虎尾裕美はあなたがスキ? 18
三日目の終了の合図と共に、全ての者が夢から現実へと引き戻される。
打ち上げに行こうと言う者、明日から仕事だと嘆く者、冬のコミクラはどうしようと悩む者、様々な声が辺りを飛び交う。
僕はと言えばやりきった安堵からかその場から暫く動けず、ようやく立ち上がった頃には周囲は慌ただしく片付けの作業に入っている様相となっていた。
「陶器美空のブースも殆ど片付いているみたいだし、僕らも急がないとな――」
そう口にし、作業を進める前条朱雀達の元へ近づこうとすると。
僕より先に立ち上がって然るべき筈の少女が、いつまでたってもその場から動いていないことに気づく。
「……虎尾? どうしたんだよ、流石にあの作業でくたびれちまったか?」
「雅継……殿」
「?」
「どうして……こんなことになったのですか」
「こんなことに……だって?」
「…………」
「いや……前条朱雀のことを黙っていたのは悪かったよ、ただ誤解しないで欲しいんだが入道山の件も結果的にこうなっただけで決して悪意はなくてだな――」
「違います! どうしてこんな余計なことをしたのかと、言っているのです!」
「……は」
彼女が憤怒に満ちた表情で、僕を睨みつけるかのように放ったその言葉を、僕は一瞬で理解することが出来なかった。
何故なら、僕はてっきり、『いや~一時はどうなることかと思いましたが、雅継殿のお陰で無事終わることが出来ましたな! 本当に感謝であります!』とでも言われるのかな、とでも思っていたから。
いや、流石にそれは大袈裟だが、少なくとも危機を脱した僕の行動に謝辞ぐらいは貰えるだろうと、そう思い込んでいたのは紛れもない事実である。
だからこそ、僕はまるで気づきやしなかった。
こんなにも、彼女の好感度指数が下がっていたことに。
この糞能力もいよいよ終わったのかと、そう思わずにいられなかった。
だって僕は彼女の窮地を救ったんだぞ? それが例え傲慢だと思われたとしても、好感度が下がる程ではない筈だ。
――なのに、下手をしたら前条瑞玄が叩き出した数値よりも低い。
何だこれ、一体どういうことなんだこれは。
「僕は……余計なことを……したのか……?」
「……私は、助けて欲しいなどと言った覚えはありませぬよ」
「い、いや待てよ、だってあれはどう考えたって――」
「雅継殿にはそう見えたのかもしれませぬが、それは単なる傲慢でありますよ、いえ勘違いも甚だしい、とんだ自己満足野郎と言ってもいいくらいに」
「な――――」
「私は!」
虎は更に呼気を強める。
「こんな恥をかくくらいなら! 一冊も売れずにただ座っているだけで良かった! その方がまだずっと楽でありましたよ!」
「虎尾……」
「それなのに……こんな本とは全く関係のない所で評価されたって、何の意味もない……自分は物語を創る才能がないから絵で誤魔化していますと言っているようものですよ、こんなの……」
「虎尾……僕は……」
「これでは……陶器先生に顔向けが出来ませぬ……」
「陶器――あ――」
そこで、僕はやっと虎尾の真意に気づく。
そうか……彼女にとっての創作は、陶器美空を中心に回っていたのか。
全ては陶器美空の為、彼女の近くにいたいが為に初めたに過ぎなかった。
ぬかった……僕は完全に見誤っていた。
虎尾ではなく、虎尾が見ている先にある者に注視すべきだったのだ。
虎尾がどうしたいのではなく、虎尾が陶器美空の為にどうしたいのか、どうありたいのかを理解すべきだったんだ。
それ程までに、虎尾は陶器美空という作家に心酔してしまっていた。
こうなればもう、僕のしたことなど始めから無意味でしかない。
理屈ではどうにもならない、精神の部分で僕は負けていたのだ。
「こんなことになるなら、雅継殿なんて連れてくるべきではありませんでしたな……本当に、実に迷惑極まりなかったでありますよ」
「…………」
「朱雀殿や入道山殿まで召喚して、乱痴気騒ぎでありますか、こんな手段よくやろうと思いましたでありますな、公開処刑もいい所ですよ」
「……申し訳ないとは思ってるよ……」
「謝罪すれば済む状況なんてとっくの昔に過ぎているのでありますよ! あなたは陶器先生並びにスタッフも含めてどういうことをしたのか分かって――――!」
次の瞬間。
鋭くも鈍い音が周囲に響き渡る。
そしてその音の後に眼前に現れたのは――頬に手を当てる虎尾の姿と、僕の前に立つ前条朱雀の姿であった。
「朱雀……殿……」
「ごめんなさい虎尾さん。あなたの気持ちは痛いほど分かるのよ、私だってまーくんに振り向いて貰う為なら誰かを犠牲にしてでも自分正当化したいと思うもの」
「何を…………」
「でもだからこそあなたがした行為を私は認める訳にはいかないの、まーくんが見せた決死の行動を蔑ろにされるのだけは、許す訳にはいかないの」
虎尾は下を向いたまま、ぐっと拳を握り締める。
その姿に僕はいたたまれなくなり、前条朱雀に声をかける。
「前条朱雀、もういいよ」
「いいえ、良くないわ、もしここが公共の場でなければ、今頃あなたをぶん殴っている所よ、それぐらい私は怒っているわ」
「あ、あわわ……ぜ、前条さん喧嘩は駄目ですよ……」
「……いいでありますよ、それで気が済むのでしたら殴ればいいでしょう」
「そうね、ではお言葉に甘えて」
「ま、待て待て! 何でお前らが揉める必要があるんだよ!」
「何を言っているの、この洗脳済のクソアマの目を覚ますには一発ぶっ飛ばしてあげないと駄目だと思うのだけれど、まーくんは甘過ぎるわ」
「はっ、洗脳済のメンヘラにそれを言われては私も堕ちたものですな」
「今からその地の底にまで堕ちるのよ、歯を食いしばりなさい」
「前条朱雀、止めてくれ――」
「前条さん落ち着いて!」
「だ、大体…………」
前条朱雀が虎尾の胸ぐらを掴み、本気でぶん殴ろうとするのを僕と入道山で必死で止めに入ろうとすると――
瞳一杯に涙を浮かべた状態で僕を睨みつけた彼女は、握り締めた拳を震わせながら――
消え入るような声で、こう続けた。
「どうしてこんなことに……教えて下さい……雅継……殿」
「…………」
僕は、何も言うことが出来なかった。
いや違う、彼女のこと考えると、これ以上何も言えなかった。
「あっ」
そんな淀んだ空気が蔓延する状況に誰もが口を閉ざしてしまっていると、隙を見た虎尾が前条朱雀の手を引き剥がし、一目散に出口の方へと逃げ出す。
「おい! 虎尾! 待てって!」
「まーくん、今ここで離れるのはまずいわ、あまりにも目立ち過ぎている」
「目立つ真似をしたのはお前な気もするが……し、しかし……」
「今の彼女をどうにか出来るの? はっきり言って肩を引っ張って抱きしめるようなラブコメ要素でどうにかなるような精神状態ではないわよ」
「そこでそれをする意味も分からないが……」
「なら僕が探してくるよ! それなら大丈夫だよね?」
「そうね……じゃあお願いしてしまってもいいかしら」
「勿論だよ、見つけたらすぐに連絡するから! 行ってくるね!」
そう言うと入道山は虎尾が向かった方向へと駆け出していく。
まるで嵐が過ぎ去ったような場所に残された僕は、力なく声を出した。
「なあ前条朱雀……僕は間違っていたのか?」
「いいえ、一つも間違ってはいないわ、何故なら仮に誰が彼女を助けようとしていたとしても、辿り着く結果必ず同じだった筈だから」
「そうか……でもそれはさ、僕には当てはまっちゃいけなかったんだ……」
「?」
他人の好感度が分かる僕なら、本当はもっと早く気づくべきだった。
……自分を過信した結果がこれか、なんてザマだ。
「えーっとみんなお疲れ様、色々と大変やったと思うけど、無事に終わって何よりやね――――あれ? とらっちがおらんみたいやけど、何処いったん?」
「陶器……美空……」
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