纐纈・ソフィア・雪音はあなたがキライ? 24

「終わった…………のか?」

「だと思うが……遠目だとはっきりとは……」


 僕の狙いはあくまで功刀を足止めすることでしかない。

 何故なら前条朱雀と一番接点の深い功刀が動けば、僕だけでなく前条朱雀にすら大きな被害が及ぶ可能性があったから。

 だからこそケリをつける必要があったのだが……下手に煽って逆上させたりしてないだろうな……。

 そんな不安に駆られていると前条朱雀がいつもの表情で僕の方へ颯爽と戻ってくる。


「終わったわよ」

「え? 無事に済んだのか……?」

「ええ、取り敢えず終身奴隷契約を結ぶことになったから」

「日本語って難しい」


「おい! 功刀!」


 その場から動かなくなった彼女を見て居ても立ってもいられなくなったのか、杦本が慌てて功刀へと駆け寄る。


「……杦本」

「な、なんだ?」

「今私の顔、どんな表情してる……?」

「は、はあ……? 何言って――って」


 杦本は、功刀の表情を見えて言葉を失う。

 無理もない。


 何故なら彼女は、抑えきれない笑みを垂れ流しにしてしまっていたのだから。


「お、お前……」

「全く……私も堕ちたもんだよね、こんなのに頼って、神様にお祈りまでして……馬鹿じゃないの、頭下げて思い通りなるなら誰も得しないっての」

「おい、本当に大丈夫なのか……あんまり無理は――」

「無理? 泳いでもないのに何を無理する必要があるのよ」

「い、いや、でも……」

「願いなんて糞食らえ、ただこの身一つで、実力だけで全てを手に入れてしまえばいいんだから、なんて私らしい方法……」


 功刀がブツブツと言っているがここからでは聞き取ることが出来ない。

 ただあの顔を見る限り、少なくとも落ち込んではいないのだろう、寧ろ狂気に満ちたその表情は、決意の表れにも見えなくはない。


「だから杦本……ちゃんと私のこと、目を逸らさずに見ていなさい」

「え、お、おう……それは……勿論……」


「必ずや私が……朱雀を水の底に沈めてやる……覚悟しなさい、あーはっはっは! あーーーーーーーーーーーはっはっはっはっはっ!!!!!」


 そうやって功刀は周囲の目も気にせずに笑い声を上げると清水坂を悠々と下っていくのであった。

 ……前言撤回、彼女は完全に狂っておられる。


「お前功刀に何を言ったんだよ……」

「ゆりゆららららゆるゆりだーいじけんということよ」

「よっしゃ! 全然分からん!」

「功刀の望む勝負に乗っただけの話よ、ついでに負けた方は勝った方の言う事を何でも聞くというおまけ付き」

「おいおいそれってどう考えてもお前が不利じゃねえか、ここ数年まともに泳いでないんだろ? 幾ら何でも勝ち目がないぞ」

「でもこれで功刀はどんな甘い囁きも一切聞き入れなくなったでしょ、今や私を完膚なきまで叩きのめすだけに特化した自由形全自動遊泳機と化したのだから」

「それは……そうかもしれないが……」


「それとも、まーくんは私が功刀に奪われるのがご不満?」


 そう言って悪戯に微笑む彼女に、僕は思わず目を逸してしまう。

 いつも呆れるぐらいに無茶苦茶な癖に、隙あらばこうして女の子を出してくるのだから、こっちとしてはたまったものではない。

 僕じゃなかったら今頃その双子山を制覇してるぞ全く。


「本音はこのまま一生まーくんと戯れていたいのだけれど、リミットは迫っているのだし、まずは彼を片付けるとしましょう」

「ん? ああそうだな……」


 そう言うと僕は呆然としている杦本へと近づく。


「さて、ハッピーエンドとはいかなかったが、ノーマルエンドで終わらすわけにもいかないからな」

「え? あ、ああ……」

「杦本君には悪いけれど、私達も時間がないの、あなたが持っている情報を私達に提供してくれないかしら」

「情報だって……?」

「まさか友人と呑気に清水寺に参拝に来ていたなんて言うつもりはないだろ? 功刀を探していたなんて冗談は通じないぜ」

「成る程……目的はそういうことだったか……まさかそこまで見抜かれた上での交換条件とは、してやられたもんだな」

「教えて頂戴、あなたは一体誰の差し金で雅継君の前に現れたの」


「差し金? ちげえな、俺は『お告げ』を受けただけに過ぎないんだよ」


 やっぱり――そうだったのか。

 犠牲者を直接見るまではどうしても信じることが出来なかったが、まさか本当に機能しているとはな……。

 もしこれを雪音か明音が実行したとすれば、それはとんでもないことだが、阿古龍花があれだけ警告していたのも納得がいく。

 こんなもの、いち女子高生がやっていい範疇を超え過ぎている。


「お告げって……くどいようだけど時間がないの、ふざけるのも大概に――」


「『藤ヶ丘厄神』のお告げを受けるとは、災難だったな」


「雅継君――藤ヶ丘厄神って……?」

「流石に雅継も予想はついていたか」

「前条朱雀にはちゃんと話していなかったんだが、実はオカルト的ではあるんだが、一つのサイトが密かに話題になっていてな」


 そう言って僕はスマホを用意すると、とあるサイトを前条朱雀に見せる。


「藤ヶ丘厄神――――願いを書き込むと成就されます――ふざけているようにしか見えないけれど、所謂学校裏サイト的なモノなのかしら」

「愚痴や悪口を言うだけで済むならその方がずっとマシだけどな」

「俺も人づてでしか聞いたことはねえんだが、このサイトは会員登録が必要な掲示板でな、基本的には藤ヶ丘高校の生徒が陰口を叩くものでしかないんだが――」

「その程度で済むなら大した利用価値はないわね」


 杦本は小さく頷く。


「先輩から聞いた話なんだが、三年生に体罰という名の暴力やら指導という名のセクハラが酷い教師がいたらしくてな」

「今時そんな教師が通用するっていうのが信じられん話だな」

「そう思うだろ? だが教師達の評判はすこぶる良くてな、生徒が悲鳴を上げても上で全てもみ消されてしまっていたらしい」

「反吐が出るような話だけれど、神にでも祈りたくなるぐらい受験生にとっては迷惑極まりない存在なのは確かね」

「そう。だから生徒がこのサイトを見つけた時にこうお願いしたんだ『●●先生が藤ヶ丘高校からいなくなりますように』ってな」

「それでその教師消えたのか?」


「一週間ほどして、学年と保護者の間にセクハラとパワハラの決定的証拠、ついでに教師の不倫の一部始終を纏めた資料が何者かによってバラまかれたそうだ」


 文春砲かよ。

 と突っ込みたくなるが、それだけの教師としてあるまじき行為が明るみになれば、学校としては処分を下さざるを得ない。

 そんなことが起きてしまえば藤ヶ丘厄神が本物だと思われても仕方がない。


「それから先は言うまでもないが、藤ヶ丘高校に不協和音を生み出す存在は皆願いを込められ、粛清されていったそうだ」

「俄には信じ難いけれど、事実雅継君がその対象となっているものね……」

「ただそうなるとお告げはどういうことなんだ? 聞こえはいいが決してそういう意味合いではない気はするが……」

「その通りだよ、要は脅迫みたいなもんだ、お前を陥れる為に他の生徒を脅しにかける、その結果がこれだ」

「……素直にエゲつないな」


 他人を巻き込んでまで願いを成就させようとするとは、とんでもない奴だな藤ヶ丘の厄神さんってのは。


 そうなるとやはり、櫻井も鯰江も――


「でもいいのか? 杦本はそのお告げとやら聞き入れなかったことになるが」


「安泰な学校生活は送れなくなったかもしれねえな――でも構いやしないさ、お前のお陰で後悔しながら生きる必要は無くなった、それだけで十分だ」


 そう言うと杦本は悟った顔で僕達に背を向け歩き出す。


「あ――おい」

「感謝してるぜ。だから後は頑張ってくれ、功刀との勝負までに引き篭もって学校辞めんじゃねえぞ」


 そうして、杦本は人混みに紛れて姿を消してしまうのであった。


「……同情はしないけれど、酷い話ではあるわね」

「でもこれで相手の戦術は大体把握出来た。だが集合時間まで三十分を切ってる」

「そうね、急がないと」

「ここで逃げられると態勢を立て直されるかもしれない、何としてもこの校外学習の時間までに暴かないとな……」

「最悪私が直接姉さんと対峙するという方法もあるけれど」

「いや、それだとこっちが不利になるだけだ、前条瑞玄は知らぬ存ぜぬを貫ければそれでやり過ごせるんだからな……」

「でもこのままじゃ――」


 せめてあと一つピースが手に入れば……だがもう時間がない……。

 そうやって最後の詰めに頭を悩ませていると。

 ポケットからスマホのバイブ音が鳴り響く。


「間に合ったか!」

「え?」


 前条朱雀の不穏な表情を尻目に僕はスマホを取り出すと、急いで耳に当てる。


「も、もしもし?」



『やっほー雅継殿、ちゃんと報酬、準備してあげたで』

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