第23話 S3 ギルドの流儀


「それで竜人の眼光に恐れをなして逃げ帰ったわけか?」

「…………はい。申し訳ありません」


ヤマトと別れたミリスは急ぎレベッカのいる商業ギルドに戻り、事の顛末を報告する。


「金を受け取るつもりはない、謝罪を受け取るつもりはない、こちらの流儀に従う。…………。…………三十億Gもの借金を負ってまで竜人族の護衛を雇っての物言い。これは、宣戦布告か? あぁ、竜人の眼光を恐れた件は気にしなく良いぞ。誰でもそうなるからな」


レベッカは報告内容を頭の中で繰り返し再生して事態の把握に努める、そして頭を抱える。

せっかく見つけた最高品質のポーションを作り出すカギ、本当に最悪の場合は強硬手段も辞さない覚悟を持っていたレベッカだったが竜人族の姉妹の話を聞きそれが如何に愚かなことか悟る。

そしてそれほどの戦力を用意するヤマトに畏敬の念を覚える。


「青い瞳に水色の髪の竜人族の姉妹だったんだな?」

「はい。間違いありません」


レベッカには商業ギルド副ギルド長としてこの街の情報がほぼ全て入ってくる。貴族でも知らないことを知っているこの街の裏のフィクサーと言っても過言ではなかった。

そんなレベッカは勿論竜人族の姉妹の話も知っていた。領主カイザークの虎の子であり弱みでもある姉妹。


かつて戦場でその名を知らぬ者なしと言われた殲滅姫ツバキ。戦争が終わり闘技場に姿を現した殲滅姫は連戦連勝無敗記録を更新し、人種では相手にならないと魔獣や魔物との闘いに置いても全勝。複数を同時に相手にし休む間も無く連戦を強いる、もはや闘技場のルールを逸脱した殺戮ショーでさえ彼女は無傷で勝ち残った。

八百戦無敗。ただの一度も傷を負わず闘技場を後にした彼女は伝説として語り継がれていた。


(アレと敵対だけは絶対に出来ない。なぜ少年に従っているのか分からない。あれは人が制御できる生物なのか)


レベッカは以前闘技場でツバキを見ていた。その圧倒的な力と強さ。個人でありながら軍に匹敵する化物。人の世の理を越えた頂きに存在する者。人に従うような存在ではないとレベッカは認識していた。そうでなければ商業ギルドの財を投げ打ってでも手に入れていたほどの人物だ。


(領主が他国に黙って手中に収めているって噂は聞いていたがまさか護衛として売り出すとは)


レベッカはカイザークが手中に収めたと情報で知った時、この街は滅ぶと本気で思っていた。街の顔役として遠回しに手を引くように仕向けたがそれでもカイザークはツバキ達を手放さなかった。

何か裏があると思い調べている最中の出来事でありレベッカは頭を抱えることしか出来なかった。


「明日、ポーションを売りに来ると言っていたな。料金も今回と同額で良いと」

「はい。金額には満足していると」


中品質や低品質であれば十分満足のいく金額だとレベッカもミリスも理解している。しかし現物はこれまでにたった一人の賢者しか作り出すことが出来なかった最高品質。それが量産できたとしても作り手が一人であれば供給は追い付かない。


現在あるポーションは中品質で半年、高品質でも一年が使用限界とされている。劣化しないポーションであれば軍や関係各所が挙って欲しがる。現に今ある遺跡から発掘された数点の最高品質ポーションは王城の宝物庫に保管されているのだ。


(もし最高品質の製作方法が確率しているとしたら弟子入りを希望するポーション職人は後を絶たない。ギルド長、いや、ベアトリーチェ卿でさえ頭を下げ教えを乞うはずだ。そしてその相手が成人すらまだの少年だと?)


レベッカが頭を抱える要因の一つがミリスが街でヤマトを探している間に調べさせたヤマトのギルドに来るまでの足取りだった。

門番の元にも人を派遣してメルビンが居なかった事も幸いして詳しい内容を聞くことが出来た。


(師匠は既に亡くなっている。Cランクポーションを作り、更には魔獣の森を越える事が出来るだけの魔除けの薬まで作り出せたと。我々は人類の宝を失ってしまったという事か。しかしその少年は既にポーションを作れると言っていたらしい。自分が作ったポーションを売りたいと発言していたとも聞いた。最高品質のポーションを作り出す技術を既に体得しているという事だろう。その上で金額に満足していると)


「その少年はポーションの金額を知らないのか?」

「恐らくは。もしかしたら自分が最高品質を作りだしていることも分かっていないのかも知れません」

「可能性は否定できんか。帝国領の端の端、魔獣の森の傍にある集落で生活していたそうだからな。ポーションを作れるのは師匠だけだっただろうから師匠が最高品質を作っていたのなら自分が作っているポーションに違和感はなかっただろう。しかし、そうなるとなぜ金を受け取らないんだ?」


「…………謝罪も受け取らないと言われました。当ギルドに加盟している薬師から暴行を受け、助けるどころか拘束され酷い罵りを受けたようですし、更には薬草を買おうと窓口へ行くと売らないと言われた…………。ギルドに不信感を持っていてもおかしくありません。謝罪や金銭を受け取ると言う事はこれらの事態全てが無かった事になると思われたのでは?」


「ギルドの不祥事を金でなかった事にされようとしていると考えたわけか。あながち間違ってもいないがな。明日、謝罪金として金貨五枚、ポーション代金の過不足金として金貨十五枚を別々に渡そう。受け取り方で考えが読めるだろう」

「ポーション代金は金貨十五枚で宜しいでしょうか?」


「ああ。今回受け取らなかったのだから文句を言われる筋合いはない。それに今後も最高品質を持って来てくれるとなると流石に金額を調整する必要がある。しばらくは問題ないが月の生産量次第では金額を更に下げる必要もあるかもしれない。取り急ぎギルド長とベアトリーチェ卿に最高品質ポーションを送ったが、返事が来るのにも時間が掛かるだろう。しばらくは私が対応する必要があるか」


(あとの問題はギルドの流儀に従うとの言葉か。謝罪を受けないのはギルドに従うつもりはないという事。ギルドのやり方に従う。まさかクズ貴族や受付嬢のやり方がギルドの流儀だと思っていないだろうな。権力があれば好き放題できる流儀に従うと言うなら少年は権力を手に入れるつもりか? ッ、まさかその為に領主に謁見して竜人族姉妹を手に入れたのか!? 竜人姉妹は領主が後ろに居るぞという意思表明、少年は既に貴族側に傾倒したのか!? それはマズイ、絶対にまずい!?)


「――今から領主に会って来る」

「え? 今からですか? ですが既に日は傾いておりますよ? 会って頂けないのでは?」

「幾つか切り札はある。直ぐにでも確かめなくては取り返しのつかない事態になりかねん」


商業ギルドは王国に属した組織ではない。ベアトリーチェが周辺国と和平を結ぶおりに各国の領地を拝命したので、その各国間で薬の流通を可能にする為に組織した商業圏だ。今ではポーションだけではなく、様々な物資がやり取りされ各国の王都にも商業ギルドがおかれ、商人は商業ギルドに登録せねば国を越えることができないので、ほぼ全ての商人が加盟する一大組織となっている。


貴族からしたら目障りな組織ではあるが既に生活の一部にまで浸透している商業ギルドをどうにか出来る国家はなく、ベアトリーチェを頂点に商業ギルドと王侯貴族は対等な関係を求められている。


そしてベアトリーチェが最も大切にするのがポーション職人である。積み上げてきた研鑽と技術は替えの効かない素晴らしきものであり、戦争利用など持っての外であると。

薬師を貴族が雇う事はあるが、ポーション職人は商業ギルドからの派遣以外許可されていない。それもベアトリーチェの承諾がなければ許可が下りる事はない。


しかし例外として薬師の頃から貴族が専属として育てて来たポーション職人に関しては貴族側が所有権を主張することができる。未熟な時から高価な機材や材料を与えて教育されているのだから当然の権利であった。


そこで問題になるのが、現在Fランクの薬師であるヤマトの存在であった。


本来であれば最低でもCランクのポーション職人を名乗る権利があるヤマトであるが、今現在の状況で副ギルド長がヤマトを面談も無しに昇格させるわけにはいかなかった。

その為、領主の元に行きヤマトは自分達が先に目を付けた期待の新人であり、手を出すなと勧告する必要があった。


もし貴族側に身柄を押さえられてしまえば商業ギルドからは手出しが難しくなってしまう。商業ギルドに在籍している以上貴族側であからさまな違法行為があった場合は身柄の確保が出来るが、それを理解している貴族側が手荒に扱うことはない。

そうなると商業ギルドに手出しができなくなり、商業ギルドに在籍している職人が弟子入りを望んだとしても全て貴族側で判断されてしまう。そうなると優れた技術を持つであろうヤマトの技術は貴族側の薬師達に独占され、商業ギルドと貴族とのパワーバランスが崩れてしまう。


そして、ベアトリーチェを始めとした高ランク職人がヤマトの存在を知り、最悪は戦争へ発展してしまう可能性もあった。


(貴族側に抑えられたらギルド長にどんな目に合わされるか想像も出来ない、絶対に阻止しなければ!)


慌てて執務室を出て行くレベッカを見送り、ミリスは一人ギルド内で暴行事件を起こしたセルガへの処罰と、それに加担した受付嬢の処罰の草案を作成するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る