前条朱雀はあなたがスキ 2
「虎尾、大変だ、戸愚呂が現れた」
「ほう、それはまた、百パーセントですかな?」
「いや、百二十パーセントだ」
昼休み、僕はとある場所にいた。
そこは別棟三階に位置する理科準備室程度の大きさしかない教室、ここは虎尾が部長を務める『現代歴史文学研究会』の部室となっている。
どこかで聞いたことがある響きなのはご愛嬌頂こう、何せ略称にしたら明らかにその節のフレーズをパクっているとしか思えないのだから。
事実この教室一面は漫画、ラノベ、小説、同人誌がそこ狭しと並べられており、こんな部屋が学校にあってもいいのかと疑いそうになるオタ部屋仕様。
まあこの学校には成績や素行が良いと、こんな大学のサークル染みたことをしても黙認されるルールが存在しているからこそ出来る芸当なのだが。
故に前条瑞玄が茶髪で注意されないのも実はそういう理由があったりする。
そんな訳で、僕は今朝の件を彼女に報告していたのであった。
当の虎尾はパソコンで掲示板を荒らしながらスマホで有名人のツイッターを煽るというクソにカスを上塗りした行為の真最中。
何故こんなイカれた性格で僕への好感度が高いのか全く謎である。
「しかしそれはそれで良いではないか、ただでさえ他人から好感度を得ていないお主を好いてくれる子がいるのですぞ? 少なくともこれで生涯童貞という汚名は返上出来るではありませぬか」
「流れ作業で僕まで煽ってんじゃねえ、何処がいいもんか、突然現れた転校生の好感度指数が限界を振り切っているなんぞ異常を通り越して恐怖でしかないだろ、しかもそいつは僕の後ろの席に座っているんだぞ」
「後ろの席――はて、もしやその御方は前条朱雀ですかな?」
「それ以外誰がいると思ってたんだ」
「てっきり隣のクラスの入道山君かと」
「お前の欲望が駄々漏れなんですけど」
「因みに雅継殿はヘタレ攻め」
「僕はお前の脳内性欲処理係かよ」
「え? 違うのかい、普通に凹みますな」
「普通に凹むな、そしてマジで好感度指数を下げるな」
本当に三十パーセントまで下がってるじゃねえか、正気かこいつ。
「まあ、冗談はさておき」
「僕を前にしてそれを冗談では済ますとはな……」
「しかしあれですな、雅継殿も隅に置けませぬな」
「は? 何を言い出すかと思えば――」
「分かっていますぞ、あれでしょ? 実は幼馴染なんでしょ?」
「悪いが毎朝叩き起こしに来るようなヒロインがこの世に実在するなら今頃僕の人生はここまで落ちぶれてなどいない」
「うんうん、主人公って大体そういうこと言いたがりますものな、分かる分かる」
「僕をやれやれ系主人公みたいに言うのは止めなさい」
というかやれやれはしているかもしれないが決して主人公ではない。
「それにしても何と言いますか、その転校生殿が雅継殿に高い好感度指数を示しているのが事実だとして、それが問題とはどうにも私には思えませぬが」
「いや、話聞いてたのかよ、百二十パーセントだぞ? 初対面の人間が僕に大してそんな数値を叩き出すのはどう考えても異常だろ」
「だから生き別れた妹じゃないかと言ったではありませぬか」
「言ってねえし違えわ、大体あいつは前条瑞玄の親族だろ、山田、佐藤ならまだしも前条なんて名前が被るなんてまず有り得ない」
「そこは否定はしませぬが……ただ私授業中も休憩時間も殆ど寝ておりましたが故、詳しい話は聞いておらんのですよ」
「これで成績はいいんだから、教師にとってお前程憎たらしい奴はいないだろうな」
「いやはやお恥ずかしい、こう見えて教師の好感度だけはからっきしでして」
「さり気なく好感度だけで成績を保っている僕をディスるのはやめて?」
これでも世界史の成績だけは悪くないんだからな、え? 所詮暗記科目?
「ただ私が催眠オナニーを実施しようとしていた際に小耳の挟んだ話では――」
「何でこの人授業中に性欲を持て余してるの?」
「やはり双子の姉妹というのは間違いないみたいですぞ?」
「僕の疑問をスルー出来る理由が分からんが、やっぱりそうか」
実際よく見てみると顔は似ているしな、一方が明るいは明るい印象を与え、もう一方は暗い印象を与えるせいで似てないように見えてしまうが。
「しかしそうなりますと増々面白いことになってきましたな、同じクラスに在籍する双子が雅継殿に大して両極端な好意を示すなど、ネス湖にネッシーがいた以上の奇跡ではありませぬか」
「この状況をレスター優勝オッズ五千倍と一緒にするな」
まあそう言ってもこんな偶然そうそう無いのは事実なのだが。
「それにしても弱ったな……双子でないのならばまだ対処のしようがあったのだが、よりにもよって一番好感度の低い前条瑞玄と双子だと言われてしまってはこの先待ち受ける未来にリスクしか見えてこない」
「? 一体どこにリスクがあるというのですかな?」
「いいか、仮に前条朱雀が僕に何らかのアクションを起こすようなことがあってみろ、それをマイナス好感度の前条瑞玄が黙って見ていると思うか?」
「なるほど、朱雀殿だけでなく、瑞玄殿にも波及してしまいますのか」
「舌打ちや睨まれるぐらいであればまだ良い、寧ろご褒美でさえある」
「雅継殿も大概な性癖をお持ちなようで」
「だが一番厄介なのは他者を巻き込んでの嫌がらせだ……ただでさえ僕のような存在は一歩間違えるとターゲットにされ易いというのに、クラスの人気者が有罪判決を下せば即座に刑は執行される……そうなれば間違いなく地獄だ」
「いくら何でも考えすぎではありませぬか? 執行と言ってもせいぜい机が窓から捨てられるぐらいでございましょう」
「いやそれ刑としては十分重いから」
「後は弁当にチョークの消しカスをふりかけられるとか」
「それいじめの中でもかなりダーティな部類だからね?」
正直前条瑞玄よりこいつを敵に回すことの方が恐ろしくなってきたんですけど、煽るのが趣味といい闇が深いってレベルじゃねーぞ。
「ふーむ、なんにしても私にはどうにも出来ぬ問題ですなあ、こう見えてひ弱な乙女あります故、助けるなんて真似は到底無理なご相談ございまする」
「ひ弱にして陰湿だけどな――まあ別に助けてくれなんざ思っちゃいない、心構えの意味でも前条朱雀の情報を少しでも知れればと思っただけだ」
「そう言うと思いまして実は今少し調べていたのですが、何でもあの転校生、朱雀殿は超有名女子高から転校してきたみたいですぞ?」
「ふうん……? この学校もレベルが低くはないが、そこに比べれば大したものじゃないのに転校とは、彼女がノンケである以外にメリットが思い浮かばんな」
それに前条瑞玄が在籍している以上親の都合で、というのも考え難い。
「ですから雅継殿に会いたいが為以外に理由がありませぬよ、いい加減不良に絡まれている所を助けてみたいなエピソードを聞かせて下され」
「馬鹿言うな、不良が前を歩いていたら無理矢理にでも反対側の歩道に移るような男だぞ、そんな男気があれば今頃モッテモテじゃい」
「何で誇らしげなのか分かりませぬが……いずれにせよ家庭事情が複雑でもない限り、雅継殿が大いに関係しているとしか思えませぬなあ」
「んなこと言われてもな……」
「ま、そろそろ昼休憩も終わりですし、戻るとしますか、私はお尿を摘みに行って参りますから先に戻っておいて下され」
「それ全く隠語になってないからな、寧ろはみ出てるからな」
何よりお前はもう少し節操というものを持て。
そんな虎尾の放漫っぷりに呆れつつ、僕達はげんし――現代歴史文学研究会を後にすると、その場で二手に分かれ、教室へと足を踏み出す。
「はあ……全く、好感度が分かるってのは弊害しかないな……」
「あの、すいません」
そう溜息をついた途端。
後ろから掛けられたその澄んだ声に、僕の背筋は一瞬にして凍り付く。
何故か? 簡単な話だ、僕は後ろから女に声を掛けられるなど人生に置いて母親を除いて一度足りともないからだ。
それに虎尾であればこんな声の掛け方はしない、掛けるとしてももっと気の抜けた珍妙な言葉遣いが耳に流れ込んでくる筈。
ならば阿古か、いやそれもないだろう、彼女が次の授業が始まるギリギリの時間まで彷徨いていたらそれは夏に雪が降るレベルの珍事。
ましてやいくら真面目な委員長といえ、所詮僕との面識など微々たるもの。
そして残る前条瑞玄、その他有象無象は言うまでもない。
――ともすれば消去法で炙り出されるのは唯一人のみ。
「……前条…………朱雀……」
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