第25話 営業


 ツバキと別れて共同スペースに来たが思ったより綺麗だった。プールの更衣室のような場所で今は二名が使用しているみたいだ。


 一畳分ぐらいのスペースで仕切りが備えてあるがこれシャワーがあったらシャワー室だよな。無いからタライに水を入れて持って来ているんだけど。


 自分のスペースで服を脱いで身体を濡らしたタオルで拭く。

 …………異世界っていうよりどこぞの発展途上国に旅行で来た気分になってきた。身体が小さくなっているけど。そう言えばまだ鏡を見ていないな。ツバキ達が普通に接してくれているしブ男ってわけじゃないだろうけど。


「よお、兄ちゃん。一人かい?」


 突然男の声が聞こえてきたので周りを見渡すが覗かれているわけではないようだ。壁越しに声を掛けて来たみたいだ。

 他にも人がいたはずだし俺に声を掛けたとは限らないのでスルーしよう。


「おいおい、返事ぐらいしてくれてもよくねぇか? 別に襲おうってわけじゃないんだからさ」


 服を脱いで生まれたままの姿の状況でその発言はダメだろ。背筋がゾワっとしたぞ。地獄耳のツバキなら助けを叫んだら駆け付けてくれると思うけど、その様な事態には絶対になりたくない。


 ……仕方がない。ここは。


「知らないおじさんと話したらダメってパパとママに言われているの」


 伝家の宝刀、子供のフリ。

 ……いくら子供になったとは言え、今の身体でも12~15歳ぐらいだから年齢的に抜けない宝刀な気がする。


「なら大丈夫だ! 俺はお兄さんだからな!」


 あー。本格的にダメな人かも知れないな。さっさと服を着よう。くそ、憩いの時間ってわけじゃないけど邪魔されるのはムカつくな。

 ………。でも子供のフリはスルーされた? 俺の見た目ってそんなに幼いの?


「うん? 兄ちゃん、身体はしっかりと拭かないとダメだぞ? 清潔にしないと女の子に嫌われるぞ? はっはっは!」


 うぜぇ。何なんだよこいつは。何の目的で声を掛けて来たんだ? 嫌がらせ? ……俺がセルガと揉めたことが街中で噂になっているってことはないよな? 

 暗殺はないにしても徒党を組んでヤキを入れるとか時代錯誤な真似しないだろうな。


「そう警戒しなくても大丈夫だ。俺はBランク冒険者チーム「絶刀」のバラスだ。チームの名に誓って変な真似はしねぇよ」


 Bランク冒険者ねぇ。そう言えば薬草を集めるのに冒険者に依頼を出すのも一つの手段って聞いたな。Bランクなら結構上の冒険者だろうし、あまり無下にも出来ないか。不本意だが。本当に不本意だが真面目に対応するしかないか………。


「…………何か用ですか?」


「用って程でもないんだが、営業の一環だな。この街で見ない顔だし、この宿屋に泊まれるってことはそれなりの金持ちだ。貴族の子弟には見えないしそれなりに上手く行っている行商人の息子だと見たね。俺達のチームは護衛依頼や魔物の部位指定の討伐依頼も請け負っているから親への顔繫ぎを頼みたいんだよ」


 なるほど。大外れだし、依頼も見当違いだな。親もいないしな。


「残念ながら親はいません。それに行商人じゃなく薬師です。薬草採取なら依頼しますけど?」

「なんだハズレか。でもこの宿屋に泊まる薬師って言うならそれなりに名の知れた薬師の弟子か? 領主様に呼ばれてきたのか?」

「この街に来たのは俺一人ですよ。とは言え護衛はいますけどね。領主様どころか貴族全般と関わり合いたくないです」

「ならいよいよもって俺達の出番はなさそうだな。薬草集めは低ランクの仕事だし、俺達が動くには依頼料が足りないからな。ま、機会があったらどっかの街に行く時にでも護衛依頼でもしてくれよ。高いけどな」


 高級宿らしいこの宿にパーティーで泊まれるぐらいには稼げているんだろうし凄腕なんだろうな。

 ツバキ達がいるから護衛を頼むことはないだろうけど、高名な冒険者に嫌われて他の冒険者にも目を付けられるわけにもいかないか。


「その時は是非お願いしますね。……お兄さんはここに来る人に営業をしているんですか? 冒険者ギルドに依頼ないんですか?」


 わざわざ服を脱いで無防備になっている所で営業とか頭を疑いそうだ。冒険者ギルドに依頼が無くて暇だから自分達で仕事を探しているってことなのか?


「いや、ギルドに行ったら色々斡旋してくれるぜ? 俺がここで粘っているのはたまに貴族の侍女が身体を拭きに来る事があるからそれを狙っているんだ。営業はついでっつうかカモフラージュ? みたいなもんだな。あぁ、これ内緒な? その代わり冒険者ギルドで薬草集めを依頼するなら腕の良い新入りを紹介してやっからさ」


 …………思った以上にゲスいヤツだった。仕切りがあるとは言え覗こうと思ったら覗けるような場所だ。男女で別れてもいないし女性には利用し辛い施設だな。こんな男もいるし。

 貴族の侍女なら部屋でってわけにもいかないのかな? 身だしなみを整える為に止む無し来る女性の裸を覗こうとしているのか。大した高名だな。

 ツバキ達は絶対に来させない様にしよう。


「今日は誰も来ないみたいだしそろそろ戻るかな。昨日来ていたどこぞの貴族の侍女はチラっとしか見えなかったけど胸がデカくて興奮したんだけどな。また拝みたかったけど、残念! うははは!」


 自称高名な冒険者らしい男が高笑いしながら出て行ったようだ。うーん、俺が言うのも何だが、最低な男だな。いや、俺はツバキが勝手に乗せてくるからギリセーフだろ? ちょっと不必要に頭を動かしたり傾けたりしているけどツバキが嫌がっていないし問題ないはずだ!


「…………まったく、冒険者とは本当に野蛮で下品です。この宿の質も落ちたものですね」


 着替えが終わって仕切りが出ようとしたところで女性の声が聞こえてきた。視線を向けると綺麗な女性が湿った髪をタオルで押さえながら歩いていた。

 特筆すべきはそのたわわに実った胸部だろうか。服の下にメロンを入れていそうな上品な女性がそこに居た。


 あの変態狙っていた女性がいることに気付いてい無かったみたいだな。女性の気配の殺し方が上手いのかBランク冒険者の実力がその程度なのか悩む所だ。


 女性が部屋を出て行くのを確認してから俺も部屋を出る。一人になったとは言え、再度服を脱いで拭こうとは思わなかったからな。


 明日まともな家が見つかるといいな。出来れば浴槽があると良いけど。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る