纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 29

『つかぬこと聞くけど、雅継殿は今回の一件、原因は何やと考えてる?』


「え? いや……依頼者が僕のことを良く思っていないからじゃないんですか、あくまで願いが成就された故の結果ですし……」

『それはまた随分と、温いというか、怠けた考え方やな』

「……正直に言えば僕は降りかかる被害に対処しようと必死で、考える暇がなかったと言った方が正しいんですが、でも間違ってはいないでしょう」

『ほんまにそう思ってるんかいな? 真犯人に意図は全くないと』

「強いて言えば、過去の事件と比べれば僕のしたことなんて些細なことばかりなのに、どうして僕が選ばれたのかという疑問はありますが……」

『そう、そこや、過去の事例と比べれば見劣りする君の悪事が成敗されるなんて、神様気取りの人間がここまで執拗にするなんて普通は有り得へん』

「目に見えない悪事でもしっかり見ているという考えかもしれません」

『そこまでやってしまうと逆に依頼者が萎縮してまうやろ、大なり小なり人ってのは人を傷つけることのある生き物やねんから』

「ですが事実として僕はその被害を受けているんですよ、彼女にとっては目に余る行為だった、そう見るしかないと思いますけど……」

『ちゃうちゃう、せやからそんな冷静な神様とちゃうねんその子は』

「つまり感情的な側面がある……と?」

『その通り、今回雅継殿が受けた被害には彼女の私情が混じっとるんや』

「僕が嫌い……とか、でも知りあったばかりなのに何が要因で――」


『彼女はな、恐らく君に嫉妬しとるで』


「――――いやいや待って下さい、スクールカースト下位の生活を送っていて、取り柄もない僕が嫉妬の対象って、冗談が過ぎますよ陶器先生」

『だからこそやんか、君が下位の人間であることに違いはあらへん、せやけど本当の意味での下位ではないんや、そこは理解しているか?』

「下の上とか、そういう意味ですか……? だとしても――」

『下の上なら問題あれへん。はっきり言おう、君は下でありながら実はその枠を外れてしまっている部分がある、それが問題であり、嫉妬になるんや』

「僕が……スクールカーストの枠を外れている……?」

『虎尾裕美、前条朱雀、えーっと後誰やったかな、あの男の娘みたいな子、私から見てやけど、彼女らは全員下位でもなければ中位でもないやろ』

「それは…………そう、ですね。上の上と言ってもいいぐらいの人もいます」

『やろ? 多分他にもおるやろうけど、その三人だけ見ても、皆が下位で生きている筈の雅継殿に寄り添い奔走し、そして君の為に感情的になったりもしていた』

「…………」

『悪いけどな、それは普通じゃないんや。上位の人間同士ですらそこまでなることは殆どあらへん、そんな異様な風景を同じ下位の人間が見たら、どう思う?』

「……リア充爆発しろ」

『そんなもんで済むなら安いもんや、『嫉妬に狂う』、これが当たり前の感情、要するに君が今受けている被害っちゅーんは、そこが殆どの要因や』

「そんな…………」

『ま、やからこそ漬け込む隙があるんやが……でも私は真犯人の気持ち、分からんでもないんやけどな』

「え――――?」


『私もな、雅継殿、君に嫉妬してる、今の位置を手にしても損得勘定でしか動かれへん私からすると、君はあまりに――』


       ◯


 少しの静寂の後、纐纈は不快な顔をして口を開いた。


「……あのですね、ふざけるのも大概にして貰えますか、私が? あなたに? 嫉妬? 妄想癖もここまでくると――」

「最初はどうだったか知らない、もしかしたら僕という人間に同情して依頼を取り下げる予定だったのかもしれない、でも僕を調査する内にその感情は失せた」

「あの……勝手に話を進めるの止めてもらえますか」


 悪いが、止めるつもりは毛頭ない。

 そうしなければいずれ、彼女は破滅してしまう。

 そしてそれはきっと明音が望んでいることではないだろうから。

 だから止めない。


「だからこそお前は僕と親しい人間、親しくなり得る人間の秘密を暴き、僕に精神的ダメージを与えるように、執拗にけしかけた」

「いや、ですからそれが私のやり方であって嫉妬なんてくだらない――」

「そりゃそうだよな、僕みたいな冴えない男が同族以外の人間と宜しくやっていたら気に食わないだろ、叩きのめしたくなるだろ」

「……人の話聞いてます」

「でも結果的に上手くはいかなかった、どうしてだと思う? 自分で言うのも何だが、僕は損得とか、主従とか、上下とかで人間関係をやってないんだよ、そんな簡単に崩せるほど安い友情やってないんだよ」

「あ、あのですね……」

「今までの連中ならそれで上手く行ったかもしれないが失敗だったな、友情なんて上っ面の安いものだと信じたお前の負けだ」

「いやだから……」

「なあ教えてくれよ、お前は今までどうだったんだ? 纐纈はちゃんとした友達を作れたのか? 無理だよな、壊し方しか知らないんだから」

「お……お……」

「もしかしたらそんなチャンスはあったのかもしれない、でもお前は自分の手で握り潰したんだよ、その薄汚れた手で、近づくものすら――」


「おい!!!! さっきから聞いてりゃ舐めやがって!! ああ!!?」


 途端。

 誰かに対して怒ったことがない、怒れたことがない。

 今にも泣き出しそうな震えた声を、絞り出すようにして。

 纐纈は唐突に怒鳴った。


「…………」

「ふ、ふざけやがって……ふざけやがって……、このクソ! クソ野郎が! してる訳ないだろ嫉妬なんて下らない! 何なんですかさっきから!!」

「……じゃあなんでそんな怒ってんだよ」

「怒ってねえよ!! てめえが人の話無視してでごちゃごちゃ話を進めるからだろ! 何だよ嫉妬って意味分かんねえよ!! きもいんだよ!!!」


 きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい、と。

 何度も、何度も、彼女は叫び続けた。

 まるで自分を納得させるかのように。


「……おい、他の人に――」

「お前のせいだろうが!! ああムカつく! 腹が立つ! イライラする! 不愉快なんだよ! ふざけんなクソが!!!」

「纐纈……別に嫉妬はしても構わないんだよ」

「はあぁ……?」

「嫉妬ってさ、誰もが当たり前にするもんだろ、それがいけないことなんて言う奴はいるはずがない、いちゃいけないと僕は思う」

「何ですか……この期に及んで説教ですか? 底辺抜け出せたぐらいで偉そうにしないで下さいよ、舐めないで下さいよ」

「違う、僕に他人を説教するだけの人徳はない、ただ、感情にも向けるべき方向があると言いたいだけなんだ」


 だから、陶器美空は自分に蠢く感情を、絵にぶつけた。

 彼女を許すわけにはいかないが、それでも、歩んだ道は尊敬出来る。

 どれだけ苦しみ続けても、彼女は自分の居場所を守る為に、認めさせる為に藻掻き続けてきたのだから。

 でも、お前は――


「お前は自分を守る為だったのかもしれないが、結果として復讐と欲求しか満たせていないんだよ、もっと違う方法だってあった筈だ」

「……なら教えて貰えますか?」

「え?」

「この愚鈍な私めに是非ともご教授下さいよ、一体どうすれば何年も味わい続けた地獄たる地獄から解放されるのかを、さあ! さあ!! さあ!!!!」

「それは――――」

「あいつ(明音)みたいに暴力に訴えますか? それとも我慢しろと? 真人間として生きられなくなるまで精根尽き果てても我慢しろと?」

「待て、そんなことは言っていない、僕は――」

「ああ分かりました死ねってことですね? 限界まで追い詰められて、命を絶てと! 自殺をすれば大きな問題になりますもんねえ!」

「纐纈…………」


 最早、彼女に対話の二文字など存在しなかった。

 どころか彼女は更に語気を鋭く強めると、僕に言葉を叩きつけた。


「だいたい……! 失敗のしようが無かったんですよ! それなのにあいつのせいで! あいつ(明音)が余計な真似さえしなければ!!!」

「余計な――……」

「だから嫌いなんだよ……! お前なんかいなくても私は完璧にこなせていたのに……! どこまでも邪魔しかしないゴミが……!」


 ああそうか、あれは、そういうことだったのか。

 あの時の――そうか、それで僕は――


「私は間違っていない! 咎められるとしても! 私が味わった苦しみを他者に経験させて何が悪い! 指導如きじゃ分からねえだろこの苦しみは!!」

「……………………」

「あの時雅継は言いましたよね! 降りかかる火の粉を耐え凌ぐぐらいなら火の元を消すしかないと!!」

「……ああ、言ったな」

「なら私達みたいな鎮火すら出来ない人間はどうしたらいいんですか!? そう! 出来ないならより大きな火元を作ればいい! そうすれば等しく火の粉は降りかかりますからねえ!」

「だからって嫉妬が無関係の人間まで傷つけていい理由にはならない」


「な! ん! か! い! も! 言わせんじゃねえよテメエ!! お前如きに嫉妬する意味なんかねえっつってんだろ!! 一々見下してんじゃねえぞ!!」


 そう言って、彼女は言葉にならない罵声を、何度も僕に浴びせ続ける。

 ……昔の僕と似ているなんて思って、申し訳ないな。

 そんな状態を通り越して、彼女はとうの昔に、壊れていたんだ。

 なら――もう――


「……もういいよ纐纈、分かった、もういい」

「死ね――ああ……? ようやく理解しましたか、これだから馬鹿は――」




「僕はお前がキライだ、だから、全部ぶっ壊してやる」

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