纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 27
「――――――――――――え」
突きつけた言葉に、纐纈は唖然とする。
「あ、あの……い、今何て――」
「ああ聞こえなかったら悪い、それは嘘だって言ったんだよ」
「お……おっしゃっている意味が……い、一体私が何に対して嘘をついているって言うんですか……」
「全部」
「は――――」
「全部、総じて、あますことなく、お前の言葉は嘘ばかりだ」
「そ、そんな……ど、どうして……」
自分でもよくこんな台詞を平然と吐けるなと、罪悪感が渦巻いてしまっていたが。
今、その感情に囚われてはいけない。
彼女に対してそう思うことは、全く以て意味をなさない。
どれだけ他者から見てこれはイジメだと非難を浴びせられても、僕は粛々と、やるべきことをこなさなければならないのだから。
そうしないと、この物語は永遠に終わりを告げることがないのだから。
「順を追って説明しようか、どうして僕がこの一連の犯人が――いや、『藤ヶ丘厄神』の神様が明音でなく、お前なのかについて」
「…………」
纐纈は困惑した顔をみせるが、それを無視して話を続ける。
「ご存知とは思うが藤ヶ丘厄神ってのはSNSが主流の現代では過去の遺物に近いものだ、簡単に言えば学校裏サイト。だが一つ違うのは集団心理ではなく個人の意図によって対象が排除される点だ」
「そ、それは……知っていますが……」
「つまり『こいつが嫌いだから排除して欲しい』と願えば、対象は排除されてしまう、あり得ない話だがこれが現実に起きているから怖いよな」
「で、ですから……それを明音が――」
「おこなった。でもどうかな、果たして彼女は四六時中僕を監視出来るだろうか」
「わ、私が調べた限りは……事前に対象の情報を仕入れて、罠を張っていたみたいです……自分が動かずとも、事態が動くように……」
「実際直接仕掛けたのは前条瑞玄だしな、彼女にするべきことを説明し、その通りに動くように指示すれば無理ではないのは事実」
「そ、その前条瑞玄さんとのやり取りも私には分からないよう証拠は残していなくて……だから私もなかなか――」
「確かにそれだけを聞くと、明音が手を下していたように聞こえなくもない、纐纈のスマホを見せて貰っても証拠はないだろうしな」
「い、いえ……本当に――」
「きっと僕一人だったら突き止められずにいたよ、お前の情に負けて明音を許すよう仕向けられ、偽のハッピーエンドを掴まされていたに違いない」
「な、何を言って……」
「お前が神様だと言うのなら、僕には天使と堕天使がいるって意味さ」
本当にクソみたいな、階段を降りるような人生を歩んでいるが。
それでも階段を上りながら声をかける人達は皆、僕を嘲りはしなかった。
どれだけ汚くても、みっともなくても、誰も僕の手を離してはくれなかった。
だから今だけは立っている、立っていられる。
「天使と……堕天使……」
「まず、僕はこの一連の件を受けて疑問に思ったことがあった」
「疑問…………?」
「ああ、僕に対して何かしらの危害を加えてきた人間についてだよ」
「そ、それは……雅継さんと面識のある人物……ですよね」
「そうだな、顔見知りの――いや、友達からイジメや疎外されるのが一番精神的ダメージを受けるからな、対象を仕留めるには最適な手段ではある」
「信頼していた仲間に裏切られるのは辛い……とは思います……」
「だが、僕に危害を加えようした人間の中には今日知り合ったばかりの人間さえいた、いくらなんでもそれはおかしいと思わないか?」
「それは……そうですね……」
「杦本なんてのはその最たる例だ。どうして話をして数時間も経たない奴に悪さをされなきゃならない? 詐欺師でもまだ関係性を築いてから悪事を働くだろうよ」
「ですが……それと藤ヶ丘厄神が私であることと、あまり関係はないように思うのですが……」
「僕達の班の人間だけが、危害を加えたのに?」
「そ、そうかもしれませんが……」
「もっと言えば危害を加えた班の人間の傍には常に纐纈、お前がいた。どうすれば僕を傷つけられるか一番知っていたのはお前だけなんだ」
「で、ですが……それは明音も同じです……視界は見えなくてもどんな話をしているのか、彼女も聞くことは出来ます、だから――」
「事前に罠を敷くことは出来てもリアルタイムで明音が指示をするのは無理だろ、明音はお前のコントロール下にいるんだから」
「私も目的に気づいたのはほんの少し前で……それで――」
「なるほどね……――おっと、ちょっと失礼」
そう言うと僕はポケットからスマホを取り出し、メールの内容を確認する。
「な、何か……あったんですか……」
「ああいや、ちょっと調べて貰っていたことがあってな」
「調べて……何を……」
「過去の藤ヶ丘厄神の被害者について、だよ」
当然こんな調査、僕一人では到底出来るはずもない。
だからこそ天使に頼った、入道山という天使に。
誰もが思わず心を開く存在だからこそ為せる業。
「過去に藤ヶ丘厄神にお祈りし、願いが享受された例は五件ある、一番有名なのは藤ヶ丘厄神繁栄のきっかけともなった教師の事件だが……それ以外は全て生徒が犠牲者となっている」
「生徒……」
「当時四人の内一人は三年生と二年生、二人は一年生、どいつもこいつも優等生の皮を被ったタチの悪い問題児なのは事実だが――それはいいとして」
不良の溜まる学校でもないので暴力によるイジメなどは早々起きはしない。
僕が前条瑞玄に受けた以上に陰湿で、精神をエグるようなやり方こそが主流であり、それこそが執拗に弱者を苦しめる。
それは決して許されるものではない、でも――
「さっき言ったよな、僕に危害を加えようとした人間の傍にはお前がいたと、だから確かめてみたのさ、過去の被害者がどうだったのかと」
「どう……だったんですか……」
「それは自分の目で確かめてみればいい」
そう言って僕は入道山から得た二つの写真を、纐纈に見せる。
「……写真……ですね」
「一枚目は転地学習の写真だ、そして二枚目は高校主催の勉強合宿の写真」
「……どちらの写真にも私が映っています」
「同時に藤ヶ丘厄神の被害を受けた生徒も、な」
「……た、確かにどちらも私の意思で参加はしていますが、被害を受けた方達と一緒に映っているからと言って犯人扱いをされるのは……」
「どちらもこのイベントの間に被害を受けているのに? 必須参加の転地学習はともかく、自主参加の勉強合宿で起るのは甚だ疑問だな」
「……本当に分からないんです、私の意識の範囲外で明音が動いていたとしたら私の知らない間に物事が終わっているんですから」
「ふうん……まあそれに関しては明音と話が出来れば済む話なんだが――今彼女と会話は出来ないのか?」
「……明音はかなり憔悴しています、下手に刺激するとどうなるか私ですら保証出来ませんが、それでも良いのでしたら」
「……それは物騒だな、流石に僕も命は惜しいからな」
それに。
無理をしてまで明音と話をする必要は、どこにもない。
後は堕天使がくれた贈り物を彼女に渡せば、全ては終わる。
「……そうだな、今までの僕の証明では無理矢理お前を犯人に仕立て上げようとしていると言われても仕方ないかもしれない」
「……雅継さん、私は明音を説得してこの一件を収束したいんです、ですがこれでは……私はどうしたらいいか分かりません……」
「なら、どうすればいいか分かるようにしようか」
その言葉に纐纈は少し眉を顰めたようにも見えたが、すぐに大人しい表情に戻ると、黙って僕の顔を見つめる。
……明音と違って、纐纈の目はいつも笑っていない。
同じ身体だというのに、こうも違いが出るのは恐怖すら感じる。
「……さて、今更言うまでもないが、これが藤ヶ丘厄神のサイトだ、名前の割にはかなりシンプルな作りで、普通の掲示板サイトとあまり遜色はない」
「……そうですね」
「だが実はこのサイト、普段サイレント機能にしている僕は気づかなかったんが、ちょっとしたBGMが流れていてな」
そう言うと僕はスマホのサイレント機能を外すと、そのBGMを流す。
「……到底音楽とは言えないですね……聞いていていい気分はしません」
「同感だ。神社らしく荘厳な音でも流れていれば様になっていたのに、こんなじゃ仮に耳に入ってもすぐに切ってしまうだろう」
「……それが何か関係あるんですか」
「実はこの音な、ある音楽のいち部分を切り取ってループしているものなんだよ」
「はあ……こんな支離滅裂な音楽、聞いたことはありませんが」
「そりゃそうだ、こんな音が聴衆の心を癒やしていたら人類は相当病んでいるか痛いかのどっちかだしな――だからこそ、この音には真意がある」
「真意……?」
「僕もこの捻くれ具合には散々苦労したものだった、だが捻くれている者には捻くれている者をぶつけてやれば案外単純明快だったりする」
「ど、どういう――」
纐纈が何か言い出す前に、僕は陶器美空に教えて貰った方法で、この不協和音ですらない音楽に手を加える。
音源を反転させ、音程を調節。
やるべきことはたったそれだけ。
すると――答は即座に姿を現し。
纐纈は、言葉を失った。
「あ…………あ…………」
「……この曲、お前が僕に送ってきた、纐纈が作曲した音楽だよな」
あれだけ不快だった音が、一瞬にして優しい旋律へと姿を変える。
人生を悲観した、少女の物語を綴った音楽に。
「……どうしてお前が作った音楽が、藤ヶ丘厄神で流れているんだ?」
「い、いや…………」
「纐纈は言ったよな『藤ヶ丘厄神に気づいたのは高校二年生になってから』だと、事件は僕たちが高校一年生の時から起こっているのにおかしくないか?」
「は…………ま、待って下さい、待って下さいよ、言う通りこれは私が作った音楽に違いはありません……で、でも――」
「でも?」
「この音楽が流れているからと言って、私が犯人だというのはあまりに横暴ではないですか? だ、だって――」
「だって、これも明音が仕組んだ可能性があると? そう言いたいのか?」
「そ、そうでしょう? 明音は私の音楽を作る趣味を知っているんですから」
「……そうか」
「私に罪を被せる為にBGMを入れた、そうだって考えられます……!」
そうか。
ならば、これ以上話を続ける必要はないな。
だって。
「――纐纈、それはもう破綻しているよ」
「な、なにがですか……私はおかしなことは何も……」
「纐纈を守る藤ヶ丘厄神が纐纈を傷つけたら、それはもう終わりなんだ」
そんなこと、あっちゃならない、あっちゃいけない。
纐纈に貰った名前を嬉しそうに握りしめる彼女がそんなことをするなんて。
明音がそれを許しても、僕はそれを許しはしない。
絶対に。
「……なにか、反論はあるか?」
「……………………」
纐纈は黙ったまま下を向き、言葉を発しようとしない。
「……因みに今までの会話は全て録音してある、これを今までお前が被害に遭わせた人間に聞かせたら――どうなるだろうな」
こんな脅し文句を使う自分に反吐が出そうになるが。
彼女をこれ以上、野放しにはしておけない。
お前が心に深い傷を負わせた人間はあまりに多すぎる。
「………………………………………………………………」
そうやって暫く沈黙が続いていると。
纐纈はようやく顔を上げ、僕の目を見た。
そして。
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~最悪、何でこうなったかな」
底意地の悪い目つきで、はっきりと彼女は、そう言うのだった。
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