纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 30

「壊す……? ああなるほど、要するに私と同じ手段しか残っていなかったんですね、それはご愁傷様、いえおめでとうございますと言うべきでしょうか」

「……正直に言えば、僕はお前を止めたいと思っていた」

「止めたい? 藤ヶ丘厄神のことをですか? は~雅継はどうしようもないぐらい正義感に酔いしれた馬鹿だったんですね」

「きっと何か方法はあるんじゃないかと思って、色々方法を探ってみたりもした――でも結果はこの有様だ」

「はあ……それでどうするんですか? 私って友達とか別にいませんよ? それとも顔面に一発パンチでもぶち込みます?」

「それで済むなら最高なんだがな、でもそんなことをしてもお前が得するだけで万事解決とはいかないだろ」

「頬の痛みを差し引いてもプラスしかないでしょうね、なら執拗に付け回すとか? 根比べするのも悪くはありませんね」

「ただのストーカーじゃねえか、変態糞眼鏡フェチの異名が轟いて終了だよ」

「あのエロ同人みたいに、というのもありだと思いますが、そういう意味なら私を服従させていますし」

「監獄ルート以外の選択肢はねえのか……」

「そう言われましてもね。私を壊すと言ったからにはそれ相応のことをして頂かないといくらなんでも肩透かし過ぎて肩が抜けてしまいますよ」


 纐纈の言う通り、僕は彼女にそれを示さなければならない。

 でも――本音を言えばそれをしたいとは思っていない。

 僕を大切に思う人間を傷つけた事実は変わらないのだから、それを許してしまったら聖人を通り越して、最早正真正銘の馬鹿だ。

 だから、これは嘘でもあるのだ。

 悪意と同じぐらい善意を愛すための、僕に出来る、精一杯の、嘘。


「ああそういえば、私が犯人だとバラせば済む話でしたね、確かにそれなら私をぶっ壊したことになりますし」

「……いや、実のことを言えばこの会話は何一つ録音はしていないよ」

「――――はい? まさか本気で言っているんですか? ここまでしておきながらいくらなんでも詰めが甘過ぎませんかね」


 呆れてモノも言えませんね、と少し笑ったような表情を見せながらも明らかに僕を蔑んだ顔で見る纐纈。


「……真実を晒した所で、本当の解決にはならないしな」

「いや嘘だとしても黙っておくべきでしょうどう考えても、そういう優しさってこの世で一番無意味ですよ」

「だろうな、でもそういう甘さも悪くないんじゃないかってな」

「……馬鹿もここに極まれりと言いますか……あなた何がしたいんですか」


「そうだな……こうなったらもうお前と友達になるしかないと思ってる」


「なるほど友達に――――――――は?」


 さらりと言ってみせた僕の言葉に、纐纈は今までの中で一番驚きに満ちた表情を見せたので、少しとぼけたフリをして話を続ける。

「ん? 聞こえなかったか?」

「何を言って……それ壊すどころか作ってますよね」

「確かに……自分でも相当おかしなことを言っている気がするな」

「頭おかしいんですか? あなたは私を壊すと言ったんですよ?」

「ああ言ったな」

「それが今までの流れから一番縁遠い言葉にどうしてなるんですか? 人工知能でももう少しまともなこと言いますよ」

「ほら、雨降って地固まると言うし、喧嘩の後に熱い友情が芽生えることだってあるだろ、ここは腹を据えて話をするのもアリかなって」

「ふざけるのも大概にして欲しいですね、そんなもの――」


 そう。

 言いかけた所で、これまで饒舌だった纐纈の喋りが、初めて詰まる。

 きっと彼女は察したのだろう、僕の言葉がおふざけでもなんでもないと。

 そして悟っただろう、僕の言ったことがどれだけ腐敗していて、それでいてどれだけ甘美なものになってしまっているかを。


 何故なら、僕はお前を救ってやると言っているのだから。


 纐纈が味わい続けた苦悩、そして業火の如く燃える嫉妬を同時に解消させてあげるという実に豪華なプラン。

 まさに笑顔で手を取り合おうと言う友愛精神たっぷりの仕様。

 本来ならば断る理由などない、ある必要がないのだ。

 それだというのに、纐纈は困惑しきった表情を見せる。


「い……意図が見えない、見えませんよ、それで私を裏切ったとしても私は同じことを繰り返すだけ、それじゃあ意味がない、大体あれだけの問答があってどうして私を許せるっていうんですか」

「だから意図なんかねえって、このままじゃ埒が開かないからいっそのこと友達になって話したほうが楽じゃね? ってだけの話だろ」

「それがおかしいって言ったんだろ! そ、そんなことをされたら今まで私がしてきたことが……止めろ! そんなふざけた事間違っても言うな!」

「そう言われてももう決めちまったことだからなあ、悪いが仲良くしてくれるまで今日から毎日お前に話しかけに行くからな、クラスはえっと五組だっけか」

「や、やめろ……そんな気持ちの悪いことするな……そんなの行為を平然と私にして見せるな……!」


 明らかに狼狽えた様子の纐纈は髪の毛をくしゃくしゃになるまで掻き乱すと、そのままフラフラとまともに歩けなくなり、苦悶の表情で地面に両膝から落ちてしまう。

 呼吸も乱れ始め、まともに僕の顔すら見れなくなってしまっていたが、それでもなお僕は彼女に言葉を投げかける。


「ああそうそう、僕は現代歴史文学研究会ってとこに所属してるんだが、いつも前条朱雀と虎尾と――他にも入道山とか来たりすることがあるんだが、いつもそこで昼飯とか食ってたりしてな、結構楽しいんだぜ? 纐纈も来てくれよ」

「だから止めろって……! う、うう……哀れむな……ここまで私がしてきたことを許すなんてするな……! こ、このままじゃ……私は……!」

「許すよ、前条朱雀にも、櫻井にも、功刀にも、杦本にも、伊藤にも、鯰江にも、そして明音にしたことも、僕は許す、彼らが皆お前を責め立てて、火の粉を撒き散らそうものなら僕が振り払う、火元だって絶ってやる」

「くだらねえ嘘つくんじゃねえ!! ば、馬鹿にしやがって……馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって! そう言ってテメエはその場だけの都合を良いことを言ってんだろ!」


「だったら行動で示すよ」


「な――――」

「もし僕が言っていることが嘘だと思ったら、その時はいくらでも復讐して構わない――僕はそれを受け入れる、まあその前に明音が許さないだろうけど」

「そんなの止めろ……止めてくれ……止めて…………」


 あれだけ怒りに満ち溢れていた纐纈の声はみるみる内に小さくなり、そして地面に身体を丸め、耳を塞いでしまう。

 傍から見ればそれはもう、僕が彼女を虐めているようにしか見えなかった。


「…………」

 受け入れたくないのか、いや違う、ここで僕の手を取ってしまったら己の自尊心を全て否定することになる、だから受け入れることが出来ない。

 でも、もし本当にこれが嘘でないなら、そう思うと逃げ出すことも出来ない――だから彼女の中では凄まじい葛藤が駆け巡る。

 これが他の人間であればこうはいかない、例えそれが真の善意だとしても彼女はそれを払い退け、その人間を不幸に陥れていただろうから。

 でも僕は違う、彼女の立場を知りながら、そして彼女の悲劇とも言える報いを受けてなお、君を許し取り合おうと言っているのだ。

 無論、彼女が何処までも冷酷で人を苦しめる為に生まれてきたのだと言うのなら話は別だが――そうでないと言うのなら。

 僕はそんなお前を壊してやる。


「纐纈、いつか言ってたよな、僕と話していると『もう一人の自分と話しているみたい』だって、それはさ、多分間違ってないよ」

「…………」

「何せ僕も似たような経験をしたことがあったからな、お前ほど酷いもんじゃないかもしれないが、人を信用出来なくなったっていう点では一致してる」

「…………」

「ただ、僕は纐纈じゃないからお前がどれだけ苦しい思いをして、そしてそれに対してどれだけの憎しみを抱いているのかは正直分からない……、だから加害者になるなだなんて、そこまで言うつもりは一切ない」

「…………」

「でもさ、僕は少なくとも人を信じようとは思えるようになった、そう思えさせてくれる人が出来るようになった、それはさ、今はそうじゃないかもしれないけど、きっと纐纈にだって出来るんじゃないかって僕は思うんだ、だから――」


 ああ――――そう、そうなんだ。

 いつしか、虎尾が僕にそうしてくれたように。

 何も求めずに生きていた僕に彼女が笑顔で手を差し伸べてくれたように。

 きっと次は僕がそうする番なのだと、言い聞かせるようにして。


「だから、もし誰も友達になってくれないのなら、僕がなるよ」


 纐纈は返事をしなかった。

 ……もう集合時間を少し過ぎてしまっている、とはいえ彼女をこのまま放っておく訳にはいかないし、何よりここで纐纈と違う形になってしまえば更に拗れてしまう可能性だって大いにある。

 だけど、これ以上僕に言えることは何もない、ただでさえ自分でもおかしくなりそうな感情を全て抑え込んで、それでも尚、彼女の中にあるモノがぶっ壊さなきゃいけないと、その思いだけで立っているというのに……。

 それでも、やはり僕では届けることは出来なかったのか――

 そう、諦めかけた時。


「…………めんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 地面に伏して、そこから微動だにしていなかった纐纈が、ごめんなさいと、何度も、何度も何度も嗚咽を漏らしながら、同じ言葉を繰り返していた。


「…………明音」

「私が、私が悪いの……私があんなことをしなかったら、雪音はきっと――」

「違う――それは違うよ」


 妹として生まれた自分が、姉が助けを求めているのに助けない奴が何処にいるっていうんだ、そんなのあっちゃいけない、あってはならない。

 名前まで付けてくれてた人を守らない理由なんてある筈がないのだ。

 だからきっとそこに嘘はなかった、明音を想う雪音がいたことは間違いなく事実なんだと僕はそう思う。

 ただ、既に彼女は大きく歪んでしまっていた、あとほんの少し曲がってしまえば良心共に折れてしまうぐらいに、それを生まれたばかりの明音に分かる術はない。


 もうなってしまったものはどうしようもない、許されることではないし、過去に戻ることも出来ないのだから、そこを悔やんでも何も変わりはしないのだから。

 でも。

 それで終わりじゃないんだ、それはきっとまだ終わってはいない、だから。


「もう一度、やり直そう、僕も一緒にいるから」

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