虎尾裕美はあなたがスキ? 17
「朱雀殿に……入道山殿……? これは一体……」
突如現れた加賀のコスプレをした前条朱雀と島風のコスプレをした入道山の姿に、意味が分からないといった表情を見せる虎尾。
そうなるのも仕方ない――まあそれ以上にクオリティが異常なレイヤー二人の登場に周囲の方がざわついてしまっているが。
「虎尾、細かい話は後だ、さっき言ったこと、やれそうか?」
「え? ええ……それは……で、ですが……」
「陶器先生、今からこの二人に販売を手伝って貰おうと思っているんですが、良いですかね? 勿論そちらの邪魔は致しませんので」
「うん? ああ全然かまへんよ、こっちも新刊は完売して既刊だけが残っている状態だし、私もそろそろ回ってこようと思ってた所やから」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」
「あ、あの雅継殿……」
「虎尾さん、正直に言えばこの行為が貴方にとって良いことなのかどうかは、私には全く分からないわ、いえ、もしかしたら――」
「あ、朱雀殿……」
「ただ、まーくんがやると言った以上私はそれに従うだけ、ごめんなさいね」
「虎尾さん! 僕初めてだから緊張するけど、一生懸命頑張るからね!」
「入道山殿……」
「虎尾、お前が今からやることは二つだけだ、まずSNSを介して今回の件を謝罪してくれ、入稿に間に合わなかったとか、内容はなんでもいい」
「しゃ、謝罪……ですか」
「お前にそんなつもりはないことは分かっているけがな、だが周囲はもうお前のことを『そういう目』でしか見ていない、残酷だがこれが現実だ」
「…………」
「だがまだ終わりじゃない、それがさっき言ったこれだ」
そう言って僕は入道山に頼んで買って貰っていたものを虎尾に差し出す。
「これは……色紙……?」
「そう、本来なら無謀な行為でしかないが……虎尾とらという作家人生をまだ繋ぎ止めたいとこれを最後やり遂げるしかない」
「この色紙に私の本を購入した人、これから購入する人、全ての人にリクエストされたキャラクターを一筆書きで書く……でありますか……」
「……察しが良くて助かる」
だが、とてもじゃないが作戦と言える作戦ではない、悪評を流され閑古鳥が鳴くブースとなった場所に客寄せパンダを置き、購入者に無償で絵を描きそれを渡す。
虎尾の処女作を根本的に解決する策だとは口が裂けても言えない。
レイヤーを投入するなんて汚いと言われるだろう、哀れだと言われるだろう。
だとしても、虎尾とらという作家がトレス作家だのというレッテルから救うことは出来る、実力はあるのだと証明することは出来る。
パクリ疑惑に関してはまた別の機会にでも幾らでも挽回可能だ、今はただ、地の底に堕ちた彼女の評価をほんの少しでも浮上させる、それだけしかない。
「それじゃあそろそろ、始めるとしようかしら」
前条朱雀そう言うと、入道山と共に颯爽と宣伝を始める。
流石にレイヤーとしての経験で慣れているのか、前条朱雀は本というより自分をアピールすることでたちまち周囲の目をこちらへと向けさせる。
入道山もぎこちない感じはあるがそれがまた我らオタクの心を打つのだろう、相乗効果によってあれだけガラガラだったブースに興味を示しだす。
「あ、あわわ……」
その様子に慌てた虎尾は急いでSNSに内容を打ち込み発信する。
それと同時に僕は簡易で作ったポップに『購入者にはリクエストしたキャラを描きプレゼントします』と書き、台の上に置く。
さて、準備は整った、後は野となれ山となれ、だ。
◯
「本当に何でも描いて貰えるんですか?」
高度な情報戦を勝ち抜き、両手に溢れんばかりの戦利品を持っていた人が、文言を見てブースを訪れる。
「え、あ、あの……」
「ええ何でも構いませんよ、何なら息子の自画像でもお受け致します」
そこで下ネタをぶっ込む前条朱雀の神経のぶっ飛び具合には最早感服してしまうがそれは無理だからね? ポロリした時点でムショ行きだからね?
「へ~、どれぐらいの時間で書けそうですか?」
「えっ、あっ、その……三分ぐらいあれば……出来るかと……」
「早いですね、じゃあ一冊買わせて貰いますんで、ルイズ描いて下さい」
「わっ、分かりました、ありがとうございます……」
入道山が会計を済ませると、虎尾は色紙とペンを持って黙々と書き始める。
虎尾もここまで来たらヤケクソなのだろう、半べそをかいている彼女には正直申し訳なさを覚えてしまったが、描き出した虎尾は一瞬にして集中の海へと沈む。
そしてそれは、彼女の言葉は決して嘘ではないことの証明の合図であった。
「すげえ……」
本当にペン一本で描いているのかと疑いたくなる程、精密に線を走らせていくと、真っ白な色紙に浮かび上がるかのようにキャラが出来上がっていく。
当然手を抜くことは一切なく、だというのに恐ろしく進みも早い、線に迷いがないにしても速い、トレースをしていてもここまで早くは書けはしない。
そんな虎尾の姿に全員が呆気に取られてしまっていると、本当に三分足らずで簡易で描いたとは思えないレベルのルイズを描き上げてしまい――
「で、出来ました……ど、どうでありましょうか……」
「す、凄い……あ、いや、ありがとうございます!」
右隅にサインを添えて、渡してしまったのであった。
「ふう……どうしたでありますか? 狐につままれたような顔して」
「これが……虎尾の才能か……」
「三分クッキングも食材を置いて逃げるレベルね」
「虎尾さん格好いいです……」
まさかこれ程までとは……あまりの想定外に驚きを隠しきれない。
でも、これなら確実に虎尾の汚名は返上されたようなもの。
どうだ、完全に流れを取り戻してやったぞ、見たか陶器美空め。
◯
その後も、ブースを訪れる人は跡を絶たなかった。
当然といえば当然ではある、本を一冊買えば好きなキャラをハイクオリティで描いて貰える、しかも待ち時間も然程長くない。
ましてやここはコミッククラシック、半年に一度の祭典で出費を惜しむ者などいる筈もない、散財をしてこそコミクラというものだ。
加えてこの時間帯、数多の死線をくぐり抜けてきた生還者達は最後の時を新たな原石の発掘の時間に費やす。
故に、虎尾のような存在に出くわすのは幸運でしかない。
「今なら無料であなたが好きなキャラを描きますよ、スケブ無しで描いて貰える機会なんて今しかありませんよ、さあさあどうぞどうぞ」
「えっ、えっと、えっと、良かったら買って下さーい!」
「あら、あなたは……、ふふ、本を買っても頭を踏むサービスはないわよ? また次の機会があれば延髄蹴りはしてあげてもいいけれど」
「え? か、可愛い……ですか? あの、嬉しいんだけど……僕男の子だから…………え、それがいいの……?」
「ああ、それがいい」
「え? 雅継くん?」
「……いや~虎尾のこれがいいんだよな~あ、良かったら買って下さい」
前条朱雀と入道山の呼び込みも予想以上の効果を見せ、ついには最後尾プラカードを用意しなければ混乱を招くレベルの人が集まりだす。
虎尾のコスプレ友達も満足の行くキャラ(腐)を書いて貰い、SNSにアップすることで盛り上げ側としても一役買って貰う。
まさに相乗効果的に虎尾とらの評価を上げていると言っても過言ではない。
「よし……ネットの動きも大分変わってきたな」
かつてはまとめサイトに取り上げられる勢いで叩かれていた虎尾への批判も、徐々に肯定的な内容が増え始める。
実力が本物だと証明してみせたのだ、確かにやり方や内容に関しては批判的な意見も未だ目立つが少なくとも当初ほどの勢いはない。
つまり、完全に僕の思い通りという訳だ。
そして。
「お買い上げありがとうございましたー!」
気づけば一時間もしない内に。
あれだけ山積みになっていた本は、綺麗さっぱり無くなっているのだった。
「どうやら……無事目標は達成出来たようね」
「はあ……はあ……どうにか……なりましたね……」
「完売御礼……という奴だな」
「……………………」
その瞬間、周囲から割れんばかりの拍手が沸き起こる。
それはある種、虎尾という作家を認めた瞬間でもあった。
「やった……やってやったぞ……」
その時の僕は。
ようやく陶器美空に一泡吹かせてやれたのだと。
確信を持ってそう思っていた。
だが結果としてそれは。
ただの自己満足でしか無かったことを。
思い知らされることとなる。
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