第89話 商談1

 ザルクさん達と別れて商業ギルドにやって来た俺達一行。門を出た頃に鐘の音が鳴っており屋敷から商業ギルドまでは徒歩二十分ぐらいだ。

 朝食も食べたし特に寄り道をすることも無く商業ギルドまで来た。少なくとも二の鐘までそれなりの時間があるはずだ。


「おはようございます!」


 商業ギルドの入り口前には狸人族の少女と竜人族の男性が立っていた。

 うん。まぁコニウムさんとガークロウさんがいるわけだ。


「おはようございます。待ち合わせの時刻は二の鐘と言ったつもりだったのですが?」

「あ、はい! そう聞きました! ……ごめんなさい、気持ちが焦ってしまって。鐘が鳴る前から待ってました」


 ……それって八時前から待っていたってこと? クロウさん止めなよ。……止めたのね。なんか疲れたお父さんみたいな顔してるけど大丈夫?


「えーと、先に僕の方の用事を済ませようと思って早目に来たんですけど」

「はい、大丈夫です。私達の事は気にしないでください。私達は約束の時間までホールで待っていますからお気になさらずに」


 いや、普通に気になるよね。時は金なりでしょ。約束の時間まで商売してていいですよ? まぁ俺の方の買取や相談は直ぐに終わるだろうし、予定が早まるだけだと思おう。

 ホールには商談用の椅子があったし、外で待たれるのは流石に気が引けるところだけどホールなら問題ないか。


「分かりました。では買取りが終わったら連絡します」

「はい、よろしくお願いします!」


 念のため先にコニウムさん達を入らせて少し遅れて俺達が入ることにした。下手に俺と関りがあると思われたらコニウムさん達に迷惑が掛かるかも知れないからね。

 レベッカさんの努力なのかツバキの眼光に恐れをなしているのか定かではないけど、直接俺に関わろうとする商人は今のところ居ない。でも行商人であるコニウムさんが俺と親しいと分かれば近づく商人もいそうだ。なんだかんだ言って目立ってしまっているからな。俺が弟子であると思われていたとしても師匠込みで俺に歩み寄りたい者はいるだろうからね。


 コニウムさん達を先に入らせて商業ギルドの外周をぐるりと一周してから俺達も中に入る。


「ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ」


 商業ギルドの中に入るなりミリスさんがお出迎えしてくれた。背後には警備員が二人。ミリスさんの先導に合わせて専用窓口に向かって歩き出すと警備員は俺達の後ろに移動して付いて来る。うん。目立つねぇ。商談スペースにはコニウムさん達の姿があるけど、唖然として見てるよ。他の商人も俺達のことを見ている気がする。

 ……まぁ俺の護衛態勢に由来するものもあると思うけどね。



 ミリスさんが案内してくれた二十二番窓口には既にレベッカさんが待機していた。屋敷を監視しているわけだから俺が来る事は事前に報告されているか。

 ……レベッカさんの顔色が悪い? なんだかお疲れですね。

 

レベッカさんに勧められるままソファーに座る。そして右側にシオンが左側にフィーネが座り、ツバキだけは俺の後ろに立っている。


「おはようございます。……昨夜はご迷惑をお掛けしました」


 昨夜のことでレベッカさんに謝罪されることってあったっけ? 領主の襲来を事前に防げなかったことか? 屋敷を警備員達に監視させていることか?


「おはようございます。えっと、昨夜何かありましたか?」

「当商業ギルドが警護をお任せ頂いていたにも関わらず賊の侵入を許してしまいました。申し訳ございません」


 うん? 警護を任せた? ……あぁ、隠れて監視するぐらいなら門番してって言ったな。……全く期待していなかったんだが。

 そもそも正面から侵入されたわけじゃないだろう。屋敷の敷地内に入られた時点で商業ギルドに出来ることは何もない。入ったら賊と見なすって宣言したんだから気にしなくいいのに。


「その件でしたらお気になさらずに。優秀な使用人がいますので問題ありませんでした。……そもそもツバキがいるので心配はありませんよ」


 慢心? いやいや、全幅の信頼だよ。ツバキが抜かれるなら諦めがつくし。……スンスン、フィーネ、シオン、ツバキを抜かないと俺には届かない。――ヤツは四天王の中でも最弱……。

 ……フィーネって戦えるのかな? まぁ、基本ツバキが一番手なので四天王のは安泰です。


「相手はスラムの犯罪組織に属する実行部隊の者でした。ツバキ殿の実力を信じないわけではありませんが、相性というものもあります。今後は暗殺者に対応した者も配置したいと思っております」

「不要ですよ。言ったでしょ、心配はありません。ツバキとシオンが抜かれるなら誰が警護しても意味はありませんよ。――その時は覚悟を決めます」


「「――」」


 ……ウーン、ギルドにいるとよくこの感じになるなー。空気が重いし、身体がヒリつくなー。結構慣れてきたけど。


「二人とも、落ち着いてね。殺気が駄々洩れだよ?」

「……ヤマヤマ、この重圧を受けて平気なの? ……慣れた?」

「危険がないって理解してるからね。一人なら無理だと思うよ」

「主様をお一人にすることはありませんわ」

「旦那様が覚悟を決めるような事態にはさせません。絶対に」


「……竜人族二人に守られているヤマヤマを商業ギルドはどう守るの?」

「申し訳ございません。出過ぎた真似をしました。確かに我々の出る幕ではないのかも知れません。……自己紹介が遅れましたね。私は当商業ギルドの副ギルド長レベッカです。よろしくお願いします」

「ヤ、ヤマト様の専属受付嬢になりましたミリスです。よろしくお願いします」


 そういえばフィーネとレベッカさん達は初顔合わせだったな。話は聞いているだろうけど。


「……ヤマヤマの妻――」

「昨日から僕の使用人になったシルフィーネです。色々と詳しいので一緒に行動しています」


 いきなり何を言い出すつもりだ。レベッカさん達が神妙な顔でフィーネを見てるぞ。……。よし、話をそらそう。


「――昨日はウチの使用人がお邪魔して、更にお土産まで頂いたみたいで。ありがとうございます。美味しく頂きました」

「いえ、私の方こそお時間を取らせてしまい申し訳ありません。お米とお茶は集まり次第順次お届けに参りますのでしばしの間ご容赦ください」

「え? いやいや、そんな大量にはいりませんよ? 毎日使うとは言っても昨日の分でしばらくは持ちます。減って来たらまた連絡するのでその都度購入させてください」


 昨日の夕方に届けられた米とお茶だけでも結構な量があったぞ。少なくとも米は百数十キロはあるはずだ。一度に大量に持って来られても食べきれないから。 


「分かりました。では常に備蓄を満たしておきますので何時でもご連絡ください。他にも必要な物があれば何なりとお申し付けください。……商業ギルドでは武具の取り扱いもしております。我々が力になれることはやはり物流によるものだと思います。ですので我々はサポートに徹しましょう」


 レベッカさんとミリスさんが部屋の奥から一抱えある長い木箱を運んで来た。そして机の上にそっと置く。……話の流れからして武器か? ずいぶんとデカいけど。


「これは?」

「商業ギルドで用意しましたツバキ殿の武器になります。ツバキ殿はハルバードを使用していたと思いますのでこちらをご用意させて頂きました」


 レベッカさんが木箱の蓋を取ると、長い柄に斧と槍が合体したような穂先が付いている武器が入っていた。

 これって明らかに前もって準備してるよね。サポートに徹するつもり満々だったのね。

 ……ふむ。ただでさえ強いツバキが武器まで持つのか。レベッカさんは一体何と戦わせるつもりなんだろうか。俺は別に冒険に行くつもりないよ? これ街での対人戦には過剰戦力だよ? これ対魔物用じゃないのか?


「……ツバキいるの?」

「そうですわね。――振ってみても?」

「ええ。ただ室内なので周りには気を付けてくださいね」

「勿論ですわ。――では、フッ!」


 五キロはありそうなハルバードを片手で軽々と持ち、天井に当たらないように調整しながら頭上に構え、勢いよく振り下ろす。

 ……穂先がまるで見えなかった。ヒュッと風切り音は聞こえたけど大きな武器から出たとは思えないほど小さい音だった。鬼に金棒、ツバキにハルバードか。これで対軍戦もバッチリだね! ……マジで何と戦わせるつもりだよ。


「流石ですね。亜人用に通常の倍以上重くなっているのに軽々と扱われています。どうでしょう、強度も切れ味も十分に満足のいくものだと思いま――」

「ダメですわね。使い物になりませんわ」


「――」


 レベッカさんが固まった。絶賛している最中にまさかのダメだし。まぁ、理由は俺でも分かるけど。


「脆すぎますわ。一振りも持ちませんわよ?」


 ツバキが机に置いたハルバードだった物は穂先がなくただの棒になっていた。ついでに柄が握り潰されている。うん、ゴミだね。


「え。先端は……?」

「……あそこ」


 レベッカさんの問いにフィーネが指差すのは天井。丁度ツバキがハルバードを頭上に構えた所だ。


「何で天井に刺さってんの?」

「普通に振ると刃が落ちて危ないので軽く刺したまま振り下ろしましたわ。名のある武器なら穂先が残ることはないのですけど」


 さっきのは当たらないように調整したんじゃなくて落とさないように刺してたのね……。

 まぁ見た感じ本当に少ししか刺さっていないね。ちょっとした振動で落ちて来そう。……よく折れたね。一体どんな力を入れて振り下ろしたのだろうか。


「……竜人の戦士に亜人の武器を渡すことがそもそも不勉強。……特にこの規格外に渡すとは常識を疑うレベル」

「シルフィ? 人を化物みたいに言わないでくれます? 壊さないように扱うことも出来ますのよ?」 

「申し訳ございません。私の認識不足でした。闘技場では通常のハルバードを使っていたと見受けていました」

「ええ。闘技場ではあえて壊れやすい人族用の物を支給されていましたから。壊したら失格になるので良い訓練になりましたわ」


 ……武器を持つ事がハンデなのね。ツバキに攻撃が通らないから武器を弱点にしたわけか。……それでも全勝だからねぇ。

 一目見てこの武器では使い物にならないと判断したから俺達にも分かるように曲芸染みた離れ業をやったのね……。


「――しばしお待ちください。必ずやご満足いただける武器をご用意いたします」

「不要ですわ。私は主様の盾。そもそも用意された武器に信頼を寄せることは出来ませんの。自分が使う武器は自分で見極めますわ」

「承知しました。では名刀が手に入った際はご連絡致します。存分にお試しください」

「また折りますわよ?」

「はい。次は折れない武器をご用意させて頂きます」


 レベッカさんがツバキを相手に一歩も引かない。商人魂に火が付いたかな? 自信満々で用意した武器が有り得ない壊れ方したからねぇ。引き下がれないか。まぁ急ぎで欲しいわけでも、使う予定があるわけでもないから気が済むまで用意してくれていいけどね。貰える物は貰いますよ? 

 とはいえ長々と武器談話をするつもりはない。コニウムさん達も待っているからね。


「ではこの話は一旦終わりでいいですね。今日は相談事も合って来たんですよ。……あー、先ずはポーションの買取をお願いします。シオン」

「はい。こちらになります」


 シオンがバッグからFランクポーションとEランクポーションを取り出す。Cランクポーションは見せないように注意してくれている。

 机に並べられていくポーションを見たレベッカさんは疲れを何処かに投げ捨てたのか笑顔でミリスさんと確認作業をしている。今日はトレイではなくポーションを立てる為の試験管台のようなものが準備されており、二人は確認をしながらFランクとEランクを分けて収納していた。……ポーション台か。あれをバッグに入れたら安全性が増しそうだな。


「問題ありません。全て最高品質です。代金は合計で264万Gとなります」

「はい。ありがとうございます。あ、金貨だけ貰っていいですか? あとはギルドカードに入金してください」


 皆に配っていたら金貨の枚数が心許なくなったからね。ギルドカードには昨日貰った分がまだ入ってるけど貯金が目減りするのは嫌なので。……ギルドカードで支払いしたら減るんだけどね。


「分かりました。それではギルドカードをお預かりします。ミリス、頼む」

「はい。それでは手続きをして参ります」


 俺のギルドカードを受け取ったミリスさんがポーション台を抱えて部屋を出て行った。

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