虎尾裕美はあなたがスキ? 19
可能なら、陶器美空に食って掛かろうと思っていた。
だが僕は彼女を前にして、一歩も動くことが出来なかった。
何故なら彼女は何もしていのだから。
いや違う、何かをしたという証拠がどこにもないのだ。
虎尾を陥れたという証拠を、提示するだけのものがなかった。
もっと言えば、虎尾を思うと何も言えなかった。
「う……ん? なんやえらい物々しい雰囲気やな……もしかしてとらっちがおらんのと関係あるの?」
『えーっと何と言いますか……』
スタッフの一人が気まずそうな表情で僕を見る。
まるでこいつが犯人ですと言わんばかりの顔をしながら。
「……ん? ん? もしかして雅継殿と、とらっち喧嘩でもしてもうたん?」
「い、いや……そういう訳では……ないんですが……」
「いやー、それは良くないなぁ、うんうん良くない、良くない、折角誰もが日常の束縛から解き放たれ、自由を表現出来るこのコミクラという場所で、喧嘩なんてしたら台無しやないの、何でそんなことになったの?」
お前のせいだよふざけんなと言いたくなる気持ちを必死で押さえ込む。
全ての元凶でありながら、ここまで他人事のような反応が出せるなんて最早尊敬の念さえ生まれてくるから恐ろしい。
だが、だからと言って何か他にあるのかと言われればそんなものもなく、ただひたすらに下を向いて言葉を探していると。
「陶器、美空さんでしたでしょうか」
前条朱雀が陶器美空と相対し、口を開く。
「ん? えーっとあなたは――」
「前条朱雀と申します、虎尾裕美さんの友達です」
「…………」
圧倒的アウェーの状態の中で、それどころかこちらが不利過ぎる状況の中で前条朱雀は堂々と、そう言ってのけた。
虎尾裕美は、友達なのだと。
凄い、というよりは関心するしかなかった、下手をすれば集中砲火を浴びてもおかしくないというのに、はっきりと彼女はそう言ったのだから。
あれだけの平手打ちをかましておいて何を馬鹿なと思われてもおかしくないが、ここまで堂々と言われてしまっては誰も言い返すことが出来ない。
少なくともこれで、批判の対象からは逃れられた。
「ほうほう、えらいべっぴんさんなお友達やね、コスプレ仲間かな?」
「いえ、同じ学校の友達です、この度はお友達がお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそとらっちには色々と――」
「ただ――一つ宜しいでしょうか」
「うん? 何か訊きたいことでも?」
「陶器さんにとって、虎尾さんは、どういう存在なのでしょうか」
「おい、お前何を言って――――」
「んー? 急に変なこと聞くんやなあ、まーそうやねえ大事な作家仲間ってとこかな? 一緒に業界を盛り上げれればと思ってるよ?」
「そうですか、ではもう一つ、貴方は才能のある方をどう思いますか、プロ作家として一線を走るあなたの意見が訊きたいです」
「随分とまあ突拍子もなく――でも私は才能がないからねえ……ただ創作者として才能のある人は好きやで? 純粋に読者を楽しませてくれるし」
「成る程……分かりました、貴重なご意見ありがとうございます」
「どういたしまして」
「どうやら貴方とはお友達にはなれなさそうです」
「な……! お、おい!」
「奇遇やなあ、私も君みたいな子とは仲良くなれそうにないと思ってた所や」
「え……は……?」
一体何を言い出すのかと、焦ってしまったが冷静になって考えてみる。
わざわざこんなやり取りを行ったということは、恐らく前条朱雀もまた、陶器美空を糾弾出来ないと、分かっていたのだろう。
だからこそ、自分は全てを分かっていると、そう示す為に質問を放ち――
お前の敵なのだという意思を、提示してみせた。
虎尾のことを想って、前条朱雀は面と向かってそう言ったのだ。
……恥ずかしい。
僕はそんなことすら口にする術を持ち合わせていなかった。
陶器美空の手のひらで踊らされた挙句、作戦も失敗し対応策も分からず、果ては前条朱雀に代弁までさせてしまうとは。
無様、あまりに無様過ぎて笑いそうになってしまう。
「…………………………………………………………」
突然の前条朱雀の発言に、静まり返るブースだったが、その空気を察したのか、陶器美空はくるりと踵を返すとパンパンと手を叩き。
「さーさー湿っぽい空気はこれでおしまい! ちゃっちゃと片付けて打ち上げでもするとしましょうか! 今回も無事黒字だったことやしね!」
そう言ってあっさりと不穏な流れを打ち消してしまうのであった。
「あ、雅継殿も良かったら打ち上げ参加する? こっちも何か迷惑かけちゃったしねえ、ロリ専門で有名な同人作家さんとかも来るけど、どうかな?」
「え、あ、いや……その、僕は虎尾を探さないといけませんから……」
そして誰か雅継性癖暴露大会に歯止めをかけて。
「あーそう言えばそうやったね、ま、一応私からもとらっちには連絡はしとくから、また無事合流出来そうだったらまた教えて頂戴な」
「はい……分かり……ました……」
「それじゃあまたねい」
そうして陶器美空は他のブースに挨拶に向かうのか、何一つ悪びれる様子もなく、僕に手を振りながら軽快な足取りで姿を消してしまう。
「……………………」
完敗だ、己の温さに嫌気差すぐらい、何も勝つ要素がなかった。
漫画やラノベじゃ当然のように子供が大人を論破し、鉄拳制裁を喰らわすというのに……こうも呆気なく敗北を喫してしまうとは――
「僕は……自分に酔っていただけか……」
「それは違うわまーくん、ただ――――いえ」
「……?」
「……やっぱり何でもないわ、そろそろ私達も虎尾さんを探しましょう」
「あ、ああ……そうだな……」
「私は場内を探すから、まーくんは一度宿泊先のホテルを探して貰えないかしら、もしかしたら戻っている可能性もあるかもしれない」
「分かった……見つけたらまた連絡する――面倒をかけて悪いな」
「いいの、まーくんが困っているなら地の果てでも宇宙の果てでも駆けつけて、守ってあげるのは私にとってこの上ない幸福なのだから」
「……そう言ってくれると、本当に救われる気がするよ」
◯
だが、結果は到底芳しいとは言えないものとなった。
ホテルの部屋をいくらノックしても返事はなく、迷った挙句フロントに虎尾が滞在している部屋について聞いてみると――
数十分前にチェックアウトし、今は誰もいないとのことであった。
当然ながら場内を探していた前条朱雀と入道山からも発見したという報告はなく、結局僕達は虎尾は先に帰ったのだという結論に至るしかなかった。
完全に取り残されてしまった僕に前条朱雀と入道山は心配をしてくれたが、ここで弱音を吐いても仕方がないので、僕は気丈に振る舞ってみせた。
入道山も夕方には親元へ帰らなければいけないとのことだったので、申し訳なさそうにしていたが、一足先にコミクラを後にして貰った。
前条朱雀はもう暫く東京に滞在する予定らしく、一人になる僕を実家に招待しようとしてくれたが、嫌な予感もあったので丁重にお断りした。
本来ならそこで一歩も引かずに『早急に婚約の報告をしに行きましょう、指輪のサイズは四号よ』ぐらいの強引さを見せる筈なのだが、流石に空気を読んだのかそれ以上は何も言わなかった(名残惜しそうに爪を噛んではいたが)。
それから僕は一人新幹線に乗り込んだ。
本当は僕も家族の元に向かえばよかったのだが、そんな気分にはなれなかった。
慣れ親しんだ孤独と一緒にいる方が落ち着くのだと、自分に言い聞かせ続けた。
そうでもしないと、普通ではいられなかったから。
車窓から見た富士山は雲に覆われていて、まるで今の自分を表している――
なんて思った僕は相当狂っていたが、突っ込む気力さえ残ってなかった。
岐路に着くと、何も片付けずに布団に潜り、そのまま泥のように眠った。
もう二度と醒めなければいいのになんて思いながら。
◯
「おい、起きろ」
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