龍田ひかりはあなたがスキ? 14

「…………なんで?」

「な、なんで!? うーん……そう言われると、何でだろ」


 どうやら自分でも場当たり的に言ってしまったのか、少し困った表情を見せ、また考え込んでしまう明音。

 確かに龍田の件を完全にカバーして行動しようとなると人手が足りないのは違いない……、特に龍田が抱える部活やクラスでの問題を考えると猫の手も借りたいのは紛れもない事実だ。


 しかし、その点において明音に協力を仰ぐのは違う気がする、ましてや一歩間違えれば彼女が被害を受ける可能性があるのだ。

 ――それだけは絶対に避けたい、明音の中に雪音という存在があるともなれば余計に下手なことはさせられないだろう。


「明音、気持ちは有り難いんだが、その――」


「多分、恩返しなんだと思うな」


「え?」

 断りを入れようとした所で、明音がそんなことを言い出す。

 恩返し……だって? そんなのどうして僕がされる必要があるんだ?

 あの校外学習の時、僕は決して褒められたことをした訳ではなかった、寧ろそれは明音が大切に想う雪音を大きく傷つける事であり、救いとなる要素は万に一つとしてなかった筈なのだ。


 それだというのに、どうしてお前は、そんな言葉を――


「私ね、今すっごく楽しいの、勿論雪音が一緒にいてくれたら嬉しいんだけど――それはきっと雅継くんがいなかったら見ることの出来なかった景色だから――」

「……それは違う、今の場所にいるのは全部明音の――」


「でもどんな形でもそのきっかけを作ってくれたのは雅継くんでしょ?」


「そんなことは……」

「だからね、お礼をさせて? 貰いっぱなしじゃ悪いからさ――まあ雅継くんが駄目って言うなら私は無理強いはしないけど……」

「……雪音は」

「?」

「雪音は……大丈夫なのか?」


 あいつを心配しているのではない、ただ、今の状況というのはある意味雪音が一番忌み嫌った状況なのである。

 だから明音が雪音との対話を懸命に続けている矢先に、この光景を見せるというのは今後の関係性に悪影響なのではないかと、そう思ったのだ。

 しかし、明音はあまり深刻そうな表情をせず、こう言うのだった。


「いやー、私としては寧ろチャンスだと思うんだよね」

「は……? ちゃ、チャンスだって?」

「そ! 雪音のやり方はさ、あくまで自己満足でしかなくって、結果的に色んな人が傷ついてしまう、そんな方法だったと思わない?」

「そりゃ……藤ヶ丘厄神ってのはその為の装置だったからな……」


「でもさ、雅継くんは違うでしょ? 見当違いなことを言っていたらごめんなさいだけど、多分誰も傷つかない方法を探っているんじゃないかと思って」

「! 明音……」

「だから、それは雪音にとっていいことだと思うんだよね、正解は一つだけじゃないってことを、見て貰える絶好の機会だと思うから――」


「いや……いくら何でも買い被り過ぎだよ」


 僕は、今まで間違いばかりを犯して来たと思っていた。


 でも、それで自分にとってむかっ腹の立つ相手を黙らせることが出来るならと思っていた所もあって、故にそれが原因で余計に失敗を積み重ねてしまったのだ。

 そういう意味では僕も雪音と大差はないのかもしれない、尤も成功率だけで言えば彼女の方が圧倒的優位な訳だけども。


 ただ、いつしか芽生えてしまった――いや、もしかしたら遥か前からあったのかもしれないけど、それが雪音とは違う、彼女を通して自覚してしまったこと。

 一つだけ、恥を忍んで言うのであれば僕は恐らくこう思っているのだ。


 手の届く距離に困っている人がいたら、手を貸さないと気が済まないのだと。


 そして、それは一人だけでは出来ないことなのだと。


「――明音」

「なに?」


 彼女は小さく首をかしげて僕の顔をみる。


「……こんな僕だけど、力を貸してくれないか?」

「! もちろん! そんな雅継くんの為だから、だよ!」


 そう言って明音は僕に手を差し伸べてきた。


 自分のしてきたことが、正解だとは言えないかもしれなけど、必ずしも間違いではない、少なくとも目の前にいる彼女は、そう教えてくれた気がした。


「……ありがとう、明音」


 僕は彼女の手を取ってグッと握りしめた、彼女の体温が少し冷えた僕の掌をじんわりと温めてくれる。


「ただ――協力を仰いでおいて申し訳ないんだが、実はまだ具体的にどうべきか決まってないんだよ、無論これ以上被害を広げることなく、誰も傷つくことなくこの件を終わらせるのが理想ではあるんだが――」

「ふふん、雅継くん、何か大事なことを忘れてないかな?」

「は? だ、大事なこと……?」


 すると明音は自分の胸を左手でトントンと叩くと、やけに得意げな顔をして、こんな言葉を僕に向かって投げかけるのだった。


「いじめ問題の専門家で私達の右に出る人はいないんだよ?」


       ◯


「これは……驚きました」


 その日の夜。

 龍田の監視業務を終えた蒼依が僕の家に来た(正確に言えば今回も不法侵入をして来たのであるが)ので、僕達は今後についての話をしていた。


 バイト先での龍田に関しては異常なし、というよりやはり店長である神奈川がいる時は出来る限りの配慮をしてくれているらしく、これといって藤高生と鉢合わせるようなトラブルはないとのことだった。


 そして僕は僕で、今日あった出来事を簡単に伝えた上で、その日の内に明音から送られてきたデータを蒼依に見せていた。


 余談だが今日も今日とて蒼依は自家製餃子をガッツリ食している、緋浮美が作り過ぎて余ってしまったので丁度良かったのだが、ほぼ全部食べてしまったので明日の緋浮美の反応が怖い所ではある……。


「まだ全ての洗い出しは終わっていないんですけど、主犯格と、その取り巻き、後は各人の簡単な経歴に関してはこの通りです」

「私だけでは恐らくここまでは出来ませんでしたね……纐纈さん……でしたか、学生にも関わらず一体何者なのでしょうか」

「えーと……自称いじめ問題のスペシャリスト……だそうです」


 まさか藤ヶ丘厄神の経験がこんな所で活かされるとは思ってもみなかった。


 サイトこそ活動は完全に休止してしまっているのだが、過去の履歴は全て残っており、雪音がやり取りをした内容も全てではないが残っていたのだ。


 実はあのサイト、匿名性はあるのだが神である雪音に関してはその限りではい。

 つまり仕掛ける側も、仕掛けられる側もあのサイトに登録してしまうと個人情報がダダ漏れとなってしまうのである。


 無論偽名を使ったり、嘘をつくという手段もあるのだが、雪音とやり取りをする上では嘘は絶対に許されない、それでもつけば天罰が下るという変な噂が蔓延していたので、登録者の殆どの生徒が実名を使ってしまっていた。


 だからこそ得ることの出来た情報、敵にすると恐ろしいが、味方だとこうも頼もしい存在になろうとは……。


「ふむ……私が早々に調べた人達と基本情報は同じですね、主犯格は三年生の女子部員、残りはそれに付き従う二年生で間違いないようです」


 蒼依はデータに目を通しながらそう呟く。


「今はこの流れが何処まで拡大してしまっているのかを纐纈にお願いしている所です、ある程度目処が立ったら彼女自身が潜入するつもりとのことですが……それに関しては一度ちゃんと話し合ってからの方がいいと思ってます」

「同意ですね、あまり無闇に動くべきではありませんから」


「やはりデータを見る限りですと、主犯格は龍田を初めて対象とした訳では無さそうです、前科ありと言いますか、寧ろ龍田の件をきっかけに前の対象からターゲットを移したと言えますね」

「そして前の被害者も今は龍田さんを攻撃している……のですか、皮肉なものですね、吸血鬼ハンターが吸血鬼に、ミイラ取りがミイラになるより悪質です」

「正確には被害者が加害者に、なので少し違いますけど、主犯格に関しては自分が気に入らないというだけで暴れているので一番タチが悪いですね」


「感情論で言えばこういう輩は腹部一発で黙らせてしまいたいのですが……」

「気持ちは分かりますが落ち着いて下さい、僕達はあくまで――」


 と。

 話をしている時だった。

 僕達以外は眠っているとはいえ、念の為にとかけておいた扉の鍵が、突然カシャリと音を立てて解錠されたではないか。


「…………嘘だろ」


 そして、僕が動き出す前に、扉が静かな音を立てて、開いてしまうのだった。

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