第46話 使用人候補1

「スラム街って想像以上に物騒だな」


少年少女達と別れ更にスラムをうろつく。二度ほど金を出せとオッサンがやって来たが近づく前にツバキの石弾で倒れている。

…………。俺の銀貨弾きを見て小石を親指で弾いているんだが、練習でも実戦でも百発百中。オッサンの人中を正確に射抜いている。


「そうですわね。ですけど主様はご安心なさって。何人なんぴとも主様に近づくことは許しませんわ」


そう言ってツバキが建物の間の暗がりに石弾を打つと中から「ぐぇ!」って声が聞こえてきた。気配察知力が凄いんですけど。


「ダダンガさんが言ったような仕事を探している人っていないな」

「建物の中に気配を感じますからまともな人物は部屋にいるのかも知れませんわね。外は何かと物騒ですし」


…………。現在の物騒の原因は俺達か? 何て考えていると駆け寄って来る足音が聞こえてきた。丁度少し広くなった場所に差し掛かったからまた囲むつもりかな? 


「っ、お待ちください! オレ、私は敵ではありません!」


駆け寄って来たのは獣人の男だった。十歩分ほど離れた場所で止まり両手の平を見せたまま手をあげている。

ツバキの攻撃範囲外で止まったのか? 戦い慣れている?


体付はがっしりしているけど武器や防具は見当たらないな。普通の格好だ。歳は二十代ぐらいかな。ケモ耳がピンと立ってる。…………。せめて女の子なら。


「それで、なんのようですか?」


「私はザルク、元Cランク冒険者です。今は左足の怪我でこのような所にいますが、まだまだ役に立ちます! 私を雇って下さい!」


唐突だな。いったいなんだよ。


「主様、彼は犬人です。恐らく私達の会話を聞いて来たのですわ」


え? 足音結構遠くから聞こえて来たよね? 聞こえたの?


「はい! 圧倒的強者の存在を感じて動向を注視していましたが、ダダンガさんの名前と仕事を探している者との言葉を聞き参上しました」


マジかよ。犬人凄いな。もしかして獣人全部なのか?


「獣人でも耳が良い者も悪い者もいますわ。良い者は極端に良く、悪い者でも人間程度には聞こえているとお考えくださいませ」

「はい! 私は一族でも良い方だと自負しておりました。戦闘に関しても護衛程度には動けます」


左足を庇って立っているけどさっきの駆け寄り方を見るとそこまで酷い怪我ではないんだろう。でも冒険者としては働けなくてスラムに落ちたわけか。


「護衛ってツバキやシオンに勝てるの?」

「ご冗談を!? 絶対に勝てません!! 勝負を挑もうとも思いません!!」


…………。いさぎよいな。でも自分の力量を理解しているみたいだし、高評価だ。話し方もハキハキしているし、スラムに落ちたからって絶望しているようにも見えない。


「雇うとして住み込み希望ですか?」

「いえ! 現在はスラムの一室に娘と一緒に生活しております。雇って頂けるのでしたらしばらくはスラムから通い、資金が溜まり次第宿か共同宿舎を借ります!」


共同宿舎とは出稼ぎに来た者の為に用意された商業ギルドの施設の一つらしい。シェアハウスみたいな感じかな?


「ダダンガさんの所で働いたことは?」

「十八回ほどあります! スラムに来て半年ほど立ちますが悪事に手を染めた事は娘に誓ってありません! これは今後も変わらず誓います!」


なるほどね。悪い人には見えないか。胸を避けてツバキを見上げるとツバキも頷いていた。…………そして胸を乗せ直す。

うん。定位置。じゃなくて、賃金ってどうなるんだろう? メルビンさんから聞いたのは平民の平均賃金は15万Gって言ってたけど。


「因みに賃金は幾ら欲しいですか?」

「……………………ダダンガさんの所で働いている時は日当で大銅貨五枚を頂いておりました!」


直球で聞いたら少し悩んで教えてくれたけど、日に五千G? 物価が違うから何とも言えないけど安くない?


「……もちろん亜人ですのでそこまでは望んでおりません! ダダンガさんには良くして頂いていると自覚しております!」


え、まだ安くても良いの? 幾ら亜人って言っても生活出来ないんじゃ…………だからここにいるのか。

ダダンガさんの仕事も毎日じゃないだろうし、安くても仕事に就きたいって思いがあるのか。


…………そう言えばツバキ達にも給料が発生するってオルガノさんが言ってたな。


「ツバキ達は幾ら欲しい?」

「無用ですわ。衣食住とシオンのポーションを頂ければそれで問題ありませんわ。言うなれば借金の肩代わり分が給料に当たりますわね」


ま、そうなるよね。二人が欲しい物は何でも買うからいいことにしよう。…………今の金持ちオヤジみたいだったな。少し自重しなければ。


「ならザルクさん。僕の所の賃金は日当で銀貨1枚にします」

「っ!? そ、そんなに、ですか?」


いや驚くほどの額じゃないから。ツバキとシオンは二人で月に三百万Gだぞ? キミは休みなく働いて三十万Gだから。


ちなみにレベッカさんから聞いた話では、この国は読み書き計算が出来ない平民は多いそうだ。金額を伝える時に一万Gと伝えても分かってくれない人も普通に居るらしい。硬貨の枚数で話してくる人は大抵それらしい。

ただ金貨での支払いの時は枚数で言うそうだ。その方が箔があるらしいので。


「その代わり仕事には誠意を持って勤勉に勤めて欲しい。態度次第では直ぐにクビにすることもあると心得ていて」


以前一緒の職場で働いていた外国人が無断で休んだり、仕事をサボったりすることがあったからな。挙句の果てに「日本人は働き過ぎデス」って、ふざけんな! お前の分まで俺がやってんだよ!! 俺が働き過ぎッて言うならお前がその分負担しろやッ!! 言い訳にもなっとらんわ!! 


はぁはぁ、という訳で怠惰は敵です。社畜も敵だから勤務時間は考慮するし、賃金も相場以上を心掛けよう。長く務めると昇給もあるよ! 当社は至ってホワイトです。


「勿論です! 誠心誠意お仕えすることを誓います!」


うん。頑張ってくれたらキチンと月給制にするから。先ずは信頼を得て下さい。


「では早速ですが、今日の夕方に屋敷まで来て下さい。屋敷の場所は、…………今日ダダンガさんが働いている場所です」

「分かりました! 必ず行きます!」


分かってくれたよ。まさかダダンガさんの匂いを追いかけるとか言わないよね?


「ダダンガさんが先ほどスラムに来て数人連れて行きましたから場所は知っています」


なるほど。今回はダダンガさんの選考に漏れたのね。ダダンガさんが選ぶ人選もそれなりにいるはずだよな。


「…………。因みに信頼が出来て家事が出来る人に心辺りあります?」

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