第77話 S13 陰謀の時間3

「ミーシアとの出会いは偶然でした。たまたま彼女を救う為に動いていた孤児院の子供達と出会い彼女の元に案内されました。彼女はスラム内での暴行事件に巻き込まれ死の淵に居いたのです。僕が後一日遅れていたら死んでいた事でしょう」


 ヤマトの言葉を聞きカイザークとメルビンは二つの意味で衝撃を受ける。

 一つは孤児を救う為に死の淵にいた者を蘇らせるほどの高ランクポーションを使用している事。数時間前まで死に掛けていたというミーシアの元気な様子を見た二人は通常のポーションが使われたとは思っていない。メルビンが受け取った最高峰のポーションを使用したのだと察しがついた。

 ヤマトがこの街に来てまだ二日しか経っていない。親しい間柄の者がいるとは思えず本当に見ず知らずの孤児の為に希少な高ランクポーションを使用したのだと驚きを隠せなかった。

 そしてもう一つ、ミーシアを襲ったと言う犯人の姿が脳裏に浮かび上がり、その事実をヤマトが知ってしまった可能性に絶望とも言える衝撃が全身を襲った。


「…………スラム内は立ち入り禁止区域に指定されています。酷い言い方になりますが、そこに入って怪我を負ったのならそれは自己責任です。全ての民を救えるほど財源に余裕があるわけではありません。そしてそのような被害が及ばない様にスラムの清掃を近日中に行うため内々に準備を進めている所です……」


「なるほど。ではメルビンさん、警備隊として暴行事件の犯人捜しに協力をして頂けないでしょうか? どうやら再犯者らしくこれまで何度も事件を起こしているらしいです」

「…………、スラム内での事件の犯人を見つけるのは困難です。スラムの奥には犯罪者が潜んでいます。私達も巡回をしていますが中々尻尾を掴めません。……誤認逮捕をするわけにもいかないので慎重に調べる必要もあります」


 メルビンは僅かな希望を胸に言葉を濁す。カイザークは目を瞑り誰が犯人なのか考えない様に成り行きを見守っていた。


「そうですか。でも一応被害者の証言を伝えますね。犯人は、金髪で長い髪の成人間もない貴族風の女性で近くには初老の執事が居たらしいです。そして自分の事を、わたくしって言っていたそうです。ミーシアは犯人を直接見ていますし街で見かけたら直ぐに報告しますね」


「…………」

「…………」


 カイザークとメルビンは天井を仰ぎ見る。ヤマトがわざわざこのタイミングで伝えて来ると言う事でその可能性を考えていたが、実際にヤマトの口から告げられると思っていた以上にダメージがあった。そしてヤマトはヒロネを直接見ている以上その特徴が誰に一致するのか分かり切っている事である。


 これがただの平民であれば幾らでも取り繕う事も可能であった。しかし相手がヤマトであればその事を真偽に関わらず知られた時点でアウトである。


「申し開きのしようがありません。如何様にも罰を与えましょう」

「いえいえ、誤認があってはいけません。現行犯でもありませんからね。今後二度と同じ事が起きない様に対策する事と使用人の件を考慮して頂ければそれ以上の事は申しません。ミーシアにも確認は取っています」


 カイザークはヤマトの穏便過ぎる言葉に違和感を覚える。会談を前にここまでの情報を集めているヤマトからの寛大なる処置。その意味を考える。


「(――我々に利用価値を見出している?)」


 カイザークはヤマトが領主家に大きな貸しを作る事で協力関係を構築する腹積もりであると仮定した。そしてヤマトはこの街での生活を望んでおり、その為の地盤作りをしていると。


「……委細承知しました。この件は私が責任を持って対処します。それに加えて先ほど申し上げたスラム清掃計画を急ぎ実行すると共に孤児院への支援金を増やす事をお約束します」

「私も警備隊の巡回強化をお約束しましょう。既に幾つかの隊が巡回を強化しておりますが、清掃計画が発動するまで抑え込みに従事します」


「事件に巻き込まれる人が減るのは良いことですね。……巡回や清掃にスラムの亜人の方達を使っては如何ですか? スラムには仕事がない亜人が多く居るそうなので彼らに仕事を与える意味でも良いのでは?」

「っ、そ、そうですな。少し検討したいと思います。ただこの件は極秘に行う事なのでヤマト殿も口外は控えて下さい」


 スラムの悪分子を一掃する計画にスラムの人間を使えば情報が洩れるのは必至。その事にヤマトが気が付いていない事を考慮してカイザークは口止めをお願いする。


「分かりました。協力出来る事があれば手伝います。ツバキ達もいますし」


 ヤマトの申し出はスラム一掃作戦にツバキを投入しハーティアごとスラムの悪所を滅ぼすつもりなのだとカイザークとメルビンは受け取りヤマトの本気度に汗を流す。


「――ご、ご協力感謝します」


 やるなら徹底的にと暗に言われた二人は部屋に漂う重い空気も手伝い喉が渇いていた。そして手元にあるミーシアが持って来たお茶を一口含む。

 極度の緊張状態が続いていた事もあり、これまで飲んだ経験のないほどの美味さにそのまま勢い良く飲み干す二人を見てヤマトは笑みを浮かべていた。



 □


「――そうでした。ヤマト殿にお渡しする物がありました」


 お茶を飲み終わったカイザークとメルビンの二人にスンスンがお茶の御代わりを持って来た後からカイザークは人が変わったようにこの街が如何に優れているのかをヤマトに熱く語り始めていた。

 カイザークは街の自慢と優れている点を誇張も交えながら伝え、他国が如何に暮らし辛いのか、この国の視点から欺瞞も含めて説明する。そしてヤマトがこの街に住む利点を例を挙げながら詳しく話していた。


 それを相槌を交えながら聞いていたヤマトだがその表情に疲れが見え始めた所でメルビンが会話に口をはさんだ。

 カイザークはメルビンに会話を止められた事に腹を立てるがヤマトのホッとした様子を見て口を閉じる。


「これはヒロネの件のお詫びと今後の我々の友情を祝して贈らせて頂きたく思います」

「…………卵、ですか?」


 ヤマトはガラスの容器に入った手の平サイズの卵を受け取りマジマジと観察する。そしてガラスをコンコンと叩き「これは使えるか?」と卵よりガラスに目が移り出していた。

 ヤマトがシオンに卵を渡すのを確認してからメルビンが説明を始める。


「あれは獣魔の卵です。現在は孵化しないように魔導具に入っていますが、取り出せば数日中に孵化するはずですよ」

「あのガラスの容器は魔導具なんですか?」

「ええ、獣魔の卵を運搬する為に作られたものです。あの中に入っている卵は時間が止まったかのように孵化しないのです。詳しい話は私では出来ませんけどね」


「なるほど。ちなみに何の卵なんですか?」

「……すみません。その卵は運搬の際に他の卵と入れ替わったらしく何の卵なのか分からないのです。しかし獣魔の卵であることは間違いありませんのでご安心ください」


 獣魔の卵は大型獣の卵、中型獣の卵、小型獣の卵の三種類に大きさで分類されるが種族毎の違いはなく見た目は全て同じ色合いの同じ卵であった。

 ヤマトが貰った卵は小型獣の卵で生まれる獣魔は小さく貴族や豪商などにペットとして飼われる事が一般的であった。


「……獣魔の卵は売れる」

「だから贈り物を売ろうとするな」

「ハ、ハハハ」


 メルビンは初めて発言したシルフィーネの言葉がまさかの発言だった為、乾いた笑みを浮かべる事しか出来なかった。


「ありがとうございます。大切に育てます」

「喜んで頂けて良かったです。獣魔の卵は主の血を垂らす事で主従関係を認識させる事も出来ます。……ただその場合は他人へ譲渡する事は出来ませんのでご注意ください」

「分かりました。相談して決めたいと思います。……。では僕からも贈り物を出しましょう。シオン、あれを」


 ヤマトがシオンへ手で合図を送ると頭を下げたシオンが一旦退出して小さい木箱を持って来る。

 そしてそれをメルビンへと渡す。


「…………これは?」

「木箱は使い回しですけど、中身はポーションです。僕に用意出来る物はそれくらいなので。良かったら使ってください」

「いえ、助かります。貴重な物をありがとうございます」

「いえいえ、僕の方が貴重な物を貰ったみたいで。ありがとうございます」


 メルビンが差し出した手をヤマトが握り互いにお礼を言う姿を見てカイザークは笑みを零す。そしてメルビンを次期ベルモンド子爵家当主に任命しなかった事を後悔していた。


「(一先ずの危機は乗り越えたか……。ヤマト殿に借りを作る形にはなったが貸しを作る相手には見て貰えたのだと今は喜ぼう。今後の対応でヤマト殿の信頼を必ずや取り戻す)」


 今後の関係強化の為にメルビンの持つ権限を上げる事を決め、若者二人が手を取り合う姿を眺め静かにお茶を飲むカイザークであった。


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