龍田ひかりはあなたがスキ? 12
「思ったより早いな……」
龍田の現状を考えるとそんな簡単に藤高生は来店しないものだと思っていたが、どうやら全く来ないということでもないらしい。
恐らく今まではその辺店長が上手くカバーしてくれていたのだろう――ただ今の彼女は僕の教育係としての自負がある、このままだと彼女が顔を合わせてしまうのはほぼ間違いない。
それに、対象者がいるというのが全く以て面倒だ、恐らく全員がという訳ではないのだろうけど、数の暴力ほど危険なものはないし……。
『了解』
僕は蒼依に返事を送ると、男子トイレを飛び出しすぐにフロントへと戻った。
「悪い悪い、お客さん、来ていなかったか?」
「おかえりー、うん、いつもより全然だからかなり暇になると思うよ、へへ……今日は雅継くん一杯仕事覚えられそうだね~」
龍田がそう言ってイタズラっぽく笑う。
「はは、そうだな――あ、そうだ、そういえば店長が龍田のこと探してたぞ」
「え? 店長が? あれ、でも今日はお休みじゃなかったっけ」
「そうなんだけど、何か用があって寄ってるみたいで、さっきそこで」
「そうなんだ、今何処にいるか分かる?」
「多分バックヤードだと思うぞ――今日、暇そうなんだろ? そんなに長く話し込むこともないだろうし、行ってきても大丈夫だぞ」
「うーん、でも雅継くんを一人にする訳には……」
「分かんなかったら副店長に聞くから心配すんなって、ま、一組ぐらいなら来ても対応出来ると思うしな」
「……分かった、すぐに話終わらせるから、ごめんね行ってくる」
龍田は両手を合わせてごめんなさいのポーズを取ると、「何の話だろ……」と呟きながらバックヤードのある一階へと降りていった。
「…………さて」
大体持って三分といった所か、四人の受付を済ませるだけなら何とか龍田が戻ってくるまでには終わらせられるだろう。
……この何ヶ月もの間、僕は数えきれない失敗を繰り返してきた。
その度に思った、もう二度とこんな思いはしたくないと。
でも、それでも、だからといって目の前で頭を抱えて悩む人を助けないのは違う、こんな僕でも出来ることをしないで終わらすのは絶対に違う。
だから、失敗から学べばいい、さすればそこに必ず光明が見えてくる。
○
「まあ、実に下らない、妬み、嫉みという奴ですね」
結局その日は僕の家に本当に泊まった蒼依(しかも押し入れで眠るという)はちゃっかり朝食も食べ、逢花と緋浮美に気づかれないよう一緒に家を出ると、家の角を曲がった所で口を開いた。
「? 何の話です?」
「ああ申し訳ございません、昨日のお話の続きです、龍田ひかりさんが抱えている問題は二つあるという」
「ああ……一人にさせてはいけないって奴の理由ですか」
「大凡察しはついていると思いますが、一応お話はしておきましょう、まず前提として、彼女は元よりそのようなターゲットになる人間ではありません」
「……それは、間違いないでしょうね」
あそこまで純粋な奴が性格が要因で周囲からどうこうされるというのはまず考え難い、そんな小悪魔でないことぐらい、付き合いの浅い僕でも分かる。
「それどころか愛される人間だったというべきでしょう、とても可愛らしく、明るく陽気で、他人を思いやることができ、頑張り屋、頭は少し――いや大分悪いですが、それも冗談に変えられる、他人の悪口は一度も言ったことのない方です」
あれ程裏表のない人間を私は知りませんと蒼依は付け加えた。
「しかし、少しずつ歯車は狂い始めていたのです、純粋であるが故によく回る歯車は、軋む歯車とは噛み合わなくなっていきます」
「それは……バレーのことですか」
「最初の要因はそれです、彼女は二年生にしてキャプテンを務めていますが、それは単純に才能があるだけではなく、彼女が輪の中心にいたからです」
「……でも、それなら噛み合わなくなることはない」
「そう、ですが不思議なことにまずこの点でズレが生じます、それは何故か」
「龍田の意図と部員達の意図は違ったから……ですね」
蒼依は正解ですと言う。
「龍田さんはキャプテンに任命された時、『頑張ってこの部を強くしよう』と思いました、それは彼女の所属するバレー部はお世辞にも強くないから市大会で全敗を経験することもザラにある弱小校です」
「でも――藤ヶ丘高校バレー部は『強くなりたい弱小校』ではなく『強くなる気がない弱小校』だった……と」
「色々と調べさせて貰いましたが、ただ日課のメニューをこなしているだけで強くなりたいという意思など微塵に感じない部活でしたね、面倒臭いから今日は帰ろうという部員さえ普通にいました」
「そりゃ……どれだけ龍田がキャプテンとして頑張ってもそう簡単に改善されるような環境ではないわな」
「顧問もとんだ見掛け倒しでした」
しかも、『彼女であれば大丈夫だろう』その程度で龍田をキャプテンに任命した奴らからすればとんだ迷惑でしかなかっただろう。
でも、龍田は真面目だから、部員達に練習を促そうとする、バッドになることが確定しているコミュニケーションをひたすらに繰り返す。
いつしか『龍田は真面目だね』から『あいつ何真面目ぶってんの』という言葉に変わる様子が目に浮かぶようである。
ああ……僕なんかより彼女に好感度が見える力があれば良かったのに。
「それでもまだ、かろうじて歯車は回っていました、ですが決定的にそれが崩れる瞬間が訪れます」
「大方……色恋沙汰って所ですか」
「……悪い流れというのはどうしてこう続くのでしょうね、まあ元より龍田ひかりさんは非常にモテる方ではあるのですが、意外に白馬の王子様を待っているようなメルヘンチックな所もありまして、バレー部の中で一番権力を持っている三年生の女子部員、この人の想い人に告白をされます、そして振ってしまいます」
「……『あいつ何真面目ぶってんの』から『調子のんな生意気』に変わる瞬間……」
あまりに馬鹿げた話だ、つくづく藤ヶ丘厄神が無くなっていて良かった。
「後は言うまでもないでしょう、権力のある人間が腕を振りかざせば彼女は意図も簡単に孤立してしまいます――ですが、幸いなことにまだ彼女の家庭環境、そしてその為にアルバイトをしていることまでは周知となっていません、ですが――」
「それが明るみとなった時……彼女は壊れてしまう」
それだけは絶対にあってはならない、そんなことが許されることがあってはいけない。
何としてもそうなる前に解決しないといけない――
「ひとまず、現状を改善する意味でも朱雀様は龍田さんと接点を持たれるつもりだと仰っていました、ただ見せびらかすようにするとそれを理由に悪化する可能性があるので、あくまで密に、ということでした」
「問題が解決するまではそれがベストだろうな……」
「――雅継様は、どうなさいますか」
蒼依が少し心配そうな表情をして僕の顔を覗いてくる。
当然ながら前条から色々聞いているのだろう――また同じことがあってはいけない、だから私が全面的にサポートをするとでも言いたげな表情だ。
勿論、それは有り難く受け取らせて頂くだろう。
でもそれ以上は心配ない、何故ならやるべきことはたった一つだけなのだから。
「僕は――――」
○
「雅継くん遅くなってごめん! 一人で大丈夫だった?」
少し息を切らした龍田が戻ってくると、僕にそう言ってくる、
「ああ一組だけ来たんだけど、バッチリこなしてやったよ」
「おおー! 雅継くんやるねー!」
「それより話は終わったのか?」
「あ、ううん……それがバックヤード探したんだけどいなくて……店長こっちに来てたりしなかった?」
「いや……来てなかったけどな、もしかして帰ったのかな、そんなに急ぎじゃない話とは言ってたような気がするし」
「ええー……もう全く店長は……」
「まあ、まだいるならフロントに顔を出すだろうし、帰ってるならまた後日聞いてみればいいんじゃないか」
「んー……それもそうだね、あ! そうだ雅継くん! 実はね――」
そう。
もう何もしなくていいのだ、彼女が傷つく意味など何処にもないのだから。
そして何も知らなくていい、龍田はただ普通に今まで通り学生としての本分を全うし、家族の為にアルバイトを頑張る、それで十分なのだから。
そうしているだけで、お前の問題は解決しているから。
まるでいつか時間が解決するかのように、問題を解決してやるから。
そして龍田だけじゃない、前条も、そして僕すらも。
誰にも何も起こらず、この不快な物語を完結させてやる。
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