第110話 ハーティア6


 シオンに背負われたままヒロネ嬢達を追いかける。ひと悶着していた間に結構引き離されたけど、ツバキとシオンの速度ならすぐに追いつくだろう。

 曲がりくねった迷路のような路地を抜けた先には広場があり、中央には巨大な四角い台座があった。そこに逃げたフードの男達とヒロネ嬢達、そして十数人のスラムの住人らしき人の姿がある。


「スラムの人にまで襲われているのか?」


 広場の中央でヒロネ嬢を含む騎士達がスラムの住人に囲まれていた。騎士達はヒロネ嬢を守るように周囲を固め武器を構えている。

 まさか子供を襲ったヒロネ嬢に報復しようとしているんじゃないよね? 気持ちは分かるけど、そんなんでも一応は貴族令嬢だ。下手な真似をしたら貴族からの報復が待ってるぞ。


「……あれは、ハーティアの構成員みたい」


 広場の入り口付近でシオンの背中から降りて状況を確認していると、ツバキから降ろされたフィーネがヒロネ嬢達を囲むボロい服を着た集団を見てそう言っている。


「ハーティアって確か、スラムの犯罪者集団の名称だったよね」


 メルビンさんが昨夜言っていたな。それにリンダが関わっているとも言っていたね。……フードの連中もハーティアなのか。ということはクマトンもだよな。…………すでに犯罪者組織のボスを倒しているのだが。


 騎士達は俺達の到着に気付いて僅かに安堵している。さっきの戦いで一対一でいい勝負だった相手が、さらに十数人増えたら勝ち目ないよね。

 案の定、深追いして待ち伏せしていた敵に囲まれているヒロネ嬢と騎士達。俺達が来ていなかったらどうなっていたことやら。

 ――そういえば執事さんがいないな。ヒロネ嬢のブレーキ役がいないから暴走しているのか? 


「……助けないの?」

「助けるよ。ツバキお願い。気に入らないかも知れないけど領主に恩を売ると思って助けてあげて」

「問題ありませんわ。周りの者は殲滅してよろしいのでしょうか?」

「一応大怪我させない程度でお願い」

「分かりましたわ」


 ツバキが颯爽と広場の中心に向かって歩き出す。ヒロネ嬢達を取り囲んでいた武器を持った二十人ほどの集団がツバキ一人が近づくだけで怯えどよめいている。

 

「……ヤマヤマ、犯罪者が相手なら大怪我させてもお咎めはないよ?」

「たとえそうでも無意味に怪我をさせるのもね。ツバキが本気にならないとマズイ相手とかツバキが警戒するレベルとかなら気にしないんだけど……彼らが相手じゃ戦いにもならない気がするし」


 ツバキが近づくだけで戦意喪失している相手を大怪我させろって? 別に俺達が直接何かされたわけでもないのに。……ん? 昨夜あった襲撃もハーティアの仕業か? スンスンが捕まえたらしいけど、そう言えば詳しい話聞いてなかったな。でもそうなるとさっきの襲撃は二度目か。……。なんかムカついてきたな。

 ボスを倒しても手足は残っているし、禍根を残しては安心して生活もできないか。


「旦那様、お姉さまが相手では大抵の者が戦いになりませんよ?」

「……ツバキが本気になる…………。…………ドラゴン?」

「考えた先がそれか。まぁ分らんでもない」


 この街一番の冒険者チームが戦わずして負けを認め、本当は凄く強いであろうクマトンが一撃で破れ、そもそも闘技場で八百戦無敗の伝説を持っているわけだし。……なんでツバキがいて竜人族って戦争に負けたんだろう。やっぱり数の暴力には勝てないのだろうか。


「旦那様、お姉さまは既にドラゴンスレイヤーですよ?」

 ツバキは闘技場で小型のドラゴンを討伐した経験があるらしい。小型といっても平民の一階建ての家くらいの大きさがあるそうだ。

 帝国の金持ち集団が金に物を言わせて捕獲したドラゴンを対戦相手としてツバキの無敗記録を破ろうと画策したらしい。が、通常の剣や槍では鱗を貫通することもできないドラゴンをツバキは拳で沈めたそうだ。文字通り闘技台にめり込むほど殴り付けて。


「人どころかドラゴンでも勝てないんだね。……この世界のドラゴンって弱いの?」

「……種類にもよるけど、中型でも国家の危機。……小型でも軍が師団規模で集まってどうにかなるレベル」

「クマトンはよく生きてたね。手加減ができるくらいには理性があったんだろうけど。……逆に完全にキレたらドラゴンでも敵わない拳が炸裂するわけか」

 人を相手にする時と大型獣を相手にする時では戦闘のやり方も異なると思うけどね。そう考えるとツバキは常に加減をしているのか……。いや、本気になった時の強さの上昇がおかしいのか。全力の時はリミッターを外して戦っている感じかな。

「……ヤマヤマ、怪我しないでね?」

「そこも含めて私達がお守りするのですよ」

「……責任重大」

「怪我をしたくてした経験はないからね?」


 そこまで心配しなくてもツバキが守ってくれている以上怪我なんてしないだろう。外を歩いている時は躓いてこける心配すらいらないからね。常に抱きしめられているし。……そう考えるとクマトンはツバキの守護を抜けて俺に攻撃したわけか。俺を狙った攻撃じゃなかったと思うけど。


 そんなことを話ているとツバキが中央に辿り着き、ヒロネ嬢達を囲んでいた男達は何もせず離れていく。ツバキに勝てないと判断して引き下がったみたいだ。なんか拍子抜けだな。いや、それが普通か。わざわざ怪我をする必要もないだろうし。


 包囲から脱したヒロネ嬢と騎士達はツバキに示されて俺達の方へ走り寄って来た。シオンが俺の前に立ち威嚇したことで五歩ほど離れた位置で止まったけど。


「ヤマト様、助けていただき、ありがとうございます」


 飾り気のない動き易い服装の上から軽装を装備したヒロネ嬢が片膝を付いて頭を垂れた。

 それを見た騎士達がギョっとして俺とヒロネ嬢を交互に見る。そして背後のハーティアの動向を確認したあと、全員が片膝を付いて頭を垂れた。

 ……うん。止めてね。ハーティアの皆さんも驚いているからね?


「お礼はツバキに言ってください」

「もちろんです。ツバキ様にも感謝を伝えさせて頂きます」


 顔を上げてキリっとした表情でそう言ったヒロネ嬢。淀みなくツバキのことを様付けで言ったね。昨日は亜人臭いとか言っていたくせに。


「……貴女達は彼らを追い掛けてきたけど、どうするつもり? ハーティアはまだいる。……彼ら数人を捕まえても意味はない。……現に待ち伏せで死にかけていた」

「…………はい。先ほど騎士にも言われました。ですが、逃がすわけにはいかないと思い、申し訳ありません」


 後先考えずに突っ走ったのね。ここはスラムでハーティアのテリトリーであり、ヒロネ嬢に恨みを覚えている者がいる場所なのに。騎士達も誰か止めろよ。無敵超人のツバキでも僅かな危険を感じたら俺をヒョイと抱えて止めるのに。

 ……しかし、本当に反省しているみたいだ。フィーネにまで下手に出ている。……演技? 昨日とは雰囲気が違う気がするけど。


「主様、問題が発生しましたわ」

 ヒロネ嬢を見て考えていると、ハーティアを警戒していたツバキが駆け寄ってきた。

 ヒロネ嬢を取り囲んでいたハーティアの集団は広場の入り口付近まで下がってこちらを伺っている。そのまま逃げると思いきや俺達を監視しているみたいだ。


「どうした? 敵さんの増援でも来た? ――ドラゴン?」

「ドラゴンはおりませんけど、どうやら増援のようですわ。数自体は大したことはないのですけど、主様とシオンを守りながらでは手間が掛かりそうですわね」

「……あの? ……私は?」

「ツバキがそういうってことは結構な人数じゃないの? 大したことがない数って5人以下くらいのことだからね? ――それでも俺には大変な数だからね?」

「ではそれなりに大変な数ですわね。――今は500人くらいですわ。まだ集まっているようなのでそれ以上の数になりそうですわね」


 …………それはかなりヤバい数というのでは? 少なくとも騎士達はそれを聞いて息を飲んでいるぞ。


「――ヤマト様、わたしく達が時間を稼ぎます。急いでこの場を離れてください」

「却下ですね。ツバキがそれなりと言うくらいの敵ですよ? ヒロネ様達にどうにかできるとは思えません。むしろヒロネ様がさっさと離脱してください。僕たちは最悪、ツバキに抱えてもらっても逃げられるんですから」

 足手まといはあなた達ですよ、と騎士達を見ると難しい顔をした騎士達が周囲を見回している。広場の入り口は四か所あるのだが、その全てに人影が見える。


「主様、残念ながらすでに通路の先を塞がれていますわ。私達なら問題ないのですけど、この者達では手に余る人数ですわね。周囲には数十人程度しかいなかったので問題ないと思っていましたが、突然この広場を目指して悪意ある気配が集まり出しましたわ。……嵌められたみたいですわね」


 初めから俺達をここに誘導して襲うつもりだった? ヒロネ嬢は俺達をおびき寄せる餌? ……。……ヒロネ嬢が俺の餌になると思ったヤツがいたのか? 結果としてはその通りになったが釈然としない。飛び出したヒロネ嬢を追ったのはたまたまだぞ。

 それにハーティアのボスはすでに倒され、俺に歯向かわないって誓っていたと思うんだけど。クマトン個人の誓いだから配下は関係ないのか? 配下の暴走? それにしては計画的すぎるよね。元からの計画でクマトンが捕まってもそのまま計画が続いているのかな? でもツバキのことはさっき知ったよね? うーん、ここで考えても分からないか。

 でも500人を越える人数が集まっているということは明らかに組織だっての行動だし、ツバキを意識してのものだろう。騎士達が相手なら十数人で十分だったんだからね。


「フィーネ、これってハーティアの総力戦かな?」

「……どうだろ? スラムの住人は千人を越えていると思うけど、ハーティアの構成員はどれくらいいるのかな。……でも500人を越える規模で倒せばハーティアは崩壊すると思うよ?」

 そこまで弱体化すればあとは警備隊でもどうにかなるとフィーネが言い、騎士達も同意していた。


「主様、もし許可を頂けるのであれば――ここで後顧の憂いをなくしたいと思いますわ。昨夜のように頻繁に賊が侵入してきては落ち着いて主様とシオンを愛でることもできませんもの」


 俺を愛でることはしなくていいけど、シオンをゆっくり愛でたいのは俺も同じだ。そのために邪魔になる集団が向こうから倒されにやってくる。……ふむ。禍根を断ち切る機会が向こうからやってきたか。

 ハーティアにこれほど人数がいるのであれば、ここで逃げても解決しない。それどころかこれが屋敷だったら屋敷にまで被害が及ぶことになるかもしれない。


「ツバキ、怪我せずに倒せる?」

「造作もありませんわ」


 うん、500人程度じゃ数の暴力にもならないか。……ドラゴン倒すのに軍が必要ならツバキを倒すのにそれ以上の武力が必要だよね。


「ならツバキ、ここでハーティアを潰そう。俺達を襲ったことを後悔させてやって」

「ふふふ、久しぶりに少しは運動ができそうですわ。――我が主に牙を剥いたこと、骨の髄まで後悔させましょう」


 微笑んでいたツバキがスッと俺の前に膝をついて目線を合わせ宣言する。ちょっとやり過ぎそうで怖いけど、まぁ仕方ないよね。

 俺達に関係がなく、街やスラム内で生活しているだけなら気にしないけど、ここまで本気で襲って来るというなら話は別だ。

 俺達の平穏な生活を守るための礎となってもらおう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る