纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 26

 纐纈は、まるで自分は被害者だと言わんばかりの表情で姿を現した。


 そんな顔で許しを請おうとでもしているのかとも言いたくなったが、直接を通してはっきりしていることなど一つもとしてないのにそれはあり得ない。

 何が狙いなのか……いずれにせよここではっきりさせないとな。


『雅継氏……ご武運を』


 伊藤との通話が切れた所で、僕はスマホをポケットにしまうと、前を向く。

 ……さて、どうしたものか。

 彼女が単身で(正確には二人)乗り込んできたということは捨て身の一撃を放ちにきたか、入念な作戦を立ててきたのかのいずれになる。

 どちらにせよあれだけ他人のプライベートに踏み込み、それを踏みにじってきた女なのだ、どんな罠が仕掛けられていても不思議ではない。

 まずは何も知らないフリをして、探りを入れるのが得策か。


 陶器美空の対人掌握講座その二。


『旧来の親友であるかのように、対等に接してあげましょう』


「お? 纐纈じゃねえか、どうだ? 京都観光も少しは楽しめたか?」

「…………」


 纐纈は何も言わず、ただじっと、その場から動こうとしない。

 何か言いたげではあるが、それを口にするのも躊躇っているようにも見える。

 ……ふむ、この今にも消え入りそうな雰囲気は雪音と考えていいか。

 つまり、意外な展開も無くなった所で残すは三パターンに絞られた。


 雪音なのか、明音なのか、雪音と明音なのか。


 実はまだ暗音と夏音、秋音、春音がいるなんてオチならいよいよ朱雀えもんに泣きついてひみつ道具(物理)に頼るしか無くなってしまうが……。

 今はただ、薬では制御仕切れない悪を暴くことに集中するのみ。


「おい、どうしたんだよ? 随分と元気ないな、銀閣寺が銀色じゃなかったのがそんなにショックだったのか? 気持ちは分かるけどさ」

「…………めんなさい」

「うん?」

「その……ごめんなさい」

「ごめんなさい? ……もしかして明音のことか? そりゃビックリはしたけどよ、別に迷惑かけられた訳じゃないし気にしてなんかないぜ?」


 何ならボインとボインでボインボインさせて貰ったぐらいだし。

 口が裂けても言うつもりはないけども。


「いえ……それではなくて…………もう、気づいているんですよね、雅継さんの身に降り掛かった、出来事について――」


「出来事……はて、何かあったかな」

 想定外、でもなかったが。

 まさか纐纈の口から自白をするというのは、考えていなかった。

 てっきり前条瑞玄を犯人に仕立て上げ、彼女の謀略を阻止するよう懇願されると思っていたが……あくまで依頼者の契約は守るということか……?


「校外学習で雅継さんは様々な理不尽に遭った筈です、何もしていないのに、一方的に被害を受けるような……そんな――」

「うーん……女の子からご褒美的なモノはいくつかあった気がするが、理不尽なんて僕には日常茶飯事だからなあ、今日が特別って話でも……」


 そうやって、返答に困るような発言を僕は繰り返し続ける。

 悪いが情報を提供するつもりはない、何故なら纐纈の目的をはっきりさせた上でなければ行動を移すのはリスクでしかないのだから。

 だが時間を引き伸ばし、計画を練り直させるつもりもない、覚悟しろ。


「日常茶飯事……そうかもしれません、私や雅継さんみたいな人間は……結局の所信頼を築いても仮初にしかなりませんし」

「さらっとディスられている気がするがいいとしよう」

「でも……ですが、ここまで集中的に何かを失ってしまうような出来事が、過去にありましたか? 周りから全て無くなってしまうような――」

「……纐纈、回りくどいよ、何を言いたいのか簡潔に教えてくれ」


「藤ヶ丘厄神」


 纐纈ははっきりと、その名を口にした。

 願いが成就されれば、対象は必ず破滅へと追い込まれる。

 あまりに眉唾ものだが、それは現実に機能している。


「……私達の高校に存在する怪談、ご存知……ですよね」

「……噂には聞いたことがある、ただそんな馬鹿げたことあり得るはずがないと思って話半分にしていたけど」

「……いえ、あれは実在しています、そして今も稼働を続けているんです」

「……? 何で断言できるんだ?」


「あれを作ったのは明音だからです」


 藤ヶ丘厄神を作ったのが明音……だって?

 信じがたいが、それが一概に不思議ではないのもまた事実。

 入道山と伊藤から聞いた話に基づけば、あり得ない話ではないのだから。

 つまり、一連の首謀者は明音――――


「……成る程、彼女があのサイトを……だとしたら疑問があるな」

「疑問……ですか?」

「ああ、感覚的な話にはなってしまうんだが、彼女ってそんな陰湿な行為に及ぶ性格には見えなかったからさ――つってもまだ一時間程度しか話をしていないし本質なんて見抜けるものじゃないけど」

「確かに……明音は私と違って明るいですからね……普通の人間として産まれていたら学校の人気者になっていたんじゃないかと思います」

「――――……」


 その言い方は。

 明音が人間じゃないみたいじゃないか、と言おうとして止める。

 恐らく悪気があって言ったのではない、きっと自分にないものを沢山持っているから、無意識にそういう言い方になっただけだ。

 自分より優秀な人間が身体の中にいるというは、気分が良いかと言われれば良いものではないだろうしな……。


「だとしたら尚更、学園の人気者になれる素質のある子がどうしてそんな真似をする必要があるんだ? 面と向かって闘えるだろ」

「最初は……勿論そうでした――雅継さんは……もう知っていますよね、どうして私の中から明音が出てきたのか」

「詳細は知らないが……明音から少しだけ」

「こんな話をするとまるで自虐風自慢になってしまうので、あまり話したくはなかったのですが……あの、私って、見た目通りの性格なので虐めの王道は一通り経験して来たんです……えっと……一から説明しましょうか?」

「……いや、いいよ、多分糞みたいな気分になるだけだし」

「そ、そうですよね……ごめんなさい……だから、と言うのもおかしいのですが、人の視界に入らないようにするのだけは得意で……」

「でも、一度目を付けられたらそう簡単に抜け出すことは出来ない、だからこそ明音が産まれたんだろ?」


 纐纈は暗い顔を崩さないまま、小さく頷く。


「……その通りです、だから明音は私の現状を知った途端、すぐさま行動に移りました、私を虐めていた主犯に詰め寄って、こんな事は止めるようにと」

「それで事態は収束したのか?」

「……あり得ません、傍から見れば弱者が壊れそうな勇気を振り絞って反抗したようにしか見えませんから、より強い力で反撃されました」

「それで……喧嘩になったと」

「……私が作ってしまったのだから当然ですけど、明音の行動理念はまず『私に危害が及ばないこと』なんです、だからそれが絡んでしまうと感情をセーブ出来ずに暴走をしてしまって……」

「そこまでおおっぴらにやると……指導を受けたのはどっちなのか明白だな」


 入道山が僕に警告するのも致し方ないというもの。

 事実僕も一歩間違えば、血祭りにされていたかもしれない。


「この一件で両親も私を病院へ連れて行こうとしました……でも明音がいるなんて分かった日には私は今以上に酷い生活に……」

「だから、ひた隠しにしたと」

「明音には目立つ行動がかえって私に危害与えてしまうというと時間をかけて説明しました、それからは特に何もなく、落ち着いていたのですが……」

「いつの間にか、『藤ヶ丘厄神』が作られていた……と」

「はい……実は私が気づいたのも高校二年生になってからで……」


 明音の行動原理が雪音を守ることならば、その選択は間違っていない。

 実際言い付けは守っているし、それでいて藤ヶ丘厄神を通して雪音に危害を加えるかもしれない存在を未然に潰せている。

 そうだとしたらサイトを制作したのは新しい生活の始まる高校から、表では正義の矛を振り回し、裏では雪音を守る盾として機能させる。


 ああ……確かにこれはヤバいな、行動が常軌を逸している。


「……でもどうして今まで気づかなかったんだ? サイトを作るにしたってお前の意識の支配下にある以上は行動に移そうにも不可能だと思うんだが」

「――殆どは私が眠っている間です。それに入れ替わっている時でも明音と会話は出来ても彼女が何をしているかは分かりませんし……」

「変わっている間は外の景色は見れないと……それなら――」

「本当は……雅継さんと初めて会った時点で伝えるべきでした、でも明音は國崎会長と会った時から警戒を強めていたので、どうしても――」


「『もしこれで終わるなら、全て終わらせたい』は、明音の事だったのか」


「……はい」

 そうか……、そういうことだったのか。

 なんというか、本当に、酷い話だ。

 簡単に言葉で言い表すには難しい程に、酷い。


「もう手遅れなのは分かっていますが、でもこのままではいけないと思って……だから……! 本当に……本当に、申し訳ありませんでした……」






「嘘だな」

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