龍田ひかりはあなたがスキ? 11
「雅継くん! おはアフタヌーンティー!」
火曜日。
僕は一度家に帰り制服からパーカー、ジーンズ姿に着替え、ジャケットを羽織ると、中学の頃から乗り続けている赤の愛車(自転車)、通称『レッドデビル』に跨がり『紺碧の歌家』へと向かった。
所要時間は十分もかからない程度、国道沿いをひたすら漕ぎ続けて到着すると、レッドデビルを施錠した所で背後から声を掛けられた。
「おは……何だそれ」
「え、今思いついたんだけど、変だった?」
「変というか……少なくともおはではないと思うけど」
「あー……じゃあこんアフタヌーンティーで!」
「アフタヌーンティーはどうしてもいるのか」
屈託のない笑顔を相変わらず振りまく龍田、茶色のショートカットは少し濡れており、頬から流れる汗からも急いで来たことが分かる。
「部活が終わってそのまま来たのか? 服装は一応……ジャージみたいだけど」
「そうだよ? ちょっと今日は練習が長引いちゃったから、本当は遅れるかもって連絡を入れようと思ったんだけど、間に合って良かったよ~」
ジャージと言ってももちろん学校指定のものではなく、恐らく最低限怪しまれないようにと自分で準備をしたものだろう。
それにしても学校からここまで走ってきて息を切らしてないのは凄い、流石はバレー部、というだけのことはあると言うべきか。
「何より私は雅継くんの教育係だからね! ここで遅刻なんてしたら先輩として立つ瀬が無いって奴だよ!」
「はは、そりゃ先輩の顔に泥を塗らないように頑張らないとな」
「夜は忙しいことが多いんだけど、平日の火曜日だと多分客足も少ないと思うから――今日はみっちりと教えるね! 雅継後輩! 覚悟しておくように!」
そう言って龍田は敬礼のポーズをしてニッコリと笑ってみせる。
……好感度が分かるから、とかではない、そんなものが見えていなかったとしてもこの笑顔が見れば彼女の中に悪意がないことなど馬鹿でも分かる。
だからこそ、こんな純粋さの塊でしかない彼女を守らなきゃいけない、それ程までに彼女の笑顔は僕の決意を固めさせた気がした。
「こちらこそ、今日も宜しくお願いします、龍田先輩」
○
「龍田ひかりさんは現在二つの問題を抱えています」
蒼依は正座の姿勢を崩さないまま僕にそう言った。
「二つ……? それはバイトだけじゃないってことですか?」
「寧ろバイトそのものは大きな問題だと言うべきではないかもしれません、極端な話、そこに関しては神奈川姉妹……でしたか、あのお二方にお任せしていれば特に問題はないとさえ言えます」
「……?」
言っている意味が分からず、イマイチ思考が纏まらない。
問題ないって……それだったら尚更僕がいる必要なんてないじゃないか。
彼女が藤ヶ丘高校の規則を破って、しかも異様な数のバイトを入れていることが最大の問題であって、それを解決しないといけないんじゃないのか?
そんな困惑を隠せずにいる僕の姿を見て蒼依は表情を崩さないままふぅ、と息を漏らすと、僕に座るように促した。
「龍田ひかりさんのバイトに関しては、はっきり申し上げますと私達でどうにかなるような問題ではありません」
「そこまで深刻な状態……なんですか?」
蒼依は小さく頷く。
「私の調査の限りですと、彼女は決して裕福な家庭ではありません、その一家の主が職を失った時――どうなるか想像はつきますよね」
「……つまり、彼女は家庭を支える為にバイトをしている……と?」
「とはいえ家庭が崩壊しているといった状況ではないのでご心配なく、寧ろ非常に円満と言ってもいいでしょう、だからこそということです」
それは……何とも言えないものがある、要するに家族を想うが故の行動、というのであれば僕が口を出せるような話じゃない、それこそ神奈川姉妹に任せておいた方が懸命でしかない。
「でも、龍田のキャパシティーを超えているんじゃないのか、学校側の実質的な公認得ているのだとしても、せめて部活を少し休むぐらい――」
「それも親心、という奴です。そもそも彼女のご両親は家計が厳しいから働いてくれと申し出た訳ではありません、それは逆で、彼女には普通の学生が出来るように配慮したそうです、ただ彼女の心がそれを許さなかった」
「つまり……今の龍田の状態というのは――」
「家族を想うあまり全てを背負い登山をしている、と言わざるを得ないでしょう」
「…………」
誰かを想うがあまりに背負ってしまった――とても感動的な話だと思える反面、決して美しい話とも思えないことが胸を締め付ける。
「――そうなると、やっぱり立ち入る隙なんて何処にもねえよ、それどころかそんな所に口出しをするなんて傲慢でしかない、僕は――」
「雅継様、言った筈です、龍田ひかりさんが抱えている二つあると」
「それは――」
「確かにこの事に関しては雅継様どころか、誰であっても無闇に干渉するべき話ではありません、ただそんな彼女を守ることなら出来ます」
その言葉は――店長も似たようなことを言っていた。
でも、その真意は分かりかねていた、だから。
自分を奮い立たせる意味でも、僕は蒼依に問いかけた。
「彼女は――いや、僕はどうしたら、龍田の想いを守ることが出来る」
すると蒼依は軽く咳払いすると、僕の目をじっと見てこう言った。
「彼女は孤立しています、なので、一人にしないであげて下さい」
○
「そうだ! ねえねえ雅継くん聞いて! 今日凄いことがあったの!」
制服に着替え、龍田と一緒にタイムカードを切り、店長からレジ打ちの練習でもしておけと言われた僕達はフロントに立っていた。
そして適当にタッチパネルを操作しながら配列を覚えていると、龍田が突如何かを思い出したかのように興奮気味に僕の肩を揺すってきた。
「す、すす凄いこと?」
「そうなの! え、えっとね、今日のお昼休みの時間なんだけどね、お弁当を食べていたら前条さんに話しかけられたの!」
「へえー」
「へえー、じゃないよ! あの前条朱雀さんだよ!? 超有名人さんだよ! ミス・藤ヶ丘グランプリ候補筆頭の人にだよ!? 雅継くんちゃんと分かってる!?」
「わ、わわわわ分かってるけど……」
龍田が小刻みに僕の肩を揺すってくるせいで声が震える、つうかミス・藤ヶ丘なんてあったのかよ、確かに妙に美人が多い高校ではあるけども。
「前条さんがね、私なんかのことを知ってくれていてね、『前から一度お話がしたかった』って、ホントもうビックリしちゃったよ……」
「ほーそりゃあ嬉しい話だな」
「凄く良い人でね、一杯お話しちゃった、『今度は一緒に遊びに行きましょう』まで言われて……嬉しかったなあ……」
「龍田が優しい人柄だから、そういうのが見られていたんじゃないか?」
「えっ、そ、そうかな……別に私そんなこと無いと思うけど……」
「たかだかバレーボールがぶつかったぐらいであんなに申し訳なさそうにする奴が優しくなかったらこの世は悪人しかいねえよ」
「そ、それは……あ、ありがとう……」
妙に顔を赤くして下を向いてしまう龍田。
まあ、素知らぬフリをしてしまっているのが少し心苦しいが、勿論これは龍田を守る為に前条が自分に出来ることをと買って出たことである。
ある意味、纐纈の、藤ヶ丘厄神を経て学んだこととも言える、世界平和だの、ラブアンドピースなどそんな無理難題に挑戦するのではない。
ただ、手の届く所に苦しんでいる人間がいるのなら一人にさせてはいけない、そう思っただけだ。それが例え出会って間もない人だったのだとしても。
誰もが降りかかる火の粉を振り払えなければ、鎮火出来る訳でもないのだから。
「……ん?」
「雅継くん? どうかしたの?」
「――ああいや、何でもないよ、ちょっとトイレ行ってもいいか?」
「うん、全然人いないし、今なら大丈夫だよ」
「悪いな、すぐに戻るから」
そう告げると僕はフロントを離れトイレに行くと、スマホの画面を付ける。
すると、そこには蒼依からの通知が入っていた。
『藤高生を四名確認、対象です』
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