第88話 ご馳走さまでした
「ご馳走さまでした」
「「「ご馳走さまでした」」」
皆が食べ終わるのを待って一緒に合掌。子供の頃に戻ったようだ。……実際に子供になっているが。ちなみにこの街、この国に頂きます、ご馳走さまでした。は知られているが普及はしていないそうだ。どこかの国の風習かな、ぐらいの知識で知っている人はいるけど普段使いはしないみたいだ。俺が言ってるから合わせてくれているみたいだね。
「今日も俺達は商業ギルドとか街の方を周るけど、屋敷のことはスンスンに任せるね」
「はいですー。お任せくださいー」
「メイプルとミーシアはスンスンとヨウコを手伝ってね」
「はいにゃ~」
「シアもお兄ちゃんと一緒がいいの。……でも分かったの」
「……私はヤマヤマと一緒に行く」
「分かってるよ。ツバキとシオンも俺と一緒ね」
「もちろんですわ」
「はい。お傍に控えさせて頂きます」
まだ行くわけじゃないのにシオンが右腕に掴まってきた。ツバキは腕を組んで胸を抱えたままシオンの様子を見て笑みを浮かべている。そしてツバキの視線に気付きハッとしたシオンが顔を赤らめて離れていく。……うん、いい傾向だね。
「じゃスンスン、俺達は準備が終わったら出るから後はお願いね。お昼はどうなるか分からないから外で食べることにするよ。ヨウコ、皆の分はお願い」
「分かりました。ザルクさん達の分もお作りしますね。……コン」
「もちろん。俺達も夕方までには戻るからスンスンと協力してお米を炊いて欲しい。スンスン、念のために経費を渡しておくよ。屋敷や俺達に関わる事になら好きに使って良いから」
「はいー、お預かりしますねー」
「……流石はスンスン。……何事でもないように金貨を受け取った」
「お預かりしているだけですよー? 私的に使ったりはしませんからー」
うん、流石はスンスン。俺の信頼を良くわかってくれているね。ついでにメイプルにも渡すか。
「メイプルにも預けておくよ」
「私は銀貨でお願いにゃ」
「うん。シオン」
シオンが取り出した革袋から銀貨を五枚受け取りメイプルに手渡す。
「信頼の差を感じるにゃ」
「自分で銀貨って言ったんだろ。それに珍しい物を見つけた時用だから金貨は要らないでしょ。足りない時はヨウコかスンスンに出してもらって」
「了解にゃ。最高の魚を見つけて来るにゃ!」
そうなるから控え目にしたんだよ。こんな時にピッタリな魔法の言葉。
「ヨウコ、任せたよ」
「はい……。コン」
メイプルのことはヨウコに丸投げだ。うん、もう二人はペアでいいや。上司にスンスンもいるし大丈夫だろう。まぁ余程のことがない限り多めに見るからあまり肩を落とさないでね。
◇
スンスン達との打ち合わせは終わったので、一旦部屋に戻りFランクポーション32本とEランクポーション16本、Cランクポーション1本を生み出してシオンのバッグに入れる。
Cランクポーションはコニウムさんに渡す通常のCランクポーションと交換する為のものだ。
フィーネからはDランクポーションで十二分と言われたけどCランクポーションは貴重らしいからね。こちらも誠意をみせよう。――なーんてね。
今朝はまだ鐘の音が鳴っていないので時刻は八時前。コニウムさんとの待ち合わせは二の鐘なので二時間は余裕がある。
先に商業ギルドに行って買取りを済ませることにしよう。Cランクポーションの件もあるし、コニウムさんが来る前にある程度話をまとめておいた方がいいだろう。
ポーションの準備も終えて玄関に向かうとスンスンが待機していた。そして仰々しく一礼するスンスンに見送られる。別に見送りは要らないんだけどね。まぁ形式が必要な時もあるだろうし何も言わないけどさ。……それにしても本当にスンスンは立ち振る舞いが堂に入ってるよね。以前働いていた宿屋って高級宿屋だったのかな? ここでメイドやっているレベルじゃないと思うけど……。まぁ俺としては大助かりだけど。
ツバキとシオンの服装も昨夜の執事服と巫女服ではなく普段着だ。あの衣装、特に巫女服は公の場で大衆に見せびらかすのは問題があるとフィーネとスンスンに止められた。……確かに巫女服を来たシオンは神秘的な美しさが増し、ただでさえ可憐な姿がより一層際立っていたからね。シオンが女神だったなら迷わず使徒になるために奔走していたね。うん。
目ん玉腐っているこの街の人間になら見せても関係ないのかも知れないけど、街中歩いていると結構亜人も目にするからね。亜人の目に晒すのは刺激が強いだろう。――何より俺がシオンを愛でるために用意した衣装なのに、シオンの素晴らしさを理解できないその他大勢に見せる必要はないのだ。
「……ヤマヤマ? そろそろ戻って来て? ……シオンとスンスンを見つめたまま深く頷くのは止めて欲しい。……シオンも一々赤くならない」
「はうぅ」
「あははー。照れちゃいますねー」
「おっと、ごめん。ついね。じゃ、改めて行ってきます。スンスン、あとのことはお願いね」
「はいー。行ってらっしゃいませー」
再度スンスンに見送られながら歩き出す。ニ歩三歩進んだところでスッと俺の背後にツバキが移動し頭の上にズシッとした重みが加わる。そしてツバキの両腕が首に添うように伸びてきてキュッと抱きしめられた。左腕にはフィーネが掴まり、右腕には赤くなって俯いたシオンが掴まっている。完全防御態勢――極――ここに極まれり。なんてね。
お胸様の弾力が変わっていないかを確かめながら門に向かうと既にザルクさんとダリオさんが昨日と同じく仁王立ちして門番をしていた。
そういえば出勤時間とか言ってなかったな……。まぁスンスンが上手く調整してくれているだろう。
「「お館様、おはようございます!」」
「おはようございます。お二人とも早いですね。……朝食は食べました?」
「もちろんです! 昨日頂いた料理がありましたので普段の数倍はいいものを食べさせて頂きました! 昨夜は娘も大喜びでした。本当にありがとうございました!」
喜んでもらえたなら何よりだ。でも娘さんは一人で留守番しているのか? ……ザルクの見た目から言ってそんなに大きくないよね? 俺の疑問に察しがついたのか。ザルクさんが笑顔で教えてくれた。
ザルクさんの娘さんは今年で五歳になり、普段はママリエさんの孤児院や一人で留守番をしているそうだ。まさか今日は一人で留守番なのかと不安に思っていたら、今日からはメルメルの勧めで日中は孤児院で面倒を見て貰えることになったらしい。俺が孤児院に支援したお礼のようだ。……メルメルは抜け目ないな。娘さん――フアレのお世話をしてお礼と言いつつ間接的に俺に恩を売っているわけね。俺が使用人の家族を蔑ろにするわけがないと思っているな。……。食材が余る時は孤児院に分けるようにヨウコに伝えるか……。
「あと、つい先ほど孤児院の子供が来てこれをお館様にと預かりました」
ザルクさんに渡されたのは使い古されたようなボロい紙切れだった。この国は契約書や正式な文章を書く場合は羊皮紙が使われているそうだけど、普段使いには紙が使われているみたいだ。ただ紙の品質は現代と比べるとあまり良いものではない上に、庶民が使い捨てできるほど安価ではないそうだ。
渡された紙は使い古しを破って再利用したようなものだったが文字が読めれば問題はない。小さな紙切れなうえ文字が滲んで読みづらいけどなぜだかハッキリと読むことができる。書かれていることは「屋敷二十人囲む」「昨夜中央区事件」「他国貴族滞在」「竜人商人」そして最後に「警備隊の動きが活発。中央区、スラムは注意」と簡潔に書かれていた。
ふむ。昨日孤児院に依頼した情報に関するものだな。早速子供達から情報を集めてメルメルかママリエさんが書いたのかな。切れ端だから簡潔だけど、俺の屋敷の周りに監視が二十人いる。昨夜中央区で何か事件が発生。この街に他国の貴族が滞在している。竜人の商人がいる。ってことだろう。
屋敷の監視は昨日メルビンさんに聞いたから知ってる。竜人商人はたぶんコニウムさんとクロウさんだろうな。警備隊の動きが活発になっていることもメルビンさんに聞いているから理解できる。
気になるのは昨夜の中央区での事件と他国の貴族だな。事件は後からメルビンさんかレベッカさんに聞けば何かしら教えてくれると思うけど。――問題は他国の貴族か。下手に俺のポーションが伝わったら面倒だな。ポーションの使用を抑えないとダメか? ……もう今さらな気もするけど。
「……ヤマヤマ、何て書いてあるの?」
別に隠し読んでいるわけじゃないし俺が一番小さいから覗き込めると思うけど――ツバキやシオンも手紙を見ないようにしているね。
フィーネに手渡してツバキ達にも見て良いと伝えると三人で仲良く覗き込んでいる。気にはなってるのね。
「……ヤマヤマ、この昨夜の事件はたぶんここが舞台。……昨日侵入者が三人いた」
「そうなの? まぁツバキが撃退してくれたんだろ?」
本当に侵入できたのか? 敷地内に入っただけで終わりそうだけど。
「スンスンが捕縛して商業ギルドに引渡しましたわ」
「え? スンスン? ――は? なんで?」
ツバキが捕縛してスンスンが引き渡した? あれ? 今ツバキの名前出た?
「……ヤマヤマ、スンスンは実力者。たぶんシオンより強い」
「そうですわね。実戦経験がないシオンでは搦め手に対処できないかも知れませんわね」
「お姉さまを疑うわけではありませんが、そんなにお強いのですか? ザルクさん達より強いとは思っていましたけど」
え、みんなスンスンが強いって知ってたの? ……ザルクさん達は驚愕しているんだけど。それは侵入者がいたから? それともスンスンが自分達より強いって言われたから?
「怪我を覚悟するのであれば互角以上でしょうね。でも貴女は怪我をしないことを主様に約束しているのでしょう?」
「そういうことなら理解できます。なるほど、スンスンは強者なのですね」
「……あれ? シオンの方が強い?」
「当然ですわ。現在のシオンなら、と条件は付きますけどね。技能を覆すのが竜人族ですわよ?」
……うーん、スンスンとシオンが強い、ねぇ。全然ピンとこないな。まぁシオンはツバキの妹だし竜人族は強い、と種族的な意味でなら理解できる。でもスンスンが強者かー。うーん。……戦闘メイドかぁ。
「まぁスンスンが強いのかは置いておこう。それで侵入者がいて何か問題はあった?」
「いえ、屋敷の傍まで侵入を許しましたけど、誰も怪我することなく捕縛されましたわ。一点気になるのはどこぞの傭兵が二名、屋敷を伺っていたことですわね。問題があるほどの強者ではありませんから見逃しましたけど」
「……そんなのいた?」
「ええ。あちらの民家の屋根に」
「――え? あの家?」
……うーん、八軒ぐらい向こうだよ? 隣接しているわけじゃないから結構離れているよ? ツバキはこの距離を感知するのか?
「……ヤマヤマ、深く考えちゃダメ」
「そだね。流石はツバキだ」
「ふふふ、ありがとうございます」
この屋敷は人気者だねぇ。侵入者に、謎の傭兵まで監視しているのか。商業ギルドは警備員を置いているし、案外領主側の差し金かもね。少数精鋭で。
「……ヤマヤマ、他国の貴族が目撃されている件はどうするの?」
「とりあえず関わり合いたくはない。目立たないように行動しよう」
「ぶふ、……ヤマヤマから目立たないようにって言葉が出るなんて。……ヤマヤマ、先ずはツバキから離れるべき」
ツバキは手紙を読むために少し離れていたが、読み終わるとすぐさま俺の背後に移動して俺の頭に胸を置いて抱き直していた。うん。いつも通りの定位置だね。離れるなんて以ての外だ。
「ポーションが、目立たないように行動しよう。どうせ屋敷とか領主が訪問したとか噂が広がっているだろうし、目立つのは仕方がない」
「……ヤマヤマ、今から何をしに行くの?」
「商業ギルドにポーションを売って、Cランクポーションを都合してもらう」
「……ヤマヤマ、Cランクポーションが都合できるのは凄いこと」
「そこはレベッカさんの腕の見せ所だな」
俺の事を上手く隠してくれるって言ってたし期待しよう。
ただ、全部を隠すのは難しいよね。Cランクポーションを見せるんだし、いっそのこと週に一本ぐらいは作れるって事にして資金の足しにするか。そもそもセルガがDランクポーションを作れるんだから俺がCランクポーションを作れるのは至極当然だろう。
Bランクポーションまでは作れる人がいるんだし、Aランクポーションがバレなかったら大丈夫だろう。うん。
レベッカさんならきっと上手く隠してくれるはずだ!
「……ヤマヤマ、流石に「アレ」がバレたら穏やかには過ごせないからね? ……不用意な発言は避けて欲しい」
「わ、分かってるよ? 流石に「アレ」は公表したらマズイことになると分かってるよ」
フィーネが右手の親指と人差し指を開き「アレ」と言う。その開き具合が丁度Bランクポーション瓶ぐらいだったので昨日フィーネに見せたBランクポーションのことだろう。流石にBランクポーションの最高品質は色々とマズイであろうことは俺でも分かる。
……はぁ、品質指定ができたらもっと簡単なんだけどねぇ。
早く自分でポーションを作れるようになりたいものだ。
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