纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 25
『――――まあ私から提供出来るのはこれぐらいやな』
「……いえ、十分です、ありがとうございます、お陰で何とかなりそうです」
『せやけど、ホンマに難儀なことやねえ』
「望んでしているつもりはないんですけどね、どうにも理不尽な出来事に巻き込まれやすいというか、本当に不幸な体質ですよ」
『? ああちゃうちゃう、それ自分勘違いしてるわ』
「……はい?」
陶器美空の言っていることが分からず、僕は間抜けな返答をしてしまう。
『巻き込まれてるんじゃなくてそれ、自ら首を突っ込んでるんよ自分は』
「は? い、いや……そんなのあるはずが……」
『望んでいないのに不幸に見舞われるっちゅうんは確かにある、でも前回も今回も君は必要以上に関わらなければここまで厄介にはならなかった」
「コミクラはそうだったかもしれませんが……今回は違うでしょう、仕掛けたのは僕じゃないんですから」
『でも過去を掘り下げたら、その元凶は自分なんとちゃうんかな?』
想定もしていない図星を突いた発言に、思わず身体が強張ってしまう。
……凄いな、やっぱり彼女は人の本質を見抜く能力に長けている。
ああ、僕の周りはどうしてこう化物じみた奴らばかりなのか。
『心の底から平穏を望むんやったら、人と関わらんのが一番に決まってる、それこそ自分の世界だけで生きられるならこれ以上の至高はないんやから』
「ですが、それは現実的な話ではないかと」
『その通りやね、でも自分の世界を拡張することは可能やろ?』
「……? おっしゃっている意味がよく分からないのですが」
『自分と合う人間、都合の良い人間だけで構成すれば自分の世界と同等って話や、普通の社会人じゃ無理やけど、私なら出来んことはない』
「そうかもしれませんが……」
『そういう意味では、君は私の世界を穢す存在やったのかもしれへんね』
不可侵領域に足を踏み入れようとしたから、狙い撃ちにされた。
徹底的に、ズタズタに、跡形もなくなるまでに、全力で。
普通に考えれば彼女は相当馬鹿げたこと言っているだろう、それこそその年で随分と甘ったれた奴だと思う人間もいるかもしれない。
だが、彼女の言っていることは必ずしも間違いではない。
どんな世界でも自分の感性に合わない者が淘汰されるのはよくある話ではないだろうか、グループや派閥が争うのも、元を辿ればそれが一因。
特に彼女は――過去の経験を鑑みれば自分の世界に固執するのは無理もない話。
『――だからこそ、というのはおかしいんやけど』
「?」
『私から君に先輩として一つアドバイスを進呈しようと思って』
「既に有益なアドバイスを受け取っていると思っていましたが」
『そうやねんけど、これはあくまで私が君の立場だった場合どうするのか、という話に過ぎへんからね』
「実際それで上手く行き始めているんですから、問題はないでしょう」
『うん、でも多分雅継殿は、非情になり切れへんと思うから』
そう、陶器美空は抑揚もなく、キッパリと言った。
返答のし難いその言葉に、どう言おうか迷っていると、続けざまに彼女は言う。
『私は根本的に自己中心的な人間やけど、雅継殿はそこまでちゃうやろ』
「いや、僕も大概身勝手な人間だと思いますが」
『本当に自己中なら誰かの為に動こうなんて思えへんよ、それで損をしてしまうなら尚更保身を考えて動くもんや、でも君は違う』
「そう……ですかね、あまり自覚はないんですが」
『まー雅継殿は半分ぐらい自己中ではあるか、善意と悪意が混在しているというか、でも肝心な部分では善意が働くから君は詰めが甘くなる』
「それだと僕の敗北は決定的な気がするんですが……」
『そうやろうね。下手に私のやり方を真似ようものならその時は大きなしっぺ返しを喰らってまう可能性すらあるやろう』
「だったら――僕はどうしたらいいんですか」
『悪意と同じぐらい、善意を愛せばええ』
「…………は?」
『最終的には自分のやり方を貫き通せって意味や、真似事で得た結果にはその先があらへんから、後で苦労するのは自分やからね』
「はあ……そんなもんですかね」
『そんなもんやで、無論私のやり方を追求し、貫き通すという手もある、ただそのやり方は君には向いてないやろうという私なりの助言や』
「そうですか……肝に銘じておきます」
『まあそれでも雅継殿が暗黒面に堕ちるっちゅーんなら私は歓迎するけどね、でもその必要はあらへん、君は私と違うから』
「それはどういう――」
『おっと無駄話が過ぎてもうたな、次の締切も近いからこれで終わりや、もう私みたいな人間に頼ったりしたらアカンで、じゃあバイバイ』
「あ、ちょっと――」
まだ聞きたいことはあったというのに、一方的に切られてしまう。
とはいえこれでピースは殆ど揃ったのだから問題がないと言えばないのだが……まるでこれからは作者と読者の関係と言わんばかりの別れに感じてしまった。
まあ……そもそも虎尾との関係を引き裂いた張本人と親しげに話す事自体、彼女からしても違和感の連続だったろう。
問題解決の為とはいえ、大分僕も狂ってるな。
「まーくん……今のってもしかして――」
「え? ああ……そうだな、お前が想定している人物で間違いないよ」
「それは…………いえ、何でもないわ」
前条朱雀は言い淀み、そのまま下を向いてしまう。
彼女にとっても虎尾は大切な友達だったのだ。
それなのに僕が陶器美空と普通に会話をしてしまうなど、そりゃ決して気分の良いものではない。
「その……ごめん、いくら必死だったとはいえ、どうかしていたよ」
「ううん、気にしないで。それが分かっているから何も言いたくないの、私が余計なことを言ってまーくんの決心を鈍らす真似はしたくないし、ただ――」
「……ただ?」
「一人で全部背負って、いなくなったりしないでね」
何を大袈裟なことを言うんだと思ったが。
彼女の顔は至って真剣で、どこか寂しそうな目をしていた。
肝心な所で善意が働く……か、どうしてこう、僕は弱いかな。
「……分かった、約束する。最善は尽くすよ」
「ありがとう……帰ったら女体チョコフォンデュで待ってるから」
「ありがとう…………え、なんで?」
◯
「集合時間まであと十五分といった所か……」
残り時間は少ないが、焦る必要はない。
このまま行けば不利になるのは纐纈でしかないのだ、いや仮に正体が纐纈でなかったとしても、焦っているのは向こうなのだ。
あの時僕にトドメを刺せなかった時点で、前条瑞玄の願いを果たせなかった時点で、最早神である自らが姿を現し、鐵槌を下すしかないのだ。
そんなことを思いながら、僕は鴨川でイチャつくカップルを視姦する。
「……ん? 電話か? 時間が無いというのに一体誰が――」
そのまま無視するのも手ではあったが、緊張を和らげる意味でも人と話しをするのは悪くないと思った僕は、特に通知を確認せず電話に出る。
「……もしもし?」
『ああ、雅継氏でありますか、我でありますよ』
「……伊藤か、メール、見てくれたのか」
『ええ、一瞬どこまで我らをコケにすれば気が済むのかと思いましたが、ふと冷静になった時に思ったのでありますよ』
「……どういうことだ?」
『きっと雅継氏は一人なんじゃないかと、そう思ったのであります』
「…………男にそれを言われると大分気持ちが悪いな」
『我も自分で口にして吐きそうでありますよ、ただ造反した仲間が『自分は主人公になれない』などと嘆きのメールは送らんでしょう』
「……随分と恥ずかしい男だな」
『全くですな、ですが我も所詮はモブ男、教室の端で突っ伏し、寝たふりをしてリア充の猛攻を凌ぎ切るのが精一杯の哀れな男であります、ただ』
「ただ?」
『一人で彷徨い、もがき苦しむ友に声をかけてやれぬ程地に落ちた覚えもありませんよ、そこにモブも主人公も関係ありませぬ』
「伊藤……お前……」
『本来なら土下座する雅継氏に土を試食させるべきなのでしょうが……我も貧弱なメンタルですからな、情けない話あります」
「ありがとう……本当に、本当に申し訳なかった……」
『いいでありますか雅継氏、無理に格好つけたり、慣れない行為をする必要は皆無、己の意思で行動すれば大丈夫、それで失敗しても、誰も咎めはしませぬよ』
「すまない……お前には感謝しかないよ」
『雅継氏を信じておりましたから、事情が無ければあんな態度を取るような人間でないと――我こそ勢いに任せてあんな態度……大変申し訳なかった』
「何を。僕だって同じじゃないか、おあいこだろ」
『ふふっ、こういう時こそ情に熱い悪友キャラを演じるのは悪くないでありますな、我としても一度こういうのをやってみたかったでありますし』
「首輪付いてる悪友なんて見たことないけどな」
『えっ』
だが、これで自分が何をすべきかはっきりとした。
僕が出来る最大限を尽くして、ぶつかる、それだけだ。
それで砕け散るのであれば諦めもつく、煮るなり焼くなり好きにすればいい。
そう、決意を露わにした時だった。
「あ――――」
『ま、まあ……と、兎に角、鯰江氏には我から伝えておきますので心配は――む? 雅継氏? どうされましたか? ま、まさか――』
「ああ……いよいよ最終決戦だ」
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