龍田ひかりはあなたがスキ? 13
「龍田さんの件うまく行っているかしら」
あくる日。
今日も今日とて現代歴史文学研究会にいると、前条が入ってくるなり開口一番にそう言った。
「蒼依さんのお陰で思いの外うまくやれているよ、周囲を完璧に警戒してくれているから藤高の生徒と鉢合う前に全て未然に防げているし」
隣の席に座った前条に対し、僕はそう答える。
……まあ、その分毎回龍田に適当な理由を付けてうまく会わないようにさせているから徐々に言い訳は苦しくなってきているのだが……、龍田が純粋に動いてくれるお陰で滞りはないが少し心苦しくはある。
「蒼依は本当に優秀なメイドだから、その点に関して失敗することはないと思うわ、まーくんもそれを直に感じているから今更だとは思うけれど」
「メイドよりスパイか探偵の方が向いている気がするけどな」
もしくはくノ一。
流石は前条の為なら何でもしてしまうメイドではあるが、不法侵入からの忍殺まがいの行動だけは勘弁して欲しい。
「そっちの方はどうなんだ? 校内でのことに関しては前条に殆ど任せてしまっているから、僕は殆ど把握していなくて申し訳ないんだが」
「そんなの気にしなくていいのよ、まあ――本音としては大っぴらに龍田さんとの交流を見せつけて、何なら事態収束の為に私が前に出ていきたいくらいの気持ちはあるのだけれど――」
「それが一番手っ取り早いし、彼女を救うという意味だけで言えば間違ったことではないんだけどな……」
「でも、それだと傷ついてしまうかもしれない――よね」
そう、今回において僕達が成さねばならないことはそこにある。
実を言えば、前条瑞玄の件、虎尾の件、纐纈の件と比べればそっち方がずっとややこしく面倒だったのだ。
だが今回に関して言えば本来然程難しいことではない、前条朱雀というネームバリューを駆使すれば家庭の問題こそ解決は出来なくとも、学校で起こっている問題に関しては案外容易に解決できる。
でも――それだと虎尾の時に起こったことが再び起こる可能性があるのだ。
「余計なお世話――なんてことはないだろうけど、もし龍田がバレー部やクラスの連中ともう一度仲良くしたいと思っていたとしたら、前条が全面に出ていくことで二度と修復出来ない関係性を生んでしまうかもしれない」
「そうなったら問題は解決したとしても、彼女は傷を癒せないままでいることになる、それに、龍田さんへの被害は無くなっても今度は別の人に危害が――」
「間違いなく根本の根絶には至らないだろうな……」
本当にそんなことまでする必要があるのか? と思わなくもないが、しかしそうしないといけないのは龍田があまりに純粋で優しいという性格にある。
きっとターゲットが自分から別の人に変わったら、龍田はそれを見過ごせない、ましてや自分の代わりに別の生徒がとなれば彼女は更に傷つく筈。
つまり、根底にある不満、そして集団心理を無くすことが最重要課題となる、しかもそれを無理矢理ではなく、自然消滅させるのが必須。
これは非常に厄介でしかない――でも僕達はそれをやるしかないのだ。
「今は蒼依に龍田さんの動向を逐一見て貰って、彼女に危害を加える対象と、対象と繋がりのある生徒がいない時だけ会うようにしているわ」
「助かるよ、龍田は元気そうか?」
「初めて顔を見た時は辛そうな顔をしていたけれど、今は少しずつ笑顔で話してくれようになったわ、とても優しくて明るくて、話をしている内に私も彼女のことを好きになってきているわ」
あ、勿論ライクって意味ね、ラブはまーくんだけだからと付け加える前条。
「そりゃどうも……とはいえ、龍田がバイトをしているのを徹底的に隠し、そして校内で彼女の心の隙間を埋めているだけじゃ限界があるのも事実だ」
「こうしている間も根本の問題は進んでいるかもしれないものね……」
「やっぱり龍田に危害を加えようとする連中を掘り下げていくしかないだろうな……何とか蒼依さんにお願い出来ないかな――」
「そうね……」
前条は少し考える素振りを見せたが、ややあって小さく首を横に振った。
「申し訳ないのだけれど、これ以上は難しいわね、メイドとしての業務をきっちりこなしつつ、その合間を縫ってようやく龍田さんの動向を注意深く観察出来ているような状態だから」
「対象を増やすと龍田を見守ることに支障が出る……か」
「そういう話になるわね……ごめんなさい」
「いやいいんだ、蒼依さんには今でも十分助けて貰ってるんだから」
そうは言ってもこれ以上龍田の状況を悪化させる訳にもいかない、僕達が影で堰き止めていたとしても、対象はその気になればいつでも決壊出来るのだ。
焦りは禁物、だが早急に解決の糸口を見つけないといけない、どうすれば――
◯
「あ、雅継くん! やっほー!」
その日の夕方。
今日はバイトが休みなので(龍田はバイトなので蒼依には引き続き監視はしてもらっているが)帰り道を歩いていると、後ろから声を掛けられる。
何処かで聞いたことのある声だったので振り向くと、そこには銀色のヘルシーショートを靡かせた少女が小走りで僕の傍まで駆け寄っていたのだった。
「あ、明音……?」
「久しぶりー、どう? 元気にしてた?」
「元気……ではあるけども」
最後に現代歴史文学研究会で話をしてから風の噂でしか近況を知らなかったが、どうやらとてつもなく元気だというのは本当らしい。
しかもあの時はまだ雪音の明音という感じが強く、身体もやせ細っていたが、何だか少しふっくらしたようにも見える、太ったではなく健康的になったというか。
加えて長袖の制服の上カーディガンを羽織り、それがまた少しリア充っぽくも見え、こんな言い方はアレだが、目の前にいるのは紛れもない明音のように思えた。
「本当に久しぶりだな、お前も健康というか……元気そうで良かったよ」
「いやーやっぱり分かる? 実は料理部に入ったんだけどさ、皆美味しいお菓子ばっかり作るもんだからどんどん太っちゃって……、お陰で五キロ増! ちょっと運動しないとヤバいって感じ?」
「いや、それぐらいが丁度いいと思うぞ――前は痩せ過ぎていたと思うし」
「雪音が少食だったからね――やっぱり毎日一食だけしか食べないのは良くないって改めて思ったよ」
「…………」
誘発するような言い方をしてしまったのは明らかな反省点ではあったが――しあし好感度は下がっておらず、表情を見ても彼女としては思いの外気にしているようには見受けられなかったので、僕は少しだけ踏み込むことにした。
「雪音とは――まだ相変わらずな感じなのか?」
「そうだねえ、私の学生生活を見せてあげたり、毎日必ず話しかけてはいるんだけど、思いっきりシカトされちゃってる」
明音はへへっと笑ってそう答えた。
「そっか……」
「ああ! 雅継くんは全然気にしなくてもいいんだよ! 別に私は落ち込んでなんていないし、どっちかというと負けるもんか! って気分だから!」
「……負けるもんか?」
「うん、絶対に雪音に今私が感じている世界を味わって貰うつもりなの、こんな私を受け入れてくれる友達も出来たし、部活にだって誘ってくれた、休日は友達と遊びに行ったし――こんなに楽しんだよってことを、絶対雪音に」
「……雪音が余計なお世話だって怒ってもか?」
「いや! 寧ろそれは私の勝ちと言うべきだね! だってだんまりを決め込んで潜っていた雪音が顔だけでも見せたってことだから!」
「――――! それは……その通りだな」
明音の前向き過ぎる姿勢に感服してしまう。
凄いな……人ってこんなに早く成長出来るのか。
いつも立ち止まっては考え込んでしまう僕とは大違いだ――そう思っていると、突然明音がぐぐっと僕に顔を寄せてくる。
「えっ? ど、どうした……?」
「うーん……いやね、雅継くん元気そうではあるんだけど、何か悩んでない? ほら、さっきからずっと眉間に皺が寄ってるよ?」
「そ、そうか……? 別になにもないんだけどな」
「もしかして――――龍田さんのこととか?」
「! ど、どうしてそれを……」
「あれ、もしかして正解だった? いや試したつもりじゃないんだけど、今ちょっと話題にはなってることだったからさ、もしかしたら雅継くん一枚噛んでるんじゃないかなーと思って」
「お前……」
やられた……まさかこんな常套手段で看破されてしまうとは。
僕と前条、そして蒼依以外の誰もこの事実を知ることはなく終えようとしていただけに、墓穴を掘ってしまったと頭を抱えていると、明音は今度は腕組みをして悩んだ顔をし始める。
「…………明音?」
「うーーーーーーーーーーーーーーーーん……、そっかぁ、やっぱりそうなっちゃうかぁ…………よし! 決めた!」
「き、決めたって……?」
矢継ぎ早に一人で話を進めていく明音に追いつけなくなってしまっていると――彼女は何を思ったのか、こんなことを言い出すのであった。
「その龍田さんの件、私も協力させて!」
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