第58話 S9 女史と蠢く影
ヤマト達が商業ギルドを出てからレベッカとミリスは大忙しだった。
「ミリス。とりあえずシリカを見つけて事情を聞いて来い。ヤマト殿の話とすり合わせて正確な情報を集めろ」
「はい。あとはポーションバッグの用意と保管庫の手配を早急に致します。構いませんね?」
ポーションバッグは完成したポーション瓶を一本づつ収納出来るポーション専用の持ち運びバッグだ。ポーション職人では無くても薬師でも持っている物だが、ヤマトが持っていなかった事に気付いたミリスが最高級の物を贈ろうと提案した。
保管庫はポーションの劣化を抑える保管用の魔道具だ。通常は工房に設置して完成したポーションを一時的に保管する為の物だが、ミリスはそれに合わせて防犯に特化した特注品を職人に発注させようと考えていた。ヤマトが持つ最高品質の希少性から万が一を考えての事だった。
「ああ。頼む。費用は気にするな。……あとヒマなヤツを捕まえてリンダを見張らせろ。これ以上商業ギルドで失態は出来ないぞ」
レベッカはミリスの提案を二つ返事で了承する。特注の保管庫など値段を聞くのが嫌になるほどの価格だが費用は全てギルドが持つ事を告げる。そして不安案件の一つであるリンダの監視を強化するように伝えた。
「はい。専属受付嬢のスケジュールを調整します。あの子も今の現状が分からないほど愚かではないと思いますから家から出る事はないと思いますが」
「それでも監視は怠るな。…………嫌な空気を感じるんだよ。これはギルド長が森で生活を始めると言い出した時にも感じた嫌な空気だ」
ギルド長であるラビリンが就任した時も大騒動になっていた事を知っているミリスはその時の事を思い出し冷や汗が流れる。
そんな時ギルドの中を走る足音が聞こえて来た。二人は絶対に良い情報ではないと顔に影を落とし扉が開くのを待ち構えた。
「失礼します! リンダが逃走しているようです! ギルド近くに居たシリカがリンダに捕まりマル秘殿の事を話したそうです!」
レベッカは目元に手を当てどうにか落ち着こうとしていた。
ミリスは天井を仰ぎ見て優先順位の入れ替えを初めていた。
「ミリス、先ずはリンダを捕まえろ」
「警備員を三十人使います」
「非番のヤツも使え。最低五十人態勢で夕暮れまでに確保しろ。数人はヤマト殿の屋敷を見張らせろ。だが決して近づかせるな。屋敷を注視するのも禁止だ。悪寒を感じたら即座に離脱することを徹底させろ!」
「はい。最優先で取り掛かります。オリナ、直ぐに警備員を招集してください」
「は、はい!!」
報告に来た専属受付嬢のオリナに指示を出したミリスはリンダの行動予想を考えながらレベッカの執務室を後にする。
残ったレベッカはミリスがやり掛けていた保管庫の注文書を仕上げながらヤマトが持ち込んだ新たな最高品質のポーションの送り先を見定めていた。それと同時に商業ギルド本部に送る魔報の内容を定め、領主へ知らせるべき情報を手紙に書き記しながらギルド長であるラビリンを探す為の傭兵団と冒険者チームの選定とヤマトが人材を探しに来た時の為にメイド経験があるギルド職員の名簿を見つつ、背後関係が明白な商業ギルド付きの薬師の見極めと選出方法の草案を考えながら、今後のギルド内での罰則を明確化するための一覧を書き本部に提出する段取りを付けつつシリカが訪れるのを待っていた。
「……。はぁ、手が回らんぞ。シリカって言ったか。アイツが来たら罰として手伝わせるか」
専属受付嬢レベルになるまでこき使うのも一興だと笑みを浮かべるレベッカの元に
□
「ミリスさん。通達完了しました」
「ご苦労様です。では私達もリンダの捜索に向かいます」
ミリスはレベッカと別れてから商業ギルドに常駐している警備員三十名と非番の警備員四十名へ緊急招集を掛け、リンダ捜索に関する詳細を通達していた。
商業ギルドの警備が薄くなってしまうので商業ギルド周辺の捜索を常駐の警備員に任せ、非番の警備員へは各方面への捜索を三人一組で行う事にして現地に集合するように通達した所だった。
「ミリスさんはマル秘殿の所に向かわれた方がいいのでは?」
「…………いえ、私はこのまま街の捜索に加わります。…………。背に腹は代えられないので警備隊へ捜索を要請します」
「警備隊ですか!? しかしそれは。副ギルド長は知っているのですか?」
警備隊は街の治安維持を役割とした部隊であり、指揮権は領主を含む貴族達が有していた。商業ギルドの管理外であり貴族側へ情報が洩れる可能性もあって通常であれば要請を出すことは有り得ない事だった。
「知っています。この一件は領主様と副ギルド長で話を付けています。…………。これ以上商業ギルドが失態を犯すことは許されません。何としてもリンダが何かしらの行動を起こす前に確保する必要があります。それにこれは領主側も同じでしょう」
事は商業ギルドの不始末というだけでは収まらない可能性をミリスは見据えていた。ヤマトがこの街に愛想を尽かして出て行く可能性がある以上、領主側も全力を尽くすであろうとミリスは考えていた。
「セルガとリンダの一件とシリカ嬢ちゃんの件ですか。……私が見た感じじゃ、マル秘殿はそこまで根に持つタイプには見えませんでしたけどね」
ミリスと話す警備員はヤマトを押さえつけた警備員であり、商業ギルドの副警備長を任されているベイルドという中年の男だった。
ヤマトを押さえ付けた後に謝罪をして多少の会話もしていた。その時の印象からセルガとリンダに並々ならぬ怒りを抱いていると感じていたが、先ほどギルド内で再度見たヤマトはツバキに抱き着かれ幸せの絶頂に居るようなニヤけた顔をした、年相応の少年だとベイルドには見えていた。とてもセルガやリンダの事に怒りを覚えている様には見えなかった。
「…………。憶測で我々に都合のいい結果を望むのは危険です。少なくとも私と副ギルド長はマル秘様から昨日の一件を許すつもりはないと告げられています。リンダが何を考えているのか分かりませんが事前に確保して事情を聴き出します。考えるのはそれからで十分です」
「……了解です。それじゃ私達は領主邸へ向かいますね?」
「いえ、詰め所に行きます。…………副ギルド長が幾つか領主様から預かった指揮権があるそうなので」
ミリスはレベッカから教わったその指揮権を胡散臭く思いながらも背に腹は代えられないと自分に言い聞かせながら門の傍にある詰め所へやって来た。
「…………。おや? 誰かと思ったらミリスさんじゃないですか。どうかされましたか?」
詰め所から出て来たのは警備隊部隊長であるメルビンだった。
二人は街の治安維持に関する寄合で面識があった。街の治安に関して熱く語るメルビンに好青年であると思っていたミリスだったが、レベッカからメルビンが領主の指名した警備隊の部隊長であり、同時に領主の息子であると聞かされ驚き、そして納得することができた。
「こんちには。実はマル秘の件についてご相談が」
「…………。分かりました。詳しい話は中で聞きましょう」
直ぐにヤマトの件だと理解したメルビンは貼り付けた笑顔をそのままにミリス達を詰め所へ誘導するのだった。
◇◆
「それでその小僧がCランクポーションを作れると?」
「ホントかよー。お前適当な事言ってるとボスに絞められるぞ?」
薄暗い路地の奥、限られた者だけが来ることを許された悪の領域である場所に数人の黒ずくめ男達がいた。
「あぁ。ギルドの受付嬢がそう言っていた。そのせいで俺はこのざまだ」
黒ずくめに混ざって会話をしているのはヴァリド男爵家から抜け出したセルガであった。
「たくよぉ。俺らのお陰でDランクまで昇格したってのに何て様だよ。――で? これからどうするつもりだ?」
「…………。資格停止中に問題を起こしたらギルドは永久追放になってしまう」
「で? だから大人しくお家で蹲っていますってか? 舐めてんの?」
「い、いや、だけど俺がギルドから追放されたらもうポーションは売れないんだぞ!」
「……代わりは幾らでもいル。自分を特別だと思わないことダ」
「――ボス。居たのか」
暗がりの奥からセルガの三倍はありそうな巨漢の獣人が現れる。空気が一層重くなりセルガは拳を握り耐えていた。
「商業ギルドが騒がしイ。お前が逃げたのがバレたのかも知れなイ」
「ッ、俺はあんたらに呼ばれたから来たんだぞ!?」
「けっけっけ。だからなんだよ? おまえ、いつからおれたちにそんなたいどがとれるようになった?」
ボスと呼ばれる巨漢の背後から対比がおかしく感じるほどの小さい男が現れた。
「ペテペテさん。で、ですけど」
小人族のペテペテと巨漢の獣人であるボスに詰め寄られたセルガは一歩後ろに下がり視線を逸らす。
「――俺達はお前がどうなろうと構わン。だが物が売れないのは許せン。さっさと収拾を付けロ」
「けけけ! こぞうにどげざでもしてこいよ。てめぇでまいたたねだろうが! おれらをたよってんじゃねぇ!」
「っ! わ、かった。あんたらは頼らねぇ。自分でケリ付けてやる」
「…………。俺達の事が明るみに出たら分かっているナ?」
「けへへ。せいぜいきをつけることだぜ?」
セルガは無言でその場を離れて行く。その背後を二人の男が追尾するがセルガに気付いた様子はなかった。
「ペテペテ、その小僧を探レ。セルガより使えるなら拉致レ」
「けへへ! りょうかいだ。わかいのなんにんかつれていくぜ?」
「好きにしロ。…………この街に竜人が来たらしイ。敵対はしない様に配下には通告しておケ」
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