第59話 百人の諭吉さん

「にゃにゃ!? ご主人様がお出迎えしてるにゃ」

「えっ!? もしかして遅れました? ……コン」


 ザルクさんを立ち上がらせて念のため事情を聴いていると猫娘と語尾娘がやって来た。

 皆さん来るの早いね。二人ともスンスンと同様に風呂敷包みを抱えているからスラムの仮住まいから荷物を持って来ているんだろうけど随分と少ないよね。…………生活に困っていたなら荷物が多い方がおかしいか。


「別に遅れていないよ。屋敷にスンスンが居るから荷物置いたらヨウコは買い物に付き合ってくれる? 食材の買い出しがあるからさ」

「は、はい。分かりました。コン」

「ご主人様、私はどうするにゃ?」


 …………今日から働くって事でいいのかな? ザルクさんとダリオさんはもう働いているしスンスンとヨウコも働く事になるだろうからメイプルにも仕事を任せた方が良いか。ギルドに言付けをお願いしたかったから丁度いいや。


「…………。今日から働くって事で良いなら商業ギルドに伝言をお願いしたいんだけど?」

「任せるにゃ!」

「ヨウコさん、ヨウコも今日から料理をお願いして大丈夫ですか?」

「はい、勿論です、コン」


 なら皆さん今日から働くわけね。メイプルにミリスさんに米とお茶の手配をお願い出来るか伝言を任せた。

 明日またギルドに行くけど早い方が良いからね。


 ザルクさんとダリオさんは門番。スンスンは屋敷の点検を続けるそうなのでお留守番。食材がないから今日は昼食を用意出来ないのでメイプルにギルドに行った帰りに居残り組の昼食の買出しをお願いする事にした。


 俺達はヨウコを連れて食材の買出しとぶらりと散策だ。…………いつの間にかフィーネまで俺の横に居るのが当たり前になっているな。



 そんなわけで完全防御態勢「極」で市場を目指して歩き出したわけだが、何故かヨウコが離れて付いて来る。

 チラっと見ると「うわーないわー」って感じの表情で少し引いている様子だ。


 …………。うん、それが普通の反応だよね。この街の人達って物珍しそうに見るけどそういう反応は余りしないんだよね。これが当たり前になっている自分が怖い。…………。止めるつもりはないけど。


「……ヨウコも混ざる?」

「いえ遠慮します」


 フィーネの問いかけに即答だった。語尾を忘れるほど嫌か。もう掴まる所ないけど。

 因みにフィーネとヨウコはメイド服に着替えている。仕事の一環だからね。


 右手に美少女、左手にメイドさん、頭にぽよん、背中に美女、そして付き添うメイド二号。

 …………。俺は街に出る度に進化を続けないといけないのか?


「――坊主がまた来たぞ。それにまた増えている」

「今度は亜人のメイドが増えてるねぇ。どうだい、メイドさんにコレ、安くしとくよ!」

「メイドさんを二人、だと? それも左右をメイドにするのではなく、あえて片方だけにするとは。……分かってやがる」

「次から次へと良く亜人を集めるもんだ。数日後が楽しみだ」

「ガタガタ、な、なんだ? あいつらを見ていると体が震えだす」

「おいおい、野菜屋大丈夫か? さっきみたいにいきなり後ろに飛ぶなよ?」


 …………。野菜屋さん無事だったみたいだね。良かった良かった。

 あとどっかのおっちゃん、俺は別に連れ歩く為に集めているわけじゃないからね? そんな毎回連れ歩かないよ?


「ご主人様。食材の買出しとの事でしたが、なにか食べたい物はありますコン?」


 ……やっとまともに語尾を言えたね。――じゃなくて。


「いや、どんな料理があるのかよく分からないからヨウコに任せようと思っているけど?」


「……好きな食べ物はありますか、コン?」

「どんな食材があるのか分からないから答え辛いな」


「…………嫌いな食べ物、食べられない食材はありますか? コン」

「恐らく人間が食すことが可能な食材なら食べられると思う。嫌いな食べ物は今の所ない」


「…………。お肉と魚、どちらがお好きですか? ……コン」

「強いて言えば肉、だけど魚も好き」


「……ヤマヤマ、夕飯は肉、魚、野菜、どれが食べたい?」

「うーん、出来るなら全部? 昨日泊まった宿の食事は全部あったけど難しい?」


 昨日の食事はメインはステーキだったけどサラダと魚のソテーがあったんだよね。


「…………昨日お泊りになられたのはもしかして「星の煌めき亭」ですか? コン」


 うん? いや名前は知らないぞ。三人で六万Gだった事しか知らない。

 ……もしかして有名な店なのか?


「確かそのような名前でしたわね。食事は美味しかったですわよ?」

「……流石はヤマヤマ。亜人と一見さんお断りの高級宿に竜人を連れて行くなんて。……しかもしっかり泊まっている」

「いや、普通に泊めてくれたよ? 銀貨六枚だったけど」

「…………。銀貨六枚、コン」


 ヨウコが銀貨六枚と聞いてよろけた。いや、別に高級店の味を再現しろって言ったわけじゃないよ?


「旦那様、恐らくオルガノさんが事前に各宿屋に通達を出されていたのだと思いますよ。フロントで嫌な顔一つされませんでしたから」

「なるほど。手際が良いね。…………。ヨウコ、とりあえず気楽に作ってくれたら良いよ? 俺は屋台のメシでも美味しいと思うから。ツバキ達に用意するつもりで気楽にお願い」


 眉間に皺を寄せ口元には手を当ててヨウコが考えて込んでいたので気楽にと言ったわけだが更に悩み出してしまった。


「…………。…………。(――それはそれで難しいです、…………コン)」


 何やらぼそぼそ言っているな。うーん。何て言えば悩まなくて良いかな。


「――ではヨウコ、私達の今日の食事は肉をメインで野菜のサラダを添えて下さいな。お肉は高級品を。野菜は新鮮な物でお願いしますわ」


「え? あ、はい! ……コン!」


 ……なるほど。俺がツバキ達に用意するつもりでって言ったからツバキが要望を出してくれたわけか。…………俺寄りの。


「献立はヨウコが市場で食材を見てコレが食べたい、コレを食べて貰いたいってヤツで良いよ。要望がある時は前もって言うから」

「はい。頑張りますコン」


 そうだな。俺が見てもどれが新鮮でどれが美味しいか分からないからな。


「じゃあヨウコに食材の見極めと購入は任せるよ。はい、これ」

「あ、はい。…………って! これ金貨ですよ!?」


 ポンっとヨウコの手の平に金貨を置いたらそれに気付いたヨウコが大慌てになってしまった。語尾忘れているよ?

 ……いやだって、銀貨を数十枚とか持っていないし九人分の食費だからね。それなりに必要だろ?


「当面の食事代だからね。無くなったら言ってね。管理は任せるから。…………。値段より美味しさで選んでね?」


「ヨウコ、諦めなさいな。主様はこういう御方ですわ」

「そうですよ。私も大銅貨以下全て持たせて頂いておりますから」


 シオンがずっしりとした革袋をヨウコに見せていた。細かい支払いはシオンに任せているけど紙幣がないからかさ張るし重そうだな。

 …………。でも銅貨だけじゃいざって時に問題か。


「…………。旦那様? なぜ私に金貨をお渡しになるのですか?」


「え? だって普段はシオンに支払い任せているし足りなくなると困るだろ?」

「大きな買い物の時は旦那様のギルドカードを使っておりますから問題ありません。それに市場での支払いで金貨は使いませんよ。お釣りを持っている人は居ませんから」

「……シオン。諦める。ヤマヤマはこういう御方です」


「…………納得したくありませんね」

「分かって頂けましたか? コン」

「信頼の証だと思いなさいな。これくらいで動揺していたら先が思いやられますわよ?」


「…………。そうですね。旦那様ですものね」

「私は続けて行けるでしょうか。コン」

「……流石はヤマヤマ。常人では付いて行くだけで精一杯」


 …………。え、俺が悪いの? ただ念の為に渡しただけなんだど? 財布に諭吉さんがいないと不安にならない? 


 …………。うん。諭吉さんが百人入っていたら不安になるね。


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