龍田ひかりはあなたがスキ? 10
さて……と、僕は久し振りに状況を整理することにする。
僕は今家にいる、そして今日は緋浮美が夕食の当番の日だ。
きっと今日も今日とてお兄様の為という大義名分のもと豪勢な食事が沢山作っていることだろう、とても嬉しそうな顔をしながらテーブルに料理を並べる緋浮美の姿が目に浮かぶようである。
だが、今僕の目の前には前条の専属メイドなどという蒼依がいる。
龍田の抱える問題を解決する為に前条の命を受けて馳せ参じたチート臭満載の女性、冷たい印象を与える三白眼が一層の強者感を僕に与えてくる。
好感度も高いし、確かに心強いことは心強いが……何故家にいるのか。
まさか四六時中行動を共にしろとでも言うのか……? いやそれよりも――
「ええと……なんて呼べばいいのかな……」
「本名は
「じゃあ、蒼依さん」
「駄目です、蒼依とお呼び下さい、もっと罵る感じで」
「は?」
「それか優しく撫で回すような感じで『本当にイケないメイドだ……蒼依、こっちに来なさい、お仕置きの時間だ』とかでも可です」
「急旋回してドM曝け出さないで貰えます?」
何というか……厳しい家庭環境というイメージしかなかったというのに、女性陣が総じて癖が強いのはどいうことなのだろうか、もしかして父親が一番まともな人なんじゃないかという錯覚に陥りそうになる。
「と、兎に角蒼依、今リビングにいる二人の妹とは絶対に顔を合わせないで下さいよ、特に緋浮美っていう髪の長い方は絶対に駄目です」
「修羅場になるからでしょうか?」
「妙な所で察しのいい奴だな……何にせよ夕食はどうにかして準備しますから、それまではバレないようにここにいて下さい、話はそれからです」
「承知致しました、朱雀様から雅継様の言うことは絶対と仰せつかっておりますので、指示に従わせて頂きます」
「助かります……じゃあ少し待っていて下さ――」
『兄ちゃーん、いつまで着替えてるのさ、早く食べようよー、お腹空いたよ』
『こら逢花、お兄様を急かしてはいけません、ですが大丈夫ですか? もしかしてお体が優れないので――え? 鍵が掛かって――』
まずい、普段扉に鍵を掛けることなんて滅多にないから完全に緋浮美が怪しんでしまっている……、早く出ていかないとまた面倒なことに――
『お兄様!? どうして扉の鍵を掛けていらっしゃるのですか!? こんなこと今まで一度も……何かあったのですか!? 早く開けて下さい!』
「秒の速度で手遅れだったか」
『もー、兄ちゃんってばー、如何わしい本を隠す時はもっと自然にやらないと』
『如何わしい!? 如何わしいとはどういうことですか逢花! 禁断の恋~生徒と新米巨乳女教師~、であれば燃えるゴミに出した筈ですよ!』
『あー兄ちゃんごめん』
最近お気に入りが見当たらないと思ったらまさか捨てられていたとはな……ちくしょう、今回の隠し場所は絶対バレないと思っていたのに……。
じゃなくて。
逢花のせいで緋浮美の勘違いが暴走してしまっているじゃねえか……このままだと蹴破られてもおかしくない……早く鍵を開けないと。
「ちょっと……蒼依、ボーっとしていないで早く隠れて――あれ?」
後ろを振り向くといつの間にか蒼依がいなくなっている……ど、どういうこと?
僕の部屋はそんなに広くないし、隠れられる所なんて何処にもないのに……。
本当に何者なんだという不気味さが先行をしてしまっているが、ドアノブを超高速でガチャガチャとさせ続ける音に一瞬にして意識を引き戻される。
そういえばちょっと前にもこんなことあったな……と思いながら慌てて鍵を開けると、勢い余った緋浮美が部屋に飛び込んで来てしまう。
「きゃっ!」
「おっと!」
緋浮美はそのまま倒れ込んでしまいそうになったので、僕は慌てて抱きかかえるようにして彼女を支える。
「どうしたんだ緋浮美、そんな怖い顔して……大丈夫か? 怪我してないか?」
「あ……お、お兄様、あ、ありがとうございます……あっ……」
抱きかかえられていた状態が恥ずかしくなったのか、緋浮美が少し顔を赤くしてパっと僕の傍から離れる。
「も、申し訳ありません……気が動転してしまって……」
「気にするなって、僕も勘違いさせるようなことをして悪かった――――!?」
何で手元に包丁が握られているんですかね……一歩間違ったら完全に刺さっている奴なんですけど。
扉に鍵を掛けただけで刺される寸前まで追い込まれるとか――ははは、お兄ちゃん想いの妹だなぁ、そういうことにしておこう。
「もー兄ちゃんは下手くそだなぁ、モタモタするからご飯が冷めちゃうじゃん」
「お前が変なこと言わなけりゃこんなことになってねえんだよ……まあいいや、早く食べようぜ、僕もお腹が空いたよ」
「今日は緋浮美特製のカレーだかんね、いやー楽しみ――――いっ!?」
「……逢花? どうしたのですか?」
「……い、いや何でもないよ、ほらほら! 早く食べよ食べよ!」
「ちょ、ちょっと、そんなに押さないで下さい……」
妙に焦った口調の逢花が緋浮美の背中をぐいぐいと押して部屋から出ようとするので、僕もその後に続こうとすると、逢花が苦い表情で僕の顔を見る。
そして緋浮美には聞こえない小さな声でこう言うのだった。
「……兄ちゃん」
「? 何だよ」
「恋愛は自由だからあんまり口出しはしたくないんだけど……天井に張り付くメイドはちょっとどうかと思うよ」
「へ?」
○
「ご馳走様でした、大変美味でございました」
逢花と緋浮美が寝静まった午後十一時。
蒼依は緋浮美の作ったカレーをペロリと平らげると、深々と頭を下げた。
「お礼なら緋浮美に――と言いたい所ですが、無理ですね」
「ですが本当に美味しかったです、コクだけでなく深みもあると言いますか――」
「緋浮美は結構拘りますからね、ルー以外にもウスターソース、ケチャップ、チャツネ、蜂蜜、牛乳……確か珈琲も入れていたような」
「成る程、市販のルーでも色々加えることで更に美味しくなるのですか」
「詳しいことは緋浮美に聞かないと分からないですが――それよりも」
緋浮美のカレーが褒められたのでつい雑談に興じてしまったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
僕はわざとらしく咳払いをすると蒼依の方へと向き直った。
「話を戻しましょう、蒼依は龍田が抱えているかもしれない問題を解決する為に来て下さった、それでいいんですね?」
「はい、朱雀様は雅継様のことを大変深く愛しておられますので、何があっても雅継様のお力になりたいと、強くそう望んでおられました、ですがご事情は先程申し上げた通りでありまして」
「まあ……夜中に外に繰り出すなんて言語道断でしょうからね」
「それでも朱雀様なら家から飛び出してでも雅継様の元に駆けつけたことでしょう、ですがそれがまた雅継様のご迷惑になってしまうことも分かっているのです」
「それは理解していますよ、ただ僕が疑問に思っているのはそこじゃなくて蒼依のことです」
「私……ですか?」
何故そこでキョトンとした顔が出来るのか、疑問符なのはこっちだと言いたくなるがそこは我慢する。
「いや何と言いますか……助けて下さるのは非常に有り難いのですけど、別に四六時中一緒にいる必要はないかと思いましてですね、例えばバイトの時間だけとか、必要な時におち合ってとかでも十分なのではないかと……」
「……言われてみれば……その通りですね」
……え? もしかして何の脈絡も無く取り敢えず前条に言われたから他人の家まで特攻してきたっていうのこの人……。
このパワータイプやっぱり駄目なんじゃないか……と、恐怖すら感じ始めてしまっていると、蒼依は空になったお皿をじっと見つめながらこう言った。
「……ですが、雅継様のお言葉をお借りするのでしたらこの場合は後者の理由で来たということになりますね」
「……? 後者っていうのはどっちの――」
「龍田ひかりさんが抱えている問題はある程度判明しております、今回はそれをお伝えする為に来たのです」
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