纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 28
本当は、もっと前から分かっていたことだった。
何故なら僕は人の好感度が分かるのだから。
それに、虎尾の一件を経てより一層その力を意識して使うようにしていた。
だから分からない筈がない。
他の人間と比べて、纐纈だけが好感度を下げていたことを。
彼女との時間を過ごせば過ごすほど、好感度は順調に降下していた。
なのに、明音の好感度は70%。
もしそれだけの数値を叩き出す少女が僕を嵌めようとしていたら、そういう癖だとしても異常である。
故に犯人を絞るのは容易であった、僕に必要だったのは纐纈を追い詰める為の証拠をかき集める、それだけ。
尤も。
前条朱雀とは真逆の、好感度指数-100%なんて、初めてお目にかかったが。
「……念の為聞かせて貰うが、お前は雪音……だよな」
「は? ああそうですよ、別人格に思うのも無理ありませんが、私は正真正銘の纐纈・ソフィア・雪音です」
「色々と質問したいことはあるが……まずは認めるってことでいいんだな? お前自身が藤ヶ丘厄神の神様であると」
「認めるも何も、雅継、あなたが私を疑ってずっと追求していたのに今更確認も糞もないでしょう、馬鹿なんですか」
そう言って纐纈はまた大きな溜息をつく。
あまりの豹変具合にどうしても別人格の可能性が過ぎってしまうのだが、これが彼女の本性と思わなければ、話が停滞してしまう。
とは言っても、ここまで逆に針の振り切った彼女と、どこまでまともな話が出来るのか分かったものではないが。
「なら教えてくれ、どうして藤ヶ丘厄神なんてものを作った?」
「新世界の神になりたいから」
「は――――」
「冗談ですよ、何バカ正直に面喰らってるんですか、そもそも神様なんて自称した覚えもありませんし、勝手に周りが言い出しただけの話ですし」
「でも実際お前はそれに近いことをしてきただろ」
「強者が弱者を虐めて気分良くしているから、弱者が強者を虐めて気分良くしているだけの話でしょう、神である必要はないと思いますが」
「それは……」
「ああすいません、別に責めてはいないんです、私がしたことは咎められて然るべきですから、ただ『気に食わない』という理由で理不尽を浴びせるなら私も『気に食わない』から理不尽を浴びせた、それだけのこと」
ほら、ハンムラビ法典でもそう言ってますし、と飄々と答える纐纈。
「だからお前は、藤ヶ丘厄神を使って……」
「要因の一つではありますね。ま、あの腐れ教師に関しては被害を受けた訳ではないんですが、藤ヶ丘厄神の知名度上げるには仕方ないといいますか」
「とは言っても、あんなスキャンダルよく簡単に……」
「いやいや難しくはないですよ、教師の行動を監視して、よく足を運ぶ場所に盗聴器を仕掛ければ、自分から馬鹿みたいに喋りましたし」
まさかその常套手段をあなたにされるとは迂闊でしたが、と彼女は続ける。
「それに、得意なんですよ私、影になるのが」
「影に……? 空気じゃなくてか?」
「おやおや、随分と皮肉られたものですね」
「いや、そんなつもりは決して――」
「構いませんよ、事実私はそんなポジションで生きることを強いられた存在ですから、ですが影でいられれば相手に気づかれず情報を得られるんですよねえ」
「……被害者に誰かに付けられていなかったかの確認をして貰った時、一人もそんな違和感はなかったと言っていたしな……」
「そんなヘマをする程馬鹿でもありませんしね」
「ならどうして同じ写真に写り込む真似を……?」
「興奮するからに、決まっているじゃないですか」
「――は?」
言っている意味が分からず、僕は素っ頓狂な声を出してしまう。
興奮する? 何が?
「彼らが楽しいイベントになるに違いないと、満面の笑みで映る写真の中にその幻想をぶち壊す私が写り込んでいるんですよ? 最高じゃないですか」
「それは……最早神様というより死神だな」
「言われてみればそうですね。周りが私を神様と崇めるばかりに勘違いをしていましたが、死神の方が的を射ていますよ」
「なあ……因みにまさかとは思うが――」
「ええ勿論その写真は購入しています、保存用と観賞用と二枚分」
こいつ……完全に狂ってやがる。
過去に虐げられた経験がここまで歪ませるのか? 自分が全ての被害者ならまだしも、欲求を満たす為に加害者になるなんてそこまで――
「纐纈、お前は高校に入ってからも虐められたって話でもないんだろ、それは藤ヶ丘厄神のお陰なのかもしれないが、いくらなんでも」
「ふう――いい機会だから教えてあげましょうか。藤ヶ丘厄神の教師以外の最初の犠牲者は中学時代に私を虐めていた女なんですよ」
「中学生の時に……お前を――」
「私だけが被害者では無かったですけどね、そして彼女に深い理由なんてものはありません、不快だと認定されれば下僕を寄こして仕打ちを与える、机に花瓶を置かれたり、体操服や靴を隠されたり、パシリぐらいは序の口です」
「それが序の口とは……」
「序の口ですよ、機嫌が悪ければコンパスや画鋲で刺されたり、虫を食わされたり、財布からお金が無くなっているなんて日常茶飯事でした、でも彼女は決して自ら手を下すことはなく、その様子を楽しげに見るだけです」
「そんなの……いくらなんでも教師が黙っていないだろ」
「やっぱり馬鹿ですねあなたは、そんな外道が明るみになったら学校の質と教師の品格を疑われるんですよ? 保身に走るに決まっているでしょう」
「そしてそれがきっかけで……明音が産まれた……と」
「ああその通りです。まあ、余計なことしかしないですけどね、あいつは」
明音に対する他人行儀な物言いが、ずっと引っ掛かっていたが。
もしかしたら彼女は本当に、明音を他人として扱っているのかもしれない。
いや、他人でありたいと、そう思っているのか。
「だからこそ私の手であの女が仲間に裏切られ、苦悶の表情で堕ちていく様は興奮しました、そして私は褒め讃えられる、これ以上ない一石二鳥ですよ」
「……でもそれ以降の被害者はお前と直接的な関係はない筈、その子に関してはまだしも、これ以上続ける意味がないんじゃ……」
「だーかーらー、いい加減理解して下さいよ馬鹿じゃないんだから、私が得をして周りも得するんですから止める意味がないでしょ?」
「なら、僕はどうなる」
「はい?」
「自分で言うのも何だが、過去の被害者に比べれば僕はそこまで酷い真似をした覚えはない、スナップ写真に収めるほどの価値はないと思うが」
「そうですねえ、クズ具合で言えば前条瑞玄の方がよっぽどクズですからね、そう思うのも無理ありませんか、でもどうですかね?」
「?」
「はっきり言って、あなたもクズですよ」
「…………」
その言葉は二回目だと言いかけて、口をつむぐ。
そうか、流石に二人の女にそう言われてしまったら、僕はもうクズなのだろう。
体育大会のことも、虎尾に対して取った行動も、前条朱雀の想いに対しても、そして今この時だって――……。
自分本位であり、自己中心的でしか、ないのだから。
どれだけ誰かが『そんなことはない』と言っても、一方で『そんなことはある』と言われてしまったら、絶対ではなくなるのだ。
だからいい加減認めるしか無い、自分はクズなのだと。
――――でも、だとしても。
『傷ついた分誰かが救われてるって思ってくれないと――』
その独善の果てに誰かが救われるなら。
僕はクズでも構わない。
「あなたのことは今回の依頼にあたって調べています、悪いですけれど目立っていないだけで対象となるには十分な実績がありましたね」
「………………そうか」
「正義のフリをして、悪を成敗している気分になっているようですが、そういうのも私の嫌いなタイプです」
「…………それはまた」
「現実を見据えて差し上げようと思っていたんですけどねえ、残念ながら失敗に終わってしまいましたが」
「……そりゃどうも」
「雅継はもう少し周りの目を気にするのをオススメしますよ、自分の行動がどれだけ他人の迷惑になっているのかを理解した方が――」
「なあ纐纈」
「って、何ですか人が話をしている時に」
「お前、また嘘をついただろ」
「……は? また馬鹿げたことを……この期に及んでまだあなたは――」
「お前、本当は僕に嫉妬しているんじゃないのか?」
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