第99話 プセリア出現2
メルビンさんとメイドさんに案内されて入った店はこじんまりとした食堂だった。
店内に人の姿はなく、奥の厨房にも人の気配はないように感じる。普通に営業時間外もしくは定休日であろうという状況だが、先に入った女貴族は堂々と中央の席に座って俺達を待っていた。
「ほれ、さっさと座るが良い。殲滅姫殿達も遠慮せず座るとよい」
店員も居ないのに堂々と椅子に座って席を勧める女貴族を訝し気に見ていると、メルビンさんが貸切にして人払いをしていると教えてくれた。……つまり俺を待ち伏せしていたのね。まぁそうとしか言いようがないタイミングだったけどさ。
俺が女貴族――プセリアさんの対面の椅子に座り、左右にシオンとフィーネが座る。背後にツバキが控えており、メルビンさんは側面の席に着いた。中立ってことかな?
獣人の護衛二人はプセリアさんの背後に立ち、メイドさんは奥の厨房に入って行った。そしてメイドさんが六人分のお茶を持って戻って来る。俺達四人とプセリアさん、メルビンさんの前に置かれたカップは花の絵が描かれたティーカップでこの場所とのミスマッチが凄い。
「では改めて、自己紹介とするか! 我は――あー、プセリア・ラフィークだ!」
……うーん、今名乗ろうとした時メルビンさんの視線がプセリアさんに向いて言葉が止まったような。……メルビンさんは監視役か? 領主側が昨日の今日で貴族を俺に会わせるのはおかしいと思っていたけど、やっぱり断れない立場の貴族にバレてメルビンさん監修の元、会談が行われる感じかな。
……例え俺に責任があったとしてもそこを上手くやり繰りするのが領主側とレベッカさんの役目なので俺が気を使う必要はないよね。
「…………。えっと、私はネリサです。こっちは熊人族のアルクスと豹人族のナルムです」
「…………」
「どもです」
プセリアさんの自己紹介を聞いて黙っていたらメイドさんたちまで自己紹介を始めた。アルクスさんは無言で頭を下げて、ナルムさんは親し気に片手を上げていた。そして皆の視線が俺に集まる。……俺もしないとダメ? でもツバキと一献交わしに来たんでしょ? ……それはダメか。仕方がない。
「薬師のヤマトです。嫌いな事は面倒事です。好きな事は静かに暮らすことです。降り掛かる火の粉は避けて安全なところから叩き潰すべきだと思っています」
「主様の矛ですわ。降り掛かる火の粉は降る前に消し去りますわ」
「旦那様の盾です。旦那様に降り掛かる如何なる脅威も打ち消します」
「……ヤマヤマの――――、……使用人」
フィーネは余計なこと言いそうなので口を抑えることにしました。ここで変な空気になられても気まずいからね。
しかしツバキが矛で盾で兜なことはわかるけど、いつの間にかシオンまで盾になっていたようです。とは言えシオンを盾にするつもりはない。いくら俺よりシオンの方が強いと言ってもそれはそれだよ。――可愛さMAXのシオンに勝てる奴はそうそういないと思うけどね。うん。……何の戦いだろうか。
右手に盾を左手に使用人、背後に矛。そして頭に兜。その正体は――完全防御態勢「ヤマト!」……なんてね。……あーダメだ、面倒事を前にして現実逃避している。……もう店に入ったしお茶飲んだら帰っていい?
「こほん、両者知っていると思うけど、私はメルビンです。ヤマト君、こちらはベルモンド家もお世話になっている方で今日はどうしてもヤマト君に会いたいと言う事でお連れしたんだ。事前に連絡ができず申し訳ない」
「いえ、ちょっと驚きましたけど大丈夫ですよ」
……領主やメルビンさんがわざわざ他の貴族に俺を売り込むわけないよね? なら街で俺の噂を聞きつけて領主へ俺と会わせるように圧力を掛けた感じか? ……ぽーしょんシャンプーについてだよね? ポーションについて、じゃないよね?
そっちの爆乳メイド――ネリサさんは宿屋で見た人だし、他領の貴族ってことかな。……。……それにしてもツバキを越える巨峰。……あれは流石に首が痛くなりそうだな。
「くっくっく。ヤマト殿、ずいぶんとウチのメイドにご執心だな。何なら触って、いや――乗せてみるか?」
「プセリア様、ご冗談が過ぎますよ」
「良いではないか、減るものでもあるまい。どうだヤマト殿?」
いや、どうだと言われても。ここで「ハイ! お願いします!」って言ったらただの変態だろう。俺はバラスとは違うのだよ。……それに右側から静かな圧力が漂っているからね。すごいけどシオンに嫌われるほどの価値はない。
「――胸は乗せるものではありませんよ?」
「「「え?」」」
おいコラ! なんでそっち側の人たち皆して驚いているの!?
シオンやフィーネは特に反応しなかったんだよ? それにシオンの圧力も消えたようだし。
ただ向こう側はメルビンさんも含めて全員驚いた顔で俺を見ている。うん、失礼にもほどがあるね。俺はツバキに護衛してもらっているだけでその過程でたまたま胸が頭の付近にあるだけだよ?
……そもそも俺が乗せに行っているんじゃなく、ツバキが乗せているんだからね? ここ大事。
「…………なるほど、過ぎたるは及ばざるが如しという事か」
いや、それだとネリサさんの胸が大き過ぎて悪いって言ってるように聞こえない? ネリサさんの視線が
「――胸に貴賎なし。全てのお胸には夢が詰まっています」
ただし女性に限る! ってウォォ恥ずかしい! 自分で覚悟して言ったわけだけどそれでも恥ずかしい。そして左右と正面付近から視線が突き刺さる!?
「かっはっは! ならば我の胸でも構わんな。ネリサには負けるがそこそこのものだと自負しておるぞ? ヤマト殿が望むのならば好きにして良いぞ?」
「……いえ遠慮します。……もう僕の両手は埋まっているので」
シオンとフィーネがスッと腕を絡めて来る。背後からツバキも抱きしめてきたので座りながら完全防御態勢に移行してしまったようだ。
貴族に胸を好きにしていいと言われても良い未来は見えないのだが。貴族や王族に縛られる人生はお断りですよ。……今は軽く縛られているけどね。
「くっくっく、見せ付けてくれるものだ。我らが割り込める隙間は元よりなかったようだな。――話を変えようか、ヤマト殿は何を夢見る?」
……うん? お胸に詰まった夢の話ですか? 違うよね? 話変わったよね? 未来に何を望むかってことだよね? ……いきなりそんなこと言われてもねぇ。
うーん、とりあえず今の目標は「楽しく笑顔で楽して快適にツバキ達と過ごす」ことかな。目立たず楽して尊敬される事は諦めた。簡単に稼げるところは叶ったけどね。
……まぁ俺がもっと慎重に動いていれば「目立たず簡単に稼げて楽して尊敬される」ことも出来たのかも知れないけど、それじゃツバキ達とは出会えなかったはずだからね。だから後悔はない。――メリリサート様、感謝しております。
【~~~~】
あ、久しぶりにメリリの気配が。不意打ちに弱い女神さまって。……というかやっぱり覗いているじゃねぇか! 心配して損したな。
ふむ、まだ一日も経っていないのに久しぶりと思うってことはそれだけ覗かれていたってことだよね。
…………。返事がない、屍のようだ。――じゃなくて、質問の答えだ。皆で俺をジッと見ているし、メリリに構っているヒマはないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます