龍田ひかりはあなたがスキ? 09
「助けたいって……でもあいつは何か困っているかなんて――」
「じゃあ、どうしてまーくんはバイトなんかしているの?」
「そ、それは――」
ただ龍田が僕にバイトをしている姿を見られて、それが言いふらされる心配をされるぐらいならと、共犯者になった、それだけの話。
でも――彼女は本当にその心配をしていなかったのだ、それでもバイトをしようと思ったのは彼女が何か特別な理由があるのだと察してしまったから、だからその弊害にはなりたくないと思った。
しかし、その心配はもう何処にも――
「……前条、もう大丈夫なんだよ、龍田はたとえ問題を抱えていたとしても、僕よりもしっかりした人がちゃんと見てくれているんだから」
「――――本当に、そう思うの?」
「え?」
「神奈川先生が、お姉さんがちゃんと龍田さんのことを守ってくれている保証なんて一体何処にあるの?」
「何を言って――」
「そもそも、もし本当に龍田さんのことを守ってくれているのなら、まーくんと彼女がバイト先で出会ってしまった理由はどう説明するの?」
一体何処から、しかもそこまでの情報までどうやってあの蒼依ってメイドは調べ上げたんだという大いなる疑問は脇に置いておくとして。
前条の言っていることは分からないでもない――でもだからと言ってそれだけで彼女を助けてあげなきゃいけないというのは違うような気もする。
たまたま僕が彼女と知り合いだったから大丈夫だっただけで、もし僕が彼女と知り合いでなければきっと神奈川姉に封殺されていた筈なのだから。
だから、それにあやかって余計なことはするべきではない、そう伝えようとする前に前条がまた口を開いた。
「まーくん、人って困っていたら誰かに助けてと言える生き物だと思う?」
「は……? そりゃ……言えないことはないんじゃないのか」
単純に荷物が重いから助けて欲しいとか、勉強が大変だから助けて欲しいとか、僕が言えるかと言われれば難しいが、言える人は言えると思う。
それなのに前条は「そうね……」と呟くと、腕組みをして僕の目を見た。
「じゃあ逆に、助けてと言えない状況って何だと思う?」
「助けてと言えない…………? それは……言える相手がいない時――」
「――まーくんはそういう人、間近で見て来なかった?」
そんなものは――見てきたのかもしれない。
いや少なくとも指で数えられる人数は見てきた気がする。
その理由は様々で、その内容も様々だったけれど、一律して言えることは彼女達は誰一人として、その胸の内を明かしてはいなかった。
言いたくないのではない、出来ることなら言いたいけれど、それを口にすることに希望を見出だせなかった、だから苦しいのに胸の奥にしまい込んだ。
でも。
「……それが必ずしも正しいとは限らないだろ、それが要らぬ世話になってしまうことだって普通にあるんだ、だから――」
「でもまーくんは、一度だって間違ったことをしていないわ」
「いくら何でもそれは――」
「少なくとも、誰かの為にとしたことに関して、私は一度もまーくんが間違ったことをしたとは思っていない、だから私は――」
そう言いかけた所で前条は口を紡ぐ。
その続きは前条と僕を根底から繋ぐ言葉だったのかもしれないが、彼女はそれを口にはしない、だから僕もそれを訊こうとはしない。
そんなものが無くても好感度が120%というだけで十分なのだから。
「……勿論、このまま神奈川さん達に任せておけばいいと言うのなら私はこれ以上何も言わないわ、それも間違いではないと思うし、何よりまーくんに何かあるようなことがあれば、それは本意じゃないから――」
「…………」
「でも」
と、彼女は前置きをし、椅子から立ち上がり僕の方へと近づいたかと思うと、唐突にぐいっと顔を寄せてくる。
前の件もあるので今度はキスでもされるのかと思って身構えてしまったが――前条はそのままおでこを僕のおでこへとくっつけてくるのであった。
「は……? えっと……」
「まーくんは誰かが困っているのを見てしまったら、放っておけないと思うから」
「前条……」
「それに、年が上の人に見守って貰うより、同じ年齢の人が傍にいて上げる方がとても心強いと思わない? 気持ちがとても楽になると思うの」
「…………」
「だから、もしまーくんがやるというのであれば、私は全力で守る、それだけよ」
「……参ったな」
こんな至近距離でそんなことを言われてしまったら、もうやるしかないじゃないか……相変わらず前条の底知れぬ力というのは全く以て敵わない。
仕方がない、ならばやれる所まではやってみよう、目の前で困っている女の子がいるのに見ぬふりをするのは、やっぱり出来そうにないしな。
「分かったよ、でも具体的にどうするつもりなんだ? 悪いけど僕もまだ龍田のことに関しては断片的にしか分かっていないだが……」
「私も同じ失敗を何度も繰り返す程馬鹿じゃないのよ? 私が本気を出すということはどういうことなのか、見せつけてあげるわ」
「……はい?」
◯
「兄ちゃんグッドイーブニーング~」
「おかえりなさいませ、お兄様」
今日はバイトが休みなので(と言ってもまだ始めて一日目なのだが)そのまま家に帰ると逢花と緋浮美が笑顔で出迎えてくれた。
「ただいま、逢花、緋浮美」
相も変わらず可愛過ぎる妹達である、思春期真っ盛りの年齢だというのにいつも笑顔で迎えてくれて――何ならパンツを一緒に洗って、パンツを嗅いでも嫌悪感を示されないのは幸せでしかない。
いやパンツ嗅いだら嫌悪はされるか。
「お兄様、夕食準備が出来ていますので鞄を置いてお着替えをなさって下さい、何なら私がお兄様のお着替えをしても――ハァハァ……」
「嬉しいがそこまでされたら兄ちゃん赤ちゃん帰りする自信しかないから今日は止めておくことにするよ、すぐ終わるから待っててくれ」
そう言い残すと僕はリビングを出て自室へと戻る。
暗闇の中で鞄を机の横に置き、電気を付けた――
次の瞬間。
「いいっ――――――――――――――――む、むぐうっ……!?」
部屋の中央で鎮座していたメイドに、僕は反射的に悲鳴を上げそうになったのだが、その寸前で口を塞がれ、手を後ろに抑え込まれてしまう。
そして瞬時に扉を締められ、鍵まで掛ける手際のよさ、な、何だ何だ……!? 一体何がどうなっているんだ……!?
「雅継様落ち着いて下さい、蒼依です、朱雀様専属のメイドでございます」
「ふぁ……ふぁおい……?」
あ、あの時前条の家を案内してくれたメイドのことか……? い、いや、だとしてもそのメイドが僕の家にいるのはどう考えてもおかしいだろ……。
「騒がなければ危害を加えるつもりはありませんので、約束して下さるなら首を縦に二回振って下さいますか、そうすればこの手は放します」
悍ましいまでに納得のいかない要求ではあるが、拒否したら何をされるか分かったものではないので僕は恐る恐る首を縦に二回振る。
すると言う通り蒼依というメイドは口を塞いでいた手と、抑え込まれていた右手をゆっくりと放してくれた。
想定を遥かに超えた展開に全く整理がつかないが、僕は取り敢えず尋常ではなく早まっている鼓動を落ち着かせる為にゆっくりと深呼吸をする。
「荒々しい真似をしてしまい誠に申し訳ありません雅継様、ですがこうでもしないと騒ぎになってしまいますので……」
「逆にこの状況下で騒ぎにならずに済む方法があるなら是非教えて欲しいが」
「雅継様が部屋に入った瞬間鎮圧すればあるいは……」
「真剣な顔でなんてバイオレンスなこと言うの」
つうか、そもそもどうやって家の中まで入ってきたんだよ……しかもあの手際の良さといい……何なの、KGB出身とかなの。
蒼依の常軌を逸したパワータイプ具合に、脳内処理がパンクしてしまっていると、蒼依は正座になってかしこまった姿勢となり、口を開いた。
「ご存知かと思いますが、今回朱雀様の命を受けて馳せ参じました」
「全然ご存知でないけども……前条の命ってどういう理由で――」
と言いかけた所であの言葉を思い出す、まさか前条の本気って――
「雅継様が今回お抱えになっている問題、本来であれば朱雀様が常にお傍でご協力したいという強い想いがあったのですが、朱雀様は普段から夜の外出を許されておりません――ですから朱雀様の切なる願いを叶える為に、私の総力を結集して、雅継様のサポートをさせて頂こうと、そういう話なのです」
「…………マジで?」
「でジマです」
ということは……これから前条がいない時は、この蒼依ってメイドはずっと僕の近くにいるつもりなのか……?
いや……あの大豪邸と言える家で、前条に仕えるメイドと言うからには、本来そこまで危惧するようなことはないのかもしれないが――何だろう……このたった数分で起こった出来事のせいで心配しかない。
何もなければいいのだが……と不安の眼差しを彼女に向けていると、表情が一切変わっていない蒼依のお腹の虫が突然煩く騒ぎ立てた。
「………………」
「……そういえば、もうお夕飯時でしたね、そうですね……私もお呼ばれされて宜しいでしょうか?」
「ふざけんな」
前条よ……どうしてこうなった。
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