虎尾裕美はあなたがスキ? 16
「ふうん……で? これは一体どういう意味なのかしら」
僕は何をしているのかと言えば。
前条朱雀に頭を踏まれていた。
しかも加賀のコスプレをした状態で。
コスプレエリアの一角で。
僕はガッツリ頭を踏まれていた。
そしてそこのカメコ、羨ましそうな目で見るな。
「いや何と言いますかこれは……」
僕だってやりたくて土下座からのマゾプレイに興じている訳ではない。
いやまあ、嬉しいか嬉しくないかで言われれば割りと嬉しいが。
「じゃなくて」
「?」
「その……お願いがあって来たんだよ……」
「お願い……そう、てっきり私のコスプレ姿に我慢が出来なくって後頭部をなじって欲しくて土下座しに来たのかと思っていたのだけれど」
「地の文を読み解くのは止めろと何度言えば」
「まあ……私としても色々聞きたいことはあるのだけれど――取り敢えず場所は移動した方が良さそうね、少し目立ち過ぎているようだし」
「それは……間違いないな」
この様子だと確実に提督土下座頭踏みプレイがSNSで拡散されるのは必至だが、今はそれを気にしている場合でもないので慌ててその場から離れる。
暫くしてから前条朱雀もコスプレエリアから移動すると僕達は人通りの少ない場所へと移動し、ようやくまともに話が出来る状況を得る。
「……成る程、こうやってオフパコが始まっていくものなのね」
「土下座でオフパコ出来るなら世界の童貞が救われるわ」
「ま、冗談はいいとして、まーくんが私にお願いだなんて、こんな嬉しいことがあるものなのかと興奮しているのだけれど、一体どんなお願いなのかしら、何でも言うことを聞いてあげるわ、膝枕? それともマン枕?」
「純愛から卑猥への飛躍がマッハ」
あからさまにウキウキ感を見せる前条朱雀であったが、はっきり言ってその期待を一発で打ち砕く内容であるだけに中々言い出しづらい。
そもそも土下座をしたのもその為の布石なのだし……。
本音を言えば前条朱雀と虎尾は一回も対面せずに終わらせたかった……唯でさえ緋浮美の件で彼女を怒らせてしまっているのだし……。
これで前条朱雀の逆鱗に触れてしまえば僕の策略は一瞬にして海の藻屑と化す、どころか人生すら終焉を迎えてしまってもおかしくない。
…………いや、違うか、元の生活に帰るだけだ、僕のあるべき場所に。
そう思うと心なしか気持ちも楽になる、当たって砕けて戻るだけなのだから。
――そうだ、寧ろ今までが順調過ぎたのだ、ならば何の問題もない。
「それで? そのお願いとやらを聞かせて貰えるかしら」
「そ、それは……」
だが、いざ口にしようとすると途端に喉の奥が熱くなり、言葉に詰まってしまう。
くそ、意思に反して声も出ないとは、何処までグズなんだ僕は。
言え、言ってしまえ、僕にとってどちらの転ぼうが利点しかないのだぞ。
ならば言わない理由が何処にある? さあ、言ってしまうんだ!
「…………その、助けて欲しい……奴がいる……んだ」
「助けて欲しい『奴』……?」
前条朱雀の一変した表情とトーンに身体が強張るが、僕は続ける。
「そう……なんだよ、ちょっとピンチな奴がいてな……お前の協力がないとまずい感じで……そのなんだ……だから――――」
「ふうん……因みにその助けて欲しいのは虎尾裕美のことかしら」
「!? お前、何でそれを知って――」
「いえ、知らないわ、ただ何となく、そんな気がしただけ」
「…………」
やられた……僕が狼狽えている姿に気づいていたのか……。
だがここまで見抜かれてしまっては始めから前条朱雀は全てを予期した上で話に乗っていたことになる、こうなると最早言い訳も戯言も通用しない。
「……そ、そこまで勘付かれていたとはな……」
「まーくんを常に見ている私だからこそというのはあるかもしれないけれどね」
「はは……そうか、いやはや何というか、全く……その――」
「それで、彼女を助けるにはなにをすればいいのかしら?」
「僕も悪気があった訳じゃなくて――――え? 今……なんて」
「虎尾さんを救う為には私はどうすればいいのかと、そう言ったのよ」
「な、何で……お前、怒ってないのか……?」
「怒る? どうして?」
「だって……僕は緋浮美の件に加えて虎尾と一緒にいたことさえ、黙ってたんぞ……? 二回も裏切るような真似をしているのに何で……」
「確かに、私が怒っていても致し方ないことをしているのは否定しないわ、一体何処から私を弄んでいたのかと、問い詰めたい気持ちがあるのも事実よ」
そう淡々と話す彼女に恐々とする僕であったが、彼女は続ける。
「ただ」
「ただ……?」
「まーくんが誰かを助ける為に動いている、それだけで私は自分の怒りなんかどうでも良くなるぐらい、嬉しいから、今は全く怒っていないわ」
「は…………?」
前条朱雀の言った意味が理解出来ず、僕は呆気にとられてしまう。
僕が人助けをするのがそんな喜ばしいか? まあ基本的に他者のトラブルに喜んで首を突っ込む程お人好しではないが……。
でもそんなの誰でもそうだろう、面倒事は避けるのは当然の行為なのだから。
「そう思うでしょうけれど、他人の為に何かするのは、決して簡単ではないのよ」
「だとしても、それは僕に限った話じゃ……」
「いいえ、まーくんだからこそ、それはより一層特別な意味を持つの、だから嬉しい」
「はあ……」
ますます意味が分からなくなってしまったが、どうやら一番の難関は突破したようである、そうなれば話は早い。
「それで、まずは状況の説明して貰えるかしら、私は当事者じゃないから流石に内容を聞かないとうまくやれる自信はないわ」
「あ、ああ……それなんだが、実はもう一人協力者を呼んでいてな……」
「……もう一人?」
「あ、雅継君いたいた!」
「入道山……さん?」
「あれ? コスプレでよく分からないんだけど……もしかして前条さん?」
「……成る程、まーくんの理想郷はそこだったのね、完敗だわ」
「言うと思ってましたけども」
「最早転生するしかないのだけれど、二分の一の確率に勝てるかしら」
「異常な行動力は時空をも歪ますのかね」
「いっそのことまーくんの子供として産まれ変わるのもありね」
「歪んだ愛の究極体」
「一億分の一の頂点ぐらい、容易に立って見せるわ」
「産まれる前から向上心が凄い」
「? 何の話をしてるの?」
「入道山は何も知らなくて良いんだよ……汚れのない心が一番だからね?」
「ごめんなさい、私ちょっと下ネタとか無理なの」
「手遅れにも程がある」
――って完全に前条朱雀のペースに乗せられてるじゃねえか、今はそういう品のない話に花を咲かせている場合では無いというのに……。
「と、兎に角……今から僕が話す内容を聞いてもらった上で改めて協力してくれるか判断して欲しい、強制する訳にはいかないからな――」
そう言うと僕は虎尾との経緯と今後の策略を二人に説明した。
無論そこには多少の脚色はあったが、少なくとも現段階における虎尾の状況においては嘘偽り無く話したつもりではある。
「そういうこと……随分と厄介な人間を相手にしているじゃない、正直まーくんのお願いでなければ関わりたくなかったわ」
「でもいくら何でも酷すぎますよ……虎尾さんが可哀想です」
「とは言っても確たる証拠は何処にもないからな、たまたま偶然に偶然が重なったのだと考えられる以上、下手な手出しは出来ない」
「そんな……」
「けれど、それならまーくんの狙いは最適解ではあるわね、冷静ならきっと彼女でも思いつきはしたでしょうけれど、その精神状態では恐らく無理でしょうし」
「そうと決まれば早く行動した方がいいね、雅継君に頼まれて買ってきたこれもあるし、僕はいつでも準備オッケーだよ!」
「そうね、愛する人の懇願と友達の窮地となれば、動かない理由はないわ」
「! も、勿論僕も雅継君のお願いだからだよ!」
「悪いな……二人共我儘を聞いてもらって……」
「いいの、私達は別にそこに関しては一切気にしてはいないから、ただ――」
「?」
「そう簡単に思い通りなるとは、思えないけれどね――」
そう言い残すと前条朱雀と入道山は虎尾のブースへと向かっていくのだった。
……一人残された僕は、垂れる汗を拭いながら、深い溜め息をつく。
「…………ああ、本当に僕は狡い奴だ」
彼女達が断らないことなど、好感度が見える僕には見え透いているというのに。
それでも万が一に備えてこんな小芝居を売った自分に、反吐が出る。
だがもう、やるしかないのだ。
毒を食らわば皿まで、とことん相手になってやる。
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