には色んな種族の人がいますね。中々苦しい生活を送っているようですが」

「……ええ、私の不徳が致すところで心苦しい限りです。しかし、王都や他の領に比べれば亜人に取っても暮らしやすい街だと思います。移住権の発行も認めておりますし、亜人の文化を認めてもおりますからな」


 暮らしやすい街? スラムに追いやっておいて良く言う。街で働いている亜人もそれなりにいるけど全員が移住権貰っているわけじゃないんだろ。亜人の文化って都合の悪い部分を文化ってことで片付けているだけじゃないのか。

 そもそもスラムで暴行事件を犯す貴族がいる時点で暮らしやすくないだろ。俺が知らないと思って表面上だけで物を言ってるのか?


「…………。メルビンさん達のお陰で治安も良いみたいですからね。……ただ場所によっては治安が不安視される事もあるみたいですけど」

「ええ、多種多様な種族が集まると意見の違いもありますので。近々治安の見直しも検討している所です。今後は更に住みやすい街になる事をお約束しますよ」


 コン、コン。


 誰か来たか。まぁフィーネの指示だろうけど。

 シオンが扉を開けたらミーシアがお盆に湯呑を三つ乗せて部屋に入ってきた。…………。フィーネから次が本番だから気をしっかり持てと指示が来た。……何やらかす気だよ。


 お盆を持ったミーシアが保護欲を刺激する動きで歩いて来た。領主とメルビンさんは目がくぎ付けだぞ。これ、明らかにチャームが発動しているだろ。制御できてるのか?


「(……発動させるだけなら簡単。制御を捨てれば勝手にまき散らす)」

「(それは暴走状態って言うんだろ)」


 シオンの手を握って耐えられるけどミーシアが異質なほど可愛く見えるな。ちなみにミーシアのチャームは異性にしか効かないみたいだ。シオンやフィーネには特に変わった様子が分からないからミーシアを見て頬を緩ませている領主達を見てドン引きである。

 …………。接待するのに人間族の使用人が必要って言ってたけど結局ミーシアも魔族だから俺以外全員亜人だな。見た目はミーシアが人間族だから一応はこの国の流儀に則ったと言う事でいいか。


「ど、どうぞなの、熱いから気を付けてなの」


 分かって見るとあどけないじゃなく、あざとく見えるな。領主とメルビンさんはデレッデレの表情でミーシアに見惚れている。

 …………。傍から見た俺もあんな風になっていたのか? ……ミーシア怖い子。


「ッあ、あぁ、大丈夫だよ。熱い方が好きだからね。ハハハ」

「ありがとう、お嬢さん。お名前を聞いても良いかな?」


 ぶふ。ちょ、マジか。確かに可愛く見えると思うけど、そんなキリっとした顔までを作って名前を聞くか? え? メルビンさんってロリビンさん? お巡りさんコイツです!? ……警備隊の隊長がここにいるんですけど。


「(……ヤマヤマ以外の男とは所詮この程度。……今度ザルク達にもやらせよう)」

「(止めてあげて。たぶん立ち直れなくなるから)」

「(……考えておく。それより今からが本番。領主の真意を推し量る)」


 …………。はぁ、もうどうなっても知らないからね? ではミーシアを見捨てた事を後悔させようか。


「シアはミーシアなの。おにーちゃん」

「っ、そ、そう、良い名前だね」


 おっと、そろそろメルビンさんが株が最安値になりそうなのでミーシア退場!

 …………。ぶふ、領主の顔が気のいいお爺ちゃんみたいになってる。やめて笑わせないで!


「ミ、ミーシア、も、もういいよ。あ、ありがと」

「うんなの! バイバイ、おじちゃん、おにーちゃん」

「う、うむ」

「あぁ、ありがとう」


 手を振りながら部屋から出て行くミーシアを熱い眼差しで追っている人達がいるんですけど。領主さん、おじちゃんって言われて喜んでいない? 貴方その子を見捨てたんだからね? 認識もしていないと思うけど。


「ゴホン、ふー、……領主様とメルビンさんは彼女の事を知っていますか?」

「い、いや、知りません。……どこの者ですかな?」

「私も知りません。この街では見た事がないと思いますけど」

「なるほど。彼女は今日まで領主様が経営しているはずの孤児院にいたのですよ?」

「ッ! 孤児ですか!」


 おぉ、飛びつくねぇ、今さらどうしようもないけどね。


「えぇ、本日私が引取りましたけどね」

「っ、……ヤマト君、領主直轄の孤児院から孤児を引き取るなら領主である父上から許可を貰う必要があるはずだよ?」

「しかり、勝手なことをされては困りますな」


 …………。メルビンさん言葉遣いが戻っていますよ? それに必死だね。そんなにミーシアを手に入れたいのか? これが俺以外ならまだやり様もあっただろうね。けど残念。精々後悔しろ。逃がした魚は大きいぞ。

 それにしても本当に孤児院には一切携わっていないみたいだな。ママリエさんの言った通りか。


「え? 許可なら貰ってますよ? シオン」

「はい。こちらになります」


 シオンが見せる羊皮紙はミーシアを正式に俺の奉公人とする契約書だ。契約は十年。この期間ミーシアは俺の庇護下に入る。十年あればミーシアも大人になっているしその後は自由に生きていい。それまでに良い人が見つかれば契約を破棄することも可能だ。ただし、契約を破棄する事が出来るのは俺とママリエさんのみ。キチンと契約書にも記載させて貰った。


「こ、これは」

「孤児院で引き取る際に頂きました。何でも領主様はお忙しいとの事で孤児院の孤児の引き渡しは全て孤児院の院長に任せているそうで。しかしこうして正規の契約書がある以上、領主様もお認めになっていると認識しております。違いますか?」


 この契約を認めないと言えば正規のルートで抗議する。領主のサインが入っている契約書を自分で無効に出来るならやってみればいい。信用は地に落ちるけどね。


「……契約は正規のもの。私が口に出すまでもありませんな」


 ミーシアのチャームが効いている状況でも俺に対して強硬手段を取らないって事は合格か? 

 …………。まだやれと。はい、分かりました。


「それと領主様は再三にわたり孤児院から要請があったポーションの提供を跳ね除けていたと聞きました」

「……運営資金は毎年捻出しております。領主直轄とはいえ、運営に関しては院長に一任した独立した外部組織扱いです。他にも孤児院はありますし全ての孤児院の要望に応えることは出来ません」


 孤児院って他にもあるんだ。まぁあの施設に表向き居る人数は三十人って言っていたし街の規模を考えたら少ないか。でも運営資金はカスカスって言ってたよね。それってどこの孤児院でも似たような現状なんじゃないのか?


「ミーシアとの出会いは偶然でした。たまたま彼女を救う為に動いていた孤児院の子供達と出会い彼女の元に案内されました。彼女はスラム内での暴行事件に巻き込まれ死の淵に居いたのです。僕が後一日遅れていたら死んでいた事でしょう」

「…………スラム内は立ち入り禁止区域に指定されています。酷い言い方になりますが、そこに入って怪我を負ったのならそれは自己責任です。全ての民を救えるほど財源に余裕があるわけではありません。そしてそのような被害が及ばない様にスラムの清掃を近日中に行うため内々に準備を進めている所です……」

「なるほど。ではメルビンさん、警備隊として暴行事件の犯人捜しに協力をして頂けないでしょうか? どうやら再犯者らしくこれまで何度も事件を起こしているらしいです」

「…………、スラム内での事件の犯人を見つけるのは困難です。スラムの奥には犯罪者が潜んでいます。私達も巡回をしていますが中々尻尾を掴めません。……誤認逮捕をするわけにもいかないので慎重に調べる必要もあります」


 …………。あんたら犯人知ってるね? さっき大袈裟に謝罪していたのはこの件があったからか。……蒸し返すのはイヤだけどフィーネが後ろから行け行け五月蠅いんだよね。……はぁ。


「そうですか。でも一応被害者の証言を伝えますね。犯人は、金髪で長い髪の成人間もない貴族風の女性で近くには初老の執事が居たらしいです。そして自分の事を、わたくしって言っていたそうです。ミーシアは犯人を直接見ていますし街で見かけたら直ぐに報告しますね」


「…………」

「…………」


 二人とも天井を仰ぎ見てるぞ。それってもう認めたようなものだよね? 


「申し開きのしようがありません。如何様にも罰を与えましょう」


 …………。普通に認めたね。俺に対する敵意は初めから持ち合わせていなかったみたいだな。俺の裁決に従うつもりみたいだし。フィーネの予想はいい方向に外れたと見るべきか。

 フィーネも頷いているし、ミーシアにも許可は貰っているからここは波風立てずに貸しを作るとしましょうか。


「いえいえ、誤認があってはいけません。現行犯でもありませんからね。今後二度と同じ事が起きない様に対策する事と使用人の件を考慮して頂ければそれ以上の事は申しません。ミーシアにも確認は取っています」

「……委細承知しました。この件は私が責任を持って対処します。それに加えて先ほど申し上げたスラム清掃計画を急ぎ実行すると共に孤児院への支援金を増やす事をお約束します」

「私も警備隊の巡回強化をお約束しましょう。既に幾つかの隊が巡回を強化しておりますが、清掃計画が発動するまで抑え込みに従事します」


 ……さっきも言ってたけど清掃するのに警備隊が巡回する必要があるのか? 犯罪者達を一掃するつもりなのか? でも西区の大半がスラム街になっているよな。中央区に近い部分は比較的まともだと思うけど俺達がうろついた場所だけでも結構な広さがあった。メルメルの話では西区からスラム方面だけでも数千人の居場所をなくした人達が暮らしているって話だし。犯罪者はその内の一部だろうけどメルビンさんの言う通り探し出すのは難しいだろう。一度スラムを空にできるなら可能かも知れないけどそれは余りにも大掛かり過ぎて現実的ではないよな。 

 ……まぁ警備隊が巡回して安全が確保されるならそれに越したことはないか。それで犯罪者が見つかり捕まえられるなら良いことだし。

 どっちにしても一大事業だよな。それだけ大掛かりな事業ならいっそスラムの亜人を使ったらいいんじゃないのかな? 賃金は安くても仕事があるなら喜んで働くだろ。ザルクさん達みたいに第一線では戦えなくてもまだ戦える人も多いだろうし。 


「事件に巻き込まれる人が減るのは良いことですね。……巡回や清掃にスラムの亜人の方達を使っては如何ですか? スラムには仕事がない亜人の方たちが多く居るそうなので彼らに仕事を与える意味でも良いのでは?」


「っ、そ、そうですな。少し検討したいと思います。この件は極秘に行う事なのでヤマト殿も口外は控えて下さい」


 あぁ犯罪者にバレる恐れもあるのか。そんな計画が動いているなら邪魔してくる可能性も高いか。まぁ、直前の募集でも仕事を探している亜人の人達なら協力してくれると思うけどね。

 …………。ふむ。街に住む一員として活動に協力しますって建前は伝えた方がいいのかな? スラム出身の使用人を使っているわけだしね。ツバキ達が一緒なら襲われても返討ちにできるから一石二鳥だからね。


「分かりました。協力出来る事があれば手伝います。ツバキ達もいますし」

「――ご、ご協力感謝します」


 ぎこちない笑顔を浮かべて二人してお茶を飲み出した。それも一気飲みだ。やっぱり美味いよね。良い買い物したなぁ。


 □



「――そうでした。ヤマト殿にお渡しする物がありました」


 スンスンがお茶の御代わりを持って来てから領主の一人語りが始まり適当に相槌を入れながら聞き流しているとメルビンさんが唐突に声をあげた。

 お陰で領主の口が止まり一息着くことが出来た。自慢話は共有できる人としてください。いや、マジで。


「これはヒロネの件のお詫びと今後の我々の友情を祝して贈らせて頂きたく思います」

「…………卵、ですか?」


 メルビンさんがくれたのはガラスの容器に入った卵だった。…………流石に食用じゃないよね? ――それにしてもこのガラスは綺麗な円筒になってるしポーション作りの器に使えるんじゃないか? 窓ガラスがあるからガラスの製法は確立されていると思っていたけどこれだけの容器が作れるならフラスコとかも作って貰えそうだな。

 おっと、調べるのは後にしよう。とりあえずシオンさんパス。


「あれは獣魔の卵です。現在は孵化しないように魔導具に入っていますが、取り出せば数日中に孵化するはずですよ」


 獣魔? 魔物とは違うのか? まさか俺の腹を刺した兎みたいなヤツが生まれるんじゃないよね? 見た目は可愛かったけど危険極まりないからね? それに魔導具って、あのガラス普通に作られた物じゃないのか?


「あのガラスの容器は魔導具なんですか?」

「ええ、獣魔の卵を運搬する為に作られたものです。あの中に入っている卵は時間が止まったかのように孵化しないのです。詳しい話は私では出来ませんけどね」


 …………。時間停止の魔導具まであるのか? 卵だけ? マジで変な発展してるよね。現代科学より劣っていると思ったらそれ以上の物もあるし。今度魔道具も調べてみたいな。ポーション作るのに便利な物ないかな?


「なるほど。ちなみに何の卵なんですか?」

「……すみません。その卵は運搬の際に他の卵と入れ替わったらしく何の卵なのか分からないのです。しかし獣魔の卵であることは間違いありませんのでご安心ください」


 それは安心していいのか? 小さい卵だしペットみたいに思って良いのかな? …………。メイプルのライバルか。


「……獣魔の卵は売れる」

「だから贈り物を売ろうとするな」

「ハ、ハハハ」


 フィーネの言葉にメルビンさんもドン引きだ。しかも小声で「(……獣魔の卵は金貨十数枚は硬い)」と満足そうに言っている。俺への贈り物としてフィーネに認められたようだ。

 いや、何様だよ。もう良いだろう? と視線をフィーネに向けるとグーサインを出した。領主さんとメルビンさんの対応に一先ずの合格を出したみたいだ。


「ありがとうございます。大切に育てます」

「喜んで頂けて良かったです。獣魔の卵は主の血を垂らす事で主従関係を認識させる事も出来ます。……ただその場合は他人へ譲渡する事は出来ませんのでご注意ください」

「分かりました。相談して決めたいと思います。……。では僕からも贈り物を出しましょう。シオン、アレを」


 シオンはコクリと頷いて用意していた木箱を持って来た。箱はコニウムさんから買った湯呑が入っていた木箱だけど中身は俺が作ったCランクポーションだ。


 領主が俺を下に置かず対等以上の関係を求めているとフィーネが判断した場合に贈る段取りになっていた。昨日の今日でCランクポーションが用意できる意味を領主に知らしめる意味合いがあるらしい。これを確認した今後の対応を更に見極めるそうだ。

 …………。どこまでやるんだろうね。あまり動き過ぎて目立つのはイヤだけど商業ギルドと領主さんが上手く隠してくれるなら大丈夫かな。――Cランクポーションも内密に販売できる様に取り計らってくれたら更に資金が回せるな。ちょっと欲しい物も出来たしちょっとだけ大きく動きたい気持ちもあるんだよねぇ。


「…………これは?」

「木箱は使い回しですけど、中身はポーションです。僕に用意出来る物はそれくらいなので。良かったら使ってください」

「いえ、助かります。貴重な物をありがとうございます」

「いえいえ、僕の方が貴重な物を貰ったみたいで。ありがとうございます」


 シオンから受け取った木箱を領主の方に渡しメルビンさんが立ち上がって手を差し出して来た。これは握らないわけにはいかないよね?

 まぁだたの握手だし話し合いが無事に終わった証って事で良いんだよね?


 領主さんを差し置いてメルビンさんと握手しているわけだけど、そこのおっさん? なに一人で穏やかにお茶すすってるんだ? もうメルビンさんに領主譲ったら?

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