第117話 専属冒険者1


「ヤマト君!! ヒロネ! 無事か!?」

「ヤマト様! ご無事ですか!」


 騎士達が倒れているスラムの住人の中からハーティアの戦闘員らしき男達を縛り上げるの眺めつつツバキ達と話していると、慌てた様子のメルビンさんとミリスさんがやってきた。

 後ろに商業ギルドの警備員じゃない五十名ほどの兵士達がいる所をみるに向こうでの戦闘が終わってから、援軍をかき集めて来たみたいだ。

 ちなみにアルクスさんとナルムさんはプセリアさん達を連れてすでにスラムを離れている。流石にメルビンさんに見つかるのは後が面倒とのこと。……ヒロネ嬢と騎士達が見てるから今さらだけどね。

 

「お二人とも、僕が怪我をすると本気で思っているんですか?」

「ヤマト様、何事にも万が一ということはあります。ヤマト様であれば大抵の怪我は自身で癒せるでしょうけど、心配はします」

「そうだよ。いきなり走り出すから心配したよ。ん? ヒロネ! その血はどうした!?」


 メルビンさんがヒロネ嬢の洋服の首元から肩にかけての血痕に気付いて慌てて駆け寄った。

 ヒロネ嬢の頬の傷は俺がポーション瓶を口に突っ込んで癒した。ついでに糸で切られた身体の傷も癒えているはずだ。でも流れた血の汚れは消えないので現在は結構な大怪我をしたように見える。顔の怪我は血が良く出るからね。


「メルビンお兄様、問題ありません。少し切りましたがヤマト様にポーションを頂きましたので綺麗に治っています」

「そ、そうか。……ヤマト君と話が出来たんだな?」

「はい。ヤマト様の元で下働きをさせて頂けるようにお願いしました。諸々の条件は後ほどお伝えしますね」

「あぁ、分かった。――ヤマト君、ヒロネのわがままを聞いてくれてありがとう。私も出来得る限りの協力を約束するよ」


 うーん。爽やかな笑顔でそう言われてもね。ミリスさんは良いとして、他の兵士の前でそんなやり取りしていいのか? いや、わざとか?


「それはメルビンさん個人としての約束ですか?」

「いや、メルビン・フォン・ベルモンドとしての約束だ」


 メルビンさんは近々領主の次男であること、そして騎士爵をもつ貴族であることを正式に公表するそうだ。俺を他の貴族などから守るためにも一介の兵士では権限が少ないからキチンとした肩書を付けることになったみたい。

 それに今回の第八部隊の関与にしても第一部隊の部隊長である今のメルビンさんでは命令はできないし、処罰も下せないらしい。

 現在の警備隊のトップである総隊長は男爵家の当主。ただ緊急時以外は現場に出て来ないので命令系統が正しく機能していないとのこと。今まではそれでもよかったらしいけど、今回のような件も踏まえてメルビンさんが総隊長になることが決まったようだ。


「それは心強いですね。今までは一介の兵士の役もあったから面倒くさい場面もありましたし」

「面倒くさい……。まぁ、ヤマト君との関係が変わることはないよ。何かあったらいつでも私に連絡して欲しい」


 今回の件もメルビンさんに無理やりにでも連絡していればどうにかしてくれたのかも知れないけど、それじゃいつまでも狙われることになるからね。あ、そういえばセルガはどうなったんだろう。


「メルビンさん、詰め所にセルガが埋まっていたと思うんですけど」

「あぁ、報告は受けているよ。大丈夫、死んではいないよ。中にいた犯罪者からも証言があったらしい。ヤマト君が手を出したところは見ていないそうだ。全部ベイクマトンがやったことって報告を受けている。ヤマト君に不利益もないからそのまま報告するつもりだけど、何か問題はあるかい?」


 ……わざわざ最初の一発は俺達がやりました、と言うこともないか。セルガは寝ていてそれをクマトンが埋めただけだ。うん。

「いえ、実際に埋めたのは全部クマトンですから。そういえばクマトンの方はどうなったんですか?」

「く、クマトン? あぁ、彼は罪を認めて大人しく捕まっているよ。……まだ詳しくは調べていないけど賞金首ではないし、余罪がないかも知れない。ヤマト君が襲われたことを証言するなら多少は罪を重くできるよ?」


 ……襲われた。襲われたか? 襲われはしたが、返り討ちにした者にさらに罪を被せるのもな。

 でも犯罪組織のボスって呼ばれていたクマトンが手配されてもおらず、他に罪もないのか? 全部部下にやらせていたのか? 

 ……。俺が考えることでもないか。俺達にはもう手を出さないって言っていたし、後はメルビンさんに任せよう。また来てもツバキがどうにかしてくれるだろう。……流石にもう来ないと思うけど。


「僕からは特には。メルビンさんにお任せします」

「うーん、そう言われると彼の場合はあまり罪には問えないかも知れないね。詰め所の破壊は間違いないけど」

「別に重い罪にして欲しいわけではありませんよ。僕達に実害はないですから。この街の法にお任せします。セルガも同様です」


 セルガに関してもとりあえずやり返したわけだし、これ以上俺に関わって来ないならこの街の法で好きにしてくれていい。アレと関わるとツバキ達にストレスがかかる。もう関わりたくもない。


「分かった。セルガに関しては商業ギルドと協議をして決めることにするよ」

「お願いします。……ここで伸びている人達はどうなりますか?」

 メルビンさん達が来るまでに動ける者は多少逃げ出しているけど、大半の者は倒れたままだ。ハーティアの戦闘員に関しては一般人にとっては危険らしいのでフィーネの監修の元、ヒロネ嬢の騎士達が縛り上げている。今は兵士の人達も手伝っているみたいだ。


「そうだね。ハーティアに属する者は間違いなく捕まえるけど、ヤマト君はスラムの住人にも罪を与えたいかい?」

「いえ、別に。襲われたとはいえ、一方的な戦闘ですし、住人の人達はハーティアに騙されて来ただけでしょ? なら別にいいです。また襲ってきたら容赦しませんけど」


 スラムの住人は俺やヒロネ嬢を襲ってきたわけじゃないし、ツバキを襲った者は返り討ちにあっている。ツバキも恨みを持っているわけではないから、今回は不幸な行き違いということでお互いに水に流そうと思う。……俺の一方的な意見だけどね。ま、恨みを持って再度襲い掛かるなら容赦しない。ツバキが。


 ただ亜人は戦って負けたなら恨みを持つことはあまりしないらしい。特に今回のように騙されたり誤解があった場合は問題ないそうだ。とはいえ、さっきの小人族の男のように犯罪者の中には例外はいるらしいけどね。でも落ちていない者なら素直に敗北を認め、非があるなら謝罪もするそうだ。クマトンみたいに。……クマトンは犯罪者のボスだし思いっきり襲ってきたけどね。


「それならハーティアの者だけ捕まえるよ。流石にこれだけの数を準備もなく全員捕らえることはできないからね。幸い、ハーティアの見分け方はベイクマトンや他の逮捕者から聞いているから問題ないよ」


 すでに兵士たちは広場に広がって倒れている人達を確認している。まぁ見逃しも出るだろうけど、少人数なら大事にはならないだろう。

 ……問題があるとすれば、スラムの住人の方か。アルクスさん達は手加減してないから一部は大怪我だ。ツバキが言うにはアルクスさんが攻撃していたのは悪意を持っている者が主だったらしくほとんどハーティアの構成員だったみたいだ。

 それでも住人の中には多少なり巻き込まれて怪我をした者もいる。ツバキやシオンさんが吹き飛ばした人達もいるし。

 メルビンさんもわざわざ治療まではしていないし、するつもりもないみたいだ。見逃すことが恩赦だからそれ以上は望めないだろうな。

 ……今の状況では全員を助けることはできないし、するわけにもいかないか。――でも、何もせずに放置するのも問題か。ただでさえスラムの住人は仕事もなく、困窮しているんだろうからね。


「――メルビンお兄様、わたくしは先に屋敷に戻ってもよろしいでしょうか。いつまでもこの格好でヤマト様の前にいるわけには参りません」


 メルビンさんとの会話がひと段落ついてスラムについて考えているとヒロネ嬢が会話に入って来た。

 怪我が治ったとはいえ服の汚れと破れはそのままだからね。流石に兵士が増えた今の状況でこのまま残っているのは外聞的にも良くないだろう。


「そうだね。騎士を二名残してヒロネは戻っていいよ。ザリック兄さんに報告を頼む」

「分かりました。ではヤマト様、しばしお暇を頂戴いたします。諸々の対処を終えてから伺います」

 領主が街を出ているならしばらくは猶予があるか。領主との会談については段取りができたら連絡が来ることになっている。それまでに色々と準備が必要だな。あとスンスン達に説明しないと。特にミーシアにね。

 ……嫌がられたら屋敷の立ち入りは禁止にして、庭で草むしりだけさせておこう。庭師も立派な使用人だからね。


「分かりました。メルビンさん、僕達ももう行ってもいいですか? まだ行く所があるので」


 もう五の鐘がなったので16時ぐらいだ。革職人のところは諦めるとしても、せめてポーションの道具を用意したいところだ。

 夕方にはリク達が屋敷に来るからそれまでには戻らないといけないし、あまり時間がない。……予定が無茶苦茶になってしまったな。全部セルガのせいだ。……一発ぐらい自分で殴っておけばよかったか。でも白目向いていたり泡吹いて倒れていたりしているヤツを攻撃するのもね……。その上、生き埋めにされていたし。さらに今回の件でギルドも追放だよね。まだ貴族の子弟としての立場が残っているけど、領主の後ろ盾がある俺に敵対したし、犯罪組織とも繋がりがあったみたいだし、まったくのお咎め無しとはいかないだろう。因果応報だな。……セルガの場合は悪因悪果かな。


「申し訳ないけど今日は屋敷に戻って貰えないかな。これだけの事態になった以上、安全の確保と事情聴取をする必要があるんだ。安全に関しては問題ないと思うけど、一応ね。ここの収拾がついたら私も屋敷に行くから待っていて欲しい」

「……。ま、仕方ないですよね。ただ、ポーションの道具だけは欲しいので帰りに寄り道してもいいですか?」

「道具か。うーん、そう、だね……」


 メルビンさんが難しい顔で悩んでいる。俺の安全を疑ってはいないと思うけど、これ以上騒ぎを起こされては対処できないと思っていそうだ。

 ……俺が騒ぎを起こしたわけじゃないからね? 道具を買いに行くだけで騒ぎを起こしに行くわけじゃないからね?


「それでしたら私が代わりにご用意します!」


 俺とメルビンさんが話しているのを少し離れた所で見ていたミリスさんが笑顔で近づいてきた。

 手にはバインダーとペンを持って目を輝かせている。俺の無事を確認する為に来たもののやる事がなくヒマしていたようだ。ポーションに関することは商業ギルドの領分でもあるし、俺のポーションを探りたい狙いもあるんだろうね。

 ……とりあえず欲しいのは一般的な道具だからミリスさんに頼んでも問題はないか。料理用の鍋やザルじゃダメってフィーネに言われたからね。理科の実験機材は職人に直接依頼しないと作れないだろうし。


「では、ポーション作成に必要な基本的な道具を一通りお願いします」

「え、……基本的、ですか? ――特殊な器具などは必要ないですか?」

「今日のところはいいです。――彼女の分ですので」

 フィーネに視線を向けるとミリスさんが納得したように頷いてくれた。この場で俺が道具を持っていないと思われるのは不都合があるから助かった。フィーネは俺の思惑を理解してミリスさんにアレコレと必要な物を説明してくれている。


「ヤマト君、問題がないみたいだから警備隊から五名を屋敷に派遣したいけど、いいかな? もちろん屋敷の敷地外で警備に当たらせるよ」

「そういうことでしたらどうぞ。ただ敷地内に侵入したら賊として対処されますよ?」

「あ、ああ。そこは間違えないように伝えておくよ」


 ……敷地に入れず、周囲を警備するだけって必要なのか? 俺が勝手に出て行かないように監視するのかな。まぁどうせ商業ギルドの警備員もいるんだろうし、今さら数人増えても一緒だろう。

 ――あ、そうだ。薬草と香油の材料もいるんだった。レベッカさんとの約束もあるし、ぽーしょんシャンプーも作らないとね。


「ミリスさん、あと薬草と香油の材料もお願いできますか?」

「薬草と香油。はい、もちろん大丈夫です」

「……私が話す。……向こうで」


 笑顔で俺に近づこうとしたミリスさんをフィーネが人のいないところに連れていき何やら説明しているみたいだ。

 フィーネなら必要な薬草も香油の材料も知っているだろうから大丈夫だろう。……というか俺はポーションに必要な薬草どころか、その名前も知らないからね。……流石にそれくらは覚えることにしよう。

 ――そう思っているとフィーネに必要な物を説明されたミリスさんが走り出し、フィーネはこちらに戻ってきた。ジト目で睨みながら。……何かやったっけ?

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