第102話 連行1
「……次は何が来るのかな?」
「止めてくれ。本当になにか起こりそうで嫌なんだけど」
高笑いをして去っていくプセリアさん達を見送って次こそは革職人の元へ行こうと進む俺達四人。そんな中フィーネが楽しそうに言う言葉がフラグ立ちしてそうで怖い。
革職人の元にたどり着くまでに十二の試練を乗り越えないとダメなのだろうか。
メルビンさんは今日一日プセリアさんの付き添いをすることになったらしく俺達に同行できないことを嘆いていた。いや、別に子供じゃないんだから保護者役はいらないからね? ……でも商業ギルド、冒険者ギルド、プセリアさん、っと毎回何かしら貰っているんだが。初めてのお使いに来た子供じゃないんだよ?
「主様、そろそろお昼ですわよ?」
「そうなの? 思ったより時間掛かったね。……なら試練に挑む前に腹ごしらえとしようか」
「試練、ですか?」
「あ、いやこっちの話。えぇっと、どこで食べようか」
「……ヤマヤマ、こっちにオススメの屋台があるよ」
「ならそこにしようか」
フィーネなら俺の嗜好も分かっているだろうし問題ないかな。値段より美味しさ。見栄えより美味さ。量より質。美味しければ正義だ。
それから通りを少し進むと見覚えのある通りに出た。この先って――。
「……あの屋台がオススメ。店主は獣人だけどヤマヤマなら問題ない」
「うん、あそこのシチュー美味しいよね」
「そうですわね。とても美味しかったですわ」
「はい。美味しかったです」
「……なんでみんな知ってるの?」
フィーネが指差す屋台は昨日ギルドに向かう途中に食べた猫人のお姉さんがやっているシチューの屋台だ。確かにおススメできる味だけど、
「昨日と同じになるけどツバキとシオンはいいかな?」
「問題ありませんわ」
「はい、私も大丈夫です」
「ならあそこにしようか」
「……なんだか負けた気分。……次は負けない」
いつから勝負になったんだよ。フィーネを引っ張って屋台に向かうとお姉さんもこちらに気付いて笑顔で出迎えてくれた。
「昨日のお兄さんじゃん! 今日も来てくれたのかい? ……シルフィはお兄さんに寄生しているのかい?」
「……寄生じゃない、護衛」
……フィーネって一応護衛のつもりだったんだな。二人は知り合いか。おススメするぐらいだしフィーネは常連だったのかな。
「シルフィが普通に働いているなんて珍しいじゃないか。というか良く雇って貰えたね」
「……分かる人には分かる。私を選んだヤマヤマは流石」
……。選んだというか、ほぼ全員雇ったよね? というか、フィーネはこれまで雇って貰えていなかったのか? 商品の目利きとポーション作りが出来るから食うには困らないだろうけど。……ん? なんでフィーネはスラムに居たんだ?
「それでお兄さん、勿論食べていってくれるんだよね?」
「ええ、今日は四人分でお願いします」
「まいど! へへ、今日は少しだけ豪華なんだよ」
お姉さんが細い尻尾をフリフリしながらお椀にシチューを入れている。……掴んだら怒られるかな? 孤児院でも耳は触れたけど尻尾はまだ触っていないんだよね。
「旦那様? 何を見ているのですか?」
「…………。尻尾って尾てい骨から生えているのかな?」
「びていこつ、ですか?」
そうか、医療が進んでいないから骨の名称なんて知らないのか。……現代に生きていた俺も有名な部分しか知らないけどね。
外科手術や解剖をすることなく完全に癒せるポーションって普通に考えたら凄いよね。まさにファンタジー。逆転生したら大儲けできそうだ。……つまりどっちに居てもポーションは金になるわけね。
「お兄さん、尻尾が気になるのかい? 見せてあげてもいいけど、――まだ死にたくないから無理だね」
お姉さんの尻尾がぶるりと震えてピンっと立った。隣を見ると満面の笑みをお姉さんに向けるシオンさんがいた。……なんだろう、可愛い笑顔なのに――怖い。
「……ヤマヤマ、獣人の尻尾は気軽に触ってはダメ。……人間で言うところのお尻を触る感じ?」
「完全に痴漢だろ、それ。……危うく掴むところだった」
昨日の孤児院で触らなくて良かった。次から次へとケモ耳を差し出してくれたから尻尾にまで手が回らなかったからね。
危うく責任を取る事態になっていたね。その前にツバキ達が止めていたと思うけど。
「お兄さん、尻尾を掴むってあまり大きな声で言わない方がいいよ?」
お姉さんが少し恥ずかしそうに尻尾を隠している。……公衆の面前でお尻を掴むって言っている感じなのかな?
人前で尻尾の話をするのは止めるとしよう。まさかこんなところで異種族の文化が立ちはだかるとは。……もしかしてツバキとシオンにもあるのかな? 竜人なら逆鱗か。確か喉にある逆さの鱗だよね?
……シオンの首元をジッと見つめても鼓動が早くなるだけでよくわからないな。そしてあまり注視し過ぎるのも紳士として色々と危うい。だからといって触ったら大問題だし調べようがない。
「あ、あの、旦那様、あまり見つめれらると恥ずかしいです」
「シオンの逆鱗なら触って探しても大丈夫ですわよ。主様でしたら触られてもくすぐったく感じるだけですわ」
親しい間柄であれば不快には感じないってことかな。でもそれをツバキが言うのはどうなのだろうか。シオンは赤くなっているけど否定はしないみたい。お触りオッケーみたいです。いや、触らないけどね。触れられたくない場所の代名詞みたいなところだし。
……シオンの逆鱗には触れてもいいって言ったけど、ツバキの逆鱗に触れるとどうなるんだろう。あえて自分を除外したように聞こえたんだけど。
「……ちなみにツバキは?」
「私の逆鱗でしたら、ここに」
お胸様の圧力が増しツバキが上体を屈むようにして俺を抱き締める。いつもより密着度が上がり包み込まれているみたいな安心感がある。俺自身がツバキの逆鱗であると言っているみたいだけど――。
「――あぁ、そうか。龍王の誓いをする時に渡された鱗って逆鱗だったのね」
「はい。私と主様は一心同体ですわ」
あの時渡された鱗は溶けるみたいに俺の中に消えてしまったけど、もしかしてお胸疎通が出来るのはそのおかげなのか?
……俺がツバキの逆鱗になったわけなら俺って他人に触れられても大丈夫なんだろうか。フィーネやメルビンさんが生きているから大丈夫だということにしておこう。
元々俺に危害を加える輩は迎撃対象だし問題はないはずだ。
「あの~、大事なお話の所申し訳ないんだけど、誰かお椀を受け取ってくれないかい?」
見るとお椀を持ったお姉さんが立ち尽くしていた。すっかり忘れていた。
各自で受け取りその場で頂く。……またお金が後払いになってしまったな。食い逃げするつもりはないけど。
「うん、変わらず美味しい――いや、昨日より美味しい?」
とろみのついたスープを先に飲むとクリーミーな味わいの中に旨味が凝縮されていて昨日食べたものより味が濃い印象がある。
スプーンで具材を混ぜると昨日と変わらず具材が山盛りだ。柔らかく煮込まれて味が染みたお肉が更に絶品である。……お肉?
「気付いたかい? 今日は特別にお肉がたくさん入っているんだよ! 今日お兄さんが来てくれて良かったよ。どうだい? 昨日お肉がもっとあれば満点だって言ってたよね?」
「確認しなくても大丈夫ですよ。これは文句なしで満点です。でもお肉を入れたら赤字になるって言ってませんでした?」
「まぁそうなんだけどね。今日は特別さ。私が育った孤児院に有力な支援者が付いてくれたらしくてね。その支援者が離れるまでは院長に援助は不要って言われたんだよ。だから今日はその新しい支援者を祝して孤児院に仕込みの半分を置いて来たんだ。せっかくのお祝いにお肉が入っていないと子供達がガッカリするからね。というわけで今日は特別だよ」
……なんだか身に覚えのある話だな。――俺と同じ偽善者が他にもいたみたいだね!
「良かったですね。物好きな人も居たものです」
「そうだね。ちなみにその支援者は竜人の姉妹とエルフの女性を連れた少年だったらしいんだよ」
「へー、この街にツバキ達以外にも竜人の姉妹がいるんですねー」
「その少年を見た子供達の第一印象は皆でくっついて歩き辛くないのかな、ってことだよ」
「そんなに密集していたんですかね。ちなみに僕は歩き辛くないので」
「頭の上に竜人の胸を乗せて歩いているみたいだよ」
「変わった人物ですね。胸は頭に乗せるものではないですよ?」
「…………。私が知る限りそんなことをしている人物は一組しかいないんだけどね。というか、認めたくない何かがあるのかい?」
いや、自慢げに言うことじゃないと思うんだけど。お姉さんがその人物を知らない可能性もあったから最初の段階では俺からは言い出せないでしょ。そして今さら名乗り出るのもどうかと。というか100%俺だと分かっているなら追及しなくても良くない?
「……きっとその人物は目立ちたくないと思っている。……静かに見守るのがその人物のため」
「なるほどね。……じゃあ私達の代わりにその人物にありがとうって伝えてくれるかい?」
「……分かった。……私が伝えるまでもないけど」
どうやら追及はなしでフィーネが事を納めてくれたようだ。しかし世間は狭い。孤児院は他にも幾つかあるみたいなのに見事にヒットしたのね。
……支援のお陰でお姉さんにも恩恵があり、巡り巡ってこのシチューを食べる事が出来たのなら嬉しいものだ。
追及もないし、清々しい気分で食事を続けられ――。
「そこのお前! 貴様がヤマトだな? 大人しく付いて来てもらおうか!」
お話もひと段落ついたところで改めてシチューに舌鼓をつこうとしたらまたしても面倒事が来た。口調からも友好的とはとても思えない面倒事が。
革職人の元には一体いつ行けるんだろうねぇ。
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