第104話 連行3

 屋台のお姉さんと別れ、ビクビクしながら前を歩くおっさんに付いて俺達は西区方面に進んでいた。

 俺達の前に隊長のおっさんと二人の隊員がいて、後ろには残り二人の隊員が俺達を警戒しながらついて来ている。

 ……。見方によっては護衛の人数が更に上がったように見えるかも知れないな。周囲にいる町人の視線が集まっている気がする。幸いにも人通りが少ない西区の方へ向かっているから徐々に人の視線は少なくなっているけどね。


「(こっちに警備隊の詰め所ってあるの?)」

「(……第八警備隊なら西区、スラムの巡回がメインだったはず。……確かスラム近くに詰め所がある)」


 ふむ。なら偽物ではなく、まともではない方かな。俺のポーションの噂を聞きつけて横取り、もしくは貴族や商人と引き合わせようとしているのか? 賄賂を貰って職権乱用していそうな顔だしね。……まさかスラム犯罪組織とやらと繋がっているとか? ――ないか。流石にそれだったらメルビンさんが手を打っているよね。


「(主様、三名ほど追跡して来ている者がおりますわ)」

「(商業ギルドの警備員の人?)」

「(気配だけでは特定は出来ませんが内二名は素人ですわね。この二名は屋敷を出た頃から付いて来ていますわ。残り一名は人通りが減った事で気付けましたから訓練を受けた者と推測しますわ)」


 ……屋敷を出た時から監視がいたのなら教えて欲しかった。……いや、問題はツバキが人通りが減るまで気付くことが出来なかった方か。何時から追跡していたのか知らないけどツバキに気付かれなかったのは普通にすごい。屋敷をまるっと捕捉できるツバキだからね。

 人通りが多い街中なんだから気付かないのが普通だろうけど、気付かれた二人は素人認定されているからね。……ふむ。普通に考えたら領主とレベッカさんの部下の人だろうね。

 今の状況を見ているならメルビンさんに連絡しているのかな? 変なタイミングで来るのだけは止めて欲しい所だけど。


「(旦那様、このまま目的地まで付いて行くのですか?)」

「(うん。本当に重要な要件だったなら困るからね。罠だったらツバキにお願いするよ)」

「(承りましたわ)」

「(……まとも要件なわけない。良くて犯罪者が待ち構えていて、最悪は領主の息の掛かっていない貴族が待っていることかな?)」


 貴族がいるのはイヤだな。貴族を物理的に排除した場合はどこまで領主が庇ってくれるのか分からない。話し合いで決着がつくならいいけど――ポーションの噂だけ聞いて無理やりどうにかしようとする輩じゃないことを祈るばかりだ。


「着いたぞ。この建物だ」


 俺達がコソコソ話をしているといつの間にかスラムとの境界付近にある煤汚れた建物の前に着いていた。

 メルビンさんが居た詰め所に似た作りだけど、正面入り口に見える扉は木製の扉に金属で補強のされた分厚く頑丈そうなノブ式の扉が付いていた。壁にある窓には格子が取り付けられていて、物々しい感じだ。フィーネが言うにはここが第八警備隊の詰め所らしい。

 スラムが近いからか、ずいぶんと頑丈そうな作りをしている。そして清掃が行き届いていない為、怪しい雰囲気まで漂っている。……犯罪組織の隠れ家じゃないよね?


「ここまで黙ってついて来たんです。そろそろ要件をお聞きしたい所ですね」

「うるさい! 黙って入れ!」


 ここまで大人しく付いて来たことでおっさんの態度も回復してしまったようだ。中に警備隊の兵士がたくさん居るのかな? 要件も言えないなら大人しくするのもここまでだよ?


「なるほど、要件は言えないと。では身の危険を感じた場合は相手が誰であろうと先制攻撃させて頂きます。建物の破壊も気に留めません」

「ッ!? 手を出したらタダではすまんぞ!?」


 おっさんが慌てた様子で言っていることから重要人物がいる可能性もあるかも。先制攻撃はダメかな。見極める必要があるのはイヤだなぁ。犯罪者が待っているなら話は簡単なんだけどね。


「中に誰かが待っているんですね? 貴方の上司ですか?」

「っるさい! いいから中に入れ! 亜人はここで待っていろ!」


 ……は? 俺だけ入れと? イヤに決まっているでしょ。何も開示しないで俺だけ中に入れとか話にならないから。俺からツバキ達を引き離すのはもう敵対認定ものだよ?

 ――よし、平和的解決は諦めた。もう揉めてもいいや。どうせこのおっさんはまともな人物ではないし、そんなヤツを従えている主人がまともとは思えない。


「行こう」

「了解ですわ」

「はい!」

「……南無」


 俺達はおっさんを押し退け扉に手を掛ける。うん、ここで引き返すのは後々面倒事のタネになりそうだから先に摘むことにする。それで揉め事になるなら仕方がないことだよね。


「待て! 亜人はここで――」

「ツバキファイヤ」


 ツバキに掴み掛ろうとしたおっさんが鈍い音と共に後ろに倒れる。殴ったのかと思いきやおっさんの横にこぶし大の石が落ちていた。……それ、もう指弾きのレベルじゃないからね。まぁツバキの手が汚れなかったから良しとしよう。

 周りの兵士はおっさんがやられて警戒するように離れて様子を見ている。心なしかホッとした表情を浮かべているようにも見えるな。ふむ。中々の人望だね。誰一人助けにもかばいにも来ない。

 中にまともな人が居て普通に話合いが出来たならおっさんは治療してあげるとしよう。ムリだと思うけどね。


「シオンとフィーネは後ろから付いて来て」

「私も戦えます! 旦那様をお守りできます!」


 主である俺が前を歩くのはダメだとシオンが顔を近づけて反論する。……シオンの顔が触れ合うほど近づき俺の思考が止まる。鼓動が高鳴る。反対側にはフィーネがいる上に、腕を掴まれているから避けることもできない。完全防御態勢の弱点が判明してしまった。

 ジッと綺麗な瞳が俺を捕えて放さない。そして長いような短い時間が過ぎ、シオンがハッとして顔を背けた。うん、耳が赤くなっている。たぶん、俺も。


「――うん。だからシオンには後ろをお願いしたい。ツバキが居るから正面は大丈夫。後ろの警戒と、ついでにフィーネの面倒を見て上げて」

「…………分かりました」

「……私はヤマヤマと同じ扱い」


 赤くなり俯き気味なシオンと何故か肩を落としたフィーネが離れたので両腕がフリーになる。もちろんツバキはそのまま俺を抱き締めている。これが護衛態勢だからね。離れる意味はないのだ。


 早速中に入ろうと俺が扉のノブを回して押す――が開かない。あれー? 鍵締まっている? 出鼻をくじかれた気分だ。……おっさんがカギ持っているのかな?

 どうしようかと考える俺の視界にツバキの手が伸びてきて扉に添えられた。一緒に押すのかなと思い再度ノブを捻る。すると「ベギギギッ」と、けたたましい音が鳴り響き扉が歪みながら開いていく。……ずいぶんと建付けの悪い扉だねー。


 ツバキに合わせてゆっくりと足を進めると耳に響く音が鳴り続け最後に「ベキッ」と一際大きな音を立てて扉が外れた。補強された金属部分は変形して木材部分もバキバキである。壁と繋がっていた大きな蝶番は引きちぎれており無残な姿をさらしている。……うん。この扉、押すんじゃなくて引く方だね。まぁ開いたしいっか。


「奥に人の気配がありますわ。一人ですわね」

「一人? 周囲に潜んでいる可能性は?」

「私が感じられるのは一人ですわ。上手く気配を消している手練れが潜んでいる可能性はありますわ」


 大人数で待ち構えていると思ったんだけどね。でもツバキが察知できない手練れが存在する可能性と本当に一人しかいない可能性はどちらが確立は高いだろうか。


「一人なら貴族や犯罪者の可能性は低いのでしょうか?」

「……貴族が護衛なしは問題。それなら商人の可能性の方が高そう」

「外にいる警備隊の人が護衛じゃないのか? 入って来ないけど。さっきのおっさんが護衛で他は数合わせの可能性もあるかな」


 潜んでいるヤツがいなくて本当に一人なら貴族や犯罪者の線は薄いか。俺と内密にポーションをやり取りしたい商人、もしくは貴族の部下かな。怪しい取引に応じるつもりはないけど、また同じことがあったら嫌だからキッチリお話をした方がいいね。

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