第96話 冒険者ギルド3
「かー! うめぇ! こんな良い酒滅多に飲めねぇからな! 兄ちゃん、ゴチになるぜ!」
ニコニコ顔のマスターが持って来たお酒に覗き魔冒険者がかぶりつくようにジョッキを煽っている。
俺達は周囲の席を集めて覗き魔冒険者のテーブルに座ってその様子を眺めている。ツバキは俺の後ろに立っているけど時折ため息が聞こえてきている。……後でちゃんと買うからその艶めかしい吐息を止めてください。
「……俺達までいいのか? 流石に申し訳ないのだが」
「構いませんよ。冒険者はチームで行動するのでしょ? なら今回の件は皆さんにも迷惑を掛けたことになりますからね。むしろお酒の一杯で帳消しにしていいのか判断に困っています」
覗き魔が座っていたテーブルにはチーム絶刀のメンバーが座っていた。今回の件については変態覗き魔ことバラスが悪いとチームの総意を表明されたが、冒険者ギルド内で俺が暴露したことは事実なので謝罪と顔繋ぎにチームメンバー全員にお酒を奢ることにした。
支払いはシオンがしているけど銀貨数枚で済んでいるみたいだから高名な冒険者チームと繋ぎが出来たと思えば安いものだろう。
「それに関しては先ほども言ったが全てバラスが悪い。キミは気にしなくていいさ」
「そーだよ! あの変態が悪いんだからキミは悪くない!」
「ライア? それだとそのお酒を飲むのは駄目なんじゃ……?」
「えー、ダメなの? こんな良い酒滅多に飲めないよ? ごくごく」
絶刀のチームメンバーは男性三人、女性二人の五人パーティーらしい。この街では一番の冒険者チームらしくさっきまで俺達を笑っていた冒険者はすっかり影を潜めている。……とはいえ、元々は俺が勘違いしてこっちに来たのが原因だからな。アフターは大事か。
「気にせず飲んでください。もし謝罪の必要がないと言って下さるのであれば、それは今後のお付き合いのための僕からの贈り物と言う事で。――マスター! 他の皆さんにもお願いします。ただしこれで払える分で」
ツバキに金貨を一枚渡してマスターへ投げて貰う。近くにいた数人はその投げられた硬貨が金貨と気付いて飲んでいた酒を吹き出しているようだ。
「おいおい、マジかあんちゃん。……テメェら! 今日は好きなだけ飲め! そこのあんちゃんの奢りだ!
「お! マジか! ありがとよ!」
「へへ、太っ腹じゃねぇーか! ありがたく頂くぜ!」
「さっきはすまなかったな! ゴチになるぜ!」
「……流石は殲滅を従えているだけのことはあるな」
「あぁ、ここは黙って奢って貰おう」
「うっひょー! 兄ちゃんいいのかよ! よっしゃー! 今日は朝まで飲むぞ!!」
……いや、全部使っていいって意味ではなかったんだけど。皆に一杯ずつ奢るのに絶刀に振舞った酒では高く付くと思ったから金貨一枚で足りる酒を振舞って欲しかったんだけど……。もちろんお釣りは返してもらうつもりだったんだよ? ……今さら言えんか。
「いいのか? というかキミは何者だ? 金貨なんて俺達でも普段持ちはしないぞ?」
「だよねー。ちなみに私達はこの酒をおかわりしてもいいのかな、かな?」
「ライア、落ち着きなさい。えっとヤマト君って言ったよね? もしマスターが言ったことが思惑と違っていたなら私が収拾を付けるわよ、今ならまだ間に合うわ」
……。うーん、ここで泣き付くのはカッコ悪い。金貨に未練はないけど冒険者ギルドで大盤振る舞いしているのは目立つよね? ……。ま、いっか。現状領主と商業ギルドを味方に付けているわけだし、ツバキ達もいるから襲われることはないだろ。この街の外に情報が洩れるのは心配だけど、そこら辺は領主とレベッカさんが頑張ってくれることを祈ろう。
少なくともポーション職人に危害を加える輩は早々いないみたいだし、冒険者には何かとやって貰うこともあるし、下手に敵意を覚えられるのも面倒だ。怠け者の酒飲みに頼むことは少ないと思うけど、そういう輩の方が扱い易いのも事実だからね。……。とりあえず絶刀と懇意になっていれば冒険者との繋ぎは問題ないだろう。
「大丈夫です。これからお世話になることもあると思うので遺恨は酒で流しておきます。皆さんも飲んでください。早い者勝ちですよ?」
「ハハ、随分と強かな少年だ。ではお言葉に甘えさせてもらおう。……お礼と言ってはなんだが、魔獣の卵を手に入れた時はキミへ届けるとしよう」
「ありがとうございます」
思わぬのところから魔獣の卵が手に入りそうだな。まぁ金貨分を回収することはできないだろうけど冒険者と良い関係が築けたと思えば安い物だろう。
「おっしゃー、リーダーも認めたし今日は飲むわよー! バラス! さっさと追加のお酒もらって来て!」
「あいよ! おやっさん! 追加くれ! 俺らで半分は消費してやんぜ!」
うん、ま、好きなだけ飲んで下さい。……ツバキはダメだよ? そんな切なそうな目で見つめても許可は出さないからね?
「おい坊主! 俺達も次卵が手に入ったら持って行ってやるよ!」
「おっし、俺らもだ! ギルドに所在伝えとけよ!」
「あ、なら俺たちは薬草を持って行きます!」
「薬草なら私たちも協力できるわ。遠慮なく飲ませてもらいましょ」
酒を振舞われている冒険者たちが次々と卵や薬草を持って行くと宣言している。まだ若い冒険者のグループは酒に手を出していなかったようだけど、薬草を持って行くと宣言して晴れ晴れとした表情で受け取りに行っている。
……しばらくは薬草と魔獣の卵が手に入りそうだね。
「おーし、テメェら、飲め飲め! そして兄ちゃんの顔覚えておけよ! 俺のマブダチだ! 手ぇ出したらただじゃおかねぇからな!」
「忘れるかよ! 竜人に胸乗せられているヤツなんて他にいねぇよ!」
「ぎゃっはっは! ちげぇねぇ! 竜人の胸に乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
「(――乾杯)」
「旦那様? なぜ一緒に杯を上げているんですか?」
無意識に杯を上げてしまったところシオンにジト目で見られてしまった。いや、これは仕方がないことだろう。良いことがあったら神に祈りを捧げるように、お胸に乾杯と言われたら杯を上げる。これは世界の法則であろう。うん。
とはいえ、シオンが自分の胸元に手を当てているからとシオンの胸にも乾杯と言ってもダメだろうな。そしてこの問題は何を言っても藪蛇になりそうだ。
「…………雰囲気?」
他に思うところはないよ? とシオンを見るけどジト目が解除されることはないようだ。
「主様、ここは私も杯を持たないといけませんわ」
「お姉さまはお水をどうぞ」
「……主様、シオンがイジメますわ」
「あーいや、ここは我慢で。あとで屋敷に運んで貰うからさ」
「……良かった。……私の腕は被害を免れた」
いや、初めから酒は運んで貰える手筈を取ってもらっただろう。シオンがマスター、――実はただのギルド職員のおっさんだが、に確認した所二つ返事でOKを貰っていた。売上の一部がマスターの懐に入るそうで上機嫌のようだ。今なら多少のムリは笑顔で聞いてくれそうだぞ。
「…………。キミ達はずいぶんと仲が良いんだな。――そう言えば自己紹介がまだだったな。俺は絶刀のリーダーをしているレイシュだ。キミの名前を聞いても構わないか?」
「はい。僕はヤマトです。薬師をしています」
「なるほど。それで薬草か。ヤマト殿の年齢で薬師――それも彼女たちを雇えるだけの稼ぎを生み出しているとは驚きだ。それともまだ師の元で修行中だったかな?」
「現在は修行の一環で師の元を離れてこの街で生活を始めたばかりですよ。とはいえ、彼女達を雇うに当たっては借金をしたのでレイシュさんが思っているものとは違うかも知れませんね」
「借金を? ……金額を聞いても構わないだろうか? いや、純粋に興味があってね。竜人の戦士を雇うのにどれほどの金額が掛かっているのかと」
ツバキとシオンには魔導具の枷が付いているから一目で奴隷であると見抜けるはずだ。でもそれを感じさせない態度でツバキ達に敬意を持って接しているレイシュさんには好感が持てる。いや、冒険者ギルドに入ってから俺はともかくツバキ達を侮った態度で見る人はいない気がする。……竜人の胸乗せは俺に対するものだし。
実力がものを言う冒険者だから、ツバキ達を亜人や奴隷と見ず一定の敬意を持って接しているのかも知れないな。
「借金は30億Gです。まだ一回も支払いしてませんし丸々残ってますよ」
「ぶふぅーー!?」
「ごふ、ゴホゴホ! ちょ、気管に入った……」
「おいおい、坊主、俺らに奢ってていいのか? 間違いなくここで一番の貧乏はお前だぞ」
「奴隷って高いんだねぇ。というかよくそんなに借りられたね……」
「……俺、300万Gの借金があって途方に暮れてたけど、間違いだったんだな」
まぁ皆聞き耳立ててるよね。ぐびぐび飲みながらも俺とレイシュさんが話始めると静かだったもんね。……ただ最後の人、俺は返す当てがあっての借金だからね? 返す当てのない借金は金額に関わらず問題だからね?
「……ヤマト殿、もしかせずともこの件には領主様か商業ギルドが関わっているのか?」
「ええ。護衛の紹介は領主様の家臣の方にされました。護衛に関しては商業ギルドは関係ありませんけど、薬師なので買取りでお世話になってますね」
「……まぁ竜人を連れていたからヤマト殿が噂のポーション職人なのではっと思ったけどまさか本当にキミみたいな少年が……」
あら、知ってたのね。……俺も有名になっているな。まぁ仕方なし、か。
屋敷貰って領主が直接訪ねてくるヤツが目立たないわけないし。……あれ? 全部、領主側のせい?
「てことは兄ちゃんが商業ギルドに総謝罪させたってことか。すげぇな」
うん、あれだけ商人がいる場所で商業ギルドも謝罪なんかしてくれたから目立ったよね。……俺を隠す以前に既に噂になってない? レベッカさん大丈夫?
まぁ、優れたポーション職人の弟子と言う事で噂を持って行っているだろうから多少は目立つか。生活水準を下げるわけにも行かないし、自業自得だから仕方ないけどね。ただ通常のポーション職人より目立つことがないようにお願いしたいなー。
「それだけじゃないだろ。領主様がお詫びに屋敷を贈って、更に謝罪のため直接訪ねて行ったって話だろ。……ヤマトさん、さっき俺は笑ってませんからね?」
「おい、テメェ! なに一人だけふざけたこと言ってるんだ! ぼ――ヤマト! 俺も本気で言ったわけじゃないからな!」
「テメェら、ざけんなよ! 俺もですよ!」
なんか一部の人達が必死に何か言っているようだ。一々聞いていないし覚えていないからもういいよ。ただ微妙に噂が真実と異なり出しているね。俺が下手に修正したらレベッカさん達の邪魔になる可能性があるからしないけどさ。
「あーはいはい。謝罪は不要ですよー。酔っ払いの言葉を一々真に受けませんから」
「……と言いながらも相手の顔をしっかり覚えているヤマヤマであった」
「覚えてないから。少なくとも数日後には」
「私が覚えていますから大丈夫ですわ」
いや、いいから。何人か青ざめた顔でこっち見てるじゃん。酒飲んで青ざめるって大丈夫か? ……ツバキさん、自分が飲めないからって嫌がらせしてないよね?
「まぁ、なにはともあれ優れた薬師が街にいる事は俺たちとしてもありがたい。ポーションの供給が増えれば俺達も働き易くなる」
「……ん? もしかしてポーションがないからここで飲んだくれているんですか?」
「飲んだくれてって。いや、間違いではないかも知れんが……。中級――Dランク以上の冒険者は一度の狩りで上手くやれば数日分の稼ぎを生み出すからね。毎日働かなくても十分食っていけるんだ。低級や駆け出しは薬草採取がメインだからほぼ毎日働いているけど、それでも希少なものを取ってくれば数日は暮らせる。ただ怪我をしたらそれこそ数日分の稼ぎが飛ぶし、金があってもポーションが無くては治療もできないからね。狩猟チームは特に怪我は付き物だし、万全の態勢を整える意味合いもあってここで英気を養っているんだよ」
あー、なるほど。毎日働かないといけないってのは
……でも危険に身を置いて戻ったら酒につぎ込み、無くなったらまた働く――酒の為に働いているの? いや、それが生きると言う事か……冒険者の哲学は俺には合わないな。俺は楽して簡単に楽しく生きたいよ。
それに数日分の稼ぎが一日で稼げる、か。でも怪我したら飛ぶってことは数万Gがいいところか。危険は大きく見返りはそれなりだな。
……俺はたぶんその数倍は稼いでるから借金額は一番多いかも知れないけど一番の貧乏ではないと思うよ? 少なくともこの中に金貨を持っている人いないでしょ?
「大変ですねぇ」
「あー、いや、たぶんヤマト殿の方が大変だと思うんだが……(30億Gって冒険者何人分の生涯年収だよ)」
「……まぁ隣の芝生は青く見えますからね」
……意味が逆な気もするけど。全然羨ましくないし。
「は、ハハハ。まぁヤマト殿が依頼する時は俺達を頼ってくれ。せっかく知り合ったんだ、通常より格安で請け負ってあげるよ」
「だねー。ヤマトクン、苦労してそうだもんね。普通に私達に依頼したらそこらの冒険者チームより高いけど、このお酒の分はしっかり働いてあげるよー」
そう言われても、高ランク冒険者は薬草採取しないなら魔獣の卵しか頼むものないぞ。……高ランク冒険者か。護衛もしているって言ってたね。
「質問なんですけど、皆さんはツバキに勝てますか?」
「「「「絶・対・無・理!!」」」」
「あ、そうですか。なんかすみません」
この街で一番とか自慢げに言ってたのにハッキリ断言するんだね。……実力があるからこそツバキとの差が分かるのか。
……ふむ。俺の依頼内容からすると、むしろ低ランク冒険者に唾つけた方がいいのか。さっき向こうにいた薬草届けてくれるらしいチームに話をするか?
……。いっそのこと俺がプロデュースするのはどうだろう。冒険者活動は危険が付き物だし、安定とは程遠いはずだ。なら俺が専属で雇入れることで給料を払い、ポーションの支給も行い装備の資金も提供する。代わりに俺の専属となって必要な薬草を集中して集めてもらう。秘密は厳守にできるしどうだろう。
少なくとも狩猟をしない採取メインのチームは存在するから荒唐無稽ではないはず。むしろ冒険者側の利点の方が大きい。詐欺レベルで。
商業ギルドや冒険者ギルドを通した方が安定して安価で仕入れは出来るだろうけど、別にお金に困っているわけじゃない。それより自由に扱える手駒が増えた方が何かと便利だ。俺が楽してのんびり暮らす為の手足となってもらおう。
……。うん、決めた。俺は専属の冒険者を雇うとしよう。そうなればもちろん始めの候補は決まっているよね。
◇
「…………。それで俺達が、ですか?」
絶刀の面々に別れを告げて、良い感じに酒が巡り出した冒険者たちを尻目に俺達は冒険者ギルドを出た。
そして扉の外には専属冒険者候補が一人で立ち尽くしている。採取をメインですると言っており、孤児院の為にも長く安定してお金を稼ぎたいと思っている者。まだ冒険者になっておらず誰の庇護下にもいないから何も問題はない。
それに俺のポーションがあれば万が一の怪我も問題ない。ママリエさんやメルメルからも絶対に賛成される優良会社だ。
「うん。なってくれるなら装備品の代金も出すよ。スポンサーとして必要経費は捻出するから俺が欲しい薬草なんかを優先的に集めて欲しい」
「スポンサー?」
俺の専属冒険者にリクのチームになってくれないかと条件を伝えてお願いした。リクは条件を聞いてその破格の待遇に驚いていたけど仲間と相談して決めたいと言っているので了承した。
ここで一人で決めるには話が大きいだろうからね。流石にリクのワンマンチームじゃないだろうし、そんなチームならいらない。
リクなら孤児院関係の繋がりもあるし信用しやすい。俺を裏切って孤児院への支援が切られるのは困るだろうからね。もちろん、チームメンバーに会ってから最終決定はする。リクにもその旨を伝えたので、仲間と相談して夕方には仲間と一緒に屋敷まで来てくれることを約束して別れることにした。
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