第61話 孤児院2

「ここよ! 早く!」


少女Aことメルメルと少年Aことリクに連れられてやって来たのは西区のスラム街ギリギリの場所にある古びた教会だった。

メルメルは俺を連れて行く前にポーションを買いたいから金を出せと言ってきたのだがツバキの石弾で黙る事になった。

それからはリクがメルメルを背負って西区まで案内してくれた。メルメルはついさっき起きて状況を理解したのか俺に早く女の子を見せてポーションの代金を出させようと思っているようだ。


勢いよく扉を開けて中に入ると数人の子供と一人の女性が驚いた顔でこちらを見ていた。

子供達は五歳以上十歳未満ぐらいの亜人、もしくは人間の男女八人だ。

修道服の様な物を着ている二十代前半ぐらいの女性はメルメルを見てすぐに落ち着きを取り戻し、同時に俺達にも気が付いたようだ。


「――メル? そんな急に扉を開けないで下さい。ビックリしますよ」

「そんな落ち着いている場合じゃないでしょ!? ミーシアのポーションを買ってくれる人を連れて来たの!」


いや、買ってやるとは言っていないぞ? …………買う必要ないしね。


「…………。私はこの孤児院を運営しておりますママリエと申します。……この子が無理を申した様ですね。ここまで足を運んで下さりありがとうございます。ですがこれは私達の問題です。お客様に無理を申すほどの事ではありません」

「ママリエ!?」


……ふむ。真っ直ぐ俺を見て話ますか。これまで会った人はツバキやシオンに視線が動くし俺じゃなくツバキに語り掛けている事もあったからね。

それに俺の状態完全防御態勢を見て笑う事も驚くこともなく接するとは…………やり手だな。


「初めまして。ヤマトです。薬師をしております。強引に連れて来られた様なものですが、これも何かの縁。僕で力に成れるなら協力しますよ」

「え!? 貴方薬師だったの!?」


…………お前が驚くなよ。知らなくてもしょうがないけど。


「――まさかこんな事が。…………アルテミリナ様感謝いたします」


ママリエさんが両手を合わせて女神アルテミリナ様に祈っているようだ。…………。アルテミリナ様に。メリリサート様じゃなく。


【~~!!】


「女神様に感謝する前に主様に感謝するべきだと思いますけれどね。さっさと案内して頂けます?」

「ッ! 申し訳ありません! メル」

「ええ。こっちよ! 急いで! ……早く!」


メルメルが咄嗟に俺の事を引っ張ろうと手を伸ばすが俺の両手は既に予約済み。メルメルの手は空を切り、改めて俺の事を見て眉をひそめて踵を返した。少し不機嫌そうだ。

……ま、俺に触れていたら迎撃されていたかも知れないけどね。


先行するメルメルに付いて院の中を進むと数人の子供達とすれ違った。思った以上に人数が多そうだ。

院は外から見たままでかなり老朽化している。子供達の服装からも余裕は見えない。そして俺達を見る目には純粋な恐怖の瞳が宿っていた。


「ここよ。…………。私がこんなことを言っても意味がないかも知れない、だけどミーシアはとても良い子なの。この孤児院で育って亜人差別の思考もないわ。悪い事は何もしていないの。私が罰せられるなら分かる、けどミーシアは違うわ!」


メルメルは俺に一歩踏み込み下から睨む様に俺を見た。嘘偽りのない真実だと語る様に。

…………。はぁ、気が重い。この先に一体どんな光景が待っているって言うんだよ…………。


「俺は別に善人でも悪人でもない。そこら辺にいる一般人だ。あまり期待するなよ?」


「ぶふッ。……ヤマヤマ、笑わせないで。どこにこんな規格外の一般人がいるの」


規格外とは何を言っているんだ。俺が周りと違う点なんてポーション作成魔法を除けば、右手に美少女、背中に美女、左手に美少女、頭部にお胸様があるぐらいだろう。…………。うん、至って普通だろ?


「主様は世界の一柱ですわ。私達姉妹が生涯お仕えするただ一人の御方ですわね」

「旦那様、一般人とはそこらに落ちている石ころの様なものです。旦那様は世界に根付く樹。輝かしき神子に在らせられます」


…………イヤイヤ。世界の一柱とか神子とかないない。ツバキ達の主としてそこそこの立場は狙っているけど、その表現は間違えてますよ。それ人間止めてますからね?


「二人の想いは嬉しいけど、俺は至って普通の人間だからね? ……この話は置いておこう。先ずは怪我人の事を見てからね」


メルメルが開けた扉を潜り部屋の中に入る。

入ってまず感じるのは濃厚な血の匂いだ。そしてベッドに寝ている少女。


苦しそうな息遣い、痛々しい包帯、赤黒く染まるシーツ。血の気が引くのを感じた。

コレハナンダ? 


…………。唖然としてその光景を見ていた俺の両手が強く抱きしめられ、そして体を優しく包み込まれる。

――そうだ、呆けている場合ではない。


「――シオン、ポーションは持っているね?」

「はい! こちらに」


大丈夫だ。頭は冷静だ。メルメルが見ている今、この場でポーションを生み出すわけにはいかない。

シオンには昨日持たせたポーションがまだ数本ある。補充は屋敷ですれば問題ない。


「使ってあげて」

「……はい」


シオンが答えるけど何かを迷っている。懐に手を当てたまま俺を見ている。


「――Dランクポーションあるよね?」

「はい!」


この怪我がFランクやEランクの低ランクポーションで治るとは思えない。シオンも同じ意見だったんだろう。でも俺の許可なくDランクポーションを出すのははばかられたみたいだな。


俺達のやり取りにフィーネとメルメルが息を飲むのが聞こえた。……いや、シオンが取り出したポーションを見たからか。


「……高品質? …………。いや、まさか」

「高品質のDランクポーション……? ポーション職人?」


二人が見つめるポーションはミーシアの口元に添えられゆっくりと流し込まれる。

時折吹き出しそうになっているがミーシアはポーションを全て飲み込んだようだ。  

そして僅かな静寂が過ぎ、ミーシアの目蓋がゆっくりと上がり部屋の様子をキョロキョロと見て慌てて起き上がった。


「ミーシア! 大丈夫なの!?」

「は、はいなの。メルさん、私は……?」


どうやら自分の状態がよく理解できていないみたいだな。シオンに合図をして黙って部屋を出る事にする。

メルメルが説明する事だろう。部外者の俺達が居たらミーシアも落ち着かないだろうしね。

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