第139話 革職人 7


「……レレイナ、他にかんざしないの?」

「うん、二本作ってみたんだけど、誰も買ってくれなかったから。髪飾りならあるよ?」

 ツバキを眺めていると後ろでフィーネとレレイナの話し声が聞こえてきた。まさかこれほど素晴らしい物を誰も買わないなんて。……いや、そのおかげでこうして手に入れることができたわけだけど。


「私にはこちらを付けて頂けませんか?」

「……シオンずるい。……それヤマヤマがさっき見てたヤツ。……ヤマヤマ、私に欲情する髪飾りはどれ?」

 そんなものはない。とはいえ、ここで選ばなかったらフィーネが竜をも恐れぬ蛮行に出る可能性もある。今のツバキからかんざしを抜き取ることができるのかは分からないけど。

「うーん、フィーネならこれかな」

 紫色の藤の花に似た髪飾りがあった。下り藤っぽい。小さな花びらが逆三角形に連なりゆらゆらと揺れている。フィーネの緑色の髪にも映えると思う。


「…………」

「あれ? イヤだった?」

 髪飾りをフィーネに渡すと黙って受け取りジッと見ていた。エルフに贈るとまずい花だった?

「……ううん。……嬉しい。……でも普通に選んでくれると思わなかったからびっくりした」

「いや、それくらい選ぶだろ」

「……いつものヤマヤマだと投げやりに選んでる。……ツバキのおかげ?」

 いや、別に投げやりでは……。どちらかというとフィーネの絡み方のせいだと思うのだけど。


「――旦那様、どうでしょう?」

 シオンの声が後ろから聞こえ振り返ると、髪を後ろに纏め耳の上の方に俺が見ていた大輪の花を付けたシオンの姿があった。

 レレイナがいつの間にかシオンの髪もセットしていたみたいだ。……何この子、天才なの? お持ち帰りしたいんだけど。

「可愛いよ。花の妖精みたいだ」

「……レレイナ、私も」

「シルフィお姉ちゃんは自分でできるでしょ?」

「……これは負けられない戦い。……レレイナの力が必要」

「――いや、お前ら、人の店でイチャつくなって言っただろ? レレの件があったからしばらく我慢したけど――いい加減にしろ! 帰ってやれ!」

 カウンター席で黙って見ていたミミリカさんがついに激怒した。しかし、先ほどと違い迫力がない。それに今はレレイナの作品を見ているんだ。ミミリカさんに追い出されるわけにはいかない。……いや、ここでしなくてもいいか。


「ならミミリカさん、レレイナさんを持って帰っていいですか? ウチで雇います」

「ふざけんな!! レレはウチの看板娘だ!」

「いえ! レレイナさんはウチのヘアセット師です!」

 ツバキやシオンも俺の言葉に頷いている。二人もレレイナを手放したくないみたいだ。多数決なら勝てそうだ。

「あの、ヤマトお兄さん。私は細工師になりたいので……」

 そしてレレイナの一言にミミリカさんが勝ち誇った表情を浮かべる。さすがに本人の意思を無視するわけにはいかない。でもせっかくの髪飾り職人を手放すのも勿体ない。

「――ではレレイナさん、僕の専属細工師になってください。レレイナさんのかんざしや髪飾りは僕が買います! 練習や試作品にかかる製作費や材料代も全部僕が持ちますから!」

「え?」

 俺の提案に驚きのレレイナ。フィーネの髪を持ち上げたまま固まってしまった。……いや、結局フィーネの髪もセットしているのか。本当は髪の毛をセットするのも好きなんじゃないのか?


「失敗しても文句は言いませんし、出来上がった作品は購入します。ツバキやシオンに似合うかんざしや髪飾りを優先して作ってもらいたいですけど、他の作品を作っても構いません。僕達に必要ない物はお店で売ってもらってもいいです。ただ一番に僕達に見せてください。その他必要経費についても相談に乗りますよ。あとは――ツバキ達の髪のセットも時間がある時はお願いします」


 俺の要望を聞いたレレイナはフィーネの髪をグネグネわしゃわしゃししている。混乱しているみたいだ。……フィーネの頭がボサボサになるのも時間の問題だな。

「レレ、いいんじゃないか? ポーション職人の専属になれる機会なんて早々ないぞ。金はそいつが出すんだから好きなだけ高い素材で練習できるぞ」

「でも、お姉ちゃんの方が上手だよ? それにまだ修行中だし」

「バカ。そいつが手に取った作品をよく見ろ。全部レレの作品だよ」

「え、あっ」

 レレイナ以外の作品も置いてあるのか。どれが誰の作品なのかは分からないけど、少なくとも俺が手にしたのは俺が気に入ったものだけだ。それにかんざしを作っているのがレレイナだけなら是非とも専属契約をするべきだろう。まぁミミリカさんでも言えば作れるんだろうけど。


「レレイナさん、僕はツバキ達が身につけるものについてお世辞は言いません。レレイナさんの作る髪飾りに心惹かれたんです。僕が援助することで更に素晴らしい作品ができるというなら協力は惜しみません。お願いできませんか?」

「……ありがとうございます。そこまで言ってもらえて断るなんてできません。満足してもらえるように全力で頑張ります!」


 ミミリカさんの後押しもあってレレイナが承諾してくれた。

 フィーネの髪が面白いことになっているけど……今日もメリシャンを用意することにしよう。

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